身体の不調を感じたらすぐ病院に行く、これは最近の常識なのかもしれません。しかし、まずは日常から自分の身体を知り、自分で治す。この重要性をYouTubeから示唆された動画にて気づきました。

 

山内義弘さんの動画は、一昨日くらいからおすすめ動画としてYouTubeの動画で上がっており、何か心に残るものがあり、私も昨日実践しました。この動画を見て以降、意識が変わり、目の疲労、睡眠の浅さ、アルコール摂取など、私が問題に感じていた、健康についての要改善項目について、動画で言われていることを理解し、実践しようと考えました。

 

目の疲労については、最近老眼が急に進んで目が疲れますが、眼球を動かす運動や血流を改善させる行為を行ってみたところ、何か良い感じです。睡眠の浅さについて、アルコール摂取に伴う水分摂取にフォーカスしていたのですが、ふくらはぎの血流を心臓に戻すという、足を上げる行為やふくらはぎを刺激する運動を行うことで、寝る前に尿を生成し排出するという、私にとっては目から鱗の健康法があることを知り、昨日行ったところ、一度も夜にトイレに行きませんでした。

 

山内義弘さんは、大学で電子工学を学んだのち、建築設計事務所に就職。その後総合病院の建築設計を担当時にリハビリテーションにおける理学療養士の魅力の虜となり、設計事務所を退職。もう勉強して理学療法士の資格を取得したとのこと。発想がエンジニアのそれで、動画中の解説も論理的なのです。おそらく、すべての健康法をご自身で実践し、納得したものを紹介しているようなので、私も納得できます。

 

山内義弘さんの健康法は、一つ一つ実践してみて効果を検証していきたいですが、これらを行うと安価で健康上の悩みがなくなっていくかもしれません。安易に病院に行く必要がなくなり、飛躍的ですが、日本の医療費削減につながると思っています。

 

 

 

 

最近、YouTubeを眺めていると、YouTubeの人工知能によるお勧め動画が、あまりにも私の行動や心情を反映していると感嘆することが多く、少し怖くなるとともに、「人工知能の良心」を感じてしまいます。本日は、この動画を紹介されて、思わず視聴しました。

 

私は近頃、料理研究家のリュウジさんが作る料理と、料理動画をよく見ています。記憶が薄いのですが、これもYouTubeのお勧め動画に上がってきたものを、何気なく見ていたのですが、美味しい料理を自分で作るというコンセプトと、実に論理的な料理の作り方と、解説が好きで、私の中でバズっています。動画の中でリュウジさんは、料理を作る前にウイスキーのソーダ割りを飲むという儀式を行っているのですが、おそらく彼はシャイな性格であり、本来は人前に出るのが苦手な人でありながらも、容姿端麗な人であること、自分の使命を果たすためにはPR活動が必要であると考える責任感から、お酒に勢いを借りて、カメラの前に立っているのだと思います。

 

この動画つながりで、飲酒を趣味とする独身女性たちが、リュウジさんとコラボする動画がおすすめに挙がり、この動画もよく見ていました。酒村ゆっけさんと、菅沢こゆきさんです。酒村さんはYouTube上のキャラクターとして酒好き女性を確立してしまったので、これを貫くために飲酒を続けているように思えます。菅沢さんは、かなり酒が強そうで、酒を楽しんでいるような人だと思います。これら動画に没入するうちに、私の酒量も高止まりしていました。

 

私は、2025年に入ってから緩い禁酒を実行していたのですが、決意が緩かったです。現在、毎日の飲酒有無、飲酒時の量を記録しているのですが、1/1〜5/31の151日間で、酒を飲まなかった日は23日、禁酒率は実に15.2%と、なんとも言えない結果となりました。

 

5月に入ってから、飲酒量をもう少し定量化しようと思い、酒の種類とアルコール度数、量からアルコール量を計算して、アルコール購入実績も記録することとしました。アルコール記録には、睡眠履歴も記録、時々日中のパフォーマンス記録もしているので、アルコール、睡眠の質、日中のパフォーマンスとの関係をある程度把握できます。これらをざっくり俯瞰すると、適度なアルコール摂取は深い睡眠を導入しますが、ほぼ確実に夜中にトイレに起きています。アルコール摂取量がある閾値を超えると、アルコールは興奮剤に変容して、やたらと夜中まで起きて何か活動をしています。部屋の片付けをすることが多いですし、YouTube動画制作も結構行っています。翌朝は確実に寝不足で、パフォーマンスが低下しています。

