2016年10月30日(日)

 

新木場スタジオコーストで、GLIM SPANKY。

 

スタジオコースト、満杯。1曲目「NEXT ONE」の「イエー・イエー・イエー」のところで大勢のお客さんが手を挙げている様を2階席から見ていて「ああ、いい景色だな」「こんな景色を見ることできて嬉しいな」と僕は思ったのだが、それはふたりにとっても同じだったようで、何度も「いい景色」と言っていた。これまで観てきた彼らのライブのなかでも今夜はとりわけ観客とバンドがひとつになったライブだったように思う。ハコが大きくなっても、彼らは「オレたちの側」にいると思える、そういうバンドであるところもいい。

 

亀本くんのギターが以前にも増してよくなっていた。プロに対してうまくなった…なんて言い方はむしろ失礼かもしれないけど、でも明らかにうまくなってて、ますます味が出てきた。若手では抜きんでていいギターを弾く男だ。あと、キーボードのgomesさん。彼も抜群にうまい。gomesさんが加わったのは今年4月のリキッドからなのでまだ半年程度だけど、このバンドは前からずっと5人だったんじゃないかと思わせるほどの溶け込み具合だった。いい音出てたなー。

 

中盤の「風に唄えば」と「話をしよう」。このオーガニックな2曲が全体の流れのなかでとてもいい味わいを残した。それから後半の「怒りをくれよ」から「Gypsy」の流れがレミちゃんの声もバンドのグルーブも最高に強力だった。

 

個人的に今夜もっとも響いたのはアンコールの「リアル鬼ごっこ」。ずっとやってきてる曲でありながらも、今夜のこれ、名曲感がハンパなかった。「私たちはいま輝きの中」。まさにそのことを伝えたかったのだろう。ツアーファイナルのアンコールにこれ以上相応しい曲はない。

 

僕はロックだけじゃなくていろんな音楽が好きだけど、でもGLIMのいい状態のライブを観ると「ロックが好きで本当によかった」と強く思える。そういう若いバンドはそんなにない。

 

 

2016年10月28日(金)

 

渋谷TOHOシネマズで、『怒り』。

 

見応え、ズッシリ。終わってしばし放心。

 

役者さん全員がちゃんと映画サイズの演技(オーバーってことではないですよ)をしている。この手のお話は無名俳優のほうがリアリティが出たりするものだが、この作品に限っては人気ありの名俳優たちをこれでもかと使ったことがプラスに働いていたように思う(但し…というか、だからこそ、錚々たる面々の中でもっとも強い印象を残したのはオーディションを勝ち抜いて選ばれた無名の佐久本宝くんだったりもするんだが)。

 

で、凄い映画を観たな……という思いがしばらく続いていたんだけど、ゴハン食べて少し冷静になってみると、ずっと続く演出の重たいムードに呑まれてたところもあったかもな、と思えてきた。そういう意味では優れた演出と言えるんだろうけど、考えてみると犯人の動機と怒りがもうひとつこうしっくりこないというか……。うーん。映画って悲しみや喜びの感情には自分を重ねやすいものだけど、怒りの感情となるとなかなかこう…難しいもんですね。

 

坂本龍一の劇伴がなんといっても素晴らしかったです!

2016年10月22日(土)

 

下北沢・しもきた空間リバティで、「超渦」。

 

出演は、キン・シオタニ、ナオユキ、瀧川 鯉八、立川左談次、小林のり一。

 

以下、その夜にしたツイート2つ。

 

「独特×5。みなさま超のつく独特さではあったが、小林のり一さんの(ナオユキさん言うところの)ノーガード戦法ぷりがあまりにすごすぎて衝撃を受けました。」

 

「ナオユキさんの話芸は今日も実に音楽的でかっこよく。「酔っ払いたちの物語」だっただけに尚更ブルーズだった。安酒のんで酔いたくなったりも。」

鯉八さんの話芸が新しくて面白い。また観たい。

 

 

 

2016年10月16日(日)

 

新宿バルト9で、『少女』。

 

