自らが経験しなければ、気づけないものは世の中には多くありますね。
前もって100万回聞いていても、やっぱり実際に経験してみないと、気づけないことはたくさんあるものです。
僕はいつも、「教育」というものを、「理念を伝え続け、そして、物事の本質に気づかせてあげる機会をどれだけ多くつくれるのか!」という風にとらえている。いや、それが教え・育む「教育」というものの神髄だと確信している。
座学だけでは、わかった気になるだけで、それを自分のものとして咀嚼できるところまではいけない。
だからこそ、若い子たちに体験・経験のチャンスを与えてやれる上司でありつづけたいと思う。
そして、次に思うのは、「システム」というものの考え方だ。
「システム」とは、「人間」をシステマティックにするものではない。
普通にやったら10年かかることを、3年とかに短縮できるノウハウというものが「システム」なのです。
人間を細分化して、単純化することをシステムというのでは決してない。
まぁ、その枠組みで人を育てたら、脳みそ使わない人間を大量生産するだけになります。危険です。
最近の管理職の人間は、口をそろえてこういいます。
「どんなに詳しく説明してあげても、頭で理解しているだけだから、結局は本人が経験するまでわからない。だから今の段階でどれだけ伝えても無駄なんだよね・・・」
とか
「新人が入ってきてもすぐに仕事ができるように早くシステムを構築しないといけないね!」
とか。
違う。
違うと思う。
「人間教育」の前に「仕事効率化」が立ってしまうと、どうしてもそういう考え方になってしまう。
育てることよりも、今日の仕事をまわすことが主目的に・・・
人間力を成長させたいのか、仕事を効率よくまわせる人間を育てたいのか?
カテゴリーで言うと、どちらも「教育」
やばいくらいに、結果はかわりますね。怖いです。
指導する側がどのようなスタンスで立っているのかが、勝負の分かれ目か・・・
教育もシステムもそれは人間を成長させるためにあるものなのです。
ハウトゥのすべてを否定する訳ではないが、やはり、「何のためにやるのか?」を忘れちゃいかん。
そのベクトルが「人に向くのか」「仕事の効率や目先の結果に向くのか」で、大きく行き先は変わる。
強い組織というのは、総じて「教育」も「システム」もしっかりと「人」に向いている。
だから、強くなる。
いつも自問自答しよう!
「今日という一日は人を成長させる為にあるようなもんだ!そして、俺にはその使命があるんだ!」
そう思って生きていたら、周りは最高の人間ばっかりになるぜ。間違いなく。