書き終えたものを読み直すと起こる現象。
たぶん物語を創作する人はみんなそうだと思うけれど、とにかく必ずあちこち直したくなる。
人物の発言なら、言葉尻に違和感があったり誰が言ったかわからないようなベタな言い方だったり、を。
地の文ならば、やたらに長くなっている一文や主語が途中で入れ替わっているような悪文を。
構成上、この段落はこっちへ持っていこう、このエピソードはもっと後ろがいいかもしれない。
そういった直しをガンガン入れたくなるのである。
自分が第三者目線となって読んでみると、引っかかる部分、気になる部分、わからない部分がウジャウジャ出てきて、どうにかしたくなってしまうのだ。
私の場合、レトリックとか文体とか、高度なテクニックが使えるわけではなく、とにかく読み手にこちらの意図をすんなり伝えたい、という思いだけ。
なのだが、これが本当に難しい。
自分だけがわかっている独りよがり、説明しすぎ、逆に説明不足、などを何百回何千回見つけてしまっただろうか。
そんな豊富すぎる反省も生かせず、今でも同じことを繰り返し、読み直しては直すのだけれど。
でも、そういう内容的な物ならまだいい。
誤字脱字レベルの間違いの何と多いことか。
ワープロの弊害と言ってしまえば言えるけど、もちろん笑えない。
ときに、ネットで公表している物語に「誤字報告」という項目で連絡をくださる方がいると、神様のように思える。
更に、誤字でも脱字でもない、自分の「書き方の悪癖」にも、毎度毎度うんざりする。
3行おきに同じ表現を使っている。直した部分に、以前の「てにをは」が残っていて「○○がは」とか「××をに」になっている等。
でも、一番多いのが、修飾語の位置が悪くて文の意味がわかりにくいこと。
たとえば、先日書いた文だけど。~「鏡にはすっぽりケープをかぶった頭がロットだらけですっぴんの私が映っている」
後から読んでみると「すっぽりケープをかぶった」のは、頭なのか私(つまり首から下)なのかわからん状態。
言いたいのは「すっぽりケープをかぶった私。頭がロットだらけの私。すっぴんの私」。
修飾語は全部「私」にかかる、ってことを、作者だけがわかっている。読み手に親切でない。数日後の自分が読んでも、多かれ少なかれ「?」が湧く。本当に多いこのパターン。
まただよ、といつも思う。どうして最初書いた際に気付かないんだろうと。
読み直して直せばいいや。そういう気持ちで最初は勢いを大事にたたき台として書いている。だからいいっちゃいいのだけれど。でも、何度か読み直して修正した後でもこれはある。
何度同じことを繰り返すのだろう……少しは学習したい。もっとサクッとスッキリした文書を書けるようになりたい。……けど、やっぱり今書いている話にもまた見つけてしまった……。
(了)
↓「降りつもる」がお題の短編です。8分で読めます。
↓「おめでとう」がお題の短編です。7分で読めます。
↓「復活」がお題の短編です。12分で読めます。



