子どもが学校でプリントをやってこなかったときや、授業中に友達と遊んでいるなどで先生から注意されたなんて聞くと、多くの親は「しっかりやれ」と言い出します。

しっかりできないのは、集中力が足りないせいで、授業に取り組めず絵を描いていて遊んでたり、友達と喋っていたからだと問題の原因を「ある特定のもの」に決めつけます。

確かに一因ではあるでしょうが、そんな単純な話ではないと思います。


なぜなら「原因は一つに絞れない」からです。


親は、他の要因がいくらでも考えられるにも関わらず、とりあえず思いつく簡単なものをピックアップして、それだけを注意し始める。
人は問題が起きてしまう、事の原因をあまり深く考えずに「単純化」してしまう傾向にあります。


今回の、「授業中にやるべきノルマをこなせない」に関して言えば、原因だと思われることはいくらでも挙げられます。
今の子どもは結構忙しいし、習い事で疲れているかもしれない。
昨日、友達とケンカをしたことが気になっているかもしれない。

体調を崩していたのかもしれない。
熱や咳など表に出る症状だけが全てではないので、見えない体調不良なんていくらでもあります。
頭が痛かったり、体が怠かったり、歯が痛かったりすることなんて表には出づらいだけで、そんな症状なんてザラにあります。


そもそも先生のワンパターンな授業がつまらない可能性だって大いにあります。
教師側の工夫だって必要な事だと思います。

それらの原因と思われることをすっ飛ばして、授業中しっかり聞いていないからダメだなんて、とても雑な決めつけ方です。

特に小学生くらいなら自分の思い通りにいかないことの原因が自分でちゃんと分からないし、大人が理解できるレベルで伝えられないので親が気を付けるべきだと思います。

問題をもっと細かく見てあげて、一つひとつの問題を解決してあげることが、大きな問題解決への糸口になると思います。
多くの子どもは、自分の思い通りにならなかったとき、自分の思い描いていたことが上手くいかなかったときに怒って暴れたりすることがあります。

家ならまだしも、学校で癇癪を起こして暴れるようになると先生や友達に迷惑をかけしまうだけではなく、親同士の関係にも影響があるので、なるべく早く解決しなくてはなりません。

中には「そのうち大きくなれば落ち着くよ」と言う人もいます。
私も経験がありますが親としてそんな悠長なこと考えていられません。

実際に問題が起きている訳ですから、早めに解決した方がいいに決まっていますし、そもそも本当に落ち着くのかどうかさえ分かりません。


自分の思い通りにならないことなんていくらでもあるし、嫌なことが起きたら「落ち着くように」と伝えてはいるものの、いくら口で言っても伝わりません。

本人はそもそも「大したことではない」と思っていることが伝わらない原因だと思います。

何回も口で言って伝わらないようであれば、最後は「痛み」を伴わないと気付かないと思います。


その「痛み」が、
親からなのか、
先生からなのか、
習い事の顧問からなのか、
友達かなのかは分かりませんが、
「このままではまずい」と気付くために、
必ず「何かのきっかけ」が必要になってくると思います。


他人への迷惑をなくすためには、大人から怒鳴られたり、ときには手を出されたりする経験をしなければなりません。

野菜嫌いをなくすためには、本当に何も食べられない期間を経験して三食食べることが当たり前ではないことを知らなければなりません。

物事に真剣に取り組むためには、上手くいかない期間や試合、勉強などで負けを経験して悔しい思いをしなければなりません。


気付いた人から人生が変わっていく。
結局は「自分自身で気付く」しかない。


我々、親達が子どもに対してできることなんてほとんどありません。
いかに気付かせてあげることができるか。
このことが大事だと思います。

大人になると新しいことをやりたいなと思えることが増えてきます。
社会に出れば出るほど、いろんな人や環境と接する機会が増えるから当たり前ですが、「やりたいこと」は増え続けます。

ただし、
「いつかやろう」と思っていることは、
きっと、いつまで経ってもやらないと思います。

いつかは親孝行しよう、
いつかは資格を取ろう、
いつかは副業を始めよう、
いつかは転職しよう、
いつかはやさしい人になろう、
いつかは誰かの役に立とう、
いつかはやりたいことをやろう、
いつかは子どもと思いっきり遊ぼう、
こんなことを常に思っていますが、
この「いつか」は来ません!


