仏映画

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フランス映画いろいろ

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個人評価: ♪♪♪
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製作年/Sortie: 2018
監督/Réalisation: ファビアン・メイラン/Fabien Meyran
脚本/Scénario: ファビアン・メイラン/Fabien Meyran
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あらすじ
2匹のソリストによるヴェルディの椿姫の感動的な歌声、この上なく粋なオペラ舞台が繰り広げられる。その舞台は魚屋だった




感想・ネタバレ
たった2分で見られる上質な短編映画、オペラ付。
魚の表情が滑稽だが歌は美麗、魚の滑りもガッツリ表現されつつ魚屋店頭に置かれる魚の覚悟も見られる一曲、キュートでもう少し聴いていたくなる。
もう少し尺を長くして彼らの生きざまが見られれば良かったが今のままではコマーシャル。

それにしても何故邦題に『魚座』??
原題はTURBOPERA、ターボ+オペラの造語だろうか、オペラに拍車が掛かった魚達のフランス版『終生の句』と理解したのだが誤解?




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個人評価: ♪♪♪♪
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製作年/Sortie: 2015
監督/Réalisation: ヴァレリアン・デテルヌ/Valérian Desterne
脚本/Scénario: ヴァレリアン・デテルヌ/Valérian Desterne
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あらすじ
小さな犬は牧草豊かな大地で羊飼いの御爺さん羊たちと静かに暮らしていた。羊飼いは刈った羊毛を雲に変えて雨を降らす事で大地に恵みを与え牧草を実らせ羊たちの腹を満たせていた。ところがある日羊飼いの命が絶えてしまう。






感想・ネタバレ
ある日羊飼いが動かなくなり羊の毛を刈る事が出来なくなると、大地は刈れ羊たちが飢えてしまう。若い犬には人間の様な手は無く羊毛を刈る事が出来ない。羊達の毛はどんどん成長し、浮遊力を持った毛は羊たちを雲の様に浮かせ空へと運んでいく。

お爺さんの仕事を継承したのは若い犬、御爺さんの様に羊毛を刈る事は出来ないが、別の手段を利用してライフサイクルを継続していった。自然ライフサイクル、万物が永遠に属するわけでは無い、継承していく術は様々である、8程度の短編映画だが様々なことを教えてくれる。

伝統を常に紡いでいるフランスらしい作品。




羊たちの毛が雲になっていく様子を見ながら、初めて欧州に旅行に行った日を想い出した。まるまると固まった雲が空との間に数個浮かんでいて、日本の空よりも高く雲は近い様に感じた。



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個人評価: ♪♪♪♪
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製作年/Sortie: 2018
監督/Réalisation: ジル・ルルーシュ/Gilles Lellouche
脚本/Scénario: ジル・ルルーシュ/Gilles Lellouche
出演/Acteurs: 
マチュー・アマルリック/Mathieu Amalric 
ギヨーム・カネ /Guillaume Canet
ブノワ・ポールヴールド/Benoît Poelvoorde
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あらすじ
2 年前から鬱病を患い、会社を退職したベルトラン、妻の支えで引きこもり生活を継続しているものの、子供達や義姉夫婦からの視線が辛い。己を鼓舞し再就職に挑戦するも敢え無く撃沈していたある日、地元の公営プールで『男子シンクロナイズドスイミング メンバー募集』を目にする。応募を決意するが、待っていたのはメランコリックな7人の中年男性だった。

チームメンバー
Bertrand: うつ病で引きこもり、就活中
Laurent: 罵倒癖があり家族に呆れられる、老人ホームにいる母親に罵倒される
Marcus: 倒産しかかっているプール販売会社の社長
Simon: 離婚し娘と離れて暮らす、売れないミュージシャン
Thierry: 純粋で穏やかな性格のプールの用務員、女性経験に乏しい
John: Laurentの母親の老人ホームの介護士、老人の匂いが苦手
Basil: 家のローンで悩んでいる男
Avanish: スリランカ系男性

血の滲むような練習を経て、目指す世界選手権までたどり着けるのか?笑
実在するスウェーデンの男子シンクロチームが世界選手権で成功を収めた実話がベースになった優しいユートピア+群像劇






感想・ネタバレ
フランス映画好きは、映画に集中できたのだろうか?
俳優陣の顔ぶれが豪華で、彼らが本当に泳げるのかが気になり映画のストーリーよりも役者の水中での動きが気になって仕方がない。

例えば、倒産しかかっているプールの社長を演じているのは『ココ・シャネル』の映画でオードレイ・トトの相手役となったポールヴールド、体が堅そうだが踊れるのか?『セザンヌと過ごした時間』でエミール・ゾラ役を演じたカネ。『王妃マルゴ』でシャルル9世を演じ近年では脚本や映画も手がけるユーグ・アングラード。アマルリックは『潜水服は蝶の夢を見る』での名演技が忘れられない、、、。
故に演者も確認せず映画館に向かった私は主人公がプールで初めて練習するシーンで固まった、、、、皆泳げるの?

