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仏映画

フランス映画いろいろ


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個人評価: ♪♪♪♪
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製作年/Sortie: 2013
監督/Réalisation: シルヴァン・ショメ/Sylvain Chomet
脚本/Scénario: シルヴァン・ショメ/Sylvain Chomet
出演/Acteurs: 
ギョーム・グイ/Guillaume Gouix
アンヌ・ル・ニ/Anne Le Ny
ベルナデット・ラフォン/Bernadette Lafont
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あらすじ
音楽家の家系に生まれたポールは名手ピアニストだが、二人の叔母(アニーとアンナ)が経営するダンス教室でピアノ伴奏をしている。2歳の時に両親が事故死する瞬間を目の前にしたショックで失語症になり、日常のコミュニケーション全てを筆談で済ませている。育てられた叔母達の期待を受け、33歳最後のチャンス、ピアノコンクールで優勝を目指す。

ポールと叔母達

ポールと叔母達の住む家とピアノ


ある日、御菓子を買いに部屋の外に出たところで、落し物のレコードを見つける。持ち主に手渡そうとプルースト家を訪ねると、部屋の中一面緑が生い茂り、扉の外にはハーブガーデンが広がっていた。プルースト夫人の招待で飲んだ不思議な自家製のハーブティとマドレーヌ、眠気と共に過去の記憶が徐々に蘇る。そこには大好な優しい母とプロレスラーの父の姿があった。

プルースト夫人の部屋、マドレーヌと御茶で眠くなるポール

ポールの夢の中


ポールはピアノの師匠に自分の養女ミッシェルを紹介される。彼女は中国系フランス人のチェロリスト、ポールの心に寄り添うように演奏する。シンプルな性格のミッシェルはポールの心の靄を少しづつ晴らしてくれる。
ポールとチェロリストのミッシェル

公園で佇むポールとミッシェル、そしてプルースト夫人




ネタバレ

ポールはピアノコンクールで優勝する。
プルースト夫人の御茶とマドレーヌを口にすると、ウトウトとしてしまう。
『父が母を殺したというのは自分の記憶違いで、二人がピアノの下敷きで事故死した事、そして二人は深く愛し合っていた事を思い出す。』
ふと現実に戻ると、ピアノコンクール優勝祝賀会、ピアノ演奏をせがむパーティの出席者達。ピアノの上に指を乗せるポール、そこにピアノの蓋が突然圧し掛かる。


ポールはピアニストとしての人生を失っていた。久しぶりにプルースト夫人を訪れると、彼女が癌で亡くなったことを聞かされる。残されたプルースト夫人のウクレレを手に取る。以前公園で見かけたプルースト夫人は病気になった公園の老木伐採に反対していた。木を伐採しようとする公園管理者の業務妨害として、警察官に強制退去させられてしまう。(死に近かったプルースト夫人の抵抗だったのかも知れない。)

数年後、
且つてダンス教室だった場所はポールのウクレレ教室になっている。そしてミッシェルはポールと結婚し、可愛い娘も誕生した。娘はポールに声を出そうとする、、、『パパ、、、』、ポールは娘に『パパ』と発生する。仏原題は”Attila Marcel” 亡くなったポールの父親のリング名。父を知ったポールが、父親になる。

実は仲が良かったポールのパパとママ

ポール役と父親役、一人二役



感想
アニメーション監督、シルヴァン・ショメによる初の長編実写映画。『アメリ』のクローディー・オサールがプロデュースを担当、アメリの世界観が好きな人にとっては三ッ星映画、、アメリ同様独特の色彩を放つ。監督曰く、ポールの回想シーン以外は無着色、35ミリカメラで自然色を撮影している様だ。

物語は、自身が過去アニメ映画に使用した曲”Attila Marcel”に着想を得る、仏文豪マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』のエッセンスを織り交ぜながら、製作したという。だがプルーストの作品は、少年時代学校教育で幾度となく強制的に読まされ、嫌いだと云う。(私個人は夏目漱石『こころ』だ。)

私自身は『失われた時を求めて』は青年期に好きだった作品、この映画の世界観も嫌じゃない。無駄に巨大なピアノ、過保護な叔母達、ダンスのレッスンを受ける生徒達、ピアノのコンクール、手癖の悪いプルースト夫人も好きなキャラクターだ。プロレスが苦手な私にとって、ポールの父親がプロレスラーという設定だけが、映画でのマイナス点だった。


小説『失われた時を求めて』
小説『失われた時を求めて』といえば、映画でも使われた「紅茶とマドレーヌ」の挿話。主人公が母の出してくれた熱い紅茶にマドレーヌを浸して口に含んだ瞬間、「素晴らしい快感に襲われ、何か貴重な本質で満たされた」と感じる。現在の体験が過去の体験により深みを増す、小さい頃、叔母が紅茶か菩提樹のハーブティーに浸して出してくれたマドレーヌの味が主人公の心を満たしているのだ。小さな記憶から生まれ育った街の思い出が現れるという意志的記憶の話。

