最近よく見ているYouTubeチャンネルである、「料理研究家リュウジのバズレシピ」。本日は広島出張の様子がアップロードされていたので、動画を楽しんでいました。リュウジさんは東京を拠点とする千葉県出身の料理研究家であり、広島を訪れるのは初めてとのことですが、広島特有のグルメを本当に楽しそうに食していました。地元の方も寛大で豪快な方々が多そうで、私のステレオタイプである、菅原文太さんの「じゃけん」というセリフを喋りそうな広島の方々は少ない印象でしたが、みなさん温かい飲助が多い印象でした(酒を伴う飲食店でのロケなので、母集団に偏りが多いと思いますが)。
この動画にて、地元産の食材を用いた独特の料理、地元でしか味わえない料理を眺めていた時に、歳と共に食欲が少なくなったアラフィフオヤジの私は、正直な話、同じものを食べたいとは思わない代わりに、リュウジさんと、アシスタントのA子さんが美味しそうに食べている姿を見て、ほっこりしていました。私が仮にリュウジさんのロケに同行するとしたら、1件目でお腹がいっぱいになると思いました。
リュウジさんのロケは、訪れる土地での美味しいものを探り当てる直感力、あるいは情報収集力が凄く、また、リュウジさんが実に美味しそうにさまざまな食材を楽しんで食べているので、見ていて私の方も嬉しくなります。しかしなぜか、私も食べたいとは思わないのです・・・
ここで急に思い出したのが、作物を農薬や肥料に頼らず作る「自然農」でした。自然農法というと、福岡正信さんの「自然農法 わら一本の革命」が有名かと思います。私もこの本に触発され、いつかは自分で食べる食材を自分で作りたいと思いました。と同時に、自然農を実践する農家に興味を抱き、農業 x 食品加工業( x 情報産業)を掲げる、とある企業を訪問したこともありました。ここでお話を伺い、生半可な気持ちでは農業はできないと、心挫けたことを思い出します。
私は、20年ほど前に、ベランダで育てるトマト、ミニトマトに没頭した時期があり、一時期は、水耕栽培でトマトを作っていました。ハイポニカ農法だったと思いますが、特殊な液体を2液、水に希釈して、10リットルくらいの容器に入れて、土を洗い流したトマトの苗を溶液に浸したり、種からトマトを育てると、驚くほどの速度で、トマトが育ったことがありました。そして一時期は調子に乗って、室内で人工灯を用いて水耕栽培ができないかという実験を行いましたが、当時はUVランプなどの人工の光がなかったこともあり、思ったより育ちませんでした。
引っ越しを行い、雨季に風が強い土地で水耕栽培を実施すると、水温が急激に落ちることや、トマトの苗が強風にさらされ折れてしまうことなどがあり、思ったように育たなくなりました。そこで水耕栽培をやめて、土を使って栽培することとしました。土は昔、「EMボカシ」を使って、家庭から出る生ごみを堆肥化したもので栽培を検討しましたが、生ごみの発酵がうまく進まないことと、同じ種類の、見たこともない虫が大量発生したことから、もうやめようと思っていました。
代わりに、近くの公園で土をバケツに入れて、プランターに移し替えました。この公園にはイチョウの木が植えられており、毎年銀杏の実が落ち、イチョウの葉が落ちるのですが、冬を迎える頃には綺麗に地面に吸収されています。もちろん、この土地の強風にさらされて吹き飛ぶ葉っぱも多いのですが、自然のメカニズムにより、公園の土は、豊穣な栄養素を含んでいるような印象でした。その要因は、土中に住む大量のミミズであろうと考えました。
土をすくうと、ミミズが出てきます。最初は気づかずにプランターに移していたのですが、ある時プランターの土をすくうと、大量のミミズが住んでいることに気づきました。私はこのミミズにより土に栄養が与えられ、肥料を入れなくともトマトが成長していることを確信しました。
そこで、川口由一さんの自然農。
農業の素人である私でも、農法にはさまざまな流派があると思います。川口さんの農法は、福岡さんの農法とは異なり、かつ、私が訪れた企業の農法とも異なっていました。いずれも方法も、無農薬という点では共通するのですが、微生物をどのように増やすか、雑草の扱いをどうするかが異なります。仮に、私が就農して自然農を行うとしても、異なる農法を開発するだろうと予測します。農法は、その土地の気候や作物によってもアプローチが異なると思うのでしょうが、どちらかというと農業を行う人々の思想が色濃く反映されているのかと思いました。
川口由一さんの農法も、さまざまな苦労と試行錯誤の末に編み出した手法で、「完全版 川口由一 自然農」の最後の方に書かれている川口さんの半生は、苦労の連続でした。自然農を志す方々の半生をたどると、大抵、苦労の連続であることを知らされます。「奇跡のリンゴ」で有名な木村秋則さんも、自然農によるリンゴの栽培を達成するまでの間、ものすごい苦労をされたことを、本で知ることができます。なので、アラフィフの私が今から取り組んだとしても、自然農を確立できずに、道半ばで命尽きてしまうのではと思いました。
しかしながら、現在の農業政策のどうしようもない状況を見ると、私も食料の生産に寄与したいと考えております。おそらく農業は、生成AIでは何ともならず、人間がアナログ的な感性を用いて運営する製造業だと捉えています。私は製造業に30年以上勤め、正直なところ前ばかり見て何も考えずにひたすら走ってきました。今になってふと立ち止まり後ろや周りを見ると、私は何をやってきたのかと考え込んでしまいます。しかしながら、私の手のひらには、製品や、製品を作るための原料、機械などを触っているうちに得た何かが備わっており、この手のひらを使えば、農業にも応用できるのではと考えます。手のひらに限らず、眼、耳、鼻、舌、意の感性も、研ぎ澄ませてきたと思います。
ここで突然にリュウジさんに戻りますが、彼の舌は、絶対音感のような味覚の精度を備えていると思われ、どんな料理でも、味わうだけでコピーを作ることができ、かつ、美味しい料理を簡単に作るためのレシピや調理法を開発できる感性を持っているのだと思います。しかし彼の「六根」はあまりにも鋭敏なため、お酒を飲むことで鈍らせているのだと分析します。もちろん、動画の被写体となるプレッシャーや恥ずかしさなどを紛らわすために飲酒を続けているのでしょうが、私には、鋭すぎる感性に潰されないようにするためのフィルターとして、お酒があるのだと思いました。
私は何故か、1日1食のベクトルに向かって進んでいるため、美食を追い求めることがなくなるのではと予測しております。また、私は元来ものぐさなのと、同じ食事を何回でも摂ることができる人間なので、リュウジさんのレシピを色々試したり、リュウジさんのように食べ歩きを楽しむことも、ないのではと思います。不思議なことに、あることがキッカケで大好きだったラーメンを食べることがなくなり、高城剛さんのように玄米飯に収束しそうな勢いです(私はサプリメントは飲まないと思いますが)。それであっても、リュウジさんの動画を見るのがとても好きです。
ただし今はリュウジさんの動画が私の中でバズっているだけで、バズが終わったら見なくなる可能性もあります。
諸行無常の、響きあり。