私同様、俳優陣の競技スキルが気になる方に、
1. 監督は最初にアマルリックに映画企画を打診しに行く、監督を信じているアルメリックは脚本も見ずに了解
2. 俳優採用条件は『泳げること』、アルメリックが既に了解しているので俳優陣は文句が言えない。
監督はアルメリックを最初に口説いた後に他の役者に出演を打診した。
3. 『泳げる』と嘘をついて映画に参加した俳優が1人、撮影当初は浮きをつけていて演技、CG処理されている
4. 映画製作の為にシンクロナイズドスイミング・コーチを付けたが、初見で呆れられた
5. アマルリックは自分の監督作品『バルバラ~セーヌの黒い薔薇』を撮影しており、昼は編集で夜はシンクロの撮影に多忙だった。映画編集の苦悩が主人公の苦悩に重なったという
6. アマルリック談、撮影を重ねる毎に役者間の絆が強まった
映画製作も『Sink/沈 or Swim/泳』だったのではないか?

映画のメイキング映像:
フランス語だが俳優陣が映画の為に陸上トレーニングをしているのが解る
俳優陣の身体能力に、BRAVO!




アマルリックと監督



作品で描かれる中年男性の生活環境はフランスでは珍しい事では無いが、稀有な事は『中年男性がスポーツで世界を狙う事』と『そのスポーツがシンクロナイズドスイミングだった事』だ。芸術性を問われる女性向けという印象が強い競技だが、長時間の潜水や組体操の様な動きも加わり、アクロバット性の高い競技だ。練習後のサウナやバーで家庭問題やコーチへの愚痴を語り合うのもスポーツ・チーム所属経験者が共感するところ。

映画は選手だけでなく、コーチやその家族にフォーカスが当たっている。コーチはアルコール依存症の元シンクロ選手だったデルフィーヌと事故で車椅子生活となったアマンダ。アマンダはスパルタ教育で選手に強靭な肉体と競技に必要な基礎を与えるが、繊細なデルフィーヌは選手に哲学を唄い精神の安らぎを与える。一辺倒の教育では選手が育たない事や選手引退後の生活が簡単で無い事も伝わってくる。
車椅子のままプールに突き落とされたアマンダの細やかな仕返しもフランスらしくていい。



サウナで本音トーク


雑談だが私が行った仏公営プールの更衣室は男女一緒だった。





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個人評価: ♪♪♪♪♪
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製作年/Sortie: 2017
監督/Réalisation: アニエス・ヴァルダ/Agnès Varda
、ジェイアール/JR
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アニエス・ヴァルダは2019年3月この世を去りました。

ジャン=リュック・ゴダールの言葉 1959年『カイエ・デュ・シネマ』
「アニエス・ヴァルダ作品の鍵となるひとつが木であること、それが繰り返し出てくるイメージであることを述べておきたい。それから、『コートダジュールの方へ』を見たら、『ポワント・クールト』を再び見るべきだということも言っておきたい。しかしあまりにも言うべきことがあり、時間が足りないほどだ。まるで何千もの側面がある煌めくダイアモンドのようだ。フランス映画業界において、アニエス・ヴァルダの短編作品は、小さいけど本物の宝石なのだから」



左岸派(Rive Gauche)

1950年代アニエスとゴダールはセーヌを挟み、別々の道にいた。アニエスは左岸派、ゴダールは右岸派。
1950年代末に始まったフランスにおける映画運動を「ヌーヴェルヴァーグ/新しい波」と呼ぶ。セーヌ左岸のモンパルナス界隈に集まっていたので、左岸派と呼ばれる。ドキュメンタリーのシーケンスには共通のスタイルが見られる。
アラン・レネ
ジャック・ドゥミ
アニエス・ヴァルダ
クリス・マルケル
ジャン・ルーシュ