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個人評価: ♪♪♪♪
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製作年/Sortie: 2003
監督/Réalisation: シルヴァン・ショメ/Sylvain Chomet
脚本/Scénario: シルヴァン・ショメ/Sylvain Chomet
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あらすじ
第二次世界大戦間もないフランス。内気で孤独な孫のシャンピオンを元気づけようと祖母はテレビで人気歌手トリオ"トリプレット"の番組を見せたり、ピアノや犬のブルーノを与えたが、シャンピオンはどれにも興味を示そうとしなかった。

ある日、祖母はシャンピオンのベッドのから自転車の写真や新聞記事がスクラップされたノートを見つけ、が自転車に強い興味を抱いていることを知る。シャンピオンに三輪車を買い与えると、嬉しそうに自転車に乗り込む。


やがてシャンピオンは成長し、一流の自転車選手になるため、祖母と二人三脚で厳しいトレーニングに励むようになる。そしてシャンピオンは自転車レースの頂点“ツール・ド・フランス”に出場するまでに成長した。ところがレースの途中、シャンピオンと二人の選手はマフィアに依って連れ去られてしまう…。

ツールドフランスの様子


マフィアに囚われる


孫の行方を追う祖母は、愛犬のブルーノを連れ、海を越えてはるばる摩天楼そびえる大都会“ベルヴィル”までやって来る。祖母は嘗てのスター三姉妹達の助けを得てシャンピオンの救出に奔走する。

すっかり年老いた三姉妹

三姉妹と祖母



感想・ネタバレ
遂にマフィアに制裁まで加え、“ベルヴィル”を抜け出した。


場所は祖母とシャンピオンが住む家、成長したシャンピオンは“ベルヴィル”を脱出する様子をテレビで見ている。部屋には祖母と犬の写真が飾られている。
シャンピオンがテレビを消して物語は終了、シャンピオンの思い出を視聴者は一緒に鑑賞していた事になる。

年老いたシャンピオン


今までのアニメ映画は子供向けだったが全く異なるものを作成したかったとショメ監督が語るように、画は暗くキャラクターや背景表現も独特で台詞は殆どない。音楽も子供に馴染み深いものでは無く、ジャズなど大人向けだ。

映画の小道具たち
ジャンゴ・ラインハルト: 二本指奏法のギタリスト
ジョセフィン・ベーカー :女性黒人ダンサー
フレッド・アステア :タップダンサー
シャルル・ド・ゴール : ニュースに出演するフランス大統領
ジャック・タチ監督作品 : ベルヴィルの三つ子の部屋に貼られたポスター、深夜テレビ番組など
グレン・グールド : ピアニスト
ファウスト・コッピ : シャンピオンの部屋に貼ってあるサイン入りの写真。ツール・ド・フランスで2度の総合優勝を果たした自転車競技選手




邦及び英題の『Belleville rendez-vous/ベルヴィルの出会い』は映画音楽のタイトルだが、仏原題は『 ベルヴィルの三姉妹/Les Triplettes de Belleville』、原題の持つ意味とは何か?
祖母との美しい想い出を音楽と共にシャンピオンの目線で懐古するのが映画の面白さ、年齢を重ねた人々にしか分からない視点がここにはあるのだ。

本当に愛くるしい祖母

愛に溢れる映画



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個人評価: ♪♪♪♪
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製作年/Sortie: 2009
監督/Réalisation: ローラン・ティラール/Laurent Tirard
脚本/Scénario: ローラン・ティラール/Laurent Tirard
出演/Acteurs: 
マキシム・ゴダール/Maxime Godart 
ヴァレリー・ルメルシェ/Valérie Lemercier
カド・メラッド/Kad Merad
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あらすじ
1960年代のパリ、二コラは優しい両親と個性的な仲間たちと楽しく幸せに暮らしていた。
ある日、両親の会話からもうすぐ弟が生まれると思い込んでしまう。「小さな弟が生まれたら自分は森に捨てられてしまう」と不安になったニコラは仲間に相談する。二コラは自分の存在意義を示そうと、両親の前で頑張るが裏目にでて中々上手く行かない。

せっかく両親を独り占めできたのに、、、

ママ、弟が生まれても僕を捨てないで、、、



「このままでは捨てられてしまう!」
「いや、先に生まれたのは自分だから、弟がいなくなればいい。」
二コラの小さな妄想は犯罪構想へと変化を遂げた。何と、二コラは仲間たちと一緒に生まれてくる弟をギャングに誘拐してもらう計画を思いつく!ギャングへの依頼金が無い二コラたちは、更にとんでも無い事を思いつく!!!




