大野純司のブログ -72ページ目

父さん、今日は何勉強したの?

と学校から帰ってきていきなり15歳の三男に聞かれた私は、「それは俺のせりふじゃないか」と思いました。実はその日、京都大学の大学院の受験勉強をしていた知り合いのアメリカ人男性が、読むのを助けてほしいと言って、大学が出版した本を持ってきたので、ずっとそれを読んでいたのです(彼は受かって今京都で勉強しています)。とても興味深くて、いろんなことを学んだので、その話をして聞かせました。

 最近アメリカでトレランスという言葉がよく使われますが、普通「寛容」と訳されます。日本語で寛容というと、ただ優しいという印象がありますが、トレランスとは、自分と意見が違う人に対して持つ優しさ、寛大さ、忍耐などを表します。国や宗教の対立が激しくなりつつある今の時代に必要だということで、盛んにこの言葉が使われるようになったのでしょう。この本は、その寛容に関する研究でした。

 私は、日本人は絶対的なものを信じていないので、絶対的なものを信じる西洋人と比べて、自分と意見の違う人に対しては寛容であると単純に思っていました。ところが、この本は、そんなシンプルな問題ではないことに気づかせてくれました。難しい話をするよりも、一つのよい例を挙げてみましょう。

 オウム真理教があのサリン事件を起こす前、まだ彼らがほとんど知られていなかったころに、彼らは、熊本のある田舎の土地を買って、建物を建てようとしていました。ところが、この小さな村の住民は、彼らが気持ちの悪い人達だという理由だけで、道を封鎖して工事の邪魔をし、土地利用法を乱用して、その建設を阻もうとしたのです。それだけではなく、住民票を出さなかったので、オウムの人達は、健康保険ももらえない、子供を学校に入れることもできないという状態になったそうです。オウムは熊本裁判所に訴え、もちろん勝ちました。この事件の驚くべきところは、まだオウム真理教が凶悪な新興宗教であるということは誰も知らず、実害が何もなかったにもかかわらず、村がこぞって彼らを追い出そうとしたことです。著者は、このような基本的人権の侵害は米国ではありえないと言っています。

もちろん、サリン事件後に多くの地方自治体が住民票を出さなかったことや、多くのオウム信者がアパートやマンションから追い出されたことは、覚えていらっしゃる方も多いと思います。実は、私の知り合いのあるクリスチャンは、当時、彼が宗教を信じているというだけの理由で、アパートを追い出されたことがありました。大家さんから見ると、オウムもキリストも大して変わりがなかったのでしょう。彼は、議論すると余計に大家さんのキリスト教に対する印象を悪くするだけだと思って、おとなしく引っ越したそうです。

 日本人とアメリカ人と、どちらが人を信用するかというアンケートをしたそうです。「人を見たら泥棒と思うか」式の質問をすると、案外日本人のほうが、猜疑心が強いそうです。色々な人種がいて、言葉が通じないことも多いアメリカ人のほうが、猜疑心が強いだろうと思ったのですが、またもや私の予想は外れました。

 何を信じてもいいじゃないかということは、寛容にはつながりません。逆に、基本的人権などのように、これは絶対に正しいという信念を持つこと自体が寛容の妨げになるわけでもないようです。状況次第で何でもありというのは、平和な時代はそれですむかも知れませんが、有事には大変なことになるかもしれません。関東大震災のときの韓国人の大虐殺などを見ても思いますが、私たち日本人は、平和な国に住んでいるから寛容だと思っているだけで、実は自己防衛心が人一倍強いのかもしれません。

 残念ながら、三男は、私の話に余り興味を示しませんでした。

神が日本に残した指紋

子供ころ、地球人と宇宙人が協力して宇宙の危機を救うというSF映画を見たことがあります。最後に、宇宙人が、みんな無事に助かったことを神に感謝しました。それを見た地球人が驚いて、「皆さんも神を信じているのですか」と聞きました。地球人が驚いたのを見て驚いた宇宙人は、「もちろんそうだ。この石も神が創られたのだ。」と言って足元にあった石を拾い上げたところでこの映画は終わります。ジャジャーン。当然、この宇宙人と地球人が信じていた創造の神は、同じ神だという想定です。

ところが、同じ地球上で同じことが起きると、どういうわけか別々の神だと考える方も多いようです。中国の創造神の神は上帝と呼ばれ、中国語の聖書には、神を上帝と訳しているものもあります。韓国の創造神はハナニムと呼ばれ、ほとんどの韓国語の聖書は神をハナニムと訳しています。日本はどうでしょう。上帝もハナニムも、忘れかけられていた至高の神だったのですが、日本にもそのような忘れられた神がいたのです。その名は、天の御中主の神。天の真ん中におられる神という意味です。最初から聖書の神をそう呼んでいたら、日本人は、もっと違和感なしにこの日本人ですら忘れかけていた古事記の一番最初に出てくる神の信仰に戻っていたかもしれません。中国や韓国にキリスト教徒が多い理由の一つは、キリスト教に対して外国の宗教だという違和感がないからでしょう。

実は、ハワイにも同じような神様がいて、その名前はイオと言います。ミャンマーで民族虐殺の危機に瀕しているカレン族の神は、イワです。これらの名前は、聖書の原語であるヘブライ語の神という言葉、ヤーから来ていると言われています。ハワイのイオの研究で有名なダニエル・キカワさんは、日系四世で、世界中に同じような神が存在するので、祖国日本にもいるに違いないと思って探し始めました。彼は、そのときのいろいろな出会いをDVD「神が日本に残した指紋」にまとめて、発表したのですが、私も翻訳やナレーションを手伝わせていただきました。無料でお配りしていますので、興味のある方はメールください。

