何かを強制され

自由を奪われたとき

人は反抗心を持つ



例えば、、


上司から「その仕事はいいから、この仕事を先にやれよ」と言われたとき


恋人から「短気な人だね」と決めつけられたとき


服屋の店員から「これは新入荷でオススメですよ」と話しかけられたとき


ボクなら

「ほっとけやー!!」

「勝手に決めんな!!」

「自由に見させろや!!」

と思います。


誰しも

思い当たる節があるのではないでしょうか。



このような反抗心を抱くことを

心理的リアクタンス

と言うらしいです。



もちろん、

大人に限ったことではありません。


子どもだって立派な人間!


自分の行動は

「自分で決めたい!!」んです。


親に強制されるなんて

「大っ嫌い!!」なんです。



かつてのボクも子ども時代から

親からの圧力を散々経験してきました。


うちの親は自分が勉強をしなかったせいで、

社会人になってから苦労したらしいです。


その経験を自分の子どもにはさせたくないと思ったようで、いつも口を開けば、

「勉強しろ!」

「早く寝ろ!」

「ゲームばかりするな!」

「いい大学へ入れ!」

と言われ続けました。


そんなボクが勉強をしなかったのも納得できます。

勉強をしなかった言い訳のひとつにしかなりませんが、親からグチグチ言われてきたことに対する反抗心は間違いなくあったと思います。

勉強に限らず、

親から言われたことをやりたくなかったんです。



ボク自身が親になった当時の思いを振り返ってみると

自分の親のことを

「なんてヒドイ親だったんだろう」

「子どものことなんて考えちゃいない」と思い、

「自分の子どもには同じことをやるまい」と誓っていました。



しかし、

自分が親の立場になった途端、

いろいろと忘れるもんなんですね。


子どもに対して「勉強しなさい!」と言っている自分がいる。
「ゲームばかりしてないで外で遊んでこい!」と言っている自分がいる。
「いい学校に行けよ!」と言ってる自分がいる。

当然、
子どもからの反発にめちゃくちゃ合っています。

やっぱり気付かなきゃいけない。

何度忘れても
何度繰り返しても
子どもは奴隷じゃない。

強制地獄に落としてはならない。

これからも強制を続けるのであれば、
反発されるだけだと思っておかなければならない。

やらせたいことがあるなら、
親と子どもの双方が「納得する話」にしなければならない。
子どもからしたら「めちゃくちゃお得だと思わせる話」にしなければならない。

それを踏まえて、子どもへの声かけをしていくべきだと思います。
いつまでも青春のような人生を生きていきたい



水平線

出来るだけ嘘は無いように
どんな時も優しくあれるように
人が痛みを感じた時には
自分の事のように思えるように

正しさを別の正しさで失くす悲しみにも出会うけれど

水平線が光る朝にあなたの希望が崩れ落ちて
風に飛ばされる欠片に誰かが綺麗と呟いてる
悲しい声で歌いながらいつしか海に流れ着いて
 光ってあなたはそれを見るでしょう

自分の背中は見えないのだから
恥ずかしがらず人に尋ねるといい
心は誰にも見えないのだから
見えるものよりも大事にするといい

毎日が重なる事で会えなくなる人も出来るけれど

透き通るほど淡い夜にあなたの夢がひとつ叶って
歓声と拍手の中に誰かの悲鳴が隠れている
耐える理由を探しながらいくつも答えを抱えながら
 悩んであなたは自分を知るでしょう

誰の心に残る事も目に焼き付く事もない
今日も雑音と足音の奥で私はここだと叫んでいる

水平線が光る朝にあなたの希望が崩れ落ちて
風に飛ばされる欠片に誰かが綺麗と呟いてる
悲しい声で歌いながらいつしか海に流れ着いて
 光ってあなたはそれを見るでしょう 

    back number

ホント、

子どもって勉強しないよな。


オレも勉強キライだったし、

そういうもんか!


ん?

あれ?

オレってなんで勉強がキライになったんだろう?


そもそも勉強って、

学校の国社数理英だけじゃないよな?


資料の作り方を調べることだって

美味しいものを食べるために料理を学ぶことも

好きなサッカーチームの選手を調べることだって

全部、勉強するってことになるよな。



そう考えると、

好きなことや

失敗を避けるためには

勉強って必要なことなんじゃねぇ?



きっと

仕事から帰ってきた後、

本当はパソコンの勉強をすべきときに、

楽をしたいがために、

夜更かししてまでゲームしてたけど、

トータルで見たら苦労になってない?


