2006/1/17 入院二日目。17~18時頃。


冬のことで、日はどっぷり暮れていた。

恐る恐る病棟に戻り、ナースステーションの所まで来ると
何やら笑い声が聞こえる。


「?」


そこには、車イスに乗った長男が。

何か?を言って一人で笑っている。

お笑い芸人の真似……??

車椅子の後ろで椅子の後ろの持ち手を持った看護師さんが苦笑しながら立っている。



私はその様子を見て唖然とした。



さっきまで人形のように大人しかった長男が。


しゃべってる!


……笑ってる!!!


私は訳も分からず、唖然としたまま、でも口元は緩んでいた。


”奇跡が起きたかも!”





でも、彼が尋常じゃないことにはすぐに気がついた。


言ってる言葉に意味がない。
ずっとしゃべってる。
笑ってる。

でも、でも、目の芯がわらってない。


わははははは


って高笑いなのに。

目が。笑ってない……。



「少し、散歩させてみます?」


車いすの持ち手を持っていた看護師さんから長男を預かった。


とりあえず、今は痙攣はとまっているようだ。

痙攣が治まり、眠った状態から覚めると突然、このような多弁、笑い、興奮状態になったようで、
布団に寝ていられなくなり、体のあちこちについていた計器を外して車いすに乗せたそうだ。



私は車いすを押しながら、長男の様子を見た。


「~~でんがな。~~やろ。」
「わはははははは」


言ってることには本当に意味がなかった。
何故か関西弁を使う。
関西なんか住んだことないのに(笑)
大好きなお笑い番組の影響だろう。
私はちょっと可笑しくなった。


少し、いびつな表情だけど、笑ってる。

しゃべってる。


私は嬉しかった。

本当にうれしかった。

あの無表情で何もしゃべらない長男は耐えられなかった。



私も長男に話しかけた。


「○○、楽しいの?
ねぇ。面白いね。」


私と長男の会話はまったくかみ合わなかったが、それでも良かった。


しばらくその辺を車いすで動き回った。

しばらくすると、突然静かになり眠った。

私は看護師さんに手伝ってもらって長男をベッドに下した。

長男は少し目を覚ましたが、何も言わずにまた寝た。



長男の様子は尋常ではないし、多分、…哀れだった。

でも、私は嬉しかった。
くどいけど…本当の本当に、嬉しかった!


あの子の声と…笑い声を聞けたこと。

いびつでも、笑顔が見れたこと。


まともじゃなくても……。

あの子が生きているって思えるから。





【つづく】

一夜明けて2006/1/17(火)


朝、タイミングを見て長男の幼稚園に電話した。
入院したこと、意識障害があること、

なんの病気かまだ分からず、退院の目途もつかないこと

…などを手短に話した。


卒園まであと二ヶ月を切っている。
長男は卒園式までに幼稚園に戻ることがあるのだろうか…。


この日も夫は休暇をとった。
朝から会社の携帯が鳴りっぱなしで、電話片手にパソコンをいじっている。

夫が休暇をとることなど滅多にないが、休みといってもいつもこんな状態だ。
結局この日も病院内にいるとき以外は夜まで仕事の電話が続いた。



面会時間は11時からだったから、朝は少し余裕があった。

私は翌日から次男を預かってくれるところを探していた。
夫もそう何日も会社を休むわけにはいかない。


区役所で相談し、保育園・保育所のリストを入手して、

一時預かりをやっている所に電話をかけまくった。
預かってくれる保育園はなかなかなかった。
公立はもちろん、私立の小さな保育室も園児がいっぱいで、

一時預かりは今はできないといわれるところが殆ど。
もともと子供の多い地域である上に時期が悪かった。
1月~3月は、次年度の待機児童が多いのだそうだ。


その中で一件、病院の割と近くの保育室が、こちらの事情を話すと
「それはお困りですね。では、午前の2時間だけなら…。」と言ってくれた。
面会時間は11~13時と16~20時の二回だ。
夕方からは無理だけど…とのことだが、午前だけでもありがたい。
病院から比較的近いだけに、この病院に勤務している看護士さんのお子さんなど預かることもあるそうだ。
病棟内に両親以外は入れないという病院の事情はよく知っていた。
午後からの預け先を別途さがさなくては…。


またあちこち電話して、午後預かってくれるところを探した。
やっと見つかったが、そこは車で20分くらいかかるところ。
夜も18:30が限界だそうだ。それでも仕方ないと思った。


とりあえず、翌日の次男の預け先を決めたところで、長男のいるS大学病院へ向かった。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


病室(集中治療室)に行くと、長男は目を覚ましていた。


”今日は意識がある!”


私は興奮した。嬉しかった。



「○○ちゃん」
話しかけたが、無反応。


「お母さん、分かる?」
と聞いてみたが、なんの反応もしない。


こちらを見るには見るのだが…。

看護師さんを見る目も、私を見る目も、自分の手を見る目も、全部同じ。


生きている。

もちろん呼吸もしてる。

朝ごはんも食べたそうだ。
けれどその目は死んだように動かない。


私は長男の頭をなでながら話しかけた。
「今日は目が覚めてるね。気分はどう?」
長男はなんの反応もしない。


昨日の朝は、一度救急隊の人に自分の名前を言ったのに…。

もう何にも言えなくなっちゃった……?