33年前に家内と見なかった映画


まだ若かった頃の私たち
 高校を卒業してすぐ米国に留学した私は、
1975515日木曜日、大学1年を無事終えて、長い夏休みをどう過ごそうかと考えていました。風邪気味の私は、ほとんど誰もいなくなった寮で、話し相手を探していました。昼間フルタイムで働きながら自活して夜学に通っていた家内のキャシーは、親元に帰ることもせず、ロサンジェルスのダウンタウンで働いていました。大学は、犯罪物の映画でよくロケをやっている環境の良くないエコーパークのそばでしたので、夕食は男女生徒が誘い合って近くのレストランに行くのが習慣になっていました。「今晩はキャシーを誘おう。あの子はまじめないい子だし、おしゃべりしていて楽しいから。」二人とも、近くのレストランでスパゲティーとミルクを注文したのを覚えています。

翌日の夕方、私の部屋のブザーが鳴ったのでロビーに下りてみると、キャシーが、仕事の帰りに風邪薬を買ってきて、届けてくれました。そのまま食事に行って、映画を見に行くか、それともキャシーの友人のアパートに遊びに行くか、どちらがいいかと聞かれました。まだ英語が得意でなった私は、映画を見ても分からないと思ったので、友人のアパートに行こうと言ったのですが、何を上映しているか見に行ってから決めようということになりました。ディズニーの、「ラブ・バッグ」という、人間の心を持ったフォルクスワーゲンの映画でした。見たくないわけではありませんでしたが、やはり私は友人の方を選びました。家内の友人は、シャーロット・ライスさんという同じ大学の上級生でした。ずいぶん物静かな人で、正直言って、あまり楽しくはありませんでしたが、そのまま、特に変わったこともなく、その晩は終わりました。

その週末、家内は寮から大学のアパートに引っ越しました。この二日間のデートがなければ、付き合うこともなく終わっていたでしょう。私は、それまで女性と真剣に付き合ったことはなかったのですが、毎日のように家内が仕事から帰ってくるのをアパートの階段で待つ日が続きました。初めてのお付き合いは、スムーズには行きませんでした。

ある日、普段よりいっそう不機嫌な顔をしながら帰ってきた家内を見て、私は、別れ話でもするつもりじゃないかと思いました。「話があるからエコーパークに行こう。」やっぱりと思ってついて行ったところ、意外なことを聞かれたのです。「シャーロット・ライスを覚えてる?」名前は忘れていましたが、付き合い始めたときに訪ねて行った人だと言われて思い出しました。そのシャーロットさんが亡くなったというのです。彼女は、1年前に白血病になったのですが、奇跡的に癒されました。ところが、1年後、また同じ白血病で亡くなったというのです。なぜ神様はそんなことをするのだと聞かれた私は、返す言葉もない自分を情けなく思いました。

その日はそれで終わったのですが、案の定、新学期が始まろうとしていたその数日後、この一学期の間、付き合いを止めて、二人が付き合うことが神様のみ旨かどうか祈ることにしようと言われました。家内は夜学でしたので、大学でキャシーに会うことはありませんでした。私は、早速、自分が取らなければならないクラスのなかで、夜取れるものがないか調べました。一つだけあったのが演説法のクラスです。私は、一学期間、水曜日の晩だけ家内と会えることになりました。

最初の授業で、5分くらいで読めるものを探してきて来週みんなの前で読みなさい、という課題が出ました。何か探そうと思って図書館に行った私は、入り口のすぐそばにあった雑誌の棚に目を向けました。最初に目に入ったのが、今はもうお年寄りになりましたが、当時はまだ二枚目俳優だったディーン・ジョーンズの顔写真がでかでかと載っていた、私たちの教団の月刊誌でした。私は彼のことはほとんど知らなかったのですが、私たちの教団の教会のメンバーだったのです。あれっ、3ヶ月前に家内と見なかった映画の主演男優じゃないかと思った私は、手にとってぺらぺらとページをめくりました。そのときに目に留まったのが、なんと、シャーロットの写真だったのです。

2ページの短い記事でしたが、それは、彼女の元ルームメイトの書いたものでした。シャーロットは、1年前に白血病で死にかけていたとき、神様に、後1年命をくださいと祈ったのだそうです。祈りが聞かれた彼女は、その1年間、自分の経験を生かして、臨終前の患者の伝道など、ずいぶん活躍したのだそうです。そして、1年後、約束どおり、また同じ白血病で亡くなりました。

私は、23週間前に家内に聞かれて答えられなかった質問の回答を知ったのですが、それ以上に驚くことがあったのです。9月の第一週末は、月曜日が労働感謝の日で、3連休です。私の大学では、1学期が始まったばかりのこの週末を使って、いつもほとんどの学生がキャンプに行っていました。私も行ったのですが、ある日、みんなで礼拝をしていたときに、司会者が、病気の人のために祈りたいから、祈ってもらいたい人はその場に立ってくださいと言ったのです。私の目の前に座っていた人が立ったので、私もその人のために祈りました。翌日、その女性が、みんなの前で、病気が癒されたことを涙ながらに話していたのですが、留学したばかりの私は、癒されたということ以外は何も分かりませんでした。しかし、その記事を読みながら、それがシャーロットであったことを思い出したのです。

私は翌週その記事を授業で読みました。名前のアルファベット順に読みましたので、家内は私のすぐ後だったのですが、泣いてしまって、声がほとんど出ていませんでした。まだまだ英語が下手だった私はC、家内はDの成績でした。

4ヵ月後、私たちはお付き合いを再開しました。その2年後、まだ二人とも22歳で結婚しました。それから30年、いつか一緒にラブバッグを見ようと思って、DVDを買って置いてあります。