サラリーマンのダブルケアは突然に・・・ -8ページ目

サラリーマンのダブルケアは突然に・・・

家事スキルゼロの迷えるサラリーマン男による仕事と育児と嫁介護録

1月の始めに転院してきたリハビリ病院では、毎日のリハビリのおかげで

当初は手足を動かす程度のリハビリから

1月の終わり頃では立つ、足を出すぐらいのリハビリにまで

回復してきました。

 

私も昼前にリハビリ病院に来て、夕方に帰るというパターンになってました。

 

一方で、中学受験で不合格になった息子は、まだまだ暗い気持ちを引きずっており

家族も友達も話しかけにくい雰囲気をまとってました。

 

そんな中で、ママ友さんたちが、励ます意味も込めて

近所の集会所でカレーライス大会を企画してくれました。

その日(1月31日でした)は私も呼ばれたこともあって、リハビリ病院からは

いつもより早く家に帰ってきました。17時30分ごろです。

 

家に入ると同時に固定電話がなり、慌てて出ました。

家には娘も息子も既に集会所に行っており誰もいません。

すると受験した中学校からで、

「息子さんは繰り上げ合格です。入学を希望されるなら明日までに手続きしてください」

「辞退されるなら、次の方に電話します。どうしますか?」

というものでした。

もちろん私は「お願いします」と答えました。

まさかの逆転ホームランです。

リハビリ病院からいつもの流れで帰ってきたら電話に出ることができなかっただろう

と思いました。カレーライス大会のおかげでした。

 

 

ママが倒れてから、ショックもあり成績は低迷していましたが

時間は待ってくれることも無く、2014年1月下旬の中学受験日が訪れてきました。

 

これまでのラグビー経験を、今後はアメリカンフットボールに活かしたい

ということで、大阪府内の男子校が志望校でした。

これはアメフト経験者の私の意向が影響したかもしれません。

そして私は地元・西宮の中学校を受験して欲しかったですが・・・

 

入試日程は前期、中期、後期と3回あり、難易度は

前期<中期<後期だったと記憶しています。

当然、息子は前期日程で滑り込み狙いです。

 

入試はそれぞれ、朝電車で一緒に行き、私は食堂待機、息子は受験

そして昼過ぎに帰るという流れでした。

これが親子ともども疲れ果てました。

 

試験後の反応は

(前期)私「どうやった?」息子「できた!」→翌日の発表では不合格

      娘の励ましで、気持ちを切り変えて中期へ

(中期)私「どうやった?」息子「わからん・・・」→不合格で落ち込む

      再度の娘の励ましも威力発揮せず後期へ

(後期)私「どうやった?」息子「・・・・・」→不合格で更に落ち込む

      誰が励ましても反応なし

でした。

 

これから当分の間、息子は人生最大の不幸を背負った小学生として過ごすことになるのでした。

※大切なママが倒れたことを小学生が受け止めるには重すぎると思います。またそんな気持ちの中で、ラグビーの県大会や受験勉強にエネルギーを注いだことを父親として、誇りに思っていました。

12月半ば辺りから順調に回復し、年の明けた2014年1月9日に

西宮の県立病院から神戸市内のリハビリ病院に転院となりました。

今度の病院は自宅から遠くなったせいか、お見舞いの人も少なくなりました。

 

しかし病院は新しく綺麗で清潔、職員の皆様も親切でした。

以前の病院は急性期の病院だったので、そう感じたのでしょう。

この病院では、急性期を脱した患者さんが、更なる回復を目指す病院なので

ママも家族も頑張っていきましょう!

というような説明があったのを覚えています。

 

リハビリといっても、ママはベッドで手を動かす、足を動かす、からでした。

 

ちょうど、その頃リハビリ病院で、私と同世代のSさんと出会いました。

Sさんは会社員、子供さんに障害があり、奥様が突然の心停止で低酸素脳症の後遺症とのことで入院。ママと丸っきり同じでした。

 

境遇の近いSさんと私は、顔を見ると話すようになってくるのでした。

やっと気持ちの分かってくれる人が近くにいてくれる

という安心感を覚えました。

 

その直後に長男の地獄の中学入試が始まったのでした。