小説には、ノンフィクションやエッセイ等、事実を書く分野があるけれど、私が書くのは完全なフィクション。
フィクションというのは、幽霊だったり生まれ変わりだったり異世界もありの作り事。そういうものが出てこなくとも、実際はこんな都合のいいことありえない、こんなカワイイ男の子いない、こんなえぐい結果にはならない、……等々、まあ現実とは違うはず。
でも、かつての文豪や現代のドラマ脚本など読むとわかるように、偉人をモデルにしたり、作者の経験を踏まえてあったりで、結構リアルな物事が裏に流れていて、だから読み手は共感等をするのだと思う。
自分も空想の世界を描いているわけだけど、それは時に日記のようなものだと思うことがある。
その時その時の思いが端々に盛り込まれている。
大事にしていた物を失くした時のあきらめきれない気持ち、理不尽な出来事に対して「どうして」と思ったこと、こんなとき側にいてほしい人が遠い、等々。
その作品を読み返した時、そういうことがあったなあ、だからこういうストーリーにしたんだっけ、と明確に思い出すくらいに。
経験だけじゃなく、それまで読んだもの(小説、エッセイ、漫画、記事)、見たもの(景色、旅行)、観たもの(映画、ドラマ)、好きな俳優(私の場合その人をキャラクターにイメージしたりする)が、作品にすごく出る。
例えば、「となりのトトロ」を観た後、自然の中の子どもの感覚を描いたことがある。
「ブラックジャック」は医者ものだけどヒューマンドラマでもあり、読むたび人と人との不思議な関わりを書いてみたくなったり。
海外で言葉が通じなくてうまくいかなかった経験は、異世界で異星人とすれ違った話にできるな、と思ったり。
いずれもそのままそのことだけを書いてしまえばノンフィクションやエッセイになるのだろうけど。
でも、私は起承転結の物語を書くのが好きなので、そういった経験や思いを生かせるキャラと背景を作って、作り事のドラマにする。作り事だけど読めば「あ、あの頃こんなこと考えてたな」なんて思い出すわけである。
だから、いわゆるステレオタイプと言われるよくあるパターンを描いたとしても、きっとその人なりの何かがそこには宿っているはずで。「ここはこういう経験からこういう思いでこんな友人をモデルに書いた」というその作者しか書けない何かが。
パクリはアウトだけど、そういうところを見れば、オマージュはあるとしてもステレオタイプにはならない気がする、と個人的には思っている。
(了)
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