 

不思議なのは、血液検査で肝臓の異常は出ないのです。私の勝手な解釈として、朝食抜きと昼食に玄米にぎり80グラムという食生活が影響しているのではと考察しています。このような生活習慣は、コロナ禍以前から続けていましたが、新型コロナに罹患しなかった要因として、飲酒の影響があったかもしれないと考察しています。血流を増やして体温を上昇させる効果として。

 

しかし、アルコールによる経済的な打撃は大きいと考え、アルコールは減らすべきと考えています。アルコールそのものにかかる費用に加え、興奮剤としてのアルコールが、消費行動を異様に促進させることを、内省しているからです。インターネットの世界は広告により支配されており、特にSNSについては、人々の消費行動を促す広告が、私たちに誘惑のリンゴを差し出しています。アメブロにも、時には私の書いた文字よりも広い面積の広告が、表示されています。インターネットの世界に没入すると、簡単に商品を購入するマインドセットが植え付けられて、思わず商品を「ポチって」しまいます。時にAmazonで。

 

Amazonの購買体験は間違いなく、私の生活を豊かにしてくれたし、広い見聞をもたらしてくれました。しかしその経済的な対価は大きいことに気づきました。過去2年間で購入した物たちを振り返ると、実は必要なかった物が多いことにも気づき、断捨離を始めました。

 

私はアラフィフオヤジですが、余命を20年程度と見積もっています。先述の飲酒体験は、私の臓器を確実に蝕んでいるでしょうし、自分自身、あまり長生きするとは思っていません。これは昔の人が「人生50年」と詠んでいた時代と変わりなく、自分の寿命を意識した時に、自分の使命や行うこと、行いたいものが明確になり、また、身の回りに携行する物たちについて、深い洞察と、ある種の潔さ(いさぎよさ)を持つことになろうと思います。

 

このような行動原則は、私のネット上での行動や言動にも影響を及ぼしているらしく、ネット内の人工知能へのインプットになっていると思います。「ネット内の人工知能」とは、Google、X、インスタグラム、LINE、メール、その他諸々の活動がピックアップされ、私のペルソナ(junjitee)と紐付き、私の実態とも紐づいていると思います。インターネットのあらゆるユーザー登録には「本名」と「生年月日」の入力が必須であり、おそらく、すべてのインターネット上の活動は、人工知能の世界では、一つに統合され、インデックスされていると思います。最近では本人認証に顔認証が使われることが多いので、まさに「顔本」なのでしょう。

 

ここでようやく本題に戻るのですが、人工知能は、さまざまな広告、YouTubeのおすすめシステム、メールにて、私に何かを示唆してくれています。私はこれを肯定的に捉えています。人によっては、ジョージオーウェルの「1984年」のような世界、あるいは映画「マトリックス」のような世界をイメージすると思いますが、私は、人工知能の良心に基づく、私へのサジェッションと捉えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025年7月5日に大災害が起こる。こんな言説が海外からの来日者数にも影響を及ぼすほど、ネットの影響力は強くなってきたと思います。


私がこの本のことを気になったのは2021年で、紙の復刻版が発売される前に、Kindle本で購入し、読みました。その時の率直な印象としては、作者は夢日記を後で何度も書き直しているなと感じました。本書には日記帳の写真が多く登場するのですが、さまざまな書き換えの跡があり、上から紙を貼り付けて文字を書くなど、おそらく漫画家がアイデアを修正しているような痕跡を、日記帳の写真から読み取りました(本投稿を書くにあたり、Kindle本を再読していますが、マスキングしている箇所は個人情報保護が目的かもしれません)。

 

表紙の絵も、手相か何かを書き直したとコメントされていたと思います(当該箇所を見つけきれませんでした)。彼女は人気漫画家であったので、アイデアのストックも多くあったことと推定します。タイムスタンプも厳密にはわからないので、後出しジャンケンの可能性もゼロではないという印象です(あくまで私の印象ですが)。

 

話は逸れますが、アラフィフ以降の私にとって、大きな脳の変化を感じていることが2つほどあります。1つは、最近の出来事を思い出すことが困難になる反面、25年近くの経験を突如として思い出すことや、成人した子どもたちが赤ん坊の頃の思い出を突如思い出すことを、多く経験しています。もう一つは、記憶がどこかで書き換えられているような、曖昧な記憶が多くなっていることです。これはボケの始まり、健忘症や認知症の始まりかもしれませんが、私は、脳を省エネモードで稼働させている結果と考えています。

