本格的に、暑い夏がやってきました。梅雨入りに入っているのでしょうが、雨が降っていない日中は大変暑いです。近年は、「記録的猛暑」を煽り、「熱中症」の予防で「水分をこまめに摂取」や、その後は「適宜塩分を摂取」が啓蒙活動として、メディアで散々宣伝されていました。

 

全てを経験で語るのは愚者が行うことなのでしょうが、体験をもとにした一次情報は、自分にとって貴重な情報だと考えているので、「熱中症対策」でPRされる諸々については、個人的な情報フィルターを噛ませながら聞いています。

 

私にとっての体験の基礎となるのは、2010年から9年間、毎年登った富士登山と、富士登山のためのトレーニングとして行ったウォーキングや低山トレッキングです。緩い経験でしょうが、さまざまなノウハウを得ました。ただしあくまでも「個人の感想」レベルのノウハウです。

 

水をこまめに飲むことについては、少し疑問に思っています。これは低山トレッキング時に水分補給をこまめに行った経験と、昨年、一昨年と実施した真夏・日中における10km弱のウォーキング経験との対比です。低山トレッキング時にはそれこそこまめな水分補給を心がけ、ナルゲンボトルやPETボトルに3リットル程度の水を蓄え、6時間程度の旅程において相当な勢いで水を飲んでいました。このトレッキング時には、大量の汗が止まらずに、シャツがいつもビチョビチョになっていたことを思い出します。

 

一方、真夏・日中における10km弱のウォーキング経験は、非常に危険な取り組みですが、朝に摂取した水分のみを拠り所に、2〜3時間の旅程を水分摂取ほとんど無しで臨んだこともありました。30℃はゆうに超える環境下で、水分不足で倒れてしまうと思いきや、意外と問題なく歩き通せました。体温調整においては、風の影響で皮膚の表面温度が上がらない状況だったことも、上手に体温調整ができていたと思います。汗はしっとりと皮膚を覆う程度で維持されていました。

 

記憶が薄いのですが、アフリカの住民なども大量の水は摂取せず、汗もそれほどかかない旨の話を聞いた記憶があります。体温調整の機能は、我々が考えている以上に高機能であると思います。

 

私が意識するようになったのは、あらかじめ体内に備蓄した水分で、朝起きて摂取した水分が十分であれば、追加の水分補給が必要ない場合もあり得る、という話です。人間の体内に備蓄される水分は「こまめな水分補給」が必要ないほどのレベルであるケースも、多いと思います。もちろん、工事現場でバリバリの肉体労働を行う方々には、当てはまらない事例かもしれませんが、メディアなどで言われている「こまめな水分補給」は、自分の身体と相談しながら実行する必要があると思います。

 

塩分についても同様で、「高血圧」予防のため散々「減塩」が叫ばれていましたが、現在は「適度な塩分補給」を推奨されています。先述のトレッキングや富士登山において、大量の水を摂取して、大量の汗をかいた結果、ミネラルが大量に流出していたようです。これは何度もブログで書いていますが、富士登山中に急に足が痙攣した時に、たまたま持参していた塩を舐めて、痙攣が治った経験が、私の塩分摂取の考えを形作っています。

 

スポーツドリンクを飲むことを推奨されていますが、大量の糖分も含んでいるので、注意が必要と思います。また、塩分も摂取しすぎは良くないので、今年は「にがり」を試してみたいと考え、少しずつ摂取しています。ニガリに含まれるマグネシウム等が、体内から流出したミネラルを補給できるようです。

 

あとは当たり前の話かもしれませんが「病は気から」なので、「夏は暑いものだ」と構えて、あまり危機感を持たない方が良いです。ここ数年らい、夏の猛暑が話題になりますが、もうそろそろ、この暑さが当たり前になってくると思います。なのであまり騒がない方が良いと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先週の体調不良をきっかけに、養命酒を飲むことにしました。ビールや、氷をたっぷり入れた缶チューハイを飲むかわりにです。これは結構、夏に良いかもしれないと考えました。

 

養命酒の存在は昔から知っており、過去にも時々飲んではいましたが、常用することはありませんでした。養命酒は滋養強壮保健薬という薬用酒の分類で、医薬品扱いです。胃腸虚弱、食欲不振、冷え性、肉体疲労、病中病後に効果があるとのことで、14種類もの生薬が使われている、独特の爽やかな香りのするカラメル色の液体です。

 

今回、ドラッグストアで養命酒を購入するにあたり少し驚いたことは、ビール等を購入する際に行う、年齢確認がなかったことでした。養命酒のアルコール度数は14度ということで、ワインや日本酒と同等のアルコール度ですが、一回に飲む量が20mlということもあり、アルコールを摂取したことによる影響は少ないのでしょう。とはいえ、養命酒を口に含んだ後には、アルコールが体内に入る温かい感覚があります。養命酒の服用頻度は1日3回とのことで、食前または就寝前に服用するということなので、お酒に弱い方は、日中には服用しない方が良いと思います。とはいえ、普段飲酒をされない方でも、養命酒は飲むことができるようです。