右岸派
『カイエ・デュ・シネマ』映画評論誌の事務所はセーヌ川の右岸にあり、その界隈で集う人々の事。映画製作における共通のスタイルは見られない。
ジャン=リュック・ゴダール
フランソワ・トリュフォー
クロード・シャブロル
ジャック・リヴェット
エリック・ロメール
ピエール・カスト
ジャック・ドニオル=ヴァルクローズ
アレクサンドル・アストリュック
リュック・ムレ
ジャン・ドゥーシェ




ドゥアルヌネの人たちへ コートダジュールの方へ

本映画の終盤、アニエスはゴダールを訪ねる約束を取り付けるが、約束の店に現れない。ゴダールの家まで行くが扉は閉じたままで応答もしない。アニエスは窓に書いたメッセージを見つける。

「à la ville de Douarnenez. du côté de la côte.」
ドゥアルヌネの人たちへ。コートダジュールの方へ。

『コートダジュールの方へ』は1958年に彼女が撮った短編映画の題、コートダジュールという土地には思い出もあり、ゴダールとその妻と一緒に過ごした。
『ドゥアルヌネ』とは左岸派が集ったモンパルナスのレストランの店名。ドゥアルネに集う人へという意味だ。

彼女の顔が曇る。スイスまで、、、貴方に会いに来たのに。夫が亡くなったときは『ドゥアルネの人達へ』だった。

”Villages/ところどころ”で対面した顔だけが "Visages/顔たち"ではない。スイスまでの旅は旧友ゴダールからの贈り物なのかも知れない。

アニエスとJRの出会いは2015年、映画『顔たちところどころ/Visages Villages』を撮影中、右岸派アレクサンドル・アストリュックが他界した。ヌーヴェルヴァーグの中で映画完成時に生存していたのはアニエス、ゴダール、ジャックリュック・ムレ、、、かつての映画仲間たちは空の上。

アニエス最後の映画は『Varda par Agnès』、アニエスが『命の終わり』を強く意識し始めたのは、恐らく『顔たちところどころ』の旅、ゴダールのメッセージからではないか。

Agnès Varda, Jacques Demy, Alain Resnais

Agnès Varda, Jean-Luc Godard

Agnès Varda, JR  JRとゴダール、黒メガネが共通点


余談
『ドゥアルヌネ』はフランス西岸の街の名前、モンパルナス駅は西岸への玄関となっており、界隈ではロワールやブルターニュ地方の料理店が並ぶ。左岸派の夫やアラン・レネの出身は西岸、『ドゥアルネ』でガレットや魚介が美味しい郷土料理とワインで映画を語り合ったのかも知れない。





映画完成後、ゴダールの訪問を語るアニエス
«C'était une sorte de dialogue virtuel entre Godard et moi. On est un peu proches dans le fait qu'on fait des films où il y a plus de recherche que de commerce, c'est ça qu'on a en commun»
私とゴダールは(会えませんでしたが)対話できていました。商業的な作品より映画を創作する事で私達は少し似ていて、(映画に対する姿勢に)共通点がありました。

アニエスの言葉は、ゴダールとの深い絆を感させる。
彼女は人への愛情が人一倍深かった。

アニエスの葬儀参列者


大好きなアニエス

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個人評価: ♪♪♪♪♪
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製作年/Sortie: 2017
監督/Réalisation: アニエス・ヴァルダ/Agnès Varda
、ジェイアール/JR
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映画について

「ヌーヴェルヴァーグの祖母」とも呼ばれる女性映画監督の先駆でありアニエス・ヴァルダ。大都市から紛争地帯、様々な場所で人々の大きなポートレートを貼り出す参加型アートプロジェクトで知られるフランス人アーティストJR。

『顔たち、ところどころ』はふたりがフランスの田舎を旅しながら、村々に住む人々と接し作品を一緒に作り残していくロードムービー、そしてドキュメンタリー。



感想
映画や写真、文化やアート、旅や人、歴史や地理が好きな人に観てもらいたい。
ロードムービーが苦手な人も楽しめます。


ふたりが訪ねた村と人々
on ne s’est pas rencontrés à la boulangerie, ni à un arrêt d’autobus…
不思議、今まで道で会わなかった二人、バス停でもパン屋そしてダンスホールでも会わなかった。そんな二人が無計画を条件にJRのスタジオ配備車で旅をする。

