前回の記事の終盤を修正をしながら私は、数字をいじってただ遊んでるだけの人になってましたね??修正しているうちに、4回転だろうが3回転だろうがなんでもよくなってきて、・・だんだん後になるほど自分がつまんなく思えてきまして・・・
トホホ…
(なのに、いいね!
をくれた方には、ほんとにありがとうございます
)
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録画の容量食いの速度に追いつけず、焦りながら録画の整理をしているこの頃なんですけど、・・未だに消せずにいた約1年前の映像を見て、再び、思わず目が。。
昨年、岩手で行われた「NHK杯スペシャルエキシビション」に先立ち、羽生くんが大槌町の旧役場庁舎を訪れた時の祈り。
気持ちを籠めて・・・
祈りを終えて上を向く、そのほんのわずかな間
開きかけたその目が、虚空を見つめ
顔を上げていこうとする、この瞬間
私たちには、推し測ることのできないほどの思いが
あるのだろうと感じさせられる、この瞬間
しばらく目がとまってしまいました
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2011年のお正月、私は仙台で過ごしていました。あのハリー・ポッターみたいな女性の陰陽師??さん(昨年12月26日の記事「ことばのちから」に登場した方)が仙台に住んでいて、呼ばれて遊びに行き、3日ほど過ごしました。
松島まで足を延ばし、牡蠣の養殖場を歩きながら、足元で遊ぶ波を見て、この波がもし大きくなって押し寄せてきたら・・・と、変なことを考えていたら、その2か月後に、来てしまった。
女性の陰陽師??さんは、荒浜のほうに事務所があって、午後3時近くはいつも散歩をしていました。ところがこの日、彼女は散歩ができなかった。その震災が来る1か月前に尾骶骨を打ってリハビリから復帰している途中で、それで散歩ができなかった。
「もし、腰を打ってなければ、いつも通り散歩に出て、波に呑まれていたと思う。」と言っていました。塞翁が馬(さいおうがうま)とはよく言ったもので、いわば彼女は、「守られた」(?)わけです。
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人って、どこでどうなるかわからない。生き残ったからと言ったって、それが必ずしもよかったとは思えない人だって、いたかもしれない。
震災の痛みを味わって、生きて残った皆が大変な時に、自分だけが好きなことをさせてもらっていいのかと苦しんだ羽生くん。でも、それはさせてもらってよかったんだよね。それが羽生くんの歩むべき道だったのだから。
ときどき思うのです。私たちは生かされているのだと。
大自然界の中のちっぽけな一駒として私たちは生きているけれど、意志をもつ、目に見えない何かに支えられ、導かれながら、私たちは生きている。そしてそれぞれ、やるべき宿題を課せられている。
仙台のオンナ陰陽師??さんが「守られた」(?)のは、その宿題があまりに大きく残っていたから。
亡くなった方々のことは、どんな役目があったのか、私はわからない。でも何かあったはず。
逝ってしまった人たちは、また還ってくる
果たせなかった約束を果たすために
きっと強くなって戻ってくる、別の衣を着て
姿を変えて
だから
また会える、その時を祈ろう
逝ってしまった人たちの、死の苦しみが少しでも浄化されて、きれいになって無事に戻ってくること。そして、もう二度と同じ苦しみを味わないことを、願おうよ。
生きている私たちには、やるべきことがいっぱいありますよね。未だに傷から立ち上がれない人たちのためにも。そして羽生くんはずっと実践し続けていますよね。
この映像の中の、羽生くんの祈る姿は、祈りそのものだった。強くこころに残りました。
羽生くん、
キミは、その生き方に、どうぞ自信をもって、これからも歩いて行ってほしい。
他人のために生きようとするキミを、神様?が放っておくはずがないから。
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追記・・2日経ちましたが![]()
「3・11」が近づいた一昨日までの数日間、この東日本大震災と福島の原発のことをテーマにした番組がいっぱいあったのは、とても嬉しかったです。
でも、できることなら、記念日の時だけするのではなくて、わりとNHKがそうしているように、普段から頻繁に、そういうことをメディアが切れ間なく取り上げて、災害のリスクの軽減や復興対策を皆でいつでも考えられるようになっていくといいな、と思いました。
そして、さらにできることなら、東日本の大きな震災だから盛り上がるのではなく、見落とされがちな(犠牲者の少ない)小さな災害にも、皆の視点が向くようになってくれるといいな、と思いました。いのちの重さはどれも同じなので。
それと自分も、はたらきかけができるささやかな実践者でいたいですね ![]()
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