ネタバレ
計画を成功させようと二コラ達は魔法の飲み物を作って違法販売したり、子供達だけで車を運転したり、、、大暴走。
(ここで起きる事件の数々は、御伽噺や漫画の世界)

結局、母親の妊娠は二コラの勘違いだった。ところが、その後母親は妊娠して妹が生まれた。妹じゃ、男同士の話も出来ないし、ギャングごっこも出来ないと残念がる。
でも、そんな二コラ達の顔は幸せに満ちていた。

二コラとちびっこギャング達




原作について
作家ルネ・ゴシニと漫画家ジャン=ジャック・サンペによって執筆され、フランスで50年以上愛され続けている絵本シリーズ。仏語を勉強し始めて1年目、必ず手に取る絵本だ。仏人に限らず、日本人でもこの本を読むと何故か懐かしく、胸の奥がじんわりと温かくなる。仏人であれば、『あの頃/時代は良かった』と想いを馳せる。だが我々の郷愁に満ちた時代とは反し、プチ・二コラの世界は汚物を排除した純・御伽噺だ。

だが絵本の中でプチ・二コラが抱いた気持ちは御伽噺ではない。
「捨てられる前に家出しよう」
子供の小さなプライドから家出するが、行く宛もなく二コラの様に夜道が怖かったり、友達に説得されたり家に戻ってくるものだ。
「弟/妹に両親を取られちゃう、僕なんてもう必要ないんだ。」
母親の妊娠は子供にとって人生の一大事だし、生まれてくる弟妹ヤキモキする経験は当たり前の話だ。多くの子供たちがこの絵本に共感し、大人は自分の記憶を重ね合わせる。




原作の舞台はパリ、映画の撮影も殆どパリで行われたと云う。大人役である二コラのパパとママ、学校の先生は監督が口説き落とし、子役は全てオーディションで配役を決めた。絵本の外見に合った子供を選んだら、絵本そのままのキャラクターが生まれたという。監督曰く、主役には台詞があり物語を誘導する責任があるので演技を指導したが、他の子供たちは自由にさせたという。結果、家族で楽しめる映画が出来上がった。


演技なのか地なのか?

似ているかな?



最後に
プチ・二コラのサイトへ

Agnès Varda

映画監督 アニエス・ヴァルダ
1991年夫と死別、夫の死因はエイズだった。
彼の希望で死因を白血病と発表、死後数年してからアニエスが自身のドキュメンタリー映画の中で話し始めた。

1962年、アニエスとジャックはジャックは結婚。
アニエスが演出家アントワーヌ・ブルセイエとの間にもうけた娘ロザリーを養女として迎え、1972年夫婦の間に男の子を授かり4人の幸せな家族が出来た。仕事と家族の境界線がはっきりしていた2人は、映画が完成した時やシナリオが上がった時に見せる事はあっても、作業中に意見を交わすことは無かったという。
«Le travail de création est très personnel, il ne faut pas se gêner mutuellement. Chacun a le respect de l'autre et nous n'en parlons pas» par Jacques
クリエイターの仕事はとても”個”の作業であり干渉するべきではない、互いを尊重するものだ。
«On était deux cinéastes avant de se connaître. Et ça n'a aucun rapport avec nous. On ne mélange pas tout» par Agnes
御互い知合う前から私たちは二人の映画製作者だった。その事は私達には関係が無く、私達は全て混在させない。


1980年代、アニエスとバイセクシャルだったジャックは、少し離れて暮らす時期があった。再び少し近づき、再発見しあったという。

そしてエイズ合併症、
娘のロザリーも病因について気にしていなかったが、今よりもエイズに対する風当たりが強かった当時、ジャックは病因が知られるのを恐れ、その事に多くのエネルギーを使っていたという。結局、彼の意見を尊重し隠し続けた。夫の命を奪う原因がエイズと知れば、感染の恐れや感染源が気になり平常心ではいられないのが普通だが、アニエスはエイズすらも受け入れた。



ジャック他界後も彼を想うアニエスが残した作品

ジャック・ドゥミの世界/L'Univers de Jacques Demy
1991



ロシュフォールの恋人たち25年/ Les demoiselles ont eu 25 ans
1993
夫ジャック・ドゥミの作品『ロシュフォールの恋人たち』から25年目を記念して作成されたドキュメンタリー。当時の撮影風景、出演した役者やエキストラ、スタッフなどのインタビューが収められている。



ジャック・ドゥミの少年期/Jacquot de Nantes
1995
ナントのジャコット(ジャックの幼愛称)、ジャックが死ぬ間際に執筆し撮影をアニエスに委ねた作品。北フランスの小さな少年ジャコットが映画人にを目指す姿を描く。撮影で使われた家はナントの実家や住んでいたアパート、『ジャコット』を囲む人々はジャック作品の登場人物に似ている。アニエス曰、ジャックの映画は少年期の影響を色濃く受けているといい、映画の撮影を見に来たジャックも懐かしく喜んでいたようだ。