L'escale, village des Alpes-de-Haute-Provence
村人達は車内の写真撮影スペースでカメラに向かってバゲットを噛る。大きく引き伸ばしたポートレート、バゲットを水平に連ねて街路壁貼り付ける。いろいろな顔がバゲットと一緒に並ぶ。照れたり、微笑んだり、皆で一本のバゲットを食べている様。



Bruay-la-Buissière, Pas-de-Calais
北フランス、古い炭坑の街。炭鉱住宅取壊しに抗う唯一の生き残りJeannine、かつて坑夫だった男たちは「きつい処では無い、死ぬほど苦しい」炭坑での仕事について語る。古い炭鉱住宅の壁に蘇ったのは元炭鉱作業員たち、そして今も尚炭坑住宅を守るJeannineの顔。「出ていくといったけど、未だいるわ。家族の思い出が詰まった家を出ていくなんてとても出来ない。」Jeannineの顔に新たな決心が灯る。


Chérence, Val-d’Oise
200ヘクタールの農地を持つ農夫、Clements Van Dungern を訪ねる。昔は3-4人雇用していたが、今は全自動のコンバインとトラクタの御蔭で独り車を運転するだけ、人とのコミュニケーションは減少したが、家族の待つ家に帰宅する事が出来る。小屋に貼られた自分の全身写真、恥ずかしくも誇らしい。



Bonnieux, Vaucluse (84)
村祭りにあった二人が一目惚れ、祖父母の写真を壁に貼る。姉弟は「FACEBOOKに投稿するよ」と嬉しそう。写真貼に使用した足場を見た警察官が微笑みながら違法だと伝えると、JRはアニエスに請求する様に冗談交じり。

レストラン給仕の母の写真、レストランの調度目の前の壁で傘を片手に裸足で佇む。彼女の子供達は照れ隠しに巨大な母の足を擽る。



L’usine Arkéma /Alpes-de-Haute-Provence
ひまわり畑を通り過ぎ価格工場に辿り着く、工場の職員と集合写真。給水タンクの壁面には市場で撮影した魚たちを貼る。
撮影当日が早期退職日、明日からは働かず家で過ごすことになるが、働かない自分が想像できないでいる。
工場の片隅では空き缶で作った御手製のネットで卓球を楽しんでいる。



アニエスが眼の検査、JRはいつもサングラス。
アニエスの友人ゴダールも色のついた眼鏡をかけていたが、外してくれた。
あなたは何故、外さないの?


Extrait Pirou-Plage
建設途中停止となった村、廃墟群。アニエスとJRの噂を聞きつけて人々が訪ねてきた。


郵便配達員
今は車だけど昔は自転車で郵便だけでなく日用生活品の用達も頼まれた。「ラジオの音で僕がきたとわかる、メロンやトマトを皆がくれた」



Haute-Souris
山羊を240頭飼育している農家。機械で搾乳、多い時には1日800個のチーズをつくる。喧嘩する山羊の性質から角を全て落としている。
山羊を60頭飼育している農家。角は落とさず自然のまま、馬が山羊たちを監視している。昔は搾乳機も使用していたが、音は煩く、機械の洗浄に手間がかかる。今は静けさを選択、手で搾乳している。立派な角を持った山羊の写真が貼られる。



Sainte-Marguerite-sur-Mer, Seine-Maritime (76)
Un tombé depuis le bunker de béton allemand falaise depuis la deuxième guerre mondiale sur la plage
浜辺に崩落した第二次世界大戦中ドイツ軍が建てた要塞/トーチ。
アニエスが以前撮影したギイ・ブルダンの写真、トーチにピッタリな写真を選ぶ。
潮の満ち引きを確認しながら写真を貼ったが、翌朝海に流されていた。



Henri Cartier Bresson/ Montjustin
フランスの写真家、敬愛するアンリ・カルティエ・ブレッソンの墓を訪ねる。


Le Porte du Havre
港湾労働者にインタビュー、港湾労働者の妻たちは初めて夫の職場を訪れる。コンテナー各々に写真が貼られ、夫達に依って積み上げられ、妻達の全身像が現れる。コンテナーの妻の心臓に近い扉が開くと妻が居る、夫婦にとって特別な体験だ。




アニエスの眼や足の指、体パーツを貨物列車に貼る。



Jean-Luc Godard
JRに会わせたい人、ゴダールとの約束を取付けるが待ち合わせ場所に現れない。ゴダールの家を訪ねたが応答は無い。ガラス窓にゴダールのメッセージ「ドアルネの人々へ、コート・ダジュールの方へ」。固く閉じたドアの前にアニエスは目に涙を溜めて云う「ジャック(夫)が死んだ時もドアルネの人々へと書いてきた。私を苦しめたいのね。とても卑怯だわ、、でも好き」