人生には必ず「終わり」が来るからです。
きっといつかはやるんだろうなと他人事のように過ごしていたら、すぐに高齢者です。

この世には「今」しかありません。
限りある「今」を思って行動する以外には、「やれること」なんて存在しません。


大人になれば、周りの誰かが「やれ」とは言わなくなります。
ただし、やらなければ、何者にもなれません。


いつかやろうと思い続けていた人が、成功したことはありません。

「今できること」を続けた人のみが成功できます。



自分の人生があと何年残されているかは誰にも分かりませんが、楽観的に過ごしていると、死ぬまでこない「いつか」を追い求めてしまいます。

「今」「この瞬間」から始められることを「やり続ける」これしかありません!
大人になってから何が一番苦労するかと言えば、
生きていく上で「様々な形をした問題が生まれてくることに対して、的確な対応できない体のまま大人になってしまう」ことだと思います。


生きてる限り、絶え間なく様々な問題が様々な形で発生します。

それが、
人間関係のことなのか、
仕事のことなのか、
子育てのことなのか、
自分の性格のことなのか、
お金のことなのか、
健康のことなのかは、分かりませんが生きていく以上、様々な問題に直面します。


これらはすぐに解決できる問題ではない「長期的な問題」なので、ずっと頭にこびり付くようになっていき、終いにはなにをするにも頭の片隅に居続けるものとなります。


それらは、
やがて漠然とした「不安」となり、
やがて不眠になるほどの「悩み」に形を変えます。


ただ、「悩み」には解決の道が必ずあります。
完全解決とまではいかなくても、解決に近づけることはできます。

先人達も同じ様なことで悩み、解決策を練り、何千年と昔から培ってきた思考や考え方が、今となっては「本」や「論文」として形を変えて語り継がれており、それが問題解決への道標となります。

その方法を知るためには「勉強」するしかありません。
そこで得た「知識」を使って試してみる「経験」に変えるしかありません。

とにかく、子どものときから勉強の仕方を知っていないと、子どもの時はもちろんのこと、大人になってからも苦労します。


知識を得るための勉強が
「本」なのか、
「YouTube」なのか、
「講演会」なのか、
「ネット」なのか、
「論文」なのかは分かりませんが、今の時代、欲しい情報を探せばいくらでも見つかります。

先人達の教えを学んでいくことが子ども達にとっても、大人達にとっても大切なことだと思います。



失敗をダメだと思い落ち込む子どももいれば、
今回はうまくいかなかったから次は頑張ろうと思う子どももいます。

どっちらがいいかとは言えませんが、子供のときは次から次へとやることがあるので、いつまでも失敗を引きずって、他の事に悪影響が出るのは避けなければなりません。

いつまでも悩んでいたら、次のやるべきことが頭に入ってこない状態になります。
大人でもそうですが、前回の失敗が頭から離れずにいると、今すべき冷静な判断ができなくなってしまいます。

失敗はなるべく避けるに越したことはないですが、完璧な人間がいないのと同様に、失敗を完全に避けることは不可能です。

まずは「失敗しないで生きていくことは不可能である」ことを知ることが大事です。



それがよく分かる
「失敗図鑑」という本があります。





過去の偉人達を紹介した本なのですが、偉人達の「成功」ではなく、「失敗」にフォーカスを当てた本です。

成功するまでに失敗を積み重ねた偉人もいれば、成功した後に失敗した偉人もいます。



特に有名なの偉人は、エジソン!

エジソンと言えば、よく耳にする名言があります。



「失敗すればするほど、我々は成功に近づいている」

「失敗なんかしていない。上手くいかない方法を700通り見つけただけだ。」


ピカソもノーベルも、どんな偉人も皆、タイプは違えど様々な種類の失敗を経験していることに間違いはないです。

結局のところ、
失敗をどうこう言うことが大切な訳ではない!

とにかく失敗を認めること。

最初はイヤかもしれませんが、上手くいかなかった事実をありのままに認めることが次に繋がる第一歩です。


「たまたま失敗した」とか、
「たまたま運が悪かった」とだけ思っていたら、次に繋がらない!