アニエスの浜辺/Les Plages d'Agnès
2008
多くの映画人との交流、夫であるジャック・ドゥミとの出会いと別れ、そして家族愛。自身の半生を描いた作品



アニエスが人との繋がりを紡いだ映画

落穂拾い/Les Glaneurs et La Glaneuse
2000
ある日、道路に落ちているものを拾う人たちを見かけ、ミレーの名画『落穂拾い』を連想する。
農民達が収穫した後の落ちこぼれた麦の穂を拾い集める貧しい人達、昔は麦の収穫期に必ず目にする光景だった。フランス各地の現代の『落穂拾い』を探して旅にでる。




アニエスと2人の子供、4人の孫達

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個人評価: ♪♪♪
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製作年/Sortie: 2016
監督/Réalisation: フランソワ・オゾン/François Ozon
脚本/Scénario: フランソワ・オゾン/François Ozon
出演/Acteurs: 
ピエール・ニネ /Pierre Niney 
パウラ・ベーア /Paula Beer
シリエル・クレール/Cyrielle Clair
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あらすじ
1919 年、第2次世界大戦後のドイツ。婚約者のフランツをフランス戦で亡くしたアンナは、彼の両親の家で悲しみに暮れながら過ごしていた。ある日、アンナがフランツの墓参りに行くと、見知らぬ男性がフランツの墓の前で泣いている。


数日後、彼の名前がアドリアンであること、戦前フランツと友人だった事、フランツの墓参りで近くのホテルに宿泊している事、パリの管弦楽団でバイオリン奏者として働いていた事を知る。アンナはアドリアンを家に招待、最初「フランツを殺した敵国の外国人」に歓迎できなかったフランツの両親だが、アドリアンの友情に感謝し、フランツのバイオリンを弾く姿に心が癒えていく。
そしてアドリアンは突然床に崩れ落ちる様に倒れてしまう。
「彼が平和主義だったとは....」


次第に惹かれていく二人

次第にアンナはアドリアンに惹かれていく。ある日アドリアンはフランツの墓前で真実を語りだす。



ネタバレ
1918年9月15日仏独戦の中、フランス軍兵だったアドリアンは仲間と戦地を偵察していたが砲撃にあい防空壕に入った。中にいたのは絶望に満ちたドイツ兵、アドリアンが自身を守るために引き金を引いた。撃たれたドイツ兵、フランツは無抵抗だったが、直ぐに大きな砲撃に襲われ、二人は激しく吹き飛ばされた。その衝撃でフランツは死亡。アドリアンはフランツの服の中に大切そうに仕舞われていた手紙を見つけると罪責の念にかられた。
アドリアンがこの村を訪ねたのは、手紙の送り主、アンナやフランツの両親に謝罪する為だった。

そしてアンナはフランツの両親とアドリアン、其々が傷つかない様に嘘をついた。アドリアンはフランスに帰国し、その後暫く文通していた二人だったが、ある時手紙が途絶える。外国に独り旅行するなんて考えた事もなかったアンナだったが、新たな人生を出発させるためにフランスに向かう。


方々探した末ようやく彼の屋敷で再会を果たすが、アドリアンは親友の妹と近々結婚するという。アンナの人生が悲しみから一歩前進したように、アドリアンの人生もまた別の一歩を踏み始めていた。

アンナは屋敷を出発し、ドイツでアンナを見守るフランツの両親に手紙を送る。アドリアンに逢えた事、彼が楽団で活躍している事、一緒に楽器演奏をした事、、、「未だ暫く帰れない」こと以外、全てアンナの嘘だったが両親は嬉しそうに手紙を読んだ。

ルーブル美術館
アンナは「フランツ(アドリアン)が好きだった」絵画、マネの『自殺』を観ている。男がこの絵が好きか尋ねるとアンナは好きだと応える。
《モノトーンだったアンナの物語がカラーに変化》




感想
映画のテーマは、『生きる』と『嘘』
映像は白黒が基調だが幾つか色づく場面があり、特にルーブル美術館の最終場面で映像がくっきりと着色される。マネの自殺、死を目の前にアンナが『生』に貪欲になった瞬間を表現しているのだろう。故に原題は”FRANTZ”

邦題よりも原題を信じる私は『フランツ』という原題に着目しこの映画の鑑賞方法を誤り、この映画は集中が異なる方向に向かってしまった。映画開始からフランツの死の謎解きを始め、挙句の果てアドリアンが墓地に登場した瞬間に「フランツの恋人登場!」と胸を高鳴らせてしまった。アドリアンが墓場で告白した内容が想像を下回った為、残念ながら集中力が切れてしまった。