悲しむアニエスとレマン湖のほとり、「彼は先に書いたんだ」JRは声をかける
そして黒いサングラスを外す。
JRの目を見つめながらアニエスは云う「優しいのね」




FIN

ゴダールはアニエスの旅立ちを知っていたのかもしれない。
アニエスは2019年3月29日、癌でこの世を去る。

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個人評価: ♪♪♪♪
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製作年/Sortie: 2016
監督/Réalisation: ステファヌ・ブリュゼ/Stéphane Brizé
脚本/Scénario: ステファヌ・ブリュゼ & フロレンス・ビニョン/Stéphane Brizé et Florence Vignon
出演/Acteurs: 
ジュディット・シュムラ/Judith Chemla 
ヨランド・モロー/Yolande Moreau
クロティルド・エスム/Clotilde Hesme
フィネガン・オールドフィールド/Finnegan Oldfield
ニナ・ミュリス/Nina Meurisse
スワン・アルロー/Swann Arlaud
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あらすじ
1819年、ノルマンディー
修道院で17歳まで修道院で教育を受けてきた清美な男爵家の一人娘ジャンヌは、両親の元で生活を始める。そして親の決めた美青年ジュリアン子爵と結婚し、幸せな人生に胸を膨らませていた。結婚すると夫ジュリアンは金銭への執着が強くなり、乳姉妹だった未婚の女中のロザリが出産し、二人の不貞が発覚する。

ジャンヌと仲の良い乳姉妹のロザリ

結婚前のジャンヌとジュリアン


妊娠していたジャンヌは、神父の助言から離婚を思いとどまる。ロザリが屋敷を去り、息子の誕生から夫婦生活が取り戻されたかのように見えた。ところが友人のフルヴィル伯爵の妻と夫ジュリアンの不倫が発覚、ジャンヌは次第に人生に対する希望を失っていく。妻の不倫を知ったフルヴィル伯爵は、ジュリアンと伯爵夫人が逢瀬している小屋で二人を殺害、自身も自害する。



未亡人になったジャンヌは息子ポールを溺愛するが、少年時代のポールは学校でも問題児だった。青年になったポールは外国で女と暮らし、金の無心にしか手紙をよこさなくなる。両親も死に、ひとりきりになったジャンヌの元に、屋敷を出たロザリが戻ってくる。


信頼していた両親

ロザリの助力でジャンヌは財産を整理し、屋敷を売って小さい家に移り住む。やがて、ポールから、恋人が子供を産んで死にそうだと手紙が来る。ロザリはポールの元に行き、女の子の赤ん坊を連れて戻り、明日ポールも帰ってくるとジャンヌに告げる




感想・ネタバレ

ギ・ド・モーパッサンの小説「女の一生」が原作、日本国内では過去に何度もTVドラマ化及び映画化がされている作品。

1928 : 女の一生, 日本, 池田義信
1947 : Naiskohtaloita, フィンランド, Toivo Särkkä1
1953 : 女の一生, 日本, 新藤兼人
1958 : Une vie, 仏伊, Alexandre Astruc (86 minutes)
1967 : 女の一生, 日本, 野村芳太郎
2004 : Une vie, 仏, TV, Élisabeth Rappeneau (90 minutes)



映画は小説から逸脱する事無く、現代技術映像美と共に淡々と物語が進行していく。キャスティングも良く小説の代替としては十分すぎる映画と私個人は評するが、仏国内の評判は『常に鬱屈した映像に単発的な明暗』と評され、映画がスタンダードサイズで撮影された事、被写界深度や再現方法の未熟さも指摘されている。

今回の映画サイズこそが、ジャンヌの人生を表しているのではないか?



邦題『女の人生』の原題『Une Vie』を直訳すると『不定冠詞+人生』。1800年、女性の人生は開拓するものでは無く、人生行路を全うするもの。枠から逸脱できないジャンヌの人生が今回の撮影手法に依って再現され、私はこの映画を通じて原作者の人生に興味を持った。

何故地方貴族出身の女性を主人公と死、人生を描いたのか?