予告編観て面白そうに思えたんだが、かなりキツかった。話に入りづらい上、映像に対してもずっと生理的な苦痛を伴いながら観てたんだが、あれこれの伏線を張りながらも結末はあっと驚くようなものにもジワっと感動させるものにもなっておらず、カタルシス、なし。自己満足的な監督の演出もアレだけど、主役のふたりに「少女」の魅力が乏しかったのも敗因ではないかと(但し3人目の少女、佐藤玲はよかった。ぶっちゃけ彼女が最も少女の厄介な魅力を感じさせた)。

 

因みにエンディング曲はGLIM SPANKYの「闇に目を凝らせば」。それがかかった瞬間だけ鳥肌がたった。この物語の核心の部分を見事に凝縮して音楽にしたものだったのだと、僕はこのとき初めて理解して「おおっ!」となったのだ。

 

2016年10月15日(土)

 

新宿ピカデリーで、『SCOOP!』。

 

『何者』を観たあと、2時間ほどあけてから、早く観たかった『SCOOP!』を。面白いだろうとは思っていたけど、期待してたものの20倍上を行く面白さ。最高。福山雅治はちゃんと(今までで一番)かっこいいし、その福山を筆頭に吉田羊も滝藤賢一も“ああいう役柄”のリリー・フランキーさえにも色気がある。『何者』を観たあとだっただけに尚更オトナの男女たちの血の通ったお話は楽しめるなぁと。

 

で、これ、福山と二階堂ふみの師弟バディものの形をとっていながら、同時に福山とリリーのバディものでもあって。そのふたりのじゃれ合いが何度か挿入されるのだが、観ていてそこに『チ・ン・ピ・ラ』の柴田恭兵とジョニー大倉が重なったりも。だもんだから僕の頭ん中ではPINKの「プライベート・ストーリー」がグルグル。とまれこの作品、大根監督映画の最高傑作だと思うし、『モテキ』よりも『バクマン。』よりも全然ツボでした(『恋の渦』の好き度とは比べるのが難しいけど)。

 

いや、それにしても二階堂ふみ。なんでもかんでも出すぎじゃね?とか思ってたけど、『何者』と2本続けて観て、やっぱ只者じゃないなぁと改めて。どっちの作品も物語の前半と後半とでリアルに表情を変えていくあたりがホント素晴らしい。彼女と門脇麦は若手女優の中で別格ですね。

 

2016年10月15日(土)

 

新宿ピカデリーで、『何者』。

 

あの若者たちのいかにも台詞を読んでいるような、なんだか血の通ってない会話の仕方(二階堂ふみと菅田将暉を除く)は、物語の展開を踏まえての意図的な演出なのか、それとも俳優たちの力量によるものなのか。その「血の通ってない感じ」こそが物語の肝であり、それが終盤に効いたりもするので、恐らく意図的な演出でもありながら役者たちが選び取った正しい演技でもあるのだろうけど、僕にはそれが一貫してリアルな言葉(会話)に聞こえなかったし、観ている間中ずっとカラダがむず痒かった。というわけで、最後まで誰にも感情移入できずじまい。それ、自分と登場人物たちとの年齢の開きからくるものだけではないはずだ。但し中田ヤスタカの劇伴のみ、血が通っていてよかった。あの音楽の効果にこの作品は相当助けられていると思う。

 

映画はノレなかったが、未読の原作はきっと面白いのだろうと思えたので、帰りに文庫を購入。就活問題はともかくSNSまわり(特にツイッター)の問題は原作が出た時点ではタイムリー…というか先見性のあることだったのだろう。映画公開がもう1年早かったら、ツイッターまわりのあれこれがもう少しリアルに感じられたかもしれないけれど。

 

2016年10月14日(金)

 

新木場スタジオコーストで、ケミカル・ブラザーズ。

 

出し惜しみなしで、がっつり2時間。スタジオコーストの最高の音響、音とシンクロする映像演出。もう何もかもが完璧。アシッド感もかなり強め。去年のサマソニもよかったけど、やっぱりあのふたりが揃うといろいろ違うんだなぁと思わされた。なんかブラザーズの本気を見た思い。集大成ってわけではないんだろうけど、集大成感ハンパなしのライブだった。ふたりが終盤で何度か抱き合ったりしてたのも印象的だったな。嬉しかったんだろうし、やりきった実感もあったのだろう。

