2025年7月5日に大災害が起こる。こんな言説が海外からの来日者数にも影響を及ぼすほど、ネットの影響力は強くなってきたと思います。
私がこの本のことを気になったのは2021年で、紙の復刻版が発売される前に、Kindle本で購入し、読みました。その時の率直な印象としては、作者は夢日記を後で何度も書き直しているなと感じました。本書には日記帳の写真が多く登場するのですが、さまざまな書き換えの跡があり、上から紙を貼り付けて文字を書くなど、おそらく漫画家がアイデアを修正しているような痕跡を、日記帳の写真から読み取りました(本投稿を書くにあたり、Kindle本を再読していますが、マスキングしている箇所は個人情報保護が目的かもしれません)。
表紙の絵も、手相か何かを書き直したとコメントされていたと思います(当該箇所を見つけきれませんでした)。彼女は人気漫画家であったので、アイデアのストックも多くあったことと推定します。タイムスタンプも厳密にはわからないので、後出しジャンケンの可能性もゼロではないという印象です(あくまで私の印象ですが)。
話は逸れますが、アラフィフ以降の私にとって、大きな脳の変化を感じていることが2つほどあります。1つは、最近の出来事を思い出すことが困難になる反面、25年近くの経験を突如として思い出すことや、成人した子どもたちが赤ん坊の頃の思い出を突如思い出すことを、多く経験しています。もう一つは、記憶がどこかで書き換えられているような、曖昧な記憶が多くなっていることです。これはボケの始まり、健忘症や認知症の始まりかもしれませんが、私は、脳を省エネモードで稼働させている結果と考えています。
私は最近、平日は、ほぼ1日1食に近い生活を送っています。朝食は食べず、昼食は80gの玄米おにぎり1個。夕食は好きなものを好きなだけ飲食する生活。若い頃のカロリー摂取量と比較すると、3分の1から5分の1程度の摂取カロリーだと思います。それでも生活に支障が出ていないのは、身体をあまり使わなくなったこともあろうかと思いますが、頭を効率よく使えるようになったからだと考えています。言い方を変えると、頭を使わなくなったとも言えますが・・・
人間は、すでに知っていることについては見聞きしないといったことを、脳機能学者の苫米地英人さんがいっておられます。脳をフル稼働させると餓死してしまうほどに、脳のカロリー消費量は多いらしいですが、歳をとって経験を積むと、ほとんどが過去の経験のリピートなので、脳を働かせる機会は激減するのだと思います。ここでいう「経験」とは、仕事や趣味の世界の経験というよりも、人間の生命にかかる経験で、これを食べると死ぬ、これを行うと死ぬなど、死に関わる生得的な経験だと思います。生死と関わりのない方でも、これ以上酒を飲み過ぎるとやばい、これ以上働くと身体を壊すなど、物事のリミットを、経験と共に理解できていると思います。
生死に関わることは、経験を積むと「直感力」により、危険性をかぎ分けることができます。例えばあなたが山歩きを得意とするならば、頂上へ向かうべきタイミングと、下山するタイミングを直感的に感じ取る才能が備わっていると思います。それでもリスクを負いながら、頂上を目指すのが、山歩きするかたの特性なのかもしれません。
さて、危険に関する経験知をもってしても、7月に日本に大災害が訪れという予感はしません。私もそこそこ危険感受性が備わっていると思いますが、虫の予感はなく、むしろ巷で騒ぐ危機は、認知線の一環なのではという気がします。