Le Suicidé d'Édouard Manet

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個人評価: ♪♪♪
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製作年/Sortie: 2017
監督/Réalisation: アラン・シャバ/Alain Chabat
脚本/Scénario: アラン・シャバ/Alain Chabat
出演/Acteurs: 
アラン・シャバ/Alain Chabat(サンタ役)
オドレイ・トトゥ/Audrey Tautou 
ピオ・マルマイ/Pio Marmaï
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あらすじ
12月15日クリスマスまで間近のサンタクロース工場、サンタクロースとエルフは子供たちへのプレゼントを完璧に準備しています!

ところがエルフの一人が病気になると、工場で働く92,000人のエルフが一斉に倒れてしまいました。サンタクロースの妻ワンダの調べで、治療にはビタミンCを多く含む“カカドゥプラム”を入手するために人間界に出発した。

クリスマスまでにプレゼントは間に合うのか?
子供達の夢は叶うのか?

サンタのクリスマス工場


入念にプレゼントを確認するエルフたち

エルフが倒れる!


倒れたエルフを心配するサンタとワンダ





ネタバレ


間違えてフランスに降り立ったサンタは薬局でビタミンCのサプリメントを購入しようとするが、店員に不審者扱いされ警察に拘束されてしまう。そこはサンタ、壁を通り抜けて警察署から見事脱出、知り合いになった弁護士トマと知合いになり、事情を説明し助けを求める。

ビタミンCチューブを尋ね歩くサンタ

トマ一家は家の屋上にあるソリやトナカイを見た事で本物のサンタである事を認め、ビタミンCの調達に全力を尽くす。(最初は薬局で購入、仕舞いにはアマゾンで大量注文!!!おいおい、、)

トマ家の子供たちと仲良くなるサンタ

ムーランルージュに佇む緑のサンタ

トマの弟でマジシャンのジェイがトマ一家を訪ねる。サンタの不思議な袋に目を付けたジェイは、無断で持ち出してしまう。マジックショーでジェイは大富豪の女の子を不思議な袋に隠すが元通りに出す方法が判らない。女の子が消えてしまい誘拐事件いまで発展、サンタは誘拐犯と勘違いされ、再び警察へ、、、珍騒動が続くのだ。

事件に巻込まれクリスマスは目前となった12月23日、もう間に合わないと落胆するサンタに、トマの子供たちがサンタ宛に送付したビタミンC入りのお菓子でエルフたちは一気に回復、工場は無事再稼働する。今年も世界中の子供達にクリスマスプレゼントが届けられて、HAPPY-END!

サンタにビタミンCを送るんだ!

トマ一家とワンダ





感想

物語は至ってシンプルでクリスマスにピッタリなファンタジー映画。とにかく大小道具が凝っている、『サンタクロースが人間界で自己紹介しても信じてもらえない』等、当たり前な話もアラン・シャバが演じると何故か間が抜けて面白い。話の途中は中弛みするが、これも御愛嬌。エルフは可愛いし、トマ一家も温かい、何よりサンタの妻がオドレイ・トトゥがキュートだ。

私が気になったのはサンタ役のアラン・シャバ。今回は脚本と監督と主役を務めるのだが、、、クリスマスって?彼の両親はユダヤ系と認識していたが、どうも本人は異なるらしい。
ユダヤ教信仰する人々はフランスでもクリスマスを祝わない、代わりにハヌカーという御祭の時にお祝いする。以前12月24日フランス、ユダヤ人家族を訪ねた時、家にはクリスマスツリーも無く、仏キリスト教徒の一般的なクリスマスの御馳走はテーブルに無く、温かい冬のユダヤ系ディナーだった。



何故緑のサンタ?

今回彼が演じたサンタは、10世紀ヨーロッパ聖二コラと同様、緑色の衣装を纏い、粋な事に聖二コラ日に映画がリリースされている。伝統を重んじるファンタジーと胸を熱くしていると、劇中で警察官がとんでもない台詞をサンタに投げる。
"un barbu avec une djellaba verte/緑色のジェラバを着た髭男"
ジェラバは北アフリカの民族衣装で、『サンタクロース=赤い衣装』が定着した今、緑の丈の長い衣装を纏ったサンタは、移民にしか見えないのかも知れない。近年米国風クリスマスが定着したフランス人への皮肉ともとれる。映画がリリースされたばかりのTVインタビューで、「緑の衣装はエコロジーを意味しているのか」という質疑が監督に出たくらいだ。

緑のサンタと赤いサンタ



何故サンタ? ペール・ノエルと呼ばないの?

