2016年6月10日(金)②





今は公園となっている「知立古城址」

公園の大きさだとずいぶん小さな街道に面した平城と言う感じですが

地図を見るとこの先の知立神社より小さい?訳はないと思いたい…

「東海道」は鍵型で今では便利に丁字路となった

楼門を持つ突き当たりの「了運寺」を左へ折れ

街道沿いを進み

ありました知立名物「あんまき」小松屋

やっぱり街道沿いや宿場内にお店があると『名物』をより実感できますねぇ(*'∀`*)v音符

そして焼き立ての暖かいのも魅力ですが

暑さでバテそうなので「冷凍あんまき」GOOD生き返ります




そして鶴見のお寺と同じ名前のお寺跡に

「総持寺跡大イチョウ」の看板…

2階建ての屋根より高い奥の木がそうなのでしょうけど…ちょっと案内板との距離が…遠い汗



そして由緒正しい「延喜式内 知立神社」

この「延喜式内」は奈良時代の元号「延喜」の頃に作られた神社一覧に載っている位古いと言う感じ

常夜灯が両脇に建つ参道を賑やかなお祭りの音が聞こえる方へと進んで行きますルン

ちょうどこちらも菖蒲の花が満開で花菖蒲祭開催中

ここでも杜若(カキツバタ)との違いを聞いては見るけど…やっぱり分からず汗

明治神宮から分けて頂いたものだと言うので


『不断堂川 池鯉鮒の宿農 木綿市』と詠んだ芭蕉は

この景色を見たことがないと言うこと…

て言うかこの句は元禄5(1692)年秋の江戸深川で詠まれたってくろねこ

江戸でも三河木綿を「池鯉鮒白」と呼んで人気だったとか

『それは一度訪れて見たい』と芭蕉なら思うかもププッ・・・

それを実現する芭蕉の姿…見習わせて頂いていまぁすきゃはっ音符


そしてそのすぐ脇に「知立神社」

お参りさせて頂こうと思います…
2016年11月21日(月)②




『シルミチューはシネリキオ』だと言われても…『誰?』かは分からず…

アマミキヨの兄弟で御主人らしいのですが…


どこかの伝説に似ている点があると

薩摩に歪められた歴史ではないのか気にはなりながら

道幅が狭く危なっかしい住宅街の路地を抜け


駐車場が分からず公園らしき場所に停めて

白い道を踏み入って行くと

何やら香炉らしきものがあるので『シルミチューの墓?』と思いきや

すぐ脇のこの看板を読むと…

お墓だと思って来ては見ましたが

どうやら違う?

この奥はアマミキヨとシネリキオが住み着き子供を産み育てた愛の巣らしい…


何となく鳥居に違和感を感じながらも

少し違った空気が上から降りてくるので

『この上かなぁ?』と顔を見合せつつ階段を上がると

そこには大きな岩の裂目が鍾乳洞の様になっていて

その中には祠もあるので恐らくここだとは思うのですが

中を荒らす者がいるのでしょうか?

鉄格子に守られ?閉じ込められ?て

どうやら戦時中の戦意高揚か何かに利用されたのか?