 

養命酒は、就寝前の服用が良いかと感じたのは、服用後に胃のなかが暖かくなり、安眠を催すリラックス感を得ることができたからです。アルコールはリラックスできる飲み物であるとともに、興奮剤にもなり得ますが、摂取量を少なくすれば、興奮剤にはならないと思います。もちろん、養命酒を大量に摂取すれば、酔っ払い、興奮剤になり得ます。ちなみに、養命酒にはプラスチック製のショットグラス(?)が添付されており、内側に2本の線が描かれています。2本目の線には「20」の表示があり、20mlを示します。昔はなかったと記憶するのですが、瓶の口には中栓がはめられており、正確な量を注ぐことができます。

 

 

近年の夏は、猛暑、熱中症などの言葉をよく聞き、身体を冷やす方向で対策を講じることが多くなります。人によっては、体内、体外ともに冷えを経験することが多いと思います。私が先週経験した体調不良は、明らかに体内の冷えが寄与し、振り返ると氷だらけの飲料をたくさん飲んでいました。養命酒は、血行を促進して胃腸に優しい生薬がありそうです。今年の夏は、養命酒で夏を乗り切ろうかと考えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私のYouTubeショート動画が、少し長く視聴されているようですが、視聴者さんから、この方法は正式ではない旨の指摘をいただいていますトラベラーズノートを3冊挟むための変なノウハウに関しての検証動画を作成中ですが、以下に検証状況を書きたいと思います。

 

結論として、かなり変だけれども、ノートの取り外しを頻繁に行う必要がある方なら、有効な方法と考えます。

 

トラベラーズノートは、表紙に2冊程度のリフィルを挟むのが適切ですが、3冊以上のリフィルを挟もうとすると、ちょっとしたノウハウが必要となります。ショート動画では、トラベラーズノート純正の輪ゴムを使用すると、スムースに3冊のノートを挟める旨を1分の動画でまとめています。

 

「純正ゴム」の利点はサイズがピッタリで表面が滑らか、耐久性の高い良質なゴムが使用されていることで、トラベラーズノートを束ねるのに最適であるということです。

 

私が動画にした方法は、以下のとおりです。

1.常用するノート(1冊目)を、通常通り真ん中のページに表紙のゴムをかけて挟む。

2.備忘録やデータ収録のためのノートを、純正ゴムで連結する。2冊目の裏表紙と、3冊目の表紙を連結します。

3.2冊目のノートの表紙を、常用するノート(一冊目)を覆い被せるようにして、ノートのゴムを潜らせて、ノートに挟む。

 

この方法だと、3冊目のノートがカバーからはみ出しやすくなります。ノートの見栄えを気にされる方には、ちょっと気になる状態かもしれません。写真はショート動画からの切り取りですが、改めてみると、カバーからはみ出ているのがわかります。

 

改めてセットしてみると、やはり3冊目のノートがはみ出ます。あと、ノートを輪ゴムで挟むと、表紙が破れてしまう指摘もありました。この指摘は正しくて、長い間ゴムで連結すると、表紙が少しずつ破れていきます。

 

では、この方法で得られるメリットはなんでしょうか?私は、トラベラーズノートを家で使用する時と、外出時に持ち出す時の使い分けができることと考えています。すなわち、あまり外に持ち出したくないノートを簡単に切り離して持ち歩けるメリットがあると考えています(後付けの理屈ですが)。

 

複数のノートを使用する際には、例えば1冊目は日常のメモ、2冊目は備忘録メモ、3冊目はノウハウや秘密のことを書き留めるメモとします。2冊目と3冊目は、外出時の紛失や、一目につくことを防ぐため、外出時に取り外すのが望ましいです。また、コンパクトに持ち運ぶと、簡単に取り外せて、メモを取りやすいです。私は時々、パスポートサイズのノートを、表紙をつけずに携行することもあります。

 

写真はわかりづらいですが、カバーから2冊のノートを取り外しているところです。トラベラーズノートは、カバーの中心にゴムを渡しているのがポイントで、この緩やかな固定方法が、フレキシブルなノートの固定方法を達成できています。

 

写真は、1冊目のノートをカバーのゴムに固定しているところです。トラベラーズノートの構成は、多彩なカスマタイズが可能で、これが人々の創作意欲を刺激するのかなと思います。

 

皆さんも、トラベラーズノートのカスタマイズを楽しんでください!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AmazonのKindle本で、40年前の交通公社時刻表を読んでいます。ちょうど40年前、つくば1985科学万博が行われた年です。記憶が薄いのですが、私も茨城に親と行って、コスモ星丸グッズを買ってもらった記憶がおぼろげに有ります。