 

2016年10月13日(木)

 

渋谷クラブクアトロで、ザ・たこさん。

題して、『ザ・たこさんのアイアンクローシリーズ 無限大記念日4 追撃戦 & 6thアルバムレコ発!』。

 

出演は騒音寺、ザ・たこさん with オオサカズ。DJで、あうんさん・すうじぃ。+MCキチュウ。

 

今年で4回目となったザ・たこさんのクアトロ公演。まずは度々共演している京都の盟友バンド、騒音寺。ヴォーカルのなべさんがザ・たこさんに対する思いなんかも述べつつ、迷いなしのロックンロールショーを展開。

 

すうじぃの、好きな人にはこの上なくたまらない曲ばっか(和ものレアグルーブ多数)のDJを経て、21時近くに我らがザ・たこさんの登場となった。

 

この日は本編序盤から「中之島公園、16時。」をもってくるという予想外の始まり。「バラ色の世界」もやったし、「グッとくる」もやったのは、つまり『ナイスミドル』リリース10周年で同作のアナログ盤が発売されたのを受けてのことだ。一方、新作『カイロプラクティック・ファンクNO.1』から「肩腰、背中」「お豆ポンポンポン」といったファンク曲も次々に投下。結果として『ナイスミドル』の歌もの曲と『カイロプラクティック・ファンクNO.1』のファンク曲のバランスが実に絶妙な構成となっていた。

 

後半戦では新作に収録された「新・ナイスミドルのテーマ」にフィーチャーされていたオオサカズを迎えて、その曲「ナイスミドルのテーマ」と「あんたはギビトゥミ」を。「あんたはギビトゥミ」でのマントショーも板につき、それは珍しく「女風呂」がなかったことを感じさせないほどの仕上がり加減であった。オオサカズのホーンの鳴りはナイスミドルのソウル濃度を高め、さらにはバーニー・ウォーレルとプロフェッサー・ロングヘアが並んで弾いてるような男女キーボードがニューオリンズとPファンクの匂いをそこに混ぜ込んでいく。その面白さ!   ザ・たこさんとオオサカズの共演はこれで終わにせず今後も度々観たいと思わされた。そしてアンコールではそこに騒音時のギタリストとヴォーカル・なべも加わっての大セッションも。

 

総じて、クアトロの照明と音響のよさも手伝い、メジャー感あふれるステージに。ザ・たこさんのあれこれのいい面がギュッと凝縮され、(いつものことだがいつも以上に)無駄な場面などひとつもない堂々たるライブとなった。メンバーたちにとっては無限大記念日4でゼップなんばという大舞台を経験したことの、それはひとつの確信と自信でもあったかもしれない(実際、終演後にメンバーは、ゼップのあとだけにクアトロが狭く感じられたと話していたそうだ)。

 

フジロックでの多数動員、そして無限大4とこのクアトロの追撃戦。数年前と比べて確実にひとつ上のステージに現在のザ・たこさんは立っている。と、そんな気がいましている。さあ、次は服部緑地野音で3時間のワンマンだ!

 

 

     

     

    2016年10月8日(土)~9日(日)

     

    Camp in 朝霧Jam。

     

    毎年行っている朝霧Jam。今年はザ・たこさんの無限大記念日4や、カエターノ・ヴェローゾが出演するモントルー・ジャズ・フェス、麗蘭の赤坂ブリッツ、ムーンライダーズの新宿ロフトなど、同日に行きたいライブがいろいろ重なってしまい、特に無限大記念日は初回から参加していることもあって迷ったところではあったのだが、やはり「フェスのなかで一番と言ってもいいくらいに好きな」朝霧Jamに行かないという選択をどうしてもすることができず……。はい、今年も行ってきました、朝霧Jam。いつも一緒に行ってる友達数人がことごとく行けなくなり、今回は初めてヨメとふたりきりでの参加となりました。

