スマホならアプリの乗換案内。パソコンならヤフーの路線情報。電車でどこぞへ出かけるときの必需品。
出発、到着、経由駅、望む日付時刻を入れるだけで、路線とかかる時間と運賃もわかる。乗換のための乗車位置や、時間優先なのか運賃の安さ優先なのかも選択可。もう便利で便利でこれがない時代には戻れない。
でも。ときどきちょっと不便だな、と思うことがある。
全体が見通せない点。
今も手元に、駅員さんからもらった路線図がある。それもA3の特大。
昔はこれをじっと見つめて、AからBへ行くにはどう乗り継ぐかを考えたものだった。こっちの方が乗り換えなしで行けるけどぐるっと大回りなんだな、とか、この線はこっちの線としばらく並行しているんだな、とか、違う路線の違う名前の駅が意外と近くて歩けそうだな、とか。路線図だと一目でわかる。アプリだと、点から点のピンポイントなので、全体図がわかりにくいのである。
カーナビにも似たようなことを感じた。
行き先を設定すると目的地までのルートを設定してくれるけど、それに頼りきりで自分の頭に何の地図も描かれない。言われた通りに「そこを右方向です。左です」と曲がっていくだけ。連れて行ってもらうだけでちっとも道を覚えられない。
もちろん私は方向音痴なので、100mごとに車を止めては地図を確認していた時代があって、今となってはカーナビなしでは運転できない。けど、その頃は土地勘のないところで変な角を曲がってしまい、妙な場所に出て一通で苦労して、などと失敗を重ねたせいでいやがおうにも道を覚えた。だから、その後は曲がり角を間違えても、何度も迷い込んだ経験上、こっち方向に裏道があったよなあ、と慌てずいられるようになるのである。
辞書についても同様。
今は単語を入れればポンとその意味や使い方が検索される。ネットでも電子辞書でも。
でも、例えば紙の辞書で「秋」を引くと、次に「空き」「飽き」がきて、「秋収め」「秋落ち」「秋風」「秋草」と秋のつく言葉が並び、「商う」とか「明らか」とかが同じページにある(昭和版の辞書です)。あき、ってそんなにいろいろ言葉があるのね、とか思いにふけったり……。
要はやっぱり単語一つのピンポイントですぐわかる便利さの反面、似たような音で違う言葉がこんなにあることを知るチャンスが減る。
CDが出た時も思った。
カセットテープだと先送りするのが面倒で、録音順にそのまま聴いていたけど、CDなら好きな曲にすぐ飛ばせる。結果、聴きなじみのない曲は、聴きなじめないままなのだ。
いや、便利なんだけど。その恩恵には十分浸っているんだけど。でも、回り道とか無駄足とか寄り道とか道草とか……そういうのを省いて直な答えだけを叩き出せるせいで、損している面もある気がする。
(了)
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