フランスでは聖二コラを”Père Noël” と呼ぶが、仏題では”Santa”と国際的に表現。これもシェバの洒落なのだろうか?、、、、、深読みしすぎかもしれない。

余談だが、『サンタクロースの赤色は何処から来るか』職場近くのビストロで見知らぬフランス人から質問を受けた。たじろぐ私に彼は得意げに回答する。『コカ・コーラの赤』サンタクロースは米国人得意のビジネス手段だと断言。
過去にスターバックスを撤退させ、マクドナルドに異議を唱えてきたフランス人だが、今ではすっかり米国ビジネスの餌食になり、仏国産製品が減少している。今やフランスの子供たちは”Petit Nicolas/小さな二コラ”では無くディズニー映画で育ち、ハロウィン時には皆がエルザの格好をしたがる、、、少々残念に思う。


GREEN IS THE NEW RED?




映画のメーキング、気になるよね

ビデオボタンを押してください
サンタはこの様に飛ぶ




大好きなエルフ達





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個人評価: ♪♪
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製作年/Sortie: 2012
監督/Réalisation 脚本/Scénario: 
クレマン・ミシェル/ Michel Cleman
出演/Acteurs: 
ラファエル・ペルソナ/Raphaël Personnaz
シャルロット・ルボン/ Charlotte Le Bon
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あらすじ(ネタバレあり)
元彼女の看護師だったマリーが忘れられないイラストレーターのトマ。ある日、偶然赤ちゃんを預かることになり、慣れない育児に四苦八苦するが、赤ちゃんを欲しがっていたマリーが育児支援アソシエーションを設立、そ知らぬふりをして参加しイクメンぶりをアピールする。復縁懇願ラブコメ。







感想 (ネタバレばれ)
「ベタ」なラブコメディーに尽きる。
疲れていて「大どんでん返し」の不要な人に御薦めの映画。

未練たらたらのトマ、別れて1年経過した今もマリーと復縁願望がある。正直にいうと信じられないが、ここまで女々しい男がいるのならそんな男性に一度でいいから好かれたかった。(泣)
復縁の為にシングル・ファーザーと云う馬鹿々々しい嘘をつき、子供好きのマリーに媚びるべく子育てに5日間奮闘する。ラブコメディーの王道らしく嘘はばれるが、最後には二人は結ばれる。ハラハラ不要の安心してハッピーエンドを迎えられるラブコメディーだ。

複合家族が当たり前の仏国ではイクメンが女性に依っては「いい男」アピールとなるが、日本ではどうなのか?事実婚がようやく浸透してきた日本ではまだ先かな?





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個人評価: ♪♪♪
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製作年/Sortie: 2016
監督/Réalisation 脚本/Scénario: 
レベッカ・ズロトブスキ/Rebecca Zlotowski
出演/Acteurs: 
ナタリー・ポートマン/Natalie Portman
リリー=ローズ・デップ/ Lily-Rose Melody Depp
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あらすじ(ネタバレあり)
1930年代後半、アメリカ人のローラは、死者を呼び戻せるほど霊感の強い妹ケイトと共に、パリで稼ごうと降霊術のショーを開催する。姉妹の才能を目の当たりにして衝撃を受けた大手映画会社プロデューサーのコルベンは、彼女たちを自宅に招待し、姉妹を主人公にした世界初心霊映画を製作しようと思いつく。実際に降霊術があるのは妹のケイトで姉のローラには交霊術はない。コルベンが求めるのはケイトの天性だ。
スポンサーが反対する中、ケイトとコルベンの映画の撮影が始まる。電気機械装置を取り付けられたケイトの手を繋ぐコルベンが降霊シーンが撮影されるも、映っていたのは二人だけ。コルベンは詐欺師となりビジネスは暗礁に乗り上げ、ケイトは機械装着時の身体的負担が重く体調を崩してしまう。

時を経て女優となったローラ、妹のケイトは白血病で死亡、コルベンもいない、だがローラは未来を歩いている。



ローラ/ナタリー・ポートマン




ケイトとコルベン






映画の基は?
本作はアメリカでスピリチュアル・ブームの火付け役となったフォックス姉妹の話と人種差別されたユダヤ人映画監督ベルナール・ナタンにヒントに話が肉付けされているが、伝記映画ではない。2つのストーリーの根底にあるのは「差別」であり、ズロトブスキ監督は仏育ちだがユダヤ人両親を持つ。30代の若い女性監督がポートマンの様な有名な女優に出演がお願い出来るのもユダヤ系繋がりなのかもしれない。ポートマンのラブコールと映画の配役にデップが快諾したという。