     

    8日(土曜)はバスに揺られてるときから雨が降り出し、会場に着いてテント設営しているときもけっこうな雨。なのでライブが始まるまでの数時間はテントにこもって白ワインを。しかしながらチャラン・ポ・ランタンのライブが始まる14時には奇跡的に降りやみ、結局最後のアクトが終わるまで降られることがなかった。しかも雨によってかえって寒暖差がなくなり、これまでの朝霧でもっとも寒くない1日に。かつてない濃霧(UDOフェスを思い出したほど)が幻想的なムードを作り出していたのも、むしろよかった。また、翌日(日曜)も未明は土砂降りとなって憂鬱な気持ちで寝袋に入っていたのだが、10時前くらいには降りやんで、この日も結局雨具要らず。夕方前には晴れて、輪郭のクッキリしたキレイな富士山を拝むことができた。さらに夕刻、スカタライツの演奏中には見事な赤富士も。いやぁ、美しかったな、あれは。最高の音楽と最高の景色。朝霧Jamでしか味わえない幸せが確かにそこにあったのでした。

     

    8日に観たのは以下の通り。

    チャラン・ポ・ランタン→マルツェリーナ→シアターブルック→cero→agraph→フローティング・ポインツ→トッド・テリエ&ザ・オルセンズ。終演後、ところ天国前で、義理と人情(歌は上々颱風の白崎映美さん)。

     

    朝霧2度目となるチャランポは、ドラムのふーちんを加えたトリオ編成(=チャラン・ポ・ランタン・マーチ)。「雨に唄えば」がかかる中で登場し、「アジアの純真」や「恋のバカンス」といったカヴァーから、意外にも「さよなら遊園地」「人生のパレード」などのオリジナル、また小春とふーちんのふたりでインスト曲「サンバジャ」も聴かせ、終盤は「Oppai Boogie」や「ハバナギラ」といった盛り上がり曲を続けて締めた。大ステージであっても余裕の伺えたももと小春。数年前の朝霧初出演時からの時間の経過分だけ成長が感じられたステージだった。

     

    ポーランドの女性歌手マルツェリーナは予習もせずに初めて聴いたのだが、可愛くも芯のある歌声で、親しみやすさの中にどこか郷愁も。「カントリーの曲をやります」と言って歌った曲がカントリーに聴こえなかったのもこの人の個性か。続いてレインボーステージのシアターブルックは意外にも朝霧初出演。プリンスの「パープルレイン」をストレートにカヴァーしたりも。そのあとのceroはこのフェスだからこその音響のよさも手伝い、音楽的にとてつもなく高質なステージを展開。 何しろ音のバランスとグルーヴが素晴らしい。高城晶平の声もとても強く響き、これまでタイコやフジやサークルなどいろんなフェスで彼らを観てきた中でもベストと言えるパフォーマンスだった。

     

    ムーンシャインステージのagraphの電子音は濃霧の中ということもあって幻想的に響き、続くフローティング・ポインツはループする電子音+バンドの生音が渦を巻いてアシッドな感覚をもたらした。特に音に呼応して変化する後ろの円形装置の光の動きに吸い込まれ、ここがどこだかわからない感覚になったりも。強いお酒か薬でもキメてたらぶっとんでたに違いない(というか、キメながら聴いたらさぞかしヤバイだろうなと思える音だった)。

     

    トリはレインボーステージでトッド・テリエ&ザ・オルセンズ。お洒落な雰囲気で始まり、徐々にビートを効かせてアゲていく構成力が実に見事。YMO曲(「ファイアークラッカー」)を挿んだあたりからは加速的にパーティ感が広がりだし、終盤は楽しすぎてどうかなりそうだった。それにしても素晴らしい構成力。朝霧でこれを観れて(踊れて)よかったと実感。

     

