サラリーマンのダブルケアは突然に・・・ -3ページ目

サラリーマンのダブルケアは突然に・・・

家事スキルゼロの迷えるサラリーマン男による仕事と育児と嫁介護録

ママが倒れてから3年。仕事とダブルケアに向き合う中で、49才のときに私が倒れたことは

前のブログで書いたとおりです。

 

倒れた理由は私の考え方にあることは明らかでしたが、

私の中ではそれを認めたくない・・・と、逃げていました。

 

仕事とダブルケアの両方と向き合う中で

仕事でのキャリアアップをダブルケアという理由で諦めたくない

一方で、ママが倒れた状況で、子供たちを就職するまで不自由をさせたくない。

 

年齢的に仕事では責任を問われる役職であり、子供もまだまだ成長期。

仕事もダブルケアも最優先という考え方が私に無理をさせていたのでしょう。

本当に大切なのは家族であり、

仕事は、その次という勇気が持てなかったのです。

 

それが、自分が倒れたことで、はっきりとしました。

そして、子供たちの就職することを見ることが最優先と思えるようになったのです。

 

2013年にママが倒れました。

そのとき私は46才。中学2年の娘と小学6年の息子と力を合わせながら

グループ会社に出向復職した私は、何とか仕事とダブルケアを両立できていました。

 

私は仕事が好きで生きがいを感じるようようなサラリーマン。

グループ会社に出向後、やはり責任の思い役職を受けることになりました。

当然、会社に注ぐ時間やエネルギーは増えることになります。

 

つまりは更なる高い次元で仕事とダブルケア両立レベルが求められます。

私と言えば、むしろ積極的に向き合っていくぞ!というメンタリティでした。

 

そういう中で2016年、ひとつ前のブログでも書きましたが

とうとう倒れて救急搬送されてしまったのです。

 

これまでのサラリーマン生活を振り返ると、徹夜仕事、不条理な指示、困難な課題・・・

数々の成功体験を経験してきて、仕事とダブルケアくらい何の問題もないと

考えていた私には、かなりショックでした。

 

これまでは仕事が楽しくて家庭をおろそかにすることもありました。

でも、ママが倒れて思ったのです。

これまで、仕事を楽しく感じられたのも私の頑張りだけでなく

ママつまりは家族のおかげだと。

 

この頃から、本当に大切なものは、何なのかを考えるようになりました。

 

 

 

2016年。

ママが倒れてから3年。ママが自宅に帰ってきて家族に笑顔が戻ってきた年。

日々、慎重に計画的にママと外出して、どこまで外出できるかを確かめ、

子供たちの協力もあって、順調に1泊2日の小旅行も出来るようになりました。

 

その頃

子供たちは、家事や介護のサポートをしてくれる中、

学校生活も更に充実していきました。

私は、グループ会社に出向していたのですが、

更に責任の伴う立場になり、公私わたり分刻みの毎日を過ごすようになり

まさに、仕事とダブルケアに向き合う毎日でした。

 

我が家は、まさに笑顔が戻り充実した毎日でした。

 

そんなある日の夜。

ママが寝たのを確認して、ほっとした時間帯。

私は、自宅のリビング内を移動しているときに突然意識を失い、倒れてしまったのです。

倒れた時に、床に頭を打ちつけたようで、出血も伴ったようです。

 

同じくリビングにいた娘が機敏に119番通報してくれました。

救急車に搬入された時点で、私は意識が戻りましたが、

何で救急車が来ているのかが、よく分かりませんでした。

 

頭も打っていることから私の病院搬送が必要ということで

子供たちが、それぞれの役割分担をしてくれて

息子はママがいるので自宅に残り、娘が救急車に同乗して救急病院まで来てくれました。

 

日頃から体力だけは自信があった私でしたので、倒れたことが信じられませんでした。

結局、検査するも大きな異常がなかったので、事なきを得ることになるのですが

仕事とダブルケアという責任を担う自分自身が倒れてしまっては本末転倒であること

そして自分の体力を過信してはいけないということを

今一度深く反省をするのでした。