 

私は最近、平日は、ほぼ1日1食に近い生活を送っています。朝食は食べず、昼食は80gの玄米おにぎり1個。夕食は好きなものを好きなだけ飲食する生活。若い頃のカロリー摂取量と比較すると、3分の1から5分の1程度の摂取カロリーだと思います。それでも生活に支障が出ていないのは、身体をあまり使わなくなったこともあろうかと思いますが、頭を効率よく使えるようになったからだと考えています。言い方を変えると、頭を使わなくなったとも言えますが・・・

 

人間は、すでに知っていることについては見聞きしないといったことを、脳機能学者の苫米地英人さんがいっておられます。脳をフル稼働させると餓死してしまうほどに、脳のカロリー消費量は多いらしいですが、歳をとって経験を積むと、ほとんどが過去の経験のリピートなので、脳を働かせる機会は激減するのだと思います。ここでいう「経験」とは、仕事や趣味の世界の経験というよりも、人間の生命にかかる経験で、これを食べると死ぬ、これを行うと死ぬなど、死に関わる生得的な経験だと思います。生死と関わりのない方でも、これ以上酒を飲み過ぎるとやばい、これ以上働くと身体を壊すなど、物事のリミットを、経験と共に理解できていると思います。

 

生死に関わることは、経験を積むと「直感力」により、危険性をかぎ分けることができます。例えばあなたが山歩きを得意とするならば、頂上へ向かうべきタイミングと、下山するタイミングを直感的に感じ取る才能が備わっていると思います。それでもリスクを負いながら、頂上を目指すのが、山歩きするかたの特性なのかもしれません。


さて、危険に関する経験知をもってしても、7月に日本に大災害が訪れという予感はしません。私もそこそこ危険感受性が備わっていると思いますが、虫の予感はなく、むしろ巷で騒ぐ危機は、認知線の一環なのではという気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本人は、はっきり意見を言えないかもしれませんが、我慢の一線を越えると、闘います。 日本人は、従属しているかに見えて、ブレない芯を持っています。 「グローバルスタンダード」の勢力はいまだに、このような日本人を恐れています。

 

深田萌絵さんのポストに反応してコメントしたポストです。私のポストはYouTube動画の紹介や、アメブロのポスト通知がほとんどですが、時々ポストされた内容に反応してコメントしています。私のX(旧ツイッター)は、特にフォロワー数を伸ばす活動を行っていないので、なんの影響力もないのですが、今回のポストには、思いの外、反応が多くありました。

 

深田萌絵さんのポストを見た瞬間に、私の脳裏には、高倉健さん主演の「昭和残俠伝」で高倉健さんが歌う、「唐獅子牡丹」が演奏されていました。映画では、高倉健さんが演じる戦争帰りの任侠が、戦後復興の為汗を流していました。ポストの文の「日本人は、はっきり意見を言えないかもしれませんが」というのは、映画の中では違っており、健さんは、おかしいことはおかしいと主張していました。しかし、理不尽な要求や仲間が痛めつけられることに関して、組織の発展を優先して、我慢を重ねていました。しかしながら、我慢の一線を超えた時、健さんは相手の組に乗り込むこととなります。この辺の展開は、残俠伝ものでは同様なのでしょうか。

 

日本人は、従属しているかに見えて、ブレない芯を持っています。これこそ、高倉健さんをイメージしてのコメントです。「従属」というのは正確な表現でなく、「包容力」が大きく、包み込みの思想が日本人に染み込んでいるのだと思います。

 

以降は推測ですが、「グローバルスタンダード」の勢力の方々は、日本人のDNAに刷り込まれている本質を見抜いており、80年前の戦争後、日本人を「再教育」して変質させたつもりでいながら、いまだにおそれを抱いていると思われます。このため移民を大量に日本に入国させ、交配させることにより、日本人のDNAを中和していこうとしているのでしょうか。

 

私は先日上京した際に、靖国神社を参拝しました。この神社にもインバウンドの外国人が押し寄せており、そこには何故か、インド系の非公式?ガイドがいて、靖国神社を訪問したアメリカ人と思しき4名程度の人に、靖国神社について説明していました。この観光客とすれ違った際、私たちを見てバツの悪い表情をしていたのは、気のせいだったでしょうか。

