サラリーマンのダブルケアは突然に・・・ -6ページ目

サラリーマンのダブルケアは突然に・・・

家事スキルゼロの迷えるサラリーマン男による仕事と育児と嫁介護録

心停止から1年ほど経過したママ

ほぼ寝たきりだが

リハビリ病院でのリハビリの効果も日々見られ

少しの時間なら車椅子に座れるほどに回復

 

病院から外出したことのないママに

娘と相談して、リハビリをかねて3人でカフェに連れ出しました。

 

自家用車は福祉車両ではないので、ママをカフェに連れてくるのは

初めてなので大変でしたが、何とか入店できました。

ママはとても嬉しい顔をしてくれました。

娘とは目と目で「やったね!」と合図をしてました。

 

とは言え、病院に帰った頃には、くたくたに疲れ果てたママでしたが

たまにはママを連れ出だそうと思ったのでした。

詳しい時期は忘れてしまいましたが、2014年の秋頃。

 

ママが倒れて約1年経過。

ママのリハビリ、子供たちの学校生活、そして私の仕事と家事の両立は

大変でしたが普通にできるようになっていました。

 

リハビリ病院では、症状の回復を目的としているとのことで、これ以上回復が見込めない段階(症状固定)にくると退院という流れになるとのこと。

 

退院後どうするのかという話についてはSさんと何度か話していて、

私の場合は、仕事とダブルケアを自宅を中心に両立したいと考えていましたが

Sさんのご家庭では、難しいとのこと。

仕事を続けるという選択を希望するSさんにとっては、

自宅を中心に仕事とダブルケアの両立は難しいようで

奥様を受け入れていくれる施設が見つかればそちらでお世話になりたい

という考えでした。

Sさんの奥様はほとんど寝たきりなので選択肢が少なそうなのでした)

 

そんなある休日の日のことでした。

病院でSさんを見かけたので話かけると

「今日退院します。お世話になりました。」

と突然聞くことになりました。

 

Sさんのご自宅とこのリハビリ病院は近かったのですが

奥様を受け入れてくれる施設(地方の病院でした)が遠くなるので

年に何回かしか行ってあげられなくなるのが辛いですが・・・

と苦渋の決断だったようです。

 

病院のエントランスでお見送りの時間が来ました。

Sさんの奥様はほとんど話すことも表情を変えることもできない状態でしたが

エントランスでは、その頬に涙が溢れているのでした。

Sさんの目も涙が溢れていました。

 

Sご家族、お見送りの私と嫁、病院のスタッフ全員が涙していました。

 

私と嫁も、いたたまれない気持ちで見送ったのですが、

今も忘れることができません。

仕事とダブルケアに分単位の毎日でしたが、密かな楽しみも見つけて

ストレスなんかは全くないと思っていました。

 

そんなある日。左耳の奥の方で、キンキンと音がするなと思っていました。

すると日が経つにつれ、だんだんとキンキン音が大きく鳴っていくのでした。

通勤時にはウォークマンをイアフォンで聞いているのですが、左耳からの音が

小さいのに気づきました。1週間ほどで、左耳がほとんど聞こえない状態になりました。

 

心配になってスマホで調べると突発性難聴の症状であることが分かってきました。

 

そこで病院で診察を受けると、やはり突発性難聴。

すぐに手当をしないと症状が改善しないということで、ステロイド療法

をしてもらいました。

しかし確か10日ほど治療を受けたのですが、一向に改善は見られませんでした。

 

だんだん心配になってきました。このまま一生左耳が聞こえないのかと。

藁をもつかむ思いで、西宮北口駅近くの鍼灸院で治療を受けることにしました。

 

その鍼灸院では、先生との10分ほどの口頭での症状確認で

「ストレスからきているので、回復しますよ」

と言われたのですが半信半疑でした。

 

初診20分ほどの鍼治療の後、微かながら音が聞こえるようになったのでした。

奇跡。

何回かの治療で、ほとんど正常に戻ることができました。