因みにフォックス家は3姉妹、次女のマーガレットと、三女のケイトが交霊した事により姉妹は有名になり、イベントが増えるにつれ長女のレアが二人をマネージメントするようになったが、金儲けの詐欺説も出回った。
また、ベルナール・ナタンは現在も存続する仏映画配給会社Pathéの経営者で映画に限らず天文学や光学の研究等様々なものに投資した。ルーマニア出身のユダヤ人がフランス人兄弟が創業したPathéを買収したことは当時大きな話題になり、ユダヤ人に反感を持っていたフランス人から反感を得ていた。その後Pathéの経営が苦しくなってくるとPathéを担保無に買収した事実が明るみに出て批判を浴びるが、その後戦争に突入し、最後にアウシュビッツへ移送されてしまう。

フォックス姉妹のリンク(英語)
FOX sisters LINK

ベルナール・ナタンのリンク(フランス語)
写真を見ると判るように、当時のフランス映画界にも多くのユダヤ人が実在し迫害されていました。
Bernard Nathan LINK



感想
映画予告映像が美しかったので、監督や映画の内容を確認せずに観に行った、感想は二言。
「ユダヤ系監督の映画かなぁ、ストーリーが後半錯乱しているが他の人は納得いったのかなぁ?」




映画は二人の姉妹の「プラネタリウム」について描いている。
プラネタリウムとは、ドーム状の天井に投影された星の像から惑星を再現する事。英語PLANETARIUM、PLANETは惑星でARIUMは場所や関連を示す。

コルベンに出会い降霊術「人の見たいものを再現する」天性の才能を開花させる事ができたケイトは、姉のローラに現実を突き付ける事になる。ケイトとの愛憎に苦しみながらも女優になったケイトは「人の人生を再現する」女優の道を選ぶ。ローラの女優シーンは本当に無駄なカットが多かった。

本作の序盤では「籠の中の2羽の鳥」が映像の端に映り、異国で降霊ビジネスをする姉妹の心情が表現されていたが、二人はプラネタリウム(模造)の世界で最終的に輝けたのではないか?
と、感動したかったが、ローラの女優シーンが、、、トホホでした。


それでもポートマンが「容姿が似ている」と推薦されたデップ、年齢差はあるものの二人は姉妹に見えるし神秘美がある。実際のデップの両親はポートマンに似ていないのに不思議だが、それも面白い。

予備知識有で鑑賞した方が、楽しめる映画。


最後に、、、個人的に一番迫力のあったプラネタリウムは米国Hayden Planetariumです。在仏時にみた雑誌には名古屋のプラネタリウムが世界トップ10に入っていたが、、、未だ行ったことがない。


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個人評価: ♪♪♪♪
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製作年/Sortie: 2017
監督/Réalisation 脚本/Scénario: 
ミシェル・アザナヴィシウス/Michel Hazanavicius
出演/Acteurs: 
ルイ・ガレル/Louis Garrel
ステイシー・マーティン/ Stacy Martin
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あらすじ
本作はフランス映画巨匠ジャン=リュック・ゴダールの2番目の妻アンヌ・ヴィアゼムスキーはゴダールとの日々を描く自伝小説を2作執筆。ド・ゴール主義で有名な一族の娘アンヌがゴダールに出会い『中国女』を発表するまでを描く「彼女のひたむきな12カ月」とその続編「それからの彼女」、映画は本編にも触れるが、ゴダールの思想変化により二人の婚姻生活が破綻していく続編小説「それからの彼女」を中心に描いている。

プロポーズ前の二人

革命に傾倒し、過去の自分の作品も否定するゴダール



ノーベル文学賞受賞作家フランソワ・モーリアックを祖父に持つアンヌは当時既に有名な文化人だったゴダールと恋に落ち、彼の作品「中国女」に出演する。若いアンヌは初めて見る映画の世界やゴダールの思想に大いに刺激を受け結婚、今でいう年の差婚だ。

時は市民革命、新しい価値観の創生にゴダールは、1968年の五月革命の象徴として学生や労働者と一緒にデモに参加し、革命に傾倒していく。更には当時ドゴール下で映画製作されていた映画祭を中止に追い込む、娯楽映画を捨て新たな映画に取り込むゴダール、しかしながら映画もまた『娯楽』である。そして大衆は新生ゴダールでは無く、ゴダールの古い作品を求めていた。

人間関係にも行き詰まり、空回りし始めたゴダールにアンヌは問う、
「私を広い世界へと連れ出し、輝くような日々を与えてくれたゴダールに、いったい何が起きたの?」



感想・ネタバレ
感想の前に本作の為にフサフサしていた髪を剃り叔父さんとなったルイ・ガレルに賛辞の言葉を贈りたい。「アンナ・カレリーナ」のジュード・ロウの変身、俳優魂にも驚いたが、ガレルの潔さと物真似の品質の高さには感服した。別の主演作品「イヴサンローラン」では似せてこなかったが、本作ではゴダールに似せることにより、彼の陰湿で偏屈な性格表現が逆にコメディへと転じ、映画にリズムを与えている。