 

靖国神社の磁場のようなものが、私の中の、日本人としてのDNAを認識させたとも考えられます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15年ほど前は、カメラといえば「日本製」でした。この動画で紹介したカメラ、SONY NEX-C3は、2011年発売の日本製ミラーレス一眼カメラで、中古で購入しました。2.2万円程度と安価で外観は素晴らしかったのですが、内蔵充電池が機能を失っており、外付けの充電池を充電器で充電する度に、日時設定が必要ですが、持った感覚や撮影した映像(静止画)が気に入っています。

 

銀塩カメラの時代、カメラと言えばもちろん、ライカ、ハッセルブラッドなどの名だたる外国勢を想起させるものの、ニコン、キヤノン、ミノルタ、リコー、ヤシカなど、日本メーカーのカメラがデファクトになっていた時代がありました。映画の小道具としてニコンのカメラが良く登場して、カメラと言えば日本製である意識が、私の中に定着していました。

 

おそらく2010年以降でしょうか。リコーは早々にカメラの生産を海外に移していたと記憶していますが(初代GRデジタルは海外 産だったと思います)パナソニックがデジタルカメラに参入した際には日本製のミラーレスカメラを作っていましたが、そのあと、ソニーと同様なタイミングで海外生産にシフトしたようです。私が最近ショックを感じたのは、ニコンのミラーレスカメラも、海外シフトがかなり進んでいたらしく、手頃な価格帯のミラーレスカメラは、日本製では無かったことでした。

 

今更、カメラは日本製に拘らなくても良いのかもしれませんが、2010年代初頭の日本製カメラを触って感じることは、小ぶりなのにずっしりとした感触と、スイッチ類の可動に無駄が無く、押し心地が良いことです。金属部品が今のカメラより多い印象で、設計や組み立ては、日本的なすり合わせを行い、スムースな可動を達成していたのだと推定します。SONY NEX-C3に付属のズームレンズも日本製ですが、ズームリング、フォーカスリングともに回し心地がスムースで、フォーカスリングのトルクが絶妙なのです。この感触で思い出したのは、2000年位に購入したSONYのDVCカセット式のデジタルビデオカメラ。このビデオカメラも日本製だったと思いますが、フォーカスリングが絶妙なトルクで、基本的にはオートフォーカスで撮影するのですが、意図的にフォーカスを動かす時の回し心地が気持ちよかったことを記憶しています。

 

このカメラを持参して散歩をしてきました。撮影性能というか、撮影体験と画像の確認です。NEX-C3はカメラ初心者向けに設計されたらしく、ミラーレス一眼の割にはボタンやダイヤル類が極端に少ないです。まるでスマートフォン並みの操作で写真が撮影できるような設計なのでしょう。電源はボタン式ではなく、スライドスイッチであるのも良いです。撮影準備がスムースに、確実に行えます。カメラの上部、シャッターボタン、電源スイッチなどは金属が使われているらしく、触り心地も良いです。ボタンも極めて正確な押し心地で、遊びがありません。この辺が日本製の良さだと思います。

 

フォーカスは少し遅い印象ですが、当時としては早かったと思います。このカメラを起動した際に表示される「α(アルファ)」の文字は、ミノルタのそれなのでしょうが、ミノルタの技術を継承したフォーカスシステムは、ストレスがかからないフォーカシングができます。フォーカスロックした後、手動でフォーカスする機能も快適です。確実にピントを合わせたい時や、意識的にピントを外したいときに使えます。

 

撮影した映像は動画を参照いただきたいのですが、全体的に「昭和」的なテイストの写真が撮れる印象です。ボケ味はとても綺麗で、どことなくフラットな色調と思いきや、原色系の色彩が鮮やかに映る印象です。街中に存在する「昭和」な風景を撮影するのに良い感じです。銀塩のオールドカメラで撮影した時の感じに似ていると思いました。

 