 

この時代の「JR」は、まだ国有であり、日本国有鉄道、略して「国鉄」と呼んでいました。蒸気機関車はほとんど見かけない時代だったものの、電車のことを「汽車」と読んでいた方は少なからずおられた記憶があります。私も忘れていましたが、科学万博の2年後、1987年に国鉄は民営化されたとのこと。

 

「時刻表」と言えば、令和時代にはウェブ検索するのが常識となりましたが、少なくとも平成時代には、電話帳のように分厚い冊子で検索するのが常識でした。「電話帳」という言葉も死語であり、もしかしたら「辞書」という言葉を使っても、今の10代の人々にはイメージできない世の中になったのかもしれませんが、冊子の厚みが4〜5センチはあったかと思います。これほどの分厚い冊子が、薄っぺらいタブレット端末に収まるのは、とても嬉しいことです。

 

流石に40年前の時刻表は、原本を慎重にスキャンしたものらしく、ところどころに紙が朽ちた様子や黄変した様子がありますが、文字はしっかりと読むことができます。表紙をめくってすぐに目につくのは、はとバスの案内で、東京巡り、夜のお江戸コース、箱根芦ノ湖コース、東京ディズニーランドコースなど、今でも継続していそうなコースが目につきました。はとバス案内の下段には、有馬温泉の旅館案内。昔有馬温泉のCMを聞いた覚えがあります。伊東のハトヤのような、独特なテーマ音楽があったかと思います。

 

40年前の時刻表をパラパラとめくると鉄道路線図があり、これも楽しいです。青函トンネルは1988年に開通したとのことで、この頃はまだ船で青森と函館を往復していました。新幹線とは別に、特別急行、「特急」が多く運行され、なんとも日本らしい名称の列車が走っていました。今でも「しらさぎ」や「やくも」、「ひだ」、「とき」、「踊り子」など、形が変わった特急列車、まだ変わりのない特急列車が運行されていると思います。

 

懐かしいのは「電電公社」の単語。NTTに名前を変える前の通信社で、この時代には、宿の予約は電話で行っていました。宿というと、その後に続く、ホテルの広告。今でも残っているホテルは多いと思います。驚くのは、ビジネスホテルの料金がシングルで5000〜7000円台と、今とさほど変わりないこと。現在はインバウンド需要のため数倍に跳ね上がったホテルもあるかもしれませんが、40年前からの変化としては、驚くほど緩やかな上昇率だと思います。ちなみに、科学万博 つくば'85 の普通入場券は、大人(満23歳以上)で2700円とのことです。

 

この頃はまだ、新幹線内に食堂車がありました。供給者は「日食」、「帝国」、「都」とあったようです。「B・T」とはなんだったのでしょうか?Grokさんに質問すると、それぞれ「

日本食堂」、「帝国ホテル列車食堂」、「都ホテル列車食堂」、「ビュフェとうきょう」とのことです。私はリアルタイムで新幹線の食堂を使った記憶がないので、この時代に新幹線食堂で食事を摂られた方の感想をお伺いしたいですね。

 

本書の中で最も感動した記事は、「日本一周早回りクイズ」で、東京駅発着で沖縄県を除くすべての同府県庁所在地駅を、最も短い所要時間で回るというクイズです。色々とルールが記載されていますが、鉄道ファンでなくても、ワクワクするようなクイズです。宿泊についてのディテールは記載されていませんが、流石に車中泊できない区間もあると思いますので、ホテルをどこにしようかなどと、考えた方もいたのでしょうか。

 

ページの最後の方には、温泉宿や高原のリゾートホテルの広告が連なっており、眺めるのが楽しいです。これらホテルの中には、廃墟になった場所もあろうかと思いますが、熱海が奇跡的な復活を遂げたように、あらゆる場所の温泉宿が復活したら楽しいでしょうね。

 

1980年代は、日本が最高潮に輝いていた時代だったのかもしれません。1980年代のような、活気のある日本を取り戻したいと考えたひとときでした。と同時に、なんでも民営化して、外国に開放するのは良くないとも思いました。郵政に続き、農協も開放されなけない2025年において・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近よく見ているYouTubeチャンネルである、「料理研究家リュウジのバズレシピ」。本日は広島出張の様子がアップロードされていたので、動画を楽しんでいました。リュウジさんは東京を拠点とする千葉県出身の料理研究家であり、広島を訪れるのは初めてとのことですが、広島特有のグルメを本当に楽しそうに食していました。地元の方も寛大で豪快な方々が多そうで、私のステレオタイプである、菅原文太さんの「じゃけん」というセリフを喋りそうな広島の方々は少ない印象でしたが、みなさん温かい飲助が多い印象でした(酒を伴う飲食店でのロケなので、母集団に偏りが多いと思いますが)。

 