ルイ・ガレル、カンヌ映画祭の頃には髪の毛も元に戻って、、

本作中は落ち武者の様な髪形を貫くルイ・ガレル、アンヌ役はちょっと美人過ぎるような、、


本作を見て何故私が70年代のゴダール作品が苦手なのか理解できた様に思えた。
ゴダールは50本位の作品を制作しているが、初期の作品は仏映画文法に反逆し膨大な情報と圧倒的な力と衝撃を私たちに与えた。60年代後半から70年代に実験的な作品が多く10作品以上製作している。本作中にもあった『中国女』もそうだが、この時期の彼の作品は「幼い芸術家による映画」としか思えず、私の心は1ミリたりとも動かない。本作中で何度も眼鏡を壊すゴダール、どんな新しい眼鏡を買っても、また直ぐに壊してしまう。愚直で支配欲の強い言葉遊びが好きなゴダールは革命家ごっこに夢中で新しい眼鏡で物質の形状は見分けられても、本質を見つけられず足は知らず知らずのうちに沼地に取られている、遂に自殺未遂。
アンヌとの破局は当然、ゴダール(古英語god-hard)、、、与えられた姓に彼の宿命を見る。

ゴダール映画を一本でも観た人は様々な角度から映画を楽しめるかもしれない。だが知らない人にとっては「面倒くさい有名映画監督と主体性の無い若い女の子のラブストーリー」や「画像色がお洒落なフランス映画」、ゴダールを神格化する映画ファンにとっては「ゴダールへの経緯の欠片もない映画」かもしれない。

見る人によって感想が大きく分かれそうな映画。
でも、私は適当に楽しめました。
アザナヴィシウス監督には60年代や革命後80年代のゴダールの自伝映画の製作もお願いしたいもの、ゴダール映画を更に楽しめそうだ。


実際の二人、ゴダール/jean luc godard とアンヌ/anne wiazemsky

実際の中国女のポスターと撮影風景



ゴダールとアンヌの時代に興味のある人は、こちらへ


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個人評価: ♪♪♪
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製作年/Sortie: 2010
監督/Réalisation 脚本/Scénario: 
フランソワ・オゾン/François Ozon
出演/Acteurs: 
カトリーヌ・ドヌーヴ/Catherine Deneuve
ジェラール・ドパルデュー/ Gérard Depardieu
ファブリス・ルキーニ/ Fabrice Luchini
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あらすじ
1977年、フランス地方のある町に暮らすスザンヌは、雨傘工場を経営するロベールを夫に持つ貞淑なブルジョワ主婦。優雅な毎日を送りながらも、美しく着飾り亭主関白な夫におとなしく従うだけの“お飾りの妻/Potiche=飾り壺”。
ある日工場でストライキが起こり、ロベールと労働者側の対立がエスカレート、そんな中ロベールが心臓発作で倒れてしまう。夫の愛人や息子を味方につけ、主婦だったスザンヌは労働者の心を掴みながら業績を大幅に改善させることに成功。
ビジネスに成功したスザンヌは国政にも挑戦!

FEMME AU FOYERの夫とスザンヌ

マザコンな息子がストライキに太刀打ちできず帰還

心臓発作を起こす夫と娘、夫愛人「飾り壺2号」の秘書



感想
カトリーヌ・ドヌーヴは若かりし頃、傘をテーマにした映画「シェルブールの雨傘」に出演し、その美貌を惜しみなく魅せていた。ドヌーヴを何度も自身の映画に起用しているオゾン監督には申し訳ないが、私には彼女の演技が卓越していると思えない。ルキーニが出演しているから見たようなものだ。フランス版松坂慶子、、、。(松坂さんすみません、皆の芝居全体にアクセントを生むので嫌いではない)文句を云うなら見なきゃ良いのに、、、恐いもの見たさでつい見てしまう。困った性だ。

映画がドヌーヴの「シェルブールの雨傘」のオマージュをちらつかせていることもあり、邦題も「傘」を入れているが、仏題は飾り壺。男性の飾り物だった女性が社会進出を果たし、飾り壺を卒業する姿を描いた映画だが、議員に当選して人々を傘下に治めたつもりだろうが、登壇した様子は議会の飾り壺に見えてしまった。
これはオゾン監督のブラックジョークなのか?



劇中のドヌーヴのジャージにエプロン姿にも少し驚いた。今までフランス人宅にお邪魔したことはあっても白人系フランス人女性がジャージを着ている姿を見た事がない。経営者として成功した後も一度ジャージを着用している。ジャージはスザンヌの素の姿であり、長年染みついた主婦の象徴、結局彼女は捨てきっていないのだ。

ドヌーヴとオゾン好きにお薦めの映画。


オゾン監督