モーパサンはノルマンディのブルジョワ階級出身の男性作家で、両親が別居した12歳以降は母とエトルタ(Étretat)の別荘で暮らすようになる。モーパサンは生涯独身を通すが、彼の作品に登場する女性達は『型の中の人生』を全うする事が多い。
この作品は文豪としての地位が既に確立された33歳の時の作品、『Une Vie/人生』母の人生と重ね描いたのだろうか?またポールは神学校の寄宿舎で馴染めたかった自身であり、ジュリアンは父親だったのかもしれない。

注)主人公が人生の荒波に抵抗しない映画、苦手な人も多い筈。

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個人評価: ♪♪♪♪
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製作年/Sortie: 2017
監督/Réalisation: ユベール・シャルエル/Hubert Charuel
脚本/Scénario:ユベール・シャルエル/Hubert Charuel
出演/Acteurs: 
スワン・アルロー/Swann Arlaud
サラ・ジロドー/Sara Giraudeau
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あらすじ
酪農業を営むピエール30歳、両親の農場を引継ぎながら獣医の妹や両親と共に生活をしている。ヨーロッパ北部で発生した牛の伝染病がフランス国内見つかり、動物疫病の防疫が騒がれていた。ある日、誕生したばかりの子牛の世話をしていると、一頭の牛の様子がおかしい事に気付く。牛を撫でると手が血塗れになる、疫病に侵されている現実を突き付けられたピエールに不安、焦燥、恐怖が一気に襲う。1頭でも感染が発覚すれば即座に他の牛も殺処分をしなければならない。牛の感染を知るのは自分だけだ、牛を諦めるわけにはいかない。
ピエールは感染を確認した牛を一頭殺し、農場の奥に埋めて隠す。牛の数は保健局で管理されている為、嘘が必要だ。家族にも嘘を付き通し孤独になった彼は、残された牛全頭の体を洗いながら祈るが、焦りと不安は加速するばかり、、、。

子牛を納屋から隔離するピエール



感想・ネタバレ
農場の牛、全頭処分が映画の結末
発病した牛を一頭発見した時点で、この悲劇が止められない事はわかっていた。
加速する奇行に恐怖を覚え、ピエールの孤独に胸を痛めるが、視聴者の多くは一縷の望みをかけた筈だ。それはピエール酪農経営者として損得で動いているのではなく、失われていく動物の命を止めようと藻掻いていたからだ。





映画のジャンル
原題は『Petit Paysan/小規模農家』、
映画誌は「ドラマ」や「ドキュメンタリー」と紹介しているが内容は社会派、主人公が追い詰められ神経が衰弱してく様子や牛を殺傷する場面、牛達がどんどん発病していく画はスリラーだ。ルモンド紙の” un thriller mental dans une étable”及び英邦題『ブラッディミルク』の方が視聴時の視聴者感情としては正解。
田舎の酪農一家のヒューマンドラマと想像し選んだが、映画序盤ピエールのベッドを牛が包囲するという不気味な画に凍り付き、ピエールの焦燥感に緊迫し、映画後半は失う命に胸が締め付けられた。



ユベール監督
ユベール監督の実家が酪農家、撮影は両親の旧農場(Haute-Marne地方のDroyes)を撮影の為に2週間で復活させた。両親はリタイヤしていた為、牛を連れてくるところから始まったという。
主役だったスワンは手慣れた様子で牛を扱っているが酪農経験は無、2週間の研修後、撮影の1ヶ月前から監督の両親に教わりながら、実際に牛の世話を覚えた。撮影が始まったときには自分の農場や牛の様に思え、撮影中は演技よりも牛にストレスが無いかの方が気になったという。また分娩場面はスワンも含め撮影チーム全員にとって記憶に残る体験だったと云う。



映画には監督の親戚や友人が多く出演している。レストランのボスとサイロの作業員二人は友人、エキストラ達も監督が生まれ育った地域コミュニティの人々だ。(両親役は確か監督の両親だった様な、、うろ覚え)

ユベール監督は一人っ子、酪農を継がなかった両親への『映画監督になった息子からの親孝行』、なのだろう。ユベール監督曰く「社会派映画ではなく、農民の孤独を表現した映画」

ユベール監督

ユベール監督が牛に演技を教えている様子?