楽するどころか、

未来にツケを回してるだけじゃない?


楽だと勘違いしてるだけじゃない?


一旦、

落ち着いて考えてみよう!



仕事を効率よくするためには、

これからもずっとパソコンをいじっていくんだから、

ブラインドタッチができた方が

百倍仕事が早くなるよな。


資料づくりのために

パワーポイントを扱えるようになったり

動画編集ができるようになった方が

仕事を頼む方からしたら頼もしいよな。


他の人より絶対に重宝するよな。


疲れたとかやる気が出ないとか言って

今、何もしないことが

今、楽をすることが

将来のオレにとってプラスになるのかな。


きっと絶対にプラスになってないよな、、。


勉強って、

楽しく生きるには必要なことなんじゃねぇ?


地味でお先真っ暗な人生を避けたいはずが、

輝く人生のために必要な勉強までを避けてないかオレ?




今、この瞬間に人生を大満足して生きているって感じがしてなきゃ、やっぱ勉強が足りてないよな。




もともとは

勉強がキライだったということはないはず。


誰だって問題が解けたら楽しい。

人が分からないことをささっと答えることができたら嬉しい。

やっはオレすげぇ!ってなる。


絶対に勉強した方が人生は楽しくなる!


大人になったって、

高齢者になったって、

一生勉強し続けよう!


人生を謳歌するために

幼稚園に通っていた子が
小学校→中学校→高校と進学する度に、
人間社会を生き抜くために必要とする能力は当然増えてきます。


その中でも時間の感覚は特に重要です。


なぜなら、
時間の感覚を自分の中でしっかり認識していないと、いつまで経っても無駄なことに時間を割いてしまうからです。


例えば、
ずっとテレビに夢中になってしまったり。
いつまでもゲームにハマってしまったり。
ふと「気が付いたら真夜中」なんてことになってしまいます。


はたまた何もせずにボケーっと過ごしてしまい、
気付いたら今日一日何もしてないことだって起こりえます。


結局のところ、
限りある自分の人生の時間を
何に使っているのかということになります。


考えてもみてください。
日本という国は、今でこそ世界から遅れをとっていると言われていますが、「この仕事をしたい!」と思えば基本できます。
「何者か」を目指せば何にでもなれます。

それほどに自由な選択肢があることは間違いありません。


医者になろうと思って努力すれば、
就職先はいくらでもある国です。
サッカー選手だって、
ミュージシャンだって、
なれる場所はいくらでも用意されているのです。


アフリカの一部などの発展途上国には、
そもそもそんな職業がありません。

何者かになりたくてもなれないし、
職業があるという概念すらありません。


世界的に見れば「日本に生まれた」というだけでも、かなりの勝ち組であることは間違いありません。


その恵まれた環境の中で、
その時間の使い方でいいのだろうか?
自分で確認するためには「時間を把握する力」が必要です。

と言うかできるようになった方がいい。

正しくは「客観力」と言われています。
自分の行動を外から見ることができる力!


自分では思いつかないような、
異なる意見を取り入れること。


悩む主人公の両脇から出てくる
「天使」と「悪魔」のように。


自分のやるべき行動を外から見つめる能力!




こたつでみかんを食べている間に
サッカー選手を目指している子は、
走り込んでいるだろうし、
ボールを触っていることだろう。

昼まで寝ている間に
医者を目指している子は、
必死に勉強していることだろう。

ゲームで家に引きこもっている間に
世界へ飛び出していくような子は、
外で遊びまくっていることだろう。


なんせ人生の時間は有限なのだから。

子どもの時代は人生の「15%」しかない。
死ぬほど貴重であることに間違いない。

起きてる時間を14時間とすると、
小学校から高校まで時間にして61,320時間。
これが小学4年生なら、あと40,880時間。
中学2年生なら、あと25,550時間。

この時間の使い方で、
大人になってからの生き方が決まると言っても過言ではない!
そのスピードで走っていて、
本当に目指したいゴールに辿り着くのか?




自分の人生をムダなことに使ってしまうのではないだろうか。

何も成し遂げずに人生を終えてしまっていいのだろうか?



時間を把握する感覚としては、

夕食後の寝るまでの時間を自分で考えて自分で行動することを覚える。


例えば、

寝る時間は10時と決め、

風呂
歯ブラシ
勉強などは当たり前とし、
余った自由時間で何をするのか?


時間は自分で決めることができると知る!


