僕らはズルっこ
ちょっと怖い話1
お化けだの妖怪だの幽霊だの
そういう類のものは
ものすごく興味があって、それは今も
変わらない。
ただ、実際にそういうものを見たこともないし
見たという人に会ったことがない。
でもでも、「なんとなく科学的根拠付けして
しまっている怪奇現象」ってあるんだよ
まだ小学校低学年の頃の話だ。
俺は、真夜中の2時くらいに起きだし、
無意識に家の中を徘徊したり
色々なものをひっぱりだしてみたり
階段を登り降りしたり
言葉になってるようでなっていない言葉で、
なにかわけのわからないことを言って
泣き叫んだり、
そういう奇行を繰り返していたらしい。
「夢遊病」だったんだと思う。
子供にはよくある話だ。
家族ははじめは寝ぼけているのだろう、と
考えていたのだけど、
あまりに続いたある深夜。
真っ暗で誰もいない仏間で
1人、電気もつけずに
無表情で座っている俺を見た母が
鳥肌をたて、ただごとではないと戦慄し、
僕を「拝みやさん」に連れて行くことにした。
この拝みやさんはどこのどういう人なのか
聞いても詳しくは教えてもらえなかった。
霊媒師なのか、宗教の人なのか、
とにかくどうやら地元で「そういったこと」への相談を生業にしている人らしかった。
今考えるとものすごく、、
いやかなり怪しいんだけど。
連れて行かれたのは、
病院やお寺や神社ではなく、
ある古民家(たぶん)
古民家といっても30年くらい前だから
当時は普通の民家
ニコニコしたおばあさんがいて、
正座させられた。
覚えているのは
母とふたりでいったこと
おばあさんがわけのわからない言葉で
おがんでいたこと
部屋にはかなり大きな
祭壇だか仏壇だかがあっこと
お寺とかによくある大きな
りん(カーン!鳴らすやつ)があって、
異様に大きくて、
そこをずっと覗いていたこと
その中は異様な暗い真っ暗で
底が見えなかったこと
部屋の周りには
不思議な絵や飾りがたくさんあったこと
あとはおばあさんがなにを言ったのかは
わからないけど、
「優しいから寄ってくる」
とか
「将来はおなんこ(女性)
にたくさんモテるよ」
みたいなことを言われて、
昆布の飴を貰ったことは覚えている
おそらく自分に都合のいいことばかり
覚えているんだろうが、
「将来はおなんこ(女性)
にたくさんモテるよ」
これについては中年になった今でも
まだ実現していないので
きっとこれからなんだろう笑
話を戻すと、
その後はどうなったかなんて
覚えていないけど
深夜の奇行は治ったらしい。
以後、オカルト好きな俺は、
幾度とそのことを母に聞くが
「霊でもなんでもなくて、
子供でなにか不安やストレスがあったり
落ちつかなかったりすると
そういうことがよくあるんだよ」
と言うのでそういうことだと思ってた。
まあ、実際のところ
夢遊病、夜驚症という医学的、科学的な
根拠、症例があるわけだから
それは間違いなくそうなんだと思う。
しかし、成人したある時
家族で実家に帰省した際に、
なにかのきっかけでその話になったのだが、
知らなかったことが1つ、判明した。
母は1年くらいかは忘れたが、
そのおばあさんに言われたことを
守り続けていたらしい。
それは、夜に外に「白米と味噌汁」
を出しておくこと
実際、やっていたらしい。
そうしたら奇行が止まったので、
しばらく続けていたそうな。
母曰く
こんなことを言われたそうな。
◯◯(過去に幼くして
水の事故で亡くなった先祖だか
親類なんだか、聞いたけど忘れた)
が俺に寄ってきてる
夜にご飯と水と飲み物を外に出しておけば
治るだろう
完全なるお供えだよね。
実はそういう先祖は実際いたと聞いているが、
よく霊媒師が使うネタといえばそうだし
もちろん母も半信半疑だったらしい
ただそれ以上に 拝みやにすがるくらい
僕の奇行に気持ち悪さを感じていたわけだから
言う通りにしてみたらしい。
しばらく続けてはいたが、
もうずっと奇行はしなくなったので
やめちゃったらしい。
これ、今考えると
なんか不思議な話だと思うんだよね
そもそもなんで
拝みやに行ってんだろ
うちは別に信仰心にあつくないし、
普通は精神科とか脳神経外科とかにいくと
思う
そうすれば、病名がついて
治療、てことになる。
実際に症例もあるのだなら
もしかして記憶にないだけで、
病院には行ったのだろうか。
それで改善されないので、
すがったのだろうか。
それとも、病気だとは思えないぐらいの
気持ち悪さだったのだろうか。
お化けとか幽霊とか
信じる母ではなかったように思うのだが。
だいたいあの拝みやのおばあさんは
どこの誰だったのだろう
いったい、いくらあのお祓い?祈祷に
払ったんだろう。
そして、今考えたら完全に
子供に多い夢遊病だし、
投薬やカウンセリングではなく、
なぜ本人が知らないところで
お供えで改善したのか
親に聞いても
濁すだけで詳しく教えてくんないんだよね
触れなくていい、って空気をだされる。
それは霊媒師みたいなものを信じてしまった
後ろめたさなのか、恥じてなのか
騙された、と思ってのことなのか
たぶんそんなことなんだろうとは思うけど、
たまにふと、
「言わない、言えないなにか」
があったのかな?と思うことがあるんだよ。
そうなると、
ちょっと今までの人生でも
科学的、論理的に結論付けていた
自分の身の回りにおきた
怪現象って結構あったんだよね
なのでそれは後々、載せたいと思う。
懐かしい
静の時間
決まってるんだ...