次に、どうしたら上手くいくのかを今回の失敗から考える。
失敗から学んだことや経験を活かしつつ、次の挑戦に向かう準備を始める。

この繰り返しが大切だと、子ども達に伝えていきたいと思います。





どんなに成功している人でも最初から「成功ロード」を歩いていた訳ではない。

「今、歩いているレールが成功への道ではない」と気付いて、「成功ロード」に乗り換えたはずだ。

今、自分が歩いてきている道だと成功しないなと、人生のどこかで、必ず気付いている。

「このままの自分ではダメだ!」
「自分は間違っていた!」
「生活や何かを、変えないと!」
「なぜ、周りの大人の不満ばかりを言ってる!?」
「なぜ、成功していないことを周りの人達や社会のせいにしている!?」
「なぜ、政治家の一挙手一投足に是非の判断をしている!?」
「なぜ、芸能人や評論家の意見を自分の意見と擦り合わせをしている!?」
「こんなことになんの意味があるのか!?」
「いつまでも人を頼っている場合じゃない!」
「人が成功を持ってきてくれる、チャンスをくれることを待っていたら老人になってしまう!」

今の親の教えのまま、学校の教育のまま、少年時代を過ごしたって成功はしない。
今の仕事のまま、会社の駒でいるままでは、不満を募らせるのは当たり前だ。
変えてくれるのは他人じゃない。
「自分を変えられるのは、自分自身なんだ」ということに、いつ気付けるか!
何歳で気付けるのか!



結局、
やる!か、
やらないか!だけだ。

その2択。

気付いた人はどんどん突き進む。
どんどん成功に近づいていく。

何にも気付かないで、いつもと同じ日々をボーッと過ごしている人は何歳になっても何も変わらない。

友人が成功しても何にもしようとしない。
親戚が成功しても何にも始めようとしない。
そもそも何をしていいかも分からないまま、歳を取って退化していく。



大人になれば、もう誰からも「やれ」とは言われなくなる。
その代わり、やらなければ誰からも相手にされない。



本当に大事なことは、今の自分の状態に「いつ気付けるか」だ!
私が子どもの頃は「親の言うことが絶対」みたいな考えを持っていました。

「勉強をして、いい会社に入った方がいい」
「公務員が安定している」
「友達付き合いは考えたほうがいい」など。

今でこそ親の立場になりましたが、今思い返してみると、親の言ってたことって、なんて「中身のない」ことだったんだなと感じます。


そもそも、親が教えてくる道徳や価値観なんて30年以上も前の話。
スマートフォンもYouTubeも在宅ワークもない時代を生きてきた人間とこれからを生きていく人間とでは全く違う生き方をしなければならない!
全く違う考え方を持たなければならない!

今の世の中、AIが現れて人間にとって代わる仕事ができるようになったり、コロナが襲って世の中の常識が覆されるようになったりと、この激動の流れの中で、そんな昔話が通用するはずがない。

今の親である私達は、私達が教わってきた私達の親の教えを捨てなければならない。
そんな価値観に囚われていたら私達自身が時代に取り残され、その子ども達はもっと取り残されていく。

親の言いなりになって、成功した奴はいない。

これからは、その事実を知って子育てをしなければならないと思う。
子育ての最終目標として、一番大切なことは「自分で考えて行動できるようになる子に育てる」ということだと思います!

親の言うことばかり聞いている子は、自分で考えて判断する力が養われない。
確かに、親の指示のもと動いていれば、失敗することやミスすることは少なくるでしょうが、いざ自立したときに自分では何も考えられない。

野球の練習で、ボールを取ったときに「ファースト」や「セカンド」に投げろと、いつも指示されていたら、なぜそこに投げるのか理由が分からないまま成長してしまう。
いざ試合になって自分にボールが来たときに、どこに投げていいか分からない。

肝心な本番でどうしたらいいのか分からなくなる。

失敗しそうになっている子を見て、口出ししたくなるのは良く分かりますが、子どもの成長の機会を奪っている自覚は持った方がいいと思います。

子どもが「自分で考える機会を与える」のが親の役目の一つだと思います。
人は必ず成功できる!
どんな事でも成し遂げられる!

ただ、
ほとんどの人は、成功する前に諦めてしまう。

成功するまでは、内容によりけりですが、それ相応の時間がかかります。

その成功するまでの時間をいかに我慢できるかが、成功するための「たった一つの方法」です。

それ以外に成功する方法はありません!