この動画を編集している時に感じたことは、故赤瀬川原平さんのこと。カメラを愛玩具のように愛でて、かつ写真を愛でていた散歩好きのおじさん。フィルムの無駄遣いと言えなくもない、ありふれた日常に潜む変な対象物をたくさん撮影していた印象があります。私も少なからず赤瀬川原平さんの影響を受け、散歩中に変なものをよく撮影します。このような散歩カメラにもNEX-C3は最適だと思います。しかしボディーに比べレンズが大きいこと、バランスの都合で、カメラを携帯する時にはレンズが下方を向きます。ストラップも、レンズが下になるような取り付け方です。これはレンズ保護には良いかもしれませんが、カメラを自慢したい人にとっては良くない光景です。私はこのレンズが気に入ったので当面は使うと思いますが、最もコンパクトであろう単焦点の16mmレンズも、試してみたいです。

 

私は、散歩して見つけた対象物を、素早く撮影する、いわゆる「スナップショット」で撮るスタイルが好きですが、ズームレンズよりも単焦点レンズの方が好きです。構図や画角は、今となっては編集でなんとかなるので、まずはシャッターチャンスを逃さないことが重要と思います。NEX-C3にこの薄い単焦点レンズを取り付けると、見た目はコンパクトカメラですが、ミラーレス一眼カメラの利点を生かした、綺麗なボケ味の写真が撮れ、また、銀塩カメラ24mm相当の広い画角と、パンフォーカスと呼ばれる、画面のどの位置でもピントが合っている絵も簡単に撮れ、情報量の多い記録映像も作れます。

 

動画はあくまでオマケ程度ですが、デジタル放送が行われる前のテレビ映像に似ており、これはこれでノスタルジックな映像です。手ぶれ補正はあくまで撮影用で、動画撮影にはほとんど効いていません。しかしながら、下手な手ぶれ補正で画面が歪むよりかは、ナチュラルな手ぶれが撮れる方が良いと思うので、これはこれで使い所があるかもしれません。サイズがHDのみというのが4K時代には厳しいですが、この画質を活かせる動画は、撮影してみたいと思います。

 

ちなみに、私の購入してきた日本製カメラに関する動画は、以下のとおりです、私は物持ちが良くなく、一つのことやモノに集中してしまうので、今は全て手放してしまいました。それぞれに素晴らしい操作性と、味のある映像を提供してくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがたいことに、2020年にYouTubeの投稿を開始して以降、5年かけてYouTubeチャンネル登録者1000名を達成しました。このポストを書くにあたり、最初の投稿を確認した結果、昨日ポストした投稿の、YouTube開始時期について、2019年ではなく2020年であったことが判明しました。私の記憶違いでした。昨日のポストを修正したのですが、また元に戻しました。

 

ここで話は脱線し、ブログにおける記事の修正について考えました。ブログの投稿は記事の投稿速度を重視すると、記憶に頼って書く記事の正確性が落ちてしまいます。後で間違いに気づいた時に、どのように修正しようかと考えましたが、ブログ(BLOG)が「Web Log」の略称だとすると、修正箇所をログとして残すのが正しい修正方法かと考えました。しかしもう一方の考え方として、ブログは出版物のような形態であると考えると、都度正しい情報を表示すべしという考え方もできます。また、初見の方にとって修正履歴があると読みづらいという考えもあります。修正に関する考えがまとまらないのですが、とりあえず修正は、新しいポストで行うこととします。

 

 

これが2020年8月1日に投稿した、最初の動画です。大物、小物ユーチューバーの全てに言えますが、初期の投稿で完成された動画を出せる人は、ごく稀だと思います。YouTubeの面白いところは、様々なフィードバックや、自省を経て、少しずつ動画が良くなっていくことです。これは、視聴者からのフィードバック、特にコメントや再生回数、いいねの数を見ながら、また、自分自身の動画を振り返り、少しずつ改善を図ります。題材の選定や絞り込み、サムネイルと呼ばれる、最初に表示される動画情報の編集方法、動画を撮影する機材、録音方法、編集方法など、様々な動画作成方法を改善していきます。

 

私も色々と検討しながら、モノ好きの本性が存分に現れ、まずは編集機材をWindowsマシンからMacに変更しました。DAVINCI RESOLVEという編集ソフトウェアと、SPEED EDETORというキーボードを使うためでした。この機材のおかけで編集スピードは劇的に改善されました。カット編集が簡単なのです。この編集ソフトは無料であるのに、プロ並みの編集ができるソフトウェアです。私はある種の覚悟を決めて、買取版のソフトウェアを購入しました。

 