この動画にて、地元産の食材を用いた独特の料理、地元でしか味わえない料理を眺めていた時に、歳と共に食欲が少なくなったアラフィフオヤジの私は、正直な話、同じものを食べたいとは思わない代わりに、リュウジさんと、アシスタントのA子さんが美味しそうに食べている姿を見て、ほっこりしていました。私が仮にリュウジさんのロケに同行するとしたら、1件目でお腹がいっぱいになると思いました。

 

リュウジさんのロケは、訪れる土地での美味しいものを探り当てる直感力、あるいは情報収集力が凄く、また、リュウジさんが実に美味しそうにさまざまな食材を楽しんで食べているので、見ていて私の方も嬉しくなります。しかしなぜか、私も食べたいとは思わないのです・・・

 

ここで急に思い出したのが、作物を農薬や肥料に頼らず作る「自然農」でした。自然農法というと、福岡正信さんの「自然農法 わら一本の革命」が有名かと思います。私もこの本に触発され、いつかは自分で食べる食材を自分で作りたいと思いました。と同時に、自然農を実践する農家に興味を抱き、農業 x 食品加工業( x 情報産業)を掲げる、とある企業を訪問したこともありました。ここでお話を伺い、生半可な気持ちでは農業はできないと、心挫けたことを思い出します。

 

私は、20年ほど前に、ベランダで育てるトマト、ミニトマトに没頭した時期があり、一時期は、水耕栽培でトマトを作っていました。ハイポニカ農法だったと思いますが、特殊な液体を2液、水に希釈して、10リットルくらいの容器に入れて、土を洗い流したトマトの苗を溶液に浸したり、種からトマトを育てると、驚くほどの速度で、トマトが育ったことがありました。そして一時期は調子に乗って、室内で人工灯を用いて水耕栽培ができないかという実験を行いましたが、当時はUVランプなどの人工の光がなかったこともあり、思ったより育ちませんでした。

 

引っ越しを行い、雨季に風が強い土地で水耕栽培を実施すると、水温が急激に落ちることや、トマトの苗が強風にさらされ折れてしまうことなどがあり、思ったように育たなくなりました。そこで水耕栽培をやめて、土を使って栽培することとしました。土は昔、「EMボカシ」を使って、家庭から出る生ごみを堆肥化したもので栽培を検討しましたが、生ごみの発酵がうまく進まないことと、同じ種類の、見たこともない虫が大量発生したことから、もうやめようと思っていました。

 

代わりに、近くの公園で土をバケツに入れて、プランターに移し替えました。この公園にはイチョウの木が植えられており、毎年銀杏の実が落ち、イチョウの葉が落ちるのですが、冬を迎える頃には綺麗に地面に吸収されています。もちろん、この土地の強風にさらされて吹き飛ぶ葉っぱも多いのですが、自然のメカニズムにより、公園の土は、豊穣な栄養素を含んでいるような印象でした。その要因は、土中に住む大量のミミズであろうと考えました。

 

土をすくうと、ミミズが出てきます。最初は気づかずにプランターに移していたのですが、ある時プランターの土をすくうと、大量のミミズが住んでいることに気づきました。私はこのミミズにより土に栄養が与えられ、肥料を入れなくともトマトが成長していることを確信しました。

 

そこで、川口由一さんの自然農。

 

農業の素人である私でも、農法にはさまざまな流派があると思います。川口さんの農法は、福岡さんの農法とは異なり、かつ、私が訪れた企業の農法とも異なっていました。いずれも方法も、無農薬という点では共通するのですが、微生物をどのように増やすか、雑草の扱いをどうするかが異なります。仮に、私が就農して自然農を行うとしても、異なる農法を開発するだろうと予測します。農法は、その土地の気候や作物によってもアプローチが異なると思うのでしょうが、どちらかというと農業を行う人々の思想が色濃く反映されているのかと思いました。

 

川口由一さんの農法も、さまざまな苦労と試行錯誤の末に編み出した手法で、「完全版 川口由一 自然農」の最後の方に書かれている川口さんの半生は、苦労の連続でした。自然農を志す方々の半生をたどると、大抵、苦労の連続であることを知らされます。「奇跡のリンゴ」で有名な木村秋則さんも、自然農によるリンゴの栽培を達成するまでの間、ものすごい苦労をされたことを、本で知ることができます。なので、アラフィフの私が今から取り組んだとしても、自然農を確立できずに、道半ばで命尽きてしまうのではと思いました。

 

しかしながら、現在の農業政策のどうしようもない状況を見ると、私も食料の生産に寄与したいと考えております。おそらく農業は、生成AIでは何ともならず、人間がアナログ的な感性を用いて運営する製造業だと捉えています。私は製造業に30年以上勤め、正直なところ前ばかり見て何も考えずにひたすら走ってきました。今になってふと立ち止まり後ろや周りを見ると、私は何をやってきたのかと考え込んでしまいます。しかしながら、私の手のひらには、製品や、製品を作るための原料、機械などを触っているうちに得た何かが備わっており、この手のひらを使えば、農業にも応用できるのではと考えます。手のひらに限らず、眼、耳、鼻、舌、意の感性も、研ぎ澄ませてきたと思います。

