サラリーマンのダブルケアは突然に・・・ -11ページ目

サラリーマンのダブルケアは突然に・・・

家事スキルゼロの迷えるサラリーマン男による仕事と育児と嫁介護録

ママが倒れて1週間ほど。

容体は言うと変わりなし。(自発呼吸、意識なし)

会社の方も有給全てを使って長期戦にしました。

いつもママは「旅行に行こうよ」と行ってたけど

忙しさにかまけて、行ってないよな。

もっと優しくしておけばよかったと

この頃は、こんなことをよく思っていました。

 

一方で、だんだんと家の方は落ち着いてきて

起床→朝ご飯(子供と3人で)→学校へ→ゴミ出し・掃除

→洗濯の室内干し取り入れ→外出(病院)→買い物

→帰宅→料理→片付け→お風呂(ゆっくり)→子供との時間→洗濯→就寝

夕食を作る恐怖もだんだんとなくなっていきました。

 

ところで、子供たちは表面上は普通の生活にもどっていきました。

これまでは、グズグズすることもありましたが、

親にかまってもらえないのか?

だまって、何でもするようになっていました。

 

日中は病院、朝と夜は家で家事という生活が始まりました。

これまで家事をしてこなかったツケで

家が日々、ゴミ屋敷化していきました。

その進行に恐怖と絶望を抱き始めました。

 

ママと子供たちのためにも何とかしよう と決心し

病院の時間を長くして家の時間を効率化するように

やるべき家事をタイムテーブル化してみました。

子供たちとも家事をシェアしました。

 

すぐにはゴミ屋敷解消とは、いきませんでしたが

少なくとも絶望感はなくなり精神的に安定しました。

 

しかし、ここからが修行でした。

例えば、料理は用意からできるまで30分と決めてましたが

都合よくできません。

そんなとき、ママ友さんたちが助けてくれました。

「クックパッド知ってる?」

「お米は洗剤で洗わないでね」

などのアドバイスがあり、少しずつ上達していきました。てがい

 

また、私の手際の悪さを見たママ友さんたちが

手作りの料理を届けてくれたのも、当時の私には神様に見えました。

 

 

 

ICU生活は、結果的に2週間ばかり続くのですが

できる限り有給で会社の休みをとり、

(こんなに長く休むことはなかったので仕事も心配でした)

子供たちは学校、私は日中に病院に通う生活が始まりました。

(朝、子供たちを送り出してから病院、夕食頃に帰るリズムでした)

病院には常に親族やご近所のママ友が来てくれていたので、

気持ちが励まされていました。

 

家の状態というと

掃除・洗濯、料理その他の家事は、ママに任せきりだったので

何をどうしたらよいか分かりませんでした。

子供たちが揃う夕食の時間がくるのが、なにもできないので恐怖でした。

 

またキャッシュカードも任せており、

どこにカードがあるのか?お金が出せずに困りました。

学校の連絡網はどこにあるのか?

ゴミだしはどうしたらよいのか?(以前の私は出すだけでした)

などなど、何もわからず困り果てているのでした。