11の魔法で子ども指導  -28ページ目

11の魔法で子ども指導 

池上正さんの「サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法」という本を教科書に、

フットボール指導から学んだノウハウを活かして、

戦術的ピリオダイゼーション理論をベースとした『複雑系の指導』を追求中!!

少し余裕があるので、今日はブログを書いてみたいと思います。




僕は現在、小学校低学年の指導補助に入っています。

指導補助といっても1日中いるので、副担任みたいになっていますが、このクラスは本当に大変。


クラスの約3分の1の子どもが、家庭環境に問題があり、

親である大人の勝手な都合に振り回され、何かしら問題行動を起こしてしまいます。

担任の先生のキャパシティがギリギリになっており、常時怒っている状態で、指導環境としては最悪な状態です。(そこをどう正していくのかが難しいところですが)


普段の生活できちんと指導されていない子ども達には、学校でしつけないといけません。

はっきり言って、指導以前の問題です。

でも頑張れば大いに褒め、失敗は責めず、怠慢や人に迷惑かけることは厳しく指導しています。



ところが今日・・・

クラス1要注意人物のT君が問題行動を起こしました。(いつも以上に)

僕に怒られ、怒りのコントロールがうまくいかず、ガラスを素手で割ったんです。

いわゆる”逆ギレ”っていうやつですわ・・・(運よく軽症でしたが)


以前からストレスのコントロールが物に向けられ、下手なことに気づいていた僕は、”逆ギレ”した際には、このストレスコントロールを念頭に置いて指導していました。

最近は少しずつ改善の兆しがみえていたのですが・・・


今日の問題で、彼自身もキャパシティオーバーになっていたことに気づきました。

朝学校に来る段階で、家庭からのストレスで限界だったんです。


"Student First"が身上の僕にとっては、彼の気持ちを汲み取ってやれなかった自分がすごく情けなく感じました。

まだまだ勉強不足です

彼は加害者ではなく、被害者なのに・・・




やっぱり「家庭教育」も大事な指導の一貫です。

「学校教育」側の立場としても、最善は尽くしますが限度はあります。

もちろん、僕は諦めません。

僕が諦めたら、子ども達の人生は終わってしまいますから・・・



でも、必要最低限の「家庭教育」は行ってほしい。

その必要最低限の条件は”愛情があるかないか”です。


もちろん、愛情があっても「家庭教育」の下手な親御さんは多数いらっしゃいます。

”きづいていない甘やかし”は、クラブチームでもフットサルスクールでも学校でも見受けられます。

”不必要な厳しさ”も同様です。

ただそれはより高いレベルに子どもを育てていけるか?の領域であり、

必要最低限はクリアしています。




”子どもの基本は家庭環境にあり”です。

子育て(指導)の上手い下手は学習すれば向上できます。

でも、愛情は”あるかないか”なんです。


自分達が大人の都合でSEXをし、

大人の都合で産んだくせに、

責任があまりにも無さ過ぎます。

子どもの人生は子どものものです。

子どもに罪はありません。



僕が持っている11の魔法 は・・・

自分自身の勉強不足と、最低限の家庭教育にしか通じないことがはっきりしました。


+αを作る必要がありそうです。

ここ最近の多忙さと疲労でブログを更新していませんでした。

大変申し訳ありません・・・



来月のU-10公式戦「オー●マカップ」に向けて、クラブチームでの監督業。

フットサルスクールの指導と、指導研修させている後輩への指導とアドバイス。

勤務先小学校サッカーチームの指導(後輩指導者はここもやらせています)。


小学校の先生。(特にこれが一番疲れるw)

そして東京アカデミーでの講義と、来年度採用試験への勉強。


少ない空いた時間はフットサルでストレス発散!!(体力的にはきついけど)



毎日何かをしなければいけない状態で・・・

本当に時間がほしい状態です(笑)




色々書きたいこともあるし、新しいこともみえてきたんだけど・・・

少し落ち着いたら書いていこうと思います。


でも、人生充実しまくっています!!

ご存知の通り、僕は小学校の先生を目指しながら、平日は学校教育・週末はサッカー指導に励んでいます。

サッカーは人生を学ぶ良い学校であると思っているので、学校教育と酷似しており、教員資質向上にかかせないものと自負しております。



そんな僕がいつも思っていること・・・

それは・・・


小学校の先生で指導を行っている人って少ないなぁと思うのです。



学校教育の世界に入った時からずっと違和感がありました。

なんなんだろ。

この子ども達の目の輝きの無さは・・・

指導者との信頼関係の無さは・・・

授業がおもしろくないのは・・・



最近それが具体化されてきました!!

原因がわかったのです。



それはね・・・


”ただやらせている”だけだったんです。



小学校の先生の指導って、子ども達に”ただやらせている”ことが多いんです。

だから子ども達は”やらされている”んです。

”やらせているから、指導者の言葉は全て命令であり、考える過程を飛ばし、先に答えを言ってしまう。

もちろん怒られたくないから子ども達は指導者の言うことを聞き、怒られても平気な子は言うことを聞かない。

そして子ども達は自ら判断する機会を奪われ、自立することもできない。


以前「小学校1年生から学んぶこと」”納得”という言葉をキーワードにお話したことがありましたが、

”納得”なくして言動の進歩なんて有り得ないんですよね。

僕はそう思います。




最近の親がどうだとか・・・

最近の子どもがどうだとか・・・

最近の地域社会がどうだとか・・・

最近の先生の仕事は忙しすぎるとか・・・


どこか自分以外のもののせいにして、プロフェッショナルとしての指導をしている先生って少ないのかもね!?





指導とは・・・


”目の前にいる子ども達を成長させる”ことなのです。

”目の前にいる子どもから逃げてはいけません。



僕の指導もそう思われない様、日々反省・日々勉強・日々努力ですね。