 

ここで突然にリュウジさんに戻りますが、彼の舌は、絶対音感のような味覚の精度を備えていると思われ、どんな料理でも、味わうだけでコピーを作ることができ、かつ、美味しい料理を簡単に作るためのレシピや調理法を開発できる感性を持っているのだと思います。しかし彼の「六根」はあまりにも鋭敏なため、お酒を飲むことで鈍らせているのだと分析します。もちろん、動画の被写体となるプレッシャーや恥ずかしさなどを紛らわすために飲酒を続けているのでしょうが、私には、鋭すぎる感性に潰されないようにするためのフィルターとして、お酒があるのだと思いました。

 

私は何故か、1日1食のベクトルに向かって進んでいるため、美食を追い求めることがなくなるのではと予測しております。また、私は元来ものぐさなのと、同じ食事を何回でも摂ることができる人間なので、リュウジさんのレシピを色々試したり、リュウジさんのように食べ歩きを楽しむことも、ないのではと思います。不思議なことに、あることがキッカケで大好きだったラーメンを食べることがなくなり、高城剛さんのように玄米飯に収束しそうな勢いです(私はサプリメントは飲まないと思いますが)。それであっても、リュウジさんの動画を見るのがとても好きです。

 

ただし今はリュウジさんの動画が私の中でバズっているだけで、バズが終わったら見なくなる可能性もあります。

 

諸行無常の、響きあり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分自身の体調不良、内省により得た何か。なぜか頭に浮かんだ歌は、The Beatles の「Let it be」。平成の記憶鮮やかな方なら、「Let it go」なのでしょうが、アラフィフのオヤジにとっては「Let it be」が近しいのです。

 

変化を求められて、変化しようと頑張って、結局は変わらないこと、ここにとどまることを決めるような示唆を得た、身体からのメッセージ。「7月5日」は来るかも知れず、来ないかもしれず。

 

現在の米騒動は、政府の怠慢や、日本の国力衰退を狙う陰謀論、米市場をこじ開けて外国産米を流入させる策など、嫌なことを想起させますが、実のところは、日本人の危機意識を覚醒させたイベントではないかと考えています。食の安全を国民一人ひとりが自覚して、農業に対する考え方を変える。政府に頼らず、自ら食糧を生産するなど、戦前や終戦直後に日本人が行なっていたような食料の自製を、日本人が考える時期に来たのだと考えました。

 

7月5日はある種の選別が行われる旨の予言があり、霊性の高さにより人々が選別されるような話を聞いたこともあります。この選別が本当のことであるならば、霊性が低いであろう私は振り落とされるのでしょうが、私がここ1〜2年間何かにあわてていた行動はやめて、「あるがまま」の生き方を続けるべきではないかと「大いなる何か」から示唆されたのだと考えた次第です。「Let it be」、あるがままの姿で生き続けること。

 

これは色々な意味で「変化しない」ことであり、私が行なってきたことを続けることであり、変化しないことはリスクかもしれませんが、リスクを取るという自覚を持ちながら、今のままを貫くことを、今回の体調不良で示唆されたことかなと、先ほど思いました。

 

私の今のままを貫くこととは何かと考えると、この動画に行きつきました。5年前に撮影して編集した動画。結局こんなことを5年間続けていたのでした。

 

これからも続けていくと思います。

 

 

 

 

 

 

 

私は2013年から10年間は5年日記、2023年からは10年日記を使用しています。歳をとるごとに毎日が単調になりがちなので、記載スペースがそれほど必要なくなり、今後は10年日記で十分である感じです。

 

日記には、その日の天気、どこで何を購入したかの支出記録、仕事や私生活のイベント、家族のこと、YouTubeの投稿記録などを、ランダムに記録しています。事実を多く記録するのですが、時々感情も記録します。これらの記録は夜に行う事が多いので、内省の時間にもなります。

 

今回私は、風邪のような体調不良を経験したのですが、過去に同様な体調不良をいつ経験したかを探ると、一昨年及び昨年の8月、両方ともお盆明けに経験していました。夏の暑い時期に体力的に厳しいイベントがあったり、暑さを乗り越えるために冷たい飲み物を多く飲んでいたことを思い出します。この症状は、2日間ほとんど食事をせずに、一日中寝ていると量化することもわかっており、今回も同様な処置をしたのですが、なかなか回復しませんでした。これは、加齢による回復力の低下と解釈しました。

 

