練馬ではたらく社長、初心日記 -294ページ目

経営会議

昨晩、夜中の3時までミーティングをしました。


本年度の方向性を確認する役員会議です。


といっても、2人だけ。


弟である、常務と話合いました。


そう、弊社は父が社長で私がセンム。


弟が常務という、ファミリー会社。





それでも、会社は会社です。


大事な話に熱が入ります。




「欲」


事業欲、成功欲、意欲。


あります。



物欲、金銭欲。


やはり、あります。


ついでに、食欲、性欲、もかなりあります。



仕事をする上で 「欲」 は欠かせません。


しかしながら、 「欲」 が先行しすぎると判断を誤ります。


客観的に第三者の目で見て、選択しなければなりません。


当事者になると、これが難しいんです。


冷静に立ち止まり、我が振り見つめる時間も大切です。



ジャスト!

我が愛車「ハリアー」


今月末でまる3年の愛用になります。





と、同時に月末でお別れです。


リースアップ。



39999キロ!


ちょうど40000キロ走行。


信号待ちでパチリカメラ



よく乗りました。


故障も無く、良い車でした。


感謝。





喜多方

今月に入って初の休日。


ちょっと足を伸ばして、福島の喜多方までドライブしてきました。


前日に那須温泉で一泊して、ゆっくりと東北路に向かいました。


まだ、あちらは雪がちらついてて寒かったですね。


今年は雪というものにお目にかかれませんでしたから。




↑壮大な会津磐梯山


喜多方は蔵の町。風情あるたたずまいです。



観光地になるまでの喜多方は、


古くから地場産業であった


味噌・醤油などで使用されていた蔵が、


時代の流れの中で地場産業と供にその役割を終え、


市街地の中に取り残されたそうです。


喜多方には良質な地下水・米・麦・大豆の産出に恵まれ


酒・味噌・醤油・油などの醸造業が栄えその保存に蔵が必要でした。


また、漆器業や蚕を飼う製絹業など地場産業に利用されたそうです。

また喜多方地方には、


棟梁・建具・左官・塗工の分野に創意工夫に富んだ名工がおり、


斬新卓越な職人がいました。  


それに加え、大地震・大水・台風などの天災が比較的少なく、


また戦争の災禍もまぬがれた為、


市内や農村に今でも蔵がたくさん残っているということです。


そのような土壌があった処へ 


明治時代初期、それまで藩の圧力によって押さえつけられていた


商人・旦那衆の欲求が開放され、


金に糸目をつけない豪華な蔵造りの建物を建てました。


その代表として、甲斐本家の蔵座敷・大善の蔵座敷・


若喜商店の縞柿の蔵座敷などがあります。

そういう意味で、会津若松市は武士の創った街、


喜多方市は町人の創った街と言えます。




酒蔵の中を拝見してきました。


大吟醸をお土産に購入。






喜多方といえばコレ↓




まこと食堂 さんで中華そばをいただきました。


とんこつ醤油に煮干の効いた、濃厚なお味でした。






一日半、久々にゆっくりできましたニコニコ


エネルギー充てんしたところで


後は春の衣替え、繁忙期に望みます!