雑談
この映画を想い出したきっかけは、2019年9月26日、シラク旧大統領の死去。シラク氏は農業・農村開発大臣を務めた後、大統領に就任。就任後も引退後もフランスの農業をサポートしてきた。引退後、パリで開催された農業の展示会中日に何度か見かけたが、会場で農業従事者と親密な関係を築いていた事が印象的に残っている。自給自足率100%といわれる農業大国フランスだが、現在は人手不足で、村は独身の男ばかり。

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個人評価: ♪
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製作年/Sortie: 2017
監督/Réalisation: アマンダ・ステール/Amanda Sthers
脚本/Scénario: アマンダ・ステール/Amanda Sthers
出演/Acteurs: 
トニ・コレット/Toni Collette
ハーベィ・カイテル/Harvey Keitel 
ロッシィ・デ・パルマ/Rossy de Palma
ミシェル・シュミレイ/Michael Smiley
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あらすじ
パリに越してきた裕福なアメリカ人夫婦アンとボブは、セレブな友人を豪華ディナーに招待する。しかし、手違いで出席者が不吉な13人となっていたことから、急きょスペイン人メイドのマリアが14人目の出席者としてディナーに参加することに。スペイン王朝の末裔、ミステリアスな貴婦人に仕立て上げられたマリアは、メイドの様に列席する少年の皿の上の肉を切ったり、緊張のあまりワインを飲みすぎて下品なジョークを連発するが場が盛り上がってしまう。そんなマリアに惹かれた英国紳士デビッドは翌日マリアをデートに誘うが……。
14人で開催されたディナーの様子





ネタバレ
この手のコメディ映画は視聴者にHAPPY-ENDを約束する、、、筈だがこの映画は微妙な結末。
デビッドとマリアはこの恋に夢中だったが、ある日マリアの本当の素性をアンから聞かされたデビッドはマリアとの連絡を突然絶つ。悲しみのどん底に突き落とされたマリアは荷物をまとめて屋敷を去る決意をする。
デビッドは、マリアを見送る屋敷の仲間を前に云う、
『僕の昔の恋人が「人はハッピーエンドが好きなものよ」と言っていた』
そしてマリアが去り行く道を辿り始め、マリアは幸せだった日々と悲しみを胸に橋の上を歩いて行く------。
仏題が『Madame』そしてマリアを照らす光が明るい事から、後を追ったデビッドとHAPPY-END、本当のMadame/女主人になったと予想することも出来る。
だが『橋』から再出発とも思え、自立したマリアが橋を渡る姿に答えは判らず悶々とする。
恋に夢中になるマリアとデビッド


女主人アンの忠告に聞く耳持たないマリア

場をわきまえないマリア

そんなマリアに訪れたのは幸せ?それとも自立?



感想
そもそも話の『起』が陳腐、
アメリカからパリに引越しする様な夫婦が、ディナー出席者人数13に拘り、急遽50歳のスペイン人メイドを14人目の出席者に仕立て上げるというのは現実的ではない。デビッド役の男性もパッとしない。

陳腐な始まりであれば、もっとエッジを効かせながら、マリア役の女優には弾けて欲しかった。フランスに住むスペイン人のメイド達とフランス人を描いた映画『屋根裏部屋のマリアたち(2012)』が面白く、スペイン人メイド設定に期待を寄せ過ぎたのかもしれない。

因みにフランスでは主に脚本が酷評されている。

関係のない話:
最後の晩餐で13番目の席に着いたのはイエスを裏切ったユダ、”Ça porte malheur”13を忌み嫌う欧米人や欧州人は未だにいる。またイエスの処刑された日も13日で、13日の金曜日を忌み嫌う人もいるが、この日に博打で勝負に出る人も多い。(ロトの売上は一気に上がる)


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個人評価: ♪♪♪
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製作年/Sortie: 2017
監督/Réalisation: アントニー・コルディエ/Antony Cordier
脚本/Scénario: アントニー・コルディエ/Antony Cordier Florence Vignon
出演/Acteurs:  
フェリックス・モナティ/Félix Moati
ギヨーム・グイ/Guillaume Gouix
レティシア・ドッシュ/Lætitia Dosch
クリスタ・テレ/Christa Theret
ヨハン・ヘルデンベルグ/Johan Heldenbergh
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あらすじ
家族と疎遠になっていた25歳の青年ギャスパール、田舎で開かれる父の再婚式にひとりで出席するのが嫌で、偶然知り合った旅の女性、ローラに恋人のふりをして欲しいと頼み込む。
ギャスパーの実家は家族経営の動物園、客が減り経営が苦しい中、どうにか持ちこたえている。自分を幼い頃から見つめてきた動物達や家族に成長した自分を見せる心の準備が無かったのだ。