軍国主義的マークが付く石碑が中には建っていて

なぜだか申し訳ない気になりながら手を合わせ

静かに写真を撮り

階段を下りて行くことにします汗



車を停めた所まで下りてくると

上で感じた重たい気分が吹き飛ぶ位綺麗な景色(*'∀`*)v音符

アマミキヨファミリーもこの静かな海が気に入って

ここで子育てをしようと思ったのでしょうかきらきらハート


ちょっぴりほっとして

沖縄の古民家?が並ぶ小さな集落をシーサーを見学しながらまた戻り

やっぱり瓦と同じ素焼きの赤いシーサーが好ききゃはっきゃ★

と車の中からパシャ音符


集落を抜け海岸線を東へ進み暗雲立ち込めても海の色が綺麗な「浜比嘉ビーチ」へ立ち寄り

更に橋を渡り継いで一番北の「伊計島」へ

更に島の北端の日帰り温泉付きリゾートホテル?の

まるで貸し切りのレストランでアグー豚カツカレーを頂き

何だかもの悲しい北の海を眺めたところで今回の旅は終わり…



今度はいつ来れるか分からないけど

毎回新たな出会に溢れ


(勘違いとは知りつつも)導かれる様に訪れることができ…

またお導きがあれば…きっと楽しい旅ができることでしょうえへ







2016年11月21日(月)①




普段は足を踏み入れられないメインダイニングで優雅に着席モーニング(*'∀`*)v音符

そしてああっなっ・・・なんと!アマミキヨ様ありがとう

大好きなエッグベネディクト(*'∀`*)v音符

ポットにたっぷりの淹れたてコーヒーと共に

日の出前の未だ夜の色を残した海を眺めながら

この二日間の夢心地な思い出やら何やかんやの話に花を咲かせながら

僅かな滞在時間でもったいないホテルでの貴重な時間を満喫し


最終日に向かった先は


今回の旅の締めくくり「浜比嘉島」

大橋を渡り初めに訪れたのは

「アマミチューの墓」…

どこで名前を変えてしまったかは定かではありませんが

それはアマミキヨの事と捉えて間違いないようで

そのお墓と言うことは

久高島にやって来たアマミキヨ民族が島を南下し本島へ渡り

住まいを転々と移しこの地で終焉を迎えたと言うことであろうか?

そんなお墓にはニライカナイの波の音が聞こえてきそうな貝殻を持つヤドカリの姿

別の場所に眠る旦那様?かと思われる「シルミチュー」が姿を変えて逢いに来ているのかしら?

勉強不足で突然存在を現したかの様な「シルミチュー」

どんな方かは存じ上げませんがどんな場所に眠っているのか知りたくて


その地を訪れて見ることにしますルンハート


2016年11月20日(日)⑦





渡り鳥?雁だろうか?でもここは南国…とは言えやっぱり秋なのだろうか?


「大里家」の庭で真田の結び雁を思い浮かべながら空を見上げるププッ・・・


ここにも重なる様な3つの井戸跡に香炉が供えてあり

でも何故井戸はどこも埋められているのだろう?

ニライカナイに行かれちゃ困る人達の仕業?

ナンテ陰謀説が頭をかすめながらもガイドを聞くえへ



先程訪れた「イシキ浜」で五穀の入った白い壺を手に入れる事が出来た

シマリバーとアカツミーはこの大里家の方で

ここより西海岸沿いを北上した所で禊をし

東海岸のイシキ浜に漂う壺を手に入れ

南の土地を耕し五穀を蒔き

壺を埋めて香炉を置き豊穣を祈願したと言うことであろう…


今でも二人は祭壇に祀られ崇められており

そんな大里家の末裔には美しい神女クニチャサもいて

あまりの美しさに第一尚氏の17代尚徳王は

首里を離れ現(うつつ)を抜かす


その間にクーデターが起こり慌てて首里に戻ろうとするも時遅しと覚り

本島へ戻る船のから海へ身を投げたそうで…

日本本土なら…大和人なら船から突き落としていたに違いないなどと


本土の各地に広がる竜宮伝説の元になる怖い話しではないかと聞き耳を立て

美しいクニチャサが第一王朝最後の王となってしまった彼の氏を嘆いてか

神女の身で犯した罪の深さを悔やんでか

この庭のガジュマルの木で首を括ったとか…


彼女が見上げた空はどんなだったのだろうかと仰ぎ見るとくろねこびっくり

数匹の「オオゴマダラ」!?

生い茂る木々の先端より高い辺りを舞っているのがハッキリ見てとれるので

日本最大級と言われるそれではないかと

斎場御嶽でも出逢いこの地でも出逢い…

紅型の「藤崎」でも出逢い(反物の中でですがえへ)

