2017年1月17日(火)①




真っ白い冠が夜明け前の車窓からもはっきり確認できる位最高の天気に恵まれて

明け方降ったのか凍ったアスファルトに霰が転がる「十里木高原駐車場」から歩き出し

霜と氷で危なげな足下ではありますが

富士山が余りに近くテンションも上がり

何度も何度も振り返り何枚も何枚も微妙に違う?富士山を撮る

『展望台だよ🎵』と言っては撮り

『裾野が広がって来たんじゃない?』と言っては撮り

『空が青い』と言っては撮り

左手奥から伸びる南アルプスが『白い』と言っては撮る汗

常連さん曰く『一番右の尖ったのが北岳』と言うことは隣が間ノ岳で農鳥岳?

塩見岳に悪沢に赤石岳でしょうか?

そして雪を被っていない南へと続く稜線のその先には

駿河湾(*'∀`*)v

稜線の先が入江のようになっている様子を見ることが出来る幸せきらきらハート

そして振り向けば富士山ハート

更に樹林帯を尾根沿いに上っていくと少し平な「勢子辻分岐」

駿河湾が更に広がり益々テンションアップアップアップ

この辺りから雪がめっきり深くなり

そろそろ面倒くさくてもアイゼンじぃ~必要だなこりゃ…
2017年1月15日(日)




新しい靴を履いて




西武池袋線「飯能」にある「展覧山」へ行って来ましたルン音符


ハイキング…ではなく

岩登りの練習でコース外にある岩場で

クライミングや懸垂下降など夏場に向けての特訓…

12月に続いて2度目…


寒さでお腹を壊した前回を教訓に対策バッチリで挑んだものの

前回登れた壁が…今回は登れない…うっ・・・


まさかの後退にガイドさんからは『何やっとんじゃぁ』と怒られ泣

お腹が痛くても笑顔でいれた先月が懐かしいおばけ。チーン

落ち込む様子を知ってか知らずか

同じグループだったSさんに誘われて

「展覧山」までちょこっとハイキングおばけ。



良く晴れてスカイツリーまで見渡せるその展望に

心のなかに広がっていた黒いモヤモヤがぐっと小さくなった感じぽっ


誘ってくれてありがとうハート

お陰で笑顔で帰って来れました♪
2016年6月10日(金)⑤




古い家並みが残る「東海道」を更に京へと上って行くとルン音符

次第に「今川」の地名が登場し

こちらも浄土真宗大谷派「今川山 乗蓮寺」

昔タヌキが住んでいたと言う洞を持つ

樹齢850年とも言われる椎の木

そのシイの木陰を借りて暫し喉を潤し

暑さに疲れた身体に冷気?霊気?が染み込んで来ます(*'∀`*)vハート


そして再び「東海道」ルン

少し進むと「名鉄 富士松駅」

昔々桶狭間の戦いの後西へと急ぐ旅人を

敗走の今川勢が織田方の追っ手ではと勘違いして斬り殺してしまったそうで

それを憐れんだ村人が丁寧に葬り1本の松を植え

その松が地名の由来となったそうですが…・・・・・何故「富士」なのか?「お富士」とは誰なのか?