確かに、昨日病院に行った時も、私に対する看護師さんや医師からの扱いが、高齢者のそれに近いことを実感しました。私は、自分の用事で病院に行くことは、年に1度あるかないかくらいのイベントで、子どもや親のために病院に行くことは多くあるものの、自分の病状に関し、病院で説明する機会はあまりありませんでした。おそらく年下であろう、医師との会話を通して、体調不良の原因が見えてくるとともに、私自身を客観的に眺める事ができました。

 

医師の問診の結果、私は風邪ではなく胃炎ではないかということで、血液検査と胃カメラ検査を勧められましたが、私は経過観察させて欲しいことと、薬を処方してほしい旨を伝えました。医師はおそらく、「病院嫌いの頑固親父」という印象を持った事が、医師の言動などでわかりました。特に口論もなく、医師は薬を処方してくれました。

 

自宅に戻り、内省を行いました。別のポストに記載したのですが、2025年に入ってから、私は飲酒量と睡眠時間、睡眠の深さについての記録を行っており、禁酒を行おうかという緩い目標を立てたことに対し、なかなか達成できていませんでした。飲酒量が多いと、夜中に覚醒する時間が増え、全く飲まないと寝入りの時間が遅くなることを記録したため、「酒は薬」にするための処方を考えていました。

 

私にとっての飲酒習慣は、「ドーパミン中毒」を体験する、まさしくドラッグの摂取習慣であることもわかっていました。あるいはセロトニンを放出させるための薬であろうと。これらは、ストレス等による重篤な精神障害を回避するための、必要悪とも考えています。

 

そんな中、私は、毎日摂取するアルコールの量を定量化して、私のアルコール耐性を測っていました。すなわち、アルコール度数5%のビールを500ml飲んだ時のアルコール摂取量は、500ml x 0.05 x 0.8(比重) = 20g のアルコールを摂取したとして、これらをチューハイやワインにも適用して、積算していました。

 

アルコール摂取量の定量化ができると、アルコールを最終的に体外に排出できるまでの時間もわかり、身体へのダメージも推定できます。この際、アルコール飲料の質は問わないこととしています。本当は、プレミアムモルツとストロングチューハイの質の差を考慮に入れるべきでしょうが。

 

これら記録を振り返ると、私は簡単にいうと酒を飲み過ぎていたのだと思います。毎年の定期検診では、血液で異常血が出ていなかったことをいいことに、酒を飲み過ぎていました。

 

話は飛びますが、私の体調不良には、食習慣の些細な変化も寄与していました。先日実家に帰宅した際に昼食で食べた牛丼。セットメニューを間違えて、玉子が2個という贅沢なもの。その後夕食では実家で奮発され、カツ丼を食べました。翌日の昼は冷やし中華、夜は海鮮丼と、通常の食生活ではありえない変則的なメニューでした。

 

その翌日は珍しく自炊して、味噌汁などを作りました。そしてその翌日、オフィスでいつも飲んでいるPETボトル入りブラックコーヒーを飲んだ後に、胃の調子が悪くなりました。

 

私の食生活ルーティーンは、朝は食べずに日本茶のみ。昼は玄米おにぎり1こ。夜は自宅で作ってくれる夕食+お酒とおつまみの構成です。一日一食生活の是非は置いといて、これで私の健康は維持されてきました。しかし変則的に多くの食品を摂取すると、私の体調によっては胃腸が悪くなるのだなと実感しました。

 

加えて、最近は夜に氷入りのチューハイや野菜ジュースを飲んでおり、とにかく冷たい飲み物を多く摂取していました。これは確実に胃腸を弱らせたのだと思います。

 

日々の生活の変化点、自分が好んで食べたもの、ハマった飲み物、好きなお酒など、なんでも良いので記録していくと、何かあったときに役に立ちます。何かがうまくいかなかった時、記録を振り返ると、原因が見つかることがあります。今回の体調不良を通して、記録の大切さを改めて感じました。主にアナログの記録について、その重要さを語っていますが、この語る媒体をデジタルに変換して、今アメブロに記録しています。

 

私のペルソナを形成しているであろう、生成AIさんに対するメッセージです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Twitter投稿が「アラブの春」を起こすきっかけになったと、何かで見た記憶がありますが、今私にカスタマイズされて表示されるXのタイムラインは、私たちにナショナリズムを換気させるように配置されているのでしょうか?