何だか人々の思いが空に舞っている様な

今を生きる我々をそこから見つめているような語りかけているような…

何だか不思議なでも暗いエピソードを聞いた後にしては

ちょっぴり幸せな気分になれてぽっ


今は取り壊された母屋に隠れるようにして建つ「大里家」跡の拝所を

名残惜しくて振り返り振り返り後にします…

そして車窓より久高の古い石積と薩摩の物と昭和の物とが混在する町並みを巡り

港から高速船で本島へ戻ります波




そして…ホテルへの帰り道

ステキなカフェも見付けられず…

パンケーキ屋さんはクローズ…

こうなると頼りになるのは「御菓子御殿」

夕暮れ時の海を眺めながらのティータイムきゃはっHAPPY




2016年11月20日(日)⑥






お昼にしましょ!と

食事処「とくじん」の前で車が止まったので


オススメなのかここしかないのか分からないまま

野良猫の素早さに負けて侵入を許し

お店の人に謝りながら追い掛けるように中へ入り



頂いたのは郷土料理の欲張りランチ「久高御膳」電柱と猫

そしてサーターアンダギーのデザートが付いていたけど


更にデザートププッ・・・


フェリーのチケット売り場の売店で売っていた

月桃の葉で包んで蒸したお餅2種…名前…忘れちゃいましたぁ泣き1

モチモチで月桃の香りも心地好く海風を受けながらの楽しい一時





の後は…


海に浮かび漂う久高島をアマミキヨが持っていた杖で固定し陸としたと言う伝説の杖くろねこ

以前はテーブルの様に大きな珊瑚の岩だったそうですが

親切にも気の利く島人が

分かりやすいように杖を思わせる円柱に削ってしまったのだそうです汗


地震を起こす大鯰の頭と尻尾に杭を打ち付けた

鹿嶋・香取神宮の要石をふと思い出しながら



次は「外間殿(フカマ)」


島に着いて小学校前から資料館への途中で

引き寄せられるように(単なる道迷い?)で最初に寄っていた場所…


左にある建物は英祖王統5代西威王の産屋跡だそうです…



この外間殿では天の神様・太陽の神様・月の神様に竜宮神

そして国造りのアマミキヨや

植物の神様・健康の神様などなどなどが祀られている島でも重要な場所で

数多くの儀式も執り行われ


久高島で子供が生まれると

ここで名づけの儀式が執り行われ

『偉くはならず普通であれ』と祈るそうです…





そしてこの

一瞬ラピュタのワンシーンを思わせる一角

琉球のお墓独特の子宮の形にも似た造りで

その手前にガジュマルを繁らせているのか?

そしてその更に手前には香炉が置かれ

家々から出たノロが勢揃いし年功序列で並び数々の祈りが捧げらるそうです



ちなみこの外間殿の竈

残念ながら写真では見切れてしまっていますが向かって左側の奥にあり

かつて竈が各家庭にあった頃

家内の安泰を祈願してここの灰を持ち帰り

自宅の竈へお供えしたそうで

琉球全体にとっても重要な竈で琉球国家の安泰も司っていたそうです


だから…

イラブーを獲ったり田畑を耕したり子供までも産み

一家の安泰を司る竈までも扱う女性が琉球では大切にされ

「強さ」の象徴



医療の発達していない時代

男性は産まれても育たず「弱いもの」とされ


それで王様は毎日再生を繰り返す太陽の神様に健康を祈願するためイシキ浜を拝むのだそうです




話しはややこしく長くなりましたが

お次は…お次は…


島のあちらこちらで見掛ける

このアメリカから頂いた貯水槽が二つ並んで…いる場所の名前は思い出せませんがおばけ。チーン

その奥に白い建物があり…


その向かって右脇に井戸やその脇にも井戸が3つに連なった跡に香炉の後があり

井戸は「ニライカナイ」へ通じていると言われているから

ここはニライカナイへの思いが溢れている感じ…

そしてその白い建物には他のそれと同じように祭壇があるのですが

部屋の右手前の角にも小さな祭壇があり


この地で過ごした日本人…それは恐らく日本から島流しにでもあった僧侶であろうと言う話しです…が

その知恵と知識をこの久高島で惜しみ無く与えたその人は

ここに住み死後も島民に慕われまつられて…


その人がどんなステキな人物だったかは分かりませんが

この島の人達の温かさが何だか伝わって来ますきらきらハート




そんなニライカナイの入り口?近くのこの場所の

月桃の葉や『原種だ』と言うシークワーサーの香りを嗅いで

脳がフワッと軽くなるのを感じながら


次のスポットへと移動して行きます(*'∀`*)v音符