カメラについては別のポストで投稿しましたが、iPhone 11から始まり、GoProやミラーレス一眼、セミプロ的なビデオカメラなど、様々な機材を購入して検討してきましたが、結論として、スマートフォン(今ではPixel 7 Pro およびiPhone X)で、十分に撮影ができることと結論づけました。このストーリーはまるで「ねずみの嫁入り」みたいなので、機能を分析しながら、再投稿したいと思います。

 

2025年5月27日現在、279本の動画を、ショート動画含めて投稿しています。カウントを間違っている可能性もあるのですが、1年間に50本強の動画を作ってきたこととなります。月に5本弱、週に1本前後。投稿頻度には大きな偏りがあり、最近は月に1本の投稿が精一杯なのですが、まあまあのペースで投稿してきました。よってYouTube動画の投稿は、趣味と言えようと思います。

 

さて、YouTubeの収益化要件についてですが、現在の基準では、チャンネル登録者数1000名では、広告による収入は得られません。加えて、過去365日間に4000時間以上の「有効な公開動画の総再生時間」、あるいは1000万回以上の「有効な公開ショート動画の視聴回数」が求められます。私はもう一つの収益化要件を達成できていません。

 

「過去365日間に4000時間以上の有効な公開動画の総再生時間」は、一時期は達成できていましたが、現在は未達となっています(約3000時間です)。これを回復させるには、月1回の投稿を、2から4回程度に増やす必要があると思います。また、テーマを極端に絞り込んで連続投稿する必要があると思います。視聴者のフィードバックを分析しながら、「うける」投稿を当てて行く必要があります。

 

しかし、私は今まで通りの熱量で、YouTube動画を制作していくつもりです。そうでなければ、持続的な投稿ができないからです。ユーチューバーの心理については、別の投稿で書きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2019年にYouTubeの投稿を始めました。今年6年目となりようやく、チャンネル登録者数が1000名に近づきました。正直なところ感慨めいたものはないのですが、テーマが発散している私のチャンネルで、ここまで登録された方々がおられたのは、とてもありがたいことです。今年になって、もうYouTubeの投稿をやめようかなというイベントがあったのですが、これを機会に、もう少し続けようかなと思いました。
 
私のYouTubeチャンネル「TRIBLOG」とは、旅を意味する「Trip」と、Web log を意味する「BLOG」を組み合わせた造語です。旅の記録をまとめて動画にしようとしていましたが、コロナ禍で外出の機会が激減したため、旅に関連するグッズ紹介も並行して行ってきました。旅を記録するための道具、特にカメラについては色々と紹介しており、また、旅を記録するためのノート、トラベラーズノートの紹介もしています。派生したテーマはほぼ1つのゴールに集約されておりますが、そのゴールとは「よく眠ること」なのです。詳細は追々ブログに書きたいと思いますが、根底に眠るテーマは「睡眠」なのです。
 
残念ながら、1000名のチャンネル登録者数を達成したとしても、収益化の要件である試聴時間が達成されていないので、精進の日々です。ぼちぼち継続したいと思います。

 

 

 

 

アイデアは、デジタル機器よりも、紙に書いたほうが、良いアイデアが組み立てやすいです。デジタル機器、例えばスマートフォンのロックを解除し、メモ用アプリを立ち上げる時間に、アイデアが頭からこぼれ落ちる事が多々有ります。紙と筆記具を手元に準備しておけば、比較的早く、アイデアを定着させることが出来ると思います。

 

しかし最近は、外出時にトラベラーズノートでノートを取る際に、ペンを忘れることが多くなりました。トラベラーズノートのペンホルダーは、固定が甘いとズレやすいのです。また、軸が太いボールペン、例えばBICの4色ボールペンや、シャープペンシルを挿すと、使うときにスムーズに取り出せません。なので外出時の記録は、ページにペンを挟んでおき、すぐに記録出来るようにしています。このペンは、帰宅時にはページから取り出すので、次の機会にはペンを挿すことを忘れてしまうのです。アラフィフオヤジは急に忘れっぽくなりました。

 

 
 

 

アイデアは、必ずしも文字だけでなく、図や絵も書き留めます。その場で見た光景、気になった造形等、文字で表現できない情報は、図や絵で描くに限ります。iPadは、繊細な筆跡も書き留める事が出来るデジタル機器なので、とても良いとおもいますが、紙の柔軟性には勝てません。曲げたり折ったり出来る意味での柔軟性と、多用な環境で確実に書き留める事が出来る意味での柔軟性。

