はげ頭の美人
これは、私の知り合いのレイさんの話です。レイが通っていた教会にある若い女性がいました。彼女は、カバーガールになってもおかしくないくらい美人でした。いつも帽子をかぶって、エレガントな服装で教会に来ていました。レイは、ある日、彼女がいつも帽子をかぶっているのは、卵巣癌の治療で放射線療法を受けて髪の毛が全部抜けてしまったからだと言うことを知りました。教会は、彼女のために祈って、癌は完全に癒されたのですが、髪の毛は生えてきませんでした。直ったのを見て、医者は驚きましたが、子供を生むことはできないと言われました。そのうち、彼女はいつも帽子をかぶるのがいやになって、かつらを買いました。彼女には妹がいましたが、二人ともきれいな髪になりました。
ある日、彼女はある青年と出会って恋に落ち、結婚の計画を立てていました。彼女は、自分の髪のことを話さなければなりませんでした。・・・彼女は、二度と彼に会うことはありませんでした。失恋したのです。約2年後、彼女は別の青年と出会い、また結婚の計画を立てていました。それで、彼女は、彼にも自分の髪のことを話さなければなりませんでした。彼も去っていって、彼女は二度と彼に会うことはありませんでした。彼女は打ちのめされて、神を恨みました。神は、癌は癒してくれましたが、髪の毛は戻ってこなかったのです。
レイは、あるクリスチャンの男性と仕事をしていて、よく彼の家を訪ねることがあり、彼の家族にも会いました。レイは、彼の息子と気が合って、付き合いが多かったので、彼のことはよく知っていました。彼は、お父さんと同じで、よい人格の持ち主でした。
レイは、ある日、彼を夕食に誘いました。レイは、あの若い女性も誘ったことは黙っていました。彼らは意気投合して、翌日、彼から電話があり、彼女の電話番号を聞かれました。自然の成り行きで、彼らは結婚することを考え始めました。彼女は、「私に髪がないことは言わないでね。私が話すから。」と言いました。「心配しなくても、彼はいい人だよ」とレイは答えました。話をとばしますが、彼らの結婚式の写真はレイが撮って、彼らにはかわいい女の子が生まれました。しかし、彼女は、髪のことで、その後も神に対する苦々しい思いを持っていました。
レイは、ある日曜日、教会で、その奥さんのそばに座りました。何か言わなければいけないと思ったので、口を開いたのですが、出てきた言葉は、レイを驚かせました。彼は、強い口調でこう言ったのです。「君は髪の毛がないことを感謝するべきだよ。」にらみ殺すと言う表現がありますが、それが本当ならレイは殺されていたかもしれません。レイは、神様、次に何と言えばいいでしょう、と考えていたそうです。次の言葉も驚きでした。「もし君に美しい髪の毛があれば、髪がきれいだから君と結婚したいと思ったあの二人のどちらかと結婚していたはずだ。その代わりに、君はあの王子様と結婚できたんだよ。」突然、彼女の顔つきが変わりました。彼女は本当に驚いた様子で、エキサイトしていました。「そうね、そんな風に考えたことなかったわ。」彼らは、幸せな家族になったそうです。
インドの不可触賎民
今年5月、去年に引き続いて、毎日40度を超えるインドのハイデラバードに行きました。暑すぎて、蚊さえいません。大東さんと言う知り合いの日本人牧師が、「一杯の水」というNGOを設立して、スラム街で給水をしたり、貧しい子供達の教育をしたりしているのですが、彼は英語ができないので、今回も、彼の通訳で行ったわけです。インドで一番大きな空港ができたばかりで、マイクロソフトの技術関係者の1割がハイデラバード出身者であると聞いているほどの大都市ですが、貧富の差は、目を覆うばかりです。
インドは、カースト制度がいまだに根強く残っており、主に四つの身分がありますが、実はその下にダリットと呼ばれる不可触賎民がいます。日本の士農工商の下に部落民がいたのとよく似ています。その数は1億人以上と言われており、その多くは国勢調査の中にさえ含まれていないそうです。一杯の水の活動の主な対象は、このダリットたちです。
ハイデラバードは、とても外国人がドライブできるようなところではありません。車、三輪車、バイク、自転車、歩行者が車線など無視して走行しており、歩道ではなく車道で寝ているホームレスもいます。そういうわけで、レンタカーは、運転手付きです。
ある日、私たちは、ダリットの牧師二人と、この運転手も誘って、ホテルのレストランで昼食をしました。彼らは、自分達だけでは、このホテルで食事のできるような身分ではありませんが、私たちのゲストということで、入れてもらうことができたのです。ところが、入ってまもなく、運転手が外に出てしまいました。二人の牧師が彼の後を追って、連れ戻してきたのですが、なぜ出て行ったのかは、私たちも聞きませんでした。ウェイターに出て行くように言われたのでしょうか。運転手もダリットなのかどうかは、本人に聞くのも失礼だし、尋ねませんでしたが、私たちには分からなくても、インド人が見るとすぐに分かるそうです。足の親指と人差し指の間が深く割れている人がいるので、インド人の足はこんな風なのかなと思っていましたが、これも実はダリットが生まれてすぐに受けなければならない「割礼」だそうです。ホテルで開催されていたコンフェレンスに背広を着て参加していたビジネスマンの中に混じって、運転手だけが裸足でしたし、自分で場違いだと思って出たのかもしれません。
味はどうだと牧師の一人に聞くと、食べたことのない味だと答えました。数年前、大東さんがこの牧師と最初にレストランで食事をしたとき、彼は、自分は今までカレーしか食べたことがないのでメニューを見ても分からないと言って、外国人の大東さんに注文してもらったそうです。5人で食事をして1,200ルピーほど。日本円だと3,000円ほどでしょうか。牧師達の月給は1,500ルピーだそうです。
私は、帰りにムンバイ(以前のボンベイ)で飛行機を乗り換えたのですが、ライフルを持った飛行場の憲兵からいやな扱いを受けました。腹立たしい思いをしていたのですが、ふとダリットたちのことが頭に浮かびました。ダリットであるだけでなく、クリスチャンでもあり、ヒンズー教徒から迫害されている彼らは、殺されても犯人が有罪になることは普通ないそうです。この程度のことでいちいち腹を立てていたのでは、生きていけません。何か彼らのために自分にもっとできることはないのか、考えさせられた一週間でした。
父さん、今日は何勉強したの?