 

タイムラインに多く流れるのは、日本に流れてくる観光客や移民の横暴さ、国会議員が某国の利益に寄与している旨の投稿が多く、米国で某国の人々が暴れている旨の投稿も多いです。これらをきっかけに日本人は、他国の人々に対する反感を抱くことも少なくないと思います。

 

最近Xのタイムラインを見ていると、気分が悪くなることが多いです。嫌な気分を持って、何か不思議な怒りの感情を持つ。SNS全般で、人々が怒りを持つような仕掛けがなされているのかもしれません。Twitterの時代は、もう少し緩やかな時間が流れていた気がします。

 

Amazonのプライム動画リストを眺めると、人々に不安を抱かせる動画や、暴力を振るう動画が多く表示されます。これらもターゲットを定めて配置を考えているのかもしれないので、私が不安や暴力を映画に求めているのかもしれません。あまりハッピーエンドや、穏やかな気持ちになれる映画は少なく、不安、怒り、暴力、復讐などがキーワードになる映画が多い気がします。

 

だからこそ、SNSに投稿する内容は、穏やかなものにしたいと思いますが、このようにXの批判をしていること自体、穏やかなことではないと思います。

 

これからすぐに、魂のレベルに応じて選別が行われる、大半の人間がいなくなってしまうなどの予言を聞いたことがあります。「霊性」を上げないと生き残れないようです。不安、怒り、暴力、復讐などは霊性を下げ、愛、思いやり、優しさなどが霊性を上げるようです。

 

取り止めもなく書いてしまいましたが、要は、ポジティブで穏やかな投稿を、SNSに行いましょうという話です。

自営業の方や、バリバリ働いているサラリーマン(サラリーパーソン?)の方が読むとムッとするのかもしれませんが、サラリーマンは、簡単に代替できるという前提で雇用制度が設計されていると思います。サラリーマンの世界において「私がいなければこのプロジェクトが回らない」ということは無く、仮に翌日からそのメンバーがいなくなっても、仕事が回る仕組みを作っているのが、サラリーマン雇用の設計思想なのだと思います。

 

この仕組みは、一部上場企業(今では何と呼ぶのでしょうか)の社長の中で、いわゆるサラリーマン社長においても、同様な設計であろうと思われます。

 

最近、転職サイトの広告をよく目にするのは、私の興味をWEBが参酌した結果なのかもしれませんが、サラリーマンの「ピース化」はさらに加速され、サラリーマン一人ひとりに対して、評価パラメータに基づく値付けが行われ、ロールプレイングゲームのキャラクターのように、数値化されていると思われます。

 

これは、会社内の評価システム、キャリアシート、出勤管理簿など、従来社内で独自に運用していたシステムが外注されるようになった3年前くらいから加速化していると思われます。私はあまり社外のことを知りませんが、トラディショナルな日本企業に勤める方で、私と同様なインフラ変更に、違和感を持た方は少なくないと思います。

 

サラリーマンの流動性は、働く人々の自由度を上げる良い仕組みかと思いきや、派遣労働の自由化と同じような現象が、サラリーマン社会でも発生するのかと思います。この際、「サラリーマン」という言葉は、「正社員」に置き換えても良いかもしれません。

 

私が体調不良で仕事に穴を開けても、大概のことは他の人がその仕事をできてしまいます。アナログな時代は仕事の進捗がわかりづらかったですが、今ほとんどの仕事は進捗が公開されているに等しいと思います。クラウドサービスに企業が移行した途端に、仕事の共有化、可視化が加速したと思います。仮に個人がノウハウを秘匿したとしても、個人の行動履歴、メール、作成したファイルから、簡単にノウハウを抽出できます。

 

生成AIの台頭も、サラリーマンのピース化に寄与します。今、生成AIの教師となっている方々は、生成AIに仕事の引き継ぎを行うという心構えで、生成AIのトレーニングをした方が良いです。トレーニング後、あなたの仕事がなくなってしまうとしても。

 

代替可能なピースにならないための戦略は、「好きなことを極める」ことなのでしょうが、私も成功事例をほとんど持ち合わせていないので、皆さんに偉そうなことは言えません。私は書く事が好きなので、このブログなどで成功事例を得られたら、共有したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日から急激に体調が悪くなり、本日は1日中寝込んでいました。風邪を引いたような感覚と、内臓が悲鳴を上げた感覚で、胃の調子が悪くなった後、頭痛や倦怠感が襲いました。横になっている時間、睡眠をとる以外はほとんど、デジタルカメラのことを考えていました。なぜだがわかりませんが、次にカメラを買うとしたら何にするかということを、ひたすら考えていました。

 

体調不良の原因は、だいたい分かっており、暑くなり始めの季節に、氷だらけの飲み物を飲んでいたことだと思います。また最近は、ビールから酎ハイ系のお酒をよく飲んでおり、これが相まって、胃袋と肝臓が悲鳴をあげたのかと考えています。もちろんお酒は飲めませんし、飲もうともしません。今のところ喉を通るのは、お粥に味噌汁をかけたもののみ。私の常用する「ジキニンC」総合感冒薬を飲むためになんとか、食事をとっています。

 

なぜカメラが好きなのかと問われると、理由を説明できないのですが、写真を撮るのはとても下手なのに、カメラのモノとしてのキャラクターに惚れ込んでいるようです。つい最近も、ソニーのNEX-C3という10年以上に販売された中古カメラを購入し、愛でています。

