たとえば、学生時代の試験前。机の前に座ったはいいが、その気になれずつい部屋の掃除など始めてしまう。読むつもりじゃなかった推理小説を手に取り、ふけってしまう。どうにか試験に関係のあるところまで戻ってきたとしても、色とりどりの美しい計画表を作るだけで終わる。
たとえば、保険契約などの面倒な書類。目を通すのが億劫で、先へ先へと延ばしてしまい、結局勧められるままにうなずくことがある。
年末の大掃除。夏冬の衣替え。扇風機と温風ヒータの入れ替え。自分がやる気にならないと全く進まないこと。冒頭から並べてみた。
そしてそれは、今私が目指しているところの「物書き」という作業にも通ずる。
会社勤めのお仕事であれば、9時から5時まで、とか、この作業が終わるまで、とかの縛りがある。管理者がいて目を光らせている。お金をいただくというプライドから、何とかそれ相応の仕事を時間内にやり遂げるテンションが保てる。
ところが、物書き修行とは基本一人の作業なので、誰も管理してくれず、それ相応の仕事がいつまでかかろうが、クレームも何もないのである。
で、だらだらしていると何も出来上がらない。出来上がらないのに、だらだらすることを止められないことがしょっちゅう。
やれ風邪をひいたの、バイトが繁忙期だの、どうしても見たいテレビがあるの。そんなことで、か弱い集中力は軽く吹っ飛ぶ。どうにかパソコンを立ち上げるところまではいっても、なかなか書きかけの原稿ファイルを開くことが出来ず、ゲームを何十分とやっている。
気付くと1ヶ月かかってもプロットの1行すら出来ていない、という恐ろしい事態に直面する。更に恐ろしいのは、それでも誰も困らないということ。書き物が仕事になるところまでいっていないので、私自身ですら実害はない。
だから、様々なコンクールを締切に見立て、そこに間に合わせるようスケジューリングするのがここ数年の怠け回避法である。
それでも「もう間に合わないからいいや」と逃げてしまいそうなとき、必勝の魔法の言葉をつぶやく。
「あと1時間だけやろう」
あと1時間だけやってから、好きなドラマの録画を見よう。あるいはおやつを買いに行こう。飲みに出ちゃおう。などと決めると、それまでゲームだのメール整理だの延々だらだらしていたのに、意外と切り替わる。切り替わると1時間で終わらず、ノッてきたりするのが大体だ。
ゲームする前にそう唱えれば、もっと時間を無駄にしなくていいのにね。なぜかそうならないのが、自分の甘さ……。
(了)