と学校から帰ってきていきなり15歳の三男に聞かれた私は、「それは俺のせりふじゃないか」と思いました。実はその日、京都大学の大学院の受験勉強をしていた知り合いのアメリカ人男性が、読むのを助けてほしいと言って、大学が出版した本を持ってきたので、ずっとそれを読んでいたのです(彼は受かって今京都で勉強しています)。とても興味深くて、いろんなことを学んだので、その話をして聞かせました。
最近アメリカでトレランスという言葉がよく使われますが、普通「寛容」と訳されます。日本語で寛容というと、ただ優しいという印象がありますが、トレランスとは、自分と意見が違う人に対して持つ優しさ、寛大さ、忍耐などを表します。国や宗教の対立が激しくなりつつある今の時代に必要だということで、盛んにこの言葉が使われるようになったのでしょう。この本は、その寛容に関する研究でした。
私は、日本人は絶対的なものを信じていないので、絶対的なものを信じる西洋人と比べて、自分と意見の違う人に対しては寛容であると単純に思っていました。ところが、この本は、そんなシンプルな問題ではないことに気づかせてくれました。難しい話をするよりも、一つのよい例を挙げてみましょう。
オウム真理教があのサリン事件を起こす前、まだ彼らがほとんど知られていなかったころに、彼らは、熊本のある田舎の土地を買って、建物を建てようとしていました。ところが、この小さな村の住民は、彼らが気持ちの悪い人達だという理由だけで、道を封鎖して工事の邪魔をし、土地利用法を乱用して、その建設を阻もうとしたのです。それだけではなく、住民票を出さなかったので、オウムの人達は、健康保険ももらえない、子供を学校に入れることもできないという状態になったそうです。オウムは熊本裁判所に訴え、もちろん勝ちました。この事件の驚くべきところは、まだオウム真理教が凶悪な新興宗教であるということは誰も知らず、実害が何もなかったにもかかわらず、村がこぞって彼らを追い出そうとしたことです。著者は、このような基本的人権の侵害は米国ではありえないと言っています。
もちろん、サリン事件後に多くの地方自治体が住民票を出さなかったことや、多くのオウム信者がアパートやマンションから追い出されたことは、覚えていらっしゃる方も多いと思います。実は、私の知り合いのあるクリスチャンは、当時、彼が宗教を信じているというだけの理由で、アパートを追い出されたことがありました。大家さんから見ると、オウムもキリストも大して変わりがなかったのでしょう。彼は、議論すると余計に大家さんのキリスト教に対する印象を悪くするだけだと思って、おとなしく引っ越したそうです。
日本人とアメリカ人と、どちらが人を信用するかというアンケートをしたそうです。「人を見たら泥棒と思うか」式の質問をすると、案外日本人のほうが、猜疑心が強いそうです。色々な人種がいて、言葉が通じないことも多いアメリカ人のほうが、猜疑心が強いだろうと思ったのですが、またもや私の予想は外れました。
何を信じてもいいじゃないかということは、寛容にはつながりません。逆に、基本的人権などのように、これは絶対に正しいという信念を持つこと自体が寛容の妨げになるわけでもないようです。状況次第で何でもありというのは、平和な時代はそれですむかも知れませんが、有事には大変なことになるかもしれません。関東大震災のときの韓国人の大虐殺などを見ても思いますが、私たち日本人は、平和な国に住んでいるから寛容だと思っているだけで、実は自己防衛心が人一倍強いのかもしれません。
残念ながら、三男は、私の話に余り興味を示しませんでした。