懐かしい風景。
一昨年に帰省したときに撮った。
久しぶりに日記を再開したにあたり、過去の日記もみたんだけど面白いな。
はじめの記事は2007年だから、
いまからなんと18年前。
18年といったら、人間の赤ちゃんが産まれて
成人する間の時間だ。
てか、いつのまにか成人年齢も変わっちゃってるしね。
ずっと日記やめちゃってたんだけど
久しぶりに書いてみて、なんだか整理がつくような不思議な感覚が蘇ってきた。
前職を退職した翌日から描き始めた日記
実はアメブロに移管する前に
ヤプログ!ってやつに書いてたんだが
ヤプログ!も時代の流れか、
サービス終了してるしね。
あの頃よくみていたブログも閉鎖、削除された。
これがデジタルのリスクだよなあ。
昔の自分の日記を読むと、
浅はかだなと笑ってしまう一方で、
今よりもちゃんと考えてるなとか
自分では忘れていたけど
こんな発想もってたんだ、とか
感心してるよ。今から18年前だと
22〜23歳だよね。若いなあ。
思えばあのときほど、自分や人生について
悩んだりしたなんて、ないな。
あれから就職して、サラリーマン生活がはじまり
結婚して、
子供が産まれて、
今、40歳。
あの頃に比べて、成り行きで生きてる感がする。
あの頃だってハッキリいうと
成り行き、行き当たりばったりなんだけど
それなりに自分で考えて
咀嚼していたような気がする。
気がするだけなんだけどね。
たらればなんて不毛なんだけど、
あの頃を分岐点とすると。
他の道を歩んでいたらどうなっていたか。
悪戦苦闘で何百社もエントリーしては落ち、面接では落ち。
最終的には8社、内定をもらった
別の会社を選んでいたら、
神奈川になんて引っ越してないし、
いま関わっている人間関係も全く
縁がなかっただろうね
妻にも出会わないし、
息子達だって産まれていないわけだ。
そう考えると、奇跡なんだよね
それはそれとして、
パラレルワールドというものが存在するとして
じゃあ、僕が今の人生ありきで
「あの時、こちらを選んだらどうだったのか」
を考えるのは不毛だけど楽しかったりする。
あのとき、他の会社を選んでいたら、
とか それは会社でも学校でも人でもそう。
現実ではありえないからこそ
都合良い妄想をしてしまうけど
現実は甘くないんだよね
これは事実なんだけど
あの時に
選びかけていた会社は
18年経過してみると
他社に買収されて跡形もなかったり、
選考を途中で辞退したあの会社は
倒産していたり。
そう考えるとそのときそのときの
選択は、正しいとはいいきれないけど
その場面で出来うるかぎりの
ベストな選択したのかな、と
思えたりするよ。
キリないよね
あのとき、あの会社にしたら...とか
あの学校にしてたら..とか
実家をでなければ...とか
人との出会いや別れもそう
どんな選択したってそう思うんだよ
1つ、思うことは、
友人や恋人、結婚相手、人間付き合い、学校や会社、住む場所は選べるけど、
絶対これだけは選べないものってのがある。
そもそも生まれるか生まれないか、
ということと
誰から生まれるか、ということだ。
絶対選べないよね
そういう星の下に生まれた、とか、
運命なんて言葉あるけど、まさにそう。
だから
その後の人生の選択肢で
あれこれ後悔や葛藤があったりするけど、
自分の出現そもそものことを考えると
もう選んでいるようで
なにか見えないものに選ばされている
というか、
決まってたんじゃないかなと思ったりするんだ。
生を受け、その親から生まれる、
そういう星の下に生まれた自分が
考えたり歩んだりする道、思考、行動は、
選択肢なく生まれた時点で
そうなるように決まっていたんじゃないか。
そんなふうに最近思うよ。
誰となにをやるか
エイリアン
他人事
縁、絆?
いくら友人がたくさんいても、ライフステージをすすむごとに消えていく、あるい顔ぶれが変わる。