    トッド・テリエの昂揚を残したまま、ところ天国で赤ワインを飲んでいると、店員さんが「今からライブが始まるんで観てってください」と。少しするとギター弾き&歌のAZUMI と白崎映美さんによる「義理と人情」が出てきて、マイクなしの生声オンステージ。ツェッペリン曲までもを歌う白崎さんの豊かな声が朝霧の夜空に広がっていった。楽しくて赤ワインおかわりしながら聴き入っていたら、気がつきゃレインボー側のお店はどこも閉まり、さっきまでいた大勢の人々もテントに戻った様子。ウチらもテントに戻って、1~2時間ほどワインの続きを……。

     

    明けて9日(日曜)。朝方までは土砂降りだったが、起きた9時頃には降りやんでいたので、テントの外で朝食がてらまた飲みだし、その後ライブは観ずにしばらく会場内をブラリ散策。カーニバルスターではDJ KARP TAICHOと昨夜観たAZUMIがDJ+エレキギターという面白いあり方でやっていて、かかっているのはミス花子やら吉幾三やらダウンタウンブギウギバンドやらBOROやら…と完全に僕好み。いい塩梅のユルさに喜び感じながら、またフラフラ。

     

    そのあと観たライブは以下の通り。

    ミツメ→カート・ヴァイル&ザ・ヴァイオレーターズ→ザ・スカタライツ→あらかじめ決められた恋人たちへ。

     

    初来日のカート・ヴァイルがとてもよかった。朝霧2日目の夕方ちょい前というと、これまでならエイミー・マンとかベス・オートンとかシンガー・ソングライター系がハマる時間帯。そこにこの男もぴったりハマり、味のある歌とギターを聴かせてくれた。アメリカンロックとブルーズとフォークとを揺らぎながら行き来。1曲終わると何やら彼は落ち着きのない子供のようにもなるのだが、プレイしだすと途端にしまる。いや、それにしても彼のギターは僕好み。ホント、いいギター弾きよるなぁ、と。

     

    そしてスカタライツは歴史のギュッと凝縮された豊かなステージング。朝霧は音響がいいので演奏の素晴らしさもかつてないほど感じられ、そうするとなると特にドラムの凄さにクラクラ。前に集まったたくさんのお客さんみんなが本当に幸せそうに踊っていた。加えて何よりこの時間の空の美しさ。演奏と共に少しずつ日が暮れ、振り返ればそこに赤富士がドーン。まさに朝霧ならではのマジカルタイム。去年のこの時間帯に観たレーヴェンに匹敵する幸福感を味わった。

     

    ラストはあら恋。バスの出発時間となって途中までしか観れなかったが、新編成となったバンドの音ヂカラと熱量に圧倒された。あら恋は3.11のあとしばらく落ち込みから抜け出せなかった僕を(タイコクラブのライブで)救ってくれたバンドでもあるからして勝手にずっと感謝し続けているのだが、そのバンドが堂々とトリを飾ってるのを観たらどうしたって胸が熱くならずにはいられないというものだ。

     

    ところで数年前は朝霧に行けば何人もの友達や知り合いに会ったものだが、今年は誰にも会わなかった。みんなあの頃はあんなに楽しそうにしてたのに、歳をとると行かなくなるんだな。知らないうちに「卒業」してしまうんだな。なんだかさびしいね。僕はカラダが動く限り、そしてこのフェスが続く限り、ずっと行き続けるよ。

     

     

     

    2016年10月6日(木)

     

    渋谷HUMAXシネマで、ダムドのドキュメンタリー映画『地獄に堕ちた野郎ども』。

     

    結成した翌年がある意味ピークで、すぐ解散してすぐ再結成して分裂して戻ってまた離れて憎みあって……そんなこんなの紆余曲折&悲喜こもごもで40年。でもまだ続いてるっていう。

     

    『アンヴィル』的な美しい締めがあるわけでもなく、メンバー自ら「ピストルズやクラッシュみたいに誰か死んでればオレたちの人生も違ったのにぁ」みたいな“それを言っちゃあ”的発言をしちゃうあたりの侘しさがなんとも沁み入るこの映画。呑気にかっこいいなんて言っちゃられない。成功とは、バンドとは、パンクとは、人生とは…といろいろ突きつけられて考えさせられる映画でした。それにしてもキャプテン・センシブルの天才性たるや。