どこかのラジオで、「中国語の勉強してますか」とのアンケートを取るという企画があった。
大学の時、必修で第二外国語があり、フランス語、ドイツ語、中国語のどれかからの選択だった。自分はドイツ語を取ったが、あのとき中国語を取っていたら、今の時代に少しは役に立てる位置にいられたかも、と思ったりした。
しかしそれは一瞬。何を選択しようが同じだったろう、と思い直した。
なぜなら、ドイツ語、全く身になっていない。どころかほとんどきれいさっぱり忘れている。語学は好きな方だったのだが、このときは嫌いだった。
何せ面倒なのである。文法は英語と似ているからいいとして、何故に名詞に性別があるのか。しかもそれに応じて定冠詞が変わる。加えてまさかの、動詞も場合によって変化する、という暴挙。一体辞書でどういう綴りを引いたらいいのかわからんちん。
無理。
友達に手伝ってもらってどうにか単位は取ったものの、センスゼロだったのだと思う。
でるですでむでん。定冠詞の変化を暗記した、それだけは今も念仏のように覚えている。
文章で記憶に残っているのはたった一文。イッヒリーベディッヒ。=アイラブユーである。もちろん使ったことは一度たりともない。
だからあのとき中国語を取っていたとしても、今何の足しにもなっていないと断言できる。もしも何か国際的に役に立ちたいならば、そう思ったときに一から勉強し直すしかないのだ。どの言語にしても。
高い学費を払ってくれていた親に、今更ながら申し訳なく思う。今なら何か勉強を始めようとすれば自腹になる。元を取らねば、と超必死になる。
しかしいかんせん記憶力や集中力、柔軟性などが当時と雲泥の差、半減どころか誤差分くらいしか残ってないのでは、というほど目減りしている。
吸収力が今の何倍もあったあの時期に今の貧乏性が発揮できていたら。今の半分でも必死になれていたら。と、残念に思う。
人生って、何かと何かの絶好調期は重ならないものなのね……。粛々とその時々に出来ることをやるしかないんだな。
(了)
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