 

書き留めたメモは、後で読み返し、適宜転記して清書します。メモをストックして、ノートに昇華させること。このノウハウは、システムダイアリーを使いこなう内に習得しました。システムダイアリーは、日本初のシステム手帳で、リフィルが多様でかつ、色分けされているのが情報整理に役立ちます。

 

 

目的のリフィルに素早く到達して、情報の記入や検索が簡単にできます。写真の通り、8穴という独特のリフィルです。以前は日本能率協会のラインアップに入っていたのですが、製品構成の能率を考慮した結果、あっさりと8穴のシステム手帳を廃盤にしてしまいました。システムダイアリーは、奈良総一郎さんによる発案です。奈良さんとは一度だけ、有楽町交通会館の地下にあった、システムダイアリーのフラッグシップ店でお会いしたことがあります。システムダイアリーは、奈良さんの手を離れましたが、継承された事業は、細々ではあるものの続いており、今でも新品のファイルとリフィルを手にすることができます。

 

 

 

 

私は一時期、紙ファイルシステムの純血主義を貫いたがために、過去に使用していたファイルシステムを、システムが一新されるたびに撲滅してきました。これによりシステムダイアリーは2度絶滅して、6穴式バイブルサイズも1冊を残して絶滅。私の中のトレンドが一回りして、システムダイアリーの良さを再認識したことで、純血主義の愚かさを知ったために、今ではA5サイズのシステム手帳と、このシステムダイアリー、10年手帳、トラベラーズノート、諸々サイズのノートブックで記録しています。

 

昭和生まれのアナログ人間以外の方にも、アナログの効用、紙とペンを持つことでアイデアを活用する成功事例を掴んでいただきたいと思いました。

 

 

 

 

 

 

こんにちは。

どんなことでも「私にも出来る」と、気軽に考えてみましょう。

高いレベルのゴールは、あなたの現状からかけ離れていても、設定すれば自ずと達成方向に向かいます。

大切なのは、常識や親、周りの言葉に惑わされないことです。

 

政治家は、元アイドルでも要職に就けるようになりました。

あなたも、なんらかの形で政治に参加できます。

あなたの一票でも、政治を変えることができます。

 

自己肯定感を高めて、「私にもできる」と、気軽に考えてみましょう。

あなたにも、あなたのゴールを達成するための能力があります。

あとは、ゴールを設定して、ぐっすり眠ることです。

私は、30年余の間サラリーマンとして前だけを見て働き(時折、後ろを振り返る時期がありましたが)、正直な話、政治はテレビや新聞の中の世界しか考えていませんでした。会社が求めるままに推しの政党や候補者に投票して、さまざまな変化を目の当たりにしても、自分のことで忙しく、政治に関心を持つことや、政治に関与することはありませんでした。そんな中、日本の政治が大きく変わる瞬間を、我々がこれから目の当たりにするであろう状況です。そして、私も政治に関わろうと考えました。

 

今の政治は、「予定された悲劇」を繰り返していると考えています。「今の政治」を、「21世紀に入ってからの政治」と定義すると、「世襲議員」が「私利・私欲」により「既得権益」を得るために、「予定された悲劇」を繰り返している政治を行っていると考えます。「予定された悲劇」の事例は色々あるかと思いますが、2004年からの派遣法改正、2007年の郵政民営化、2011年の東日本大震災、2012年の自民党政権復活、2014年の消費税増税(5→8%)、2019年の新型コロナウィルスの台頭、2022年の安倍氏暗殺。2024年の石破内閣が、大きなイベントだと考えます。この、「世襲議員」が「私利・私欲」により「既得権益」を得るために、「予定された悲劇」を繰り返している政治は、歯止めをかける必要があると考えます。


私が政治家になるとしたら、田中角栄氏のような政治家像を志します。清濁合わせ持つしたたかさと、人情味あふれる気配り、弱者への寄り添いができる政治家だと考えます。金権政治の先駆けという印象が強いですが、広い意味では、お金を必要とする人々に迅速に財政支援する姿勢は、今の政治に無いと考えます。では、田中角栄氏のような政治家になるには、どのような覚悟が必要でしょうか。公僕として24時間、365日、日本国民のために考え続ける覚悟が必要と考えます。そして考えたことは、身体を動かして、現場に出て、現物に触れ、現実を感じ、実現させる覚悟が必要と考えます。