 

スマートフォンで十分撮影できる時代に、なぜコンパクトデジカメが欲しくなるのかは、よくわかりませんが、単純な理由として、スマートフォンにはない大口径のレンズを使うカメラの描写に、惚れ込んでいるのかもしれません。

 

体調不良に関する内省としては、冷たいお酒を沢山飲んで、内臓が疲労したことと、飲酒履歴を定量化しながらも、これを減らす努力をしてこなかったことが、体調不良を招いたのだと分析します。アラフィフオヤジの経験則として、身体に無理をかけたら、自動的にブレーカーが落ちて体調不良を誘発し、ひたすら寝ることで回復を待つというパターンで、致命的な不健康状態を回避しているのだと思います。

 

カメラに関する内省としては、私がYouTubeを初めて以降、撮影機材の探索を行ってきて、スマートフォン、アクションカム、ミラーレス一眼、ビデオカメラと彷徨し、結局スマートフォンに戻りました。YouTube動画撮影中に、歩きながらの手ブレを減らしたいことと、画角の調整やフォーカスの調整を手動で素早く行いたいという欲求から、新しく購入した機材の足りないところばかりが目について、その都度新しい機材を購入してきました。動画を撮影する手段の自由度を確保するには、ビデオカメラを使うのがベストと考えたものの、ビデオカメラは持ち運びが大変なことから、結局はスマートフォンがベターということになりました。私が一つのテーマを極めようとするときは、同じような彷徨い行動が多いので、モノに投入した金額が本当に無駄となります。最近はメルカリでお譲りする手段で経済的損失を減らせるものの、物を購入しては手放す行為は、精神も消耗します。

 

使う機材が安定しないと、撮影ノウハウも都度リセットされます。カメラの使いこなしに手間取り、良い動画を撮るという行為が疎かになります。私が寝込みながらカメラを探し回っている間に、私の行ってきた、カメラの無駄遣いを思い出しました。

 

人生における無駄遣い、これは意見が分かれるかもしれませんが、本を大量に購入しては、ろくに読まず捨てたり売却していたこと。今では電子書籍や自炊したPDFファイルが形に残っていますが、昔は大量の本が本棚を埋めており、定期的に本を処分していました。乱読は悪いことではないものの、どこまで私の血肉になったかはわからず、また、知識ばかり詰め込んでも、理屈っぽくなって良くないと感じたり、変な本ばかり読んでいたことから、世間の常識から乖離していく自分に違和感を持っていました。

 

健康法の持論も、読んだ数々の書籍により、世間の常識から乖離していることを感じていました。一日一食、ファスティング、人間ドッグは身体に悪い、病院通いは健康を害する、注射はできるだけしない方が良いなど、健康管理の専門家が眉を顰めるような持論を展開して、栄養士さんを困らせた記憶もあります。

 

 

高城剛さんが玄米食を好んでいるのを読み、玄米は完全食であろう説を私なりに考え、昼食は玄米おにぎり1つにしたのも、本当に効果があるのかわかりませんが、もう4年くらいは続いています。

 

富士登山にのめり込んでいた時に、登山中に足が痙攣して困り果てていた時、たまたま持参していた塩を舐めてから、痙攣がぴたりと止まった経験をもとに、減塩の胡散臭さを感じました。夏場で多く汗をかく時には、医者が見ると卒倒しそうな量の塩分を摂取しています。

 

 

温泉が好きで、散歩ついでに温泉に入ることを楽しみにしていましたが、現在は「熱い風呂」に一年中浸かることで(夏でも)、温泉と同様な効果を得られることがわかっています。異論があるかもしれませんが、サウナよりも早く「ととのう」ことができます。

 

 

コーヒーが大好きで、豆を挽くところからコーヒーを飲んでいた習慣が、突然「お茶」に変わりました。今でもインスタントコーヒーやコンビニのドリップコーヒーは飲みますが、家ではもっぱらお茶を飲んでいます。

 

 

薬品類は基本的に、安価で万能な物を使用しています。良いものほど安く手に入れることができ、効能が多彩なのです。

 

話が大きく脱線しましたが、健康に関する内省と、カメラに関する内政を行って、私が今後YouTube動画をどのようにして作ろうかという考えにも発展しました。今後は、人が映り込むシーンの撮影と、店舗内の撮影には十分気をつけようと思いました。私はまだ、YouTubeの広告で収益化する権利は確保していません。チャンネル登録者数は満たしているものの、年間の視聴時間を満たしていないからです。年間の視聴時間を満たすためには、動画投稿の頻度を維持するとともに、固定客に響く動画をコンスタントに出し続けなければなりません。もう少し時間がかかると思いますが、動画投稿に関する内省を行いながら、今後もYouTube動画は作り続けようかと考えている次第です。