自分で時間をコントロールする感覚を身に付けておけば良い。
「会話が成り立ちません。
どうしたらいいですか?」


先に言っておきますが、
これは夫婦の話ではありません。


今回は
大人と子どもの会話についてです。


と言うのも最近では、
ちゃんと会話が成り立たない子ども達が目立つようになってきた気がします。



今日の学校では、なにをしたの?
→楽しかったよ。
明日、友達が遊びに来るって。



あっそうなんだ。
ところで学校の話はどこへ行った!?
なぜに友達が来る話になる?



今日のサッカーどうだった?
→まぁまぁ。
次は休んでもいい?


なんでだよ。
まぁまぁできてんじゃねぇのかよ。
なぜ休むことになる!?



そう、
どちらも最初から最後まで話が
繋がっていないのだ。


大人になれば何気なくできてしまうが、
会話(特に疑問文への回答)には「論理的思考能力」を必要とします。


当然、
日常で行われる会話は、
文章や作文にも影響してくるので、
会話がうまくできないこととは大変な問題です。


さぁ、
ここからが対策案である。


子どもに真面目な話をしたって伝わらない。
と言うか、
そもそも聞いていない。


子どもは、
「楽しそうなこと」か
「おもしろそうなこと」
にしか興味がない!


じゃあ、
伝え方を考えよう!


そうだなー。
じゃあ、
「大きなカブ」だ!


少なくとも、
「遥か昔に聞いたことがある」もしくは
子どもが幼稚園のときに聞いたことがあるはず。

この話を思い出してほしい。



そう。

あの、
おじいさんがカブを抜くために
おばあさん、まご、イヌ、ネコ、ネズミ達と一緒に巨大なカブを引っこ抜く話!


最終的にはカブは抜けるのだが、
カブからじいさんを先頭にネズミまで繋がらなくては
カブは抜けないのだ。

ばあさんがじいさんを引っ張らなければカブまで力は伝わらない。


会話も同じこと。

会話の最初と最後が繋がらなくては会話にならない。

学校で体育がサッカーだったから楽しかった。
→(だから)友達とまたサッカーをやりたい。
→(だから)今度、遊びに来る。


こうだろう。


こうじゃないと、
テストだろうが、
日常会話だろうが、
恋愛だらうが、
相手に言いたいことが伝わらないのだ。


さぁ、
世の子ども達よ。
「大きなカブ」を引っこ抜くように、
繋がりを意識するのだ!

会話の達人になって、
苦手な相手との壁(カブ)を引っこ抜こう!



ちなみに夫婦の会話が成り立たないのであれば、
自分が大人になって、
相手は変わらないといい意味で諦めて、
優しく接すればいいらしいです。




※ちなみにボクは夫婦の会話は苦手です。

質問

サッカーはどうやったらうまくなりますか?



答え

→野球をやればいい




野球と言い切らず、

サッカーとは程遠いスポーツをやることをオススメしたいと思います。



例えば、

ボクシングや柔道、

相撲などの格闘技もいいですね。



????だと思います。



実は

うまくならない要因には

当然、理由があります。



その主な理由は

これ以上、

成長することに対して、

ピークを迎えているからです。



よく言う

煮詰まっている状態とか

頭打ちの状態だということです。



なぜこうなってしまうのかと言うと、

練習だとシュートやパスの練習をします。



結果、

シュートを打つ動作

パスを出す動作

トラップをする動作の繰り返し。



そうすることで

サッカーに必要な筋肉は

強化します。

同じ動作を繰り返すことで、

筋力がアップするからです。



ここまではいいのですが、

一部の筋肉を強化するということは、

その反面、

他の筋肉を弱化するということになります。




人間には「400箇所の筋肉を動かせる」と言います。



ボールをトラップするに例えて言うと、

簡単にパスし合うときなどの

「ボールが確実にここら辺にくる」と分かっているときには、練習で身についた技術で確実にトラップできます。

しかし、予想だにしなかった角度やスピードできたりすると普段使っていない、要するに他の弱った筋肉で対応しなければならないため、うまくトラップできないのです。


いつも同じくらいの角度や同じくらいのスピードでパス練習していても、その条件が一致したときしかトラップをできるようにならないのです。


何が言いたいかと言うと、

全く同じ筋肉だけの動きでは、

イレギュラーのときの動きには

耐えられないということ。



相手にジャマされながら練習とおりのシュートは打てるのか?

雨の中、いつも通りの走りができるのか?



学年が上がれば上がるほど、

同じ条件など二度とない。


練習してなかったことが起きて当然!