成功までの期間が1ヶ月なのか、
はたまた1年なのか、
さらには5年なのか、
10年なのか、それは誰にも分かりません。


とにかくスタートを切ってみて実行し続けて成功した後にしか、かかった時間は計れないからです。
その人が成功するためにかけられる時間や効率的に動けるかによって、かかる時間がみなそれぞれです。


要は、
やってる最中は、成功までどれだけ時間がかかるか見当もつかない。
だから、成功に向かって着実に進んでいるのにもかかわらず、みんな途中で「これ無理だな」と諦めてしまう。


例えば、
英語がしゃべれるようになるためには、
日本語には無い音を覚えなければいけない。

今まで出したことも、聞いたこともない音を知らなければならない。

どうしても舌の動きをマスターしなけれいけない。

たかだか「ア」と発音するだけでも数パターンあり、舌の動きや口の動きを覚えて練習しなければ英語はしゃべれるようにはならない。

日本語に慣れれば慣れるほど、歳を取れば取るほどに面倒くさいなと思ってしまう。

だけど練習しなければ上手くはならない。
練習をしなければ、絶対に話せるようにはならない。
このことにどれだけ耐えられるか。
どれだけ続けられるか。
普段の生活から、どれだけ時間を割り当てられるか。

こんな小さな積み重ねが成功には必要になってくる。


確かに成功までの道のりには邪魔が入る。
例えば、人と比べて「やる気」をなくすこと。


どの分野にも天才はいる。
天才と呼ばれる人達は、いとも簡単になんでもこなす。
生まれ持った才能を十分に発揮する。

何年もかかることを数ヶ月でマスターしてしまう。
そういう人達を見たり聞いたりすると「やる気」は失せていく。


ただ、それはそういう人もいるってだけだ。


自分には当てはまらない。


成功できないのは、その才能に溢れた人達と比べて「これ無理だな」と諦めているだけではないのでしょうか。

結局、これらの練習を、または試練や苦労を乗り越えた先にしか成功や成果は手に入らない。

どれだけ諦めずにできるかだけ。




その練習期間を我慢の時間を早くやめたければ、
とにかく行動するしかない。

時間を割いて、効率的に行える努力をして、行動するしかない。

成功者達は、
周りの人達がテレビを見ている時間に、
遊んで時間に、
食事の時間に、
寝ている時間に、
酔っ払っている間に、
少なからず努力している。

周りと同じ努力なら、月並みに時間がかかるだけだ。

これらを超えるしかない。
一歩ずつ着実に進むしかない。

耐え忍ぶ、忍耐力と、
困難を乗り越える精神力を活かして、
成功までの長い道のりを進んでいくしかない!
親は子どもの「ダメなところ」や「できないところ」を探すことに関しては、ものズゴイ能力を発揮する。

もはや得意分野の一つである。


ご飯を楽しく食べているだけで十分なのに、
「箸の持ち方はこうだ」「ご飯はおかずと一緒に食べないといけない」「残すな」「いつまで食べてるの」などなど、食事だけでいくらでも出てくる。


同じクラスの「あの子」は、もう読み書き計算もできるのに、うちの子はまだできていない。
近所の「あの子」は、もう25m泳げるのにうちの子はまだ泳げない。などなど。

誰かと比較し出したら無限に出てくる。

結局、それらの判断基準は、他人である「あの子」なのだ。

果たして、その「今できない事」が、うちの子の将来にどれだけ重要なことになるのだろうか。
他に「できること」があれば、「できないこと」があったとしても、プラスマイナスではゼロではないのだろうか。
将来、本当にマイナスになることなんてあるのだろうか。


「あの子」と比べて、
あの子より「うちの子」ができることはないのだろうか。

友達が多いことでもいい。
字が綺麗なことでもいい。
話すことが好きでもいい。
オシャレでもいい。
元気なことでもいい。
ゲームが得意なことでもいい。
いつも楽しくしていることでもいい。

それだけでも、うちの子の「能力」なはずだ。

比較しやすい「勉強」や「スポーツ」だけで、人を判断できるはずがない。
過去の失敗や間違いだけで、今のその人を見ることができるはずがない。

本当に「うちの子」を見ていますか。
「あの子」の得意なことばかり見ていませんか。

比べる気持ちは痛いほど分かりますが、本質を見失わないように気を付けて子育てをしていきたいと思います。