謎のまま国道で分断された「東海道」を

縫い合わせる様に

暑くて黙々と歩いてしまいがちですが

そこはそれププッ・・・今川勢に斬り殺され無いように

皆でわいわい喋りながら西へと進んで参りますえへ
2016年6月10日(金)④




そして庚申塚と同じくらいお馴染みとなった「十王堂」

本当は地獄に落とす裁判ではなく救い上げて下さる優しい十王様方に手を合わせ

その十王様のために地元の方々が用意したのは

何だか玄関の扉の様な中に設えたお堂くろねこ

とっても合理的な地元の方々の発想ププッ・・・

鍵も閉まるし雨風で傷んでしまう心配も無いGOOD


逆に?地元の人々の生活に溶け込んでいる気がして何だか微笑ましく…

『田舎のおじたちもこんな感じだったなぁ…』と

ほのぼのしながら「東海道」ルン音符

常夜灯の先には

曹洞宗「洞隣寺」

子安地蔵尊の霊場でもありますが

死後尚心穏やかにとは行かなかった

達磨の道元様もお手上げの3人が眠っています汗

先ずは左の2つのお墓…傾いていますよねぇ汗

ここに眠る先ずは二人…


江戸から自分たちの中津藩に帰る途中

何が面白く無かったのか相手に斬り付け

結局二人とも死んでしまいこのお寺に埋葬されましたが

その墓石がいくら直しても相手を反目するかのように仰け反り合ってしまうとか…


同じ藩の仲間同士のいざこざで…この世にどんな恨みがあったのかは知りませんが

そんな事で未だに?成仏出来ないなんて…ホント男性は未練たらしいおばけ。



それに引き換え?右のこちらは身分が低かったからか

地面に直接墓石の欠片の様な石が置かれ

その下に眠るのはこのお寺の下働きで

器量はイマイチでも気立てのよかった娘の亡骸


思いを寄せる他のお寺のイケメン僧侶に振られてしまい

想いを抑えきれず憤死してしまい

その煮えたぎる思いが火の玉となり

彼の人がいる医王寺へと『めったいくやしい』と言って飛んで行ったそうな…

…ってこれも怨霊の類い?「めったい」ってどういう意味?

「滅茶苦茶悔しい」って事なのかなぁ?汗


でも「めったい」は仏教的には

『執着を断ち苦を滅することが悟りの世界であるということ』とあります…

執着を火の玉に代えて飛ばしたら案外すっきりしちゃったのかもねてへぺろ

女子は案外そんな感じだよねププッ・・・


等とまたもや埒もないことを考えながら進む「東海道」は

「いもかわうどん」発祥の地

くろねこはてな5!『ひもかわ』じゃない?のかと思ったら

「いも川」のうどんが東へ伝わり江戸に着いた頃には「ひもかわ」と呼ばれたらしい…汗

何時の世も伝言ゲームはそんなものらしい…



真宗木辺派「常願寺」

刈谷城主の位牌がまつられているとかで

お城は近いのかと地図を覗き込んだりしながらも

まだまだ続く「東海道」ルン音符
2016年6月10日(金)③



浮世絵の様なフォルムの太鼓橋と熱田神宮と同じ尾張造りの屋根を持つ「知立神社」


神社なのに「多宝塔」も持ち

しかも重要文化財…

廃仏毀釈の時には神社の図書館「文庫」として難を逃れたとか汗


知立神社の別当のお寺として慈覚大師円仁によってを創建されたらしく…

平安時代から明治に至るまで続いた神仏習合

ある意味日本人にとっては自然なものの考え方なのかもegao

今でも七五三にクリスマスクリスマスツリー結婚式にお葬式…

クリスチャンやムスリムには受け入れられないかも知れないけど

その混沌が心地いいのですけどねぇププッ・・・


そして竜宮門を構えるこちらは

「於萬之方誕生地」の碑の建つ


天台宗神路山「総持寺」…お万の方の話をするとまた家康がキライになりそうで

せっかく「東海道」を旅して好感度が上がって来ている事ですしやめておきます知らね~

そして「総持寺」

さっきの大イチョウの敷地に元は建っていたのか…そこまでが敷地だったのか…

よくは分からないけどこちらも円仁さんの建立…

この辺り一帯でお寺を建立してまわったのか?比叡山の様な一大伽藍を築いたのか?

よくは分からないけど円仁は最澄のお弟子さんなのでやっぱり天台宗


鶴見のように曹洞宗ではありませんが

曹洞宗の道元も比叡山の出なのでそれにあやかってか加賀に同じ名の「総持寺」を築いたと言うのは何か意味があるのでしょうか?



埒があかない事にとりとめもなく思い巡らせながら

日本橋から国道1号線的には「341」㎞

そして「東海道」的には日本橋から85番目の「阿野一里塚」に到着


橋を渡り

路地を抜け

そしてその「東海道」を寸断する国道を迂回し

歩道橋を渡って向こうの路地へと


「東海道」を繋ぎ合わせながら先へと進んで行きますルン音符