レベル一つ上の悩み(17/9/10) | 石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

 のび太じゃないが、昔から人をうらやましがってばかりいた。

 

子供の頃は「自分の部屋」。姉妹がいたのでずっと相部屋だった。だから友達がベッドの位置を変えるとかカーテンを春らしくしたいとか言うのが、夢のようで憧れた。けれど悲しいかなピンと来なかった。ベッドの向きをどうするとかカーテンの模様は花か葉っぱかと悩んでいる、と相談されても、イメージがさっぱりわいてこないのだった。

 

学生の時は成績や部活。自分は何百番というレベルの成績で、でも近しいクラスメイトが「今回順位が二桁に落ちちゃって」と悩んでいた。自分だって頑張ったつもりなときにそう愚痴られると、うらやましいを通り越してさめざめとしてしまった。

また、「あと少しで勝てた試合を、何が足りなかったか」と悔やんだり反省したりする部活仲間には、うらやましいは歪んで変形してひねくれた。そもそもレギュラーになれず試合にも出られなかった自分には、そんな悩みは雲の上、全く共感が涌かなくて「こっちに言うな、バカヤロー」だった。

 

思春期になると一番盛り上がるのが恋バナ。ところが自分に発信できる話は全くなし。聴くだけでも楽しいが、正直、ドラマか漫画かどっか遠くのファンタジー? てな感覚でしか捉えられなかった。だから、クリスマスどこ行くなどのワクワク感も、彼氏の不誠実やら失恋やらを悩んで泣いてやつれるのも、連発されるとイヤになる。こっちからしてみれば「そんなの関係ねー!」としか思えない。狭い心の持ち主だった。

 

思えばいつも、世の中でその年齢でメジャーなことが、自分には欠けていた。だからそのレベルにいる人の愚痴を、「レベル一つ上の悩み」と名付けて羨み僻んでいた。そういうレベル差があって「その気持ちわかるわかる」などとは慰めることができないこちらに、悩み相談してくる相手が腹立たしかった。「自慢なの? 自慢したいだけ?」と思わせられ、ぎくしゃくして関係が終わった友人もいる。

 

そうして気が遠くなるような年月が過ぎてから、「あの人の気持ち、これだったんだ」と腑に落ちることがある。今更ながら「わかるわかる」と言えるようになったことが少しは増えたのかもしれない。それにしても世間一般の人からしてみれば、大幅に遅れている。未だに欠けている「当たり前」なことも自分にはまだまだある。

 

経験が乏しいということは、相談されて嫌な思いをしたり狭い心しか持てなかったりと、とても寂しい人間になってしまうのだろうと思った。

自分自身を振り返ってみても、躓いた時に相談するのはその分野で豊かな経験がある人だ。人として人に温かく接することができるのはそういう方なのだとつくづく思う。

 

そういう意味で、自分はいつになっても嫌な人間を脱しないのではと切なくなる。これなら自分に相談して、と胸を張れる分野がない。


ああ、1つだけ。

本人がどれだけ純粋に悩み相談のつもりでいても、相手によっては自慢話にしか聞こえないことがある。「あなたにはわからないでしょうけど、私ってこんなに大変なのよ」と。それがどんな気がするか。それだけはわかる。それなら経験豊富だから。

 

(了)

 

 

 

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