いろんな動きがあることを知った方がいい。

普段使わない筋肉を使った方がいい。



とにかく頭に刺激を与えること!

頭が柔らかくなることはスポーツ全般において

非常に大切なことです。



「違うスポーツをやると変なことになる」なんて考えない方がいい。


同じ動きだけやってるほうが変なことになる。



サッカーしかできない、

頭が硬いなどは、

必ずどこかでツケが回ってきます。



子どものうちから

全身を自由に動かせるようにすることが賢明です!

たった一つの巡り合いから生まれた
君とのすれ違いの時代へ

君の為に 君たちの為に
何をし何を残してやれるだろう


子供たちの未来が 想像よりも幸せで
また その子供たちの未来も
君よりもっと幸せでありますよう

共に願おう

なりますよう 永遠に語ろう
励ますよう 共に歌おう


笑顔だらけの未来へ



無邪気に笑う 時には泣く
その優しい笑顔 腕に抱く

いつまでもこの温もり 絶やさない
語らない 小さな手も離さない

この先 未来を避けることなく
嘆くことなく 冷めることなく
小さな足でも歩ける 正しい道と

本当の幸せの意味を伝えよう
日々素直に笑える喜び
笑い声に包まれますように

空の青さを いつも心に
忘れず愛溢れる 子供になりますよう

僕らの力で
小さな星たちを光らせ
夢を見 そして持てる世界へ

大きく育て 羽ばたけよ 未来へ




鳥が飛ぶ そよ風 雲運ぶ
花が香る 空の下 子が遊ぶ


それが当たり前じゃない 今


天仰ぐ子は 誰頼る 誰が守る

防犯ベルぶら下げ ランドセル
背負い無邪気 学校通ってる


人が人を信じられない
世の中 危うい方への道 変えたい

自然壊す 人に傷負わす
視線そらす 大人見て子は育つ


きれいな空 海に謝りな
破壊 戦い ではなく 語らいが
必要 きっと いつも この先も
と思うなら 子供の未来に愛を


貸す手を溢れる 愛情に託せ
大人が子へ向ける 明日への役目


何を残していくのか その小さな手に
何を見せてあげるの その小さな目に

この空を 海も 山も 青い地球をいつまでも
響け笑い声よ 未来へ

何を残していくのか その小さな手に
何を見せてあげるの その小さな目に

その命を 夢 希望も 優しさをいつまでも
そして明るい笑顔を 未来へ

たった一つの巡り合いから生まれた
君とのすれ違いの時代へ
君の為に 君たちの為に
何をし何を残してやれるだろう
子供たちの未来が 想像よりも幸せで
また その子供たちの未来も 君よりもっと幸せで
ありますよう 共に願おう
なりますよう 永遠に語ろう
励ますよう 共に歌おう
笑顔だらけの未来へ






              byケツメイシ
最近の若い子は、
「夢がない」と言う。

果たして
本当にそうだろうか?


よくよく考えてみてほしい。







、、、、、、、、。



大好きな女優と付き合いたい!も立派な夢だ!


そう考えればいくらでも浮かんでくる。

世界中を旅行したいも夢だし、
自分のゲームを作ってみたいも夢だし、
本を出版したいも夢だし、
YouTuberになりたいも夢だし、
起業して大金持ちになるも立派な夢だ!



ただ、
恥ずかしくて言えないだけじゃない?

それは夢がないとは言わない。


さて、
夢さえ決まれば
あとは簡単。
なぜならやることが決まるから!


もう知ってるよね!?
毎日、お菓子ばっかり食べたり、
夜中までゲームしたり、
運動しなかったり、
勉強しなかったり、
家の中にずっと引きこもっていては
夢が叶わないことを。


もう分かっているのね!?
なにをやればいいかってことを。


じゃあ、
突き進もう!


夢が現実に変わる世界へ!
夢を現実に変えていく世界へ!

ボクはエリートの成功談より、
努力した物が這い上がり、
成功するストーリーが好きだ。


スポーツで言えば、
これまで一度も誰にも負けたことがないような天才格闘家がいたとします。


例えば
那須川天心!