動物園を守ってきたのはギャスパールの家族。浮気癖があり我儘な父親、律儀な兄、死んだ子熊の毛皮を纏う美人妹がいる。動物園の中で動物達に近い生活をしてきた家族がローラの出現により、変化が生まれる。

旅路ローラと出会うギャスパール

久しぶりの帰郷

仲の良い兄弟妹



感想・ネタバレ
DVDジャケットや映画ポスターから、ライト・コメディと勘違いする人は多いだろう。喜劇風なフレンチ群像劇、邦画では見ない作風だ。物語がギャスパールとローラの出会いから始まるが、二人の関係は最後まではっきりしないのでラブストーリーに期待すると肩透かしに会う。『動物園を経営する家族、個性的な登場人物を楽しむ映画』と考えれば、、フランスの動物園の裏側、働く人の生活も見られる、かなり楽しめる映画に変化する。


物語はギャスパールとローラ、コリーヌを中心に展開、動物に目透かしに会うのが嫌で帰省を躊躇する主人公ギャスパール、既に常人の感覚ではない。フランス人は日本人に比較し体臭に趣向を示す人は多いが、ギャスパールの体臭への執着は尋常では無くローラの足の膝の裏の匂いを嗅ぐ様子は動物そのもの。

兄のギャスパールに恋心を抱き、予定外の客人ローラに敵対心を抱く妹コリーヌ。獣化した妹が森を練り歩く姿は野生に近くも見える。だが多くの動物は近親個体とあまりにかけ離れすぎていない個体をつがい相手に選ぶ傾向にあるが、近親交配を避ける。常に子熊の皮を頭から被るのは精神の停滞、変化を嫌う彼女の主張であり、ローラへの嫉妬は縄張り意識かもしれない。動物園の動物が野犬に襲われ、コリーヌはローラを野犬同様アウトサイダー扱いする。




注意)
一般的に仏映画は裸への躊躇は皆無、フルヌードも自然体に魅せる。本作官能映画では無いが、この映画の登場人物は男女問わず全裸になるので、視聴時は要注意。

相談する子供達とドクターフィッシュ水槽で入浴する父

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個人評価: ♪
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製作年/Sortie: 2016
監督/Réalisation: ブノワ・ジャコー/ Benoît Jacquot
脚本/Scénario: ブノワ・ジャコー/Benoît Jacquot
出演/Acteurs: 
ギャスパー・ウリエル/Gaspard Ulliel  
イザベル・ユペール/Isabelle Huppert
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あらすじ
ジェームズ・ハドリー・チェイスの英国小説「悪女イヴ」を映画化。
ベルトランが身辺を手伝っていた孤独な作家から死に際に戯曲原稿を託された、それを自作として発表し一躍有名作家となった。美しい恋人ともでき婚約し順風満帆、名声を得て2作目を期待されるがペンは進まない。パトロンからは次作を急かされ焦燥する。執筆場にしている婚約者の別荘に着くと、吹雪で立ち往生した男女が窓ガラスを割って侵入、別荘で寛いでいた。腹を立てたベルトランは、入浴中のエヴァに詰め寄るが、一目で妖艶な彼女の虜になる、、、

次作の題材を求めて娼婦エヴァに近づくが刑務所にいる夫を想う彼女の心は動かない。苛立ちを募らせたベルトランは、婚約者を裏切り、周囲の人間を巻き込み官能と破滅の道を突き進んでゆく……。



感想・ネタバレ
ベルトランは婚約者の別荘でエヴァと一緒にいるところを婚約者に見つかってしまう。ショックを受けた婚約者は別荘を飛び出し車で暴走した結果崖から転落死。車で後を追ったベルトランは婚約者の死を発見、エヴァを山中の道に放り出す。

後日、再びベルトランはエヴァの自宅を訪ねる。
突然エヴァの夫が現れベルトランに暴行を加えられ入院してしまう。ある日レストランでエヴァと夫を見かけるが、声をかけることも無い。







原作英題は『Eve』、
エヴァは悪女でも無くただの娼婦。主人公であるベルトランが次作を思案中、妄想化し暴走した為に自己破滅した話。映画でベルトランの滑稽さ、成功と破滅が描かれていない様にも思える。個人的な好みの問題だが、ユペールのエヴァは官能的な娼婦に見えない。またベルトランに偽作家としての苦悩や焦燥感が表れていない、役者の技量だけでなく、演出及び脚本に問題があるのかも知れない。