よくメディアなどで取り上げられて、
そのバケモノ級の能力と存在を知ります。
とんでもないスピードと判断力。
とんでもない身体能力。

あのレベルは
きっと
生まれながらに
神の子=神童なのでしょう。


そこは
神童な上に努力までするから、そりゃ届かないところまでぶち抜いていくのでしょう。

凡人からすると、これまでの常識では到底理解できないことを平然とやり遂げる。
凡人が通る既存のルートを平然と覆す。
凡人が一生かけても成し遂げられないことを若年でサラッとこなす。


これまでの天才たちも相当な努力をしてきたのだろうが、とても同じ時間量でたどり着けるレベルではないと思います。

「えっ、同じ人間だよね!?」と驚くしかない。



もはやマンガの世界だ。
ドラゴンボールの
「精神と時の部屋」で修行しきた級だ。


そんなモンスターを
見てる側は面白いし、ワクワクします。

確かにすごい。

誰もが手に入れたい才能!


ただ、
なんとなく、
深みはない。
とボクは感じてしまう。



メディア界では「大きなネタになる」!
ただそれだけのような気がします。
本当に格闘技界を盛り上げるためにメディアは取り上げているのかと。

本当に応援されるのだろうかと。
仮に負けるようなことがあった後のメディアはどうなるのかと。


これまでの非凡さが乱れたときや連勝記録が途絶えたときなど話題がなくなった途端にメディアは離れていくのではないかと心配になります。




それよりも、
人間味がある挫折して世界王者に返り咲いた。

こんなドラマがボクは好きだ。
そう魔裟斗さんように。


ボクの知る限り、
とにかく努力の塊の人でしょう。
格闘技ブームの火付け役であり、
日本人として初のk-1世界王者となり、
トップを走り続けた。

それがどれだけ大変なことか。
なんとなく分かる。

本人も言ってましたが、
「世界中でオレよりツライことしてるヤツいるか?」
確かにそうだと思う。

王者になった後も
自分のカラダのメンテナンスや優秀なトレーナーを雇うなどにお金をかけプアカーオやサワーに負けることはあってもトップであり続けた。

人生における最高のお手本だと思う。

努力すれば成功するとは限らないが
成功した者に努力をしていない者はいない

どんな世界にも

本物の天才っているもんですね。


最近のスポーツ界では、
大谷翔平や井上尚弥とかですかね。


若い頃からモンスターと呼ばれ、
「バケモノだな、ありゃ」と、
自分達との比較対象から外される人達。


もはや比べることに意味がないと思わせるほど、
すごい才能を発揮しているのでしょう。


勉強の世界では、
伊沢拓司や河野玄斗とかですね。


どういう脳の構造になっていると、
あれだけの情報量を覚えることができるのか。
どんな難問も一瞬で解いてしまう、
なんとも分かりやすい天才達。


ボクも、
子どもの頃に
スポーツや勉強を経験してきたからこそ、
プロサッカー選手になる子どもたちや、
有名大学に現役合格する子どもたちの感覚が
まったく理解できません。


どうやって過ごしたら、
あんなに勉強やスポーツができるようになるのだろうか?
同じ時間を過ごしているはずなのに、、。
不思議でなりません。
同じ人間じゃないのでは、、、。


世の論文などでは、
「生まれ持った才能や
親の経済力の差によって子どもの能力が決まる」
と言われていますが、
果たしてそれだけでしょうか?



確かにIQは親から遺伝すると言われています。
ただし、
たとえどんなにIQが高くても、
使わなくては意味がないのも事実。
日々をボケーっと過ごしていると、
自分がIQが高いことすら気付かないのですよね。
それでは宝の持ち腐れ。



そう考えれば、
どんな神童も、
自ら才能を見つけ、
その才能を発揮し続けた結果ではないだろうか。

ただ野球や勉強といった、
誰が見ても分かりやすい分野で才能があることを見つけ努力した結果ではないだろうか。


そう考えれば誰にだって
いろいろなタイプの才能があるはず!


メジャーじゃない才能だとしてもいいじゃないか!

お金にならなかろうが、
役に立たなかろうが、
天から与えられた生まれ持った才能があるのだ!


果たして
あなたの子どもは、
どんな才能が埋もれているのだろうか?

そして、あなた自身はどんな才能が
眠っているのだろうか?


見つけようとしなければ、
自分ですら気付かない。


メジャーなスポーツや勉強でなくとも
もっとマニアックな分野の才能があるはずです。


それは、
釣りの才能かもしれないし、
裁縫の才能かもしれないし、
動画編集の才能かもしれないし、
ハンドボールのキーパーの才能かもしれない。


そう、
やってみなければ、
自分ですら才能には気付かない。


初めから無理だなんだと言っていても仕方がない。
自分のリミットを解放しよう。

才能を発揮できる分野を知ろう!
そして自分は天才だと知ろう!

人は必ずなにかの天才なのだから