私は心の動揺を隠して笑顔でいくつか話しかけたが、
とうとう長男は何の反応も示さなかった。


いったん夫と交代することにした。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


夫と交代し、次男とともに病棟の前で過ごした。
12時前に夫が戻ってきた。


「今から昼食だって。俺は次男と待ってるから、食べさせてあげて。」

夫はつとめて何気ない様子で次男に
「よし、じゃぁ、今度はお父さんと遊ぶぞ!何する?」

と話しかけたが、
動揺していることはその表情で分かった。


「何か話した?」

と私。
「いや、何も。」
と答えた夫の声は暗かった。


再び私は長男の元に戻った。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


昼食が運ばれてきた。


「体起こせる?」

私が電動ベッドのボタンを押し、背もたれを起こすと、

長男はベッドの動きに合わせて体を起こした。


「自分で食べれる?」と聞いたが無反応なので、
スプーンですくって口に運ぶと、ちゃんと食べた。


こちらの言ってることがわかるのか、わからないのか知らないが、
こちらの動きに合わせて反応することはできるようだ。


食事はだいたい平らげてしまった。

美味しいのか、どうなのかは全くわからなかった。


面会終了の13時まではまだ時間があった。


私は持ってきた本を出した。

「お母さん、本を持ってきたよ。読む?」

長男は私の方を見た。少し頷いたように見えた。


私は本のページをめくり、朗読した。


『エルマーの冒険』


私は読んでいる途中途中で、意味がわかるか聞いてみたり、
「すごいね」「おもしろいね」などと感想を入れて、長男を見た。
長男は物語を理解しているのか、いないのか。
おもしろいのか、おもしろくないのか。
私にはまったく分からなかった。
長男はただ、本のページを見つめていた。


…全く邪魔されずにここまで読ませてもらえることなんて、これまでなかったなぁと思った。
普段は活発で「ずっと黙って人の話を聞く」なんてできない子だった。
お話を読んでも途中で感想を言ったり、言葉尻をとって話が脱線したりして、話がすすまないこともしばしばだった。

その子がこんなに大人しく聞いている……。
奇妙な感じがした。



やがて、面会終了の時刻になった。


「じゃあ、お話の続きはまた今度ね。お母さん、行くね。」

長男はまた頷いたように見えたが、相変わらずの無表情だった。


私は長男に背を向けると、作っていた笑みが自分の顔から抜けるのがわかった。

あの子の考えていることがまるで分らなかった。
まるで心をなくした人形のようだった。
胸がしめつけられる思いがした。


でも、感謝しなくちゃいけない。
長男が今日も生きていて、ご飯も食べてくれたことを。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


夕方の面会は16時~だった。その間に夫と次男と昼食をとった。
食事が終わると夫はすぐに外に出て、また仕事の電話をしていた。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


16時。夕方の面会時刻になった。


病室に行くと、長男は激しく痙攣を起こしていた。

酸素マスクをつけている。

なかなか痙攣がとまらない。
泡を吹いて、白目をむいて、今にも死にそうだ。


看護師や医師が忙しく立ち回っていた。


長男はやがて痙攣が治まると眠る。

眠ったかと思えば、また痙攣が始まる。


予断を許さない状況が続いた。


「後で、また来てください。」

と言われ、

私は高鳴る動悸を抑えながら、夫と次男の待つ病棟の外へと出た。



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*


そして、1~2時間たって、また病室を訪れた時、
思いもかけない変化が起こっていた。。。



【つづく】

2006/1/16


長男の入院した病院(S大学病院)の面会時間は
11:00~13:00 16:00~20:00 となっている。
完全看護で、基本的に親の付き添いはできない。
夕方からは、小児科病棟内も面会の親御さんが出入りして少し賑やかになった。


私たち夫婦は次男と病棟前で待機するか、長男の病室に行くかを交代で何度か繰り返した。
長男の病室に行っても寝ているか、検査に出ているかで、様子はよくわからなかった。
眠っている・・・かと思えば痙攣をおこしたりして、その都度看護士さんを呼んだ。
その日、長男の意識が戻ることはなかった。


20時を過ぎると、面会の親御さんたちもいなくなり、集中治療室を除いて他の部屋は消灯になったが、
担当医師が説明に来るというので、そのまましばらく待った。


やがて、9時近くになり、私たちは夫婦揃って(次男も連れて)応接室に通され、医師の話を聞いた。



医師によると、今長男に起きている症状(けいれん、意識障害)で考えられる病気は次のいずれかである可能性が高いという。


・てんかん
・免疫異常
・急性髄膜炎
・急性脳炎、脳症


医師の説明によると、以下のようなことであった。


<てんかん>は、脳の神経細胞がなんらかの原因で刺激されて、体がけいれんする病気。原因は特定できないことが多い。


<免疫異常>は、本来外部からの異物を攻撃する免疫機能が間違って作動し、自分自身を攻撃している状態。


<髄膜炎>は脳と脊椎を保護している膜(髄膜)にウイルスや細菌が入り炎症を起こしている状態。


<脳炎>は、ウイルスが脳に感染し、脳に直接ダメージが起きるもの。


<脳症>は、脳に直接ウイルスが入ったわけではないが、何らかの要因で脳がダメージを受けているもの。


現段階で、MRIやCT検査では目立った異常は見られず、なんとも判断がつかない。
ただ、最悪は脳炎が考えられるので、そのための処置をとる。


脳炎で抗ウイルス薬があるのはその時点ではたった二つだった。


ひとつはインフルエンザ脳炎。


このインフルエンザ脳炎というのは恐ろしい病気で、このインフルエンザ菌が脳に入ると、症状は急激に進行し、半日後には「死ぬか生きるか」の危篤状態になることが多い。
長男の様子を見ていると、急激に症状が進んでいるようには見えないので、違うだろうとのこと。


もうひとつはヘルペス脳炎。


急性脳炎の3割ほどを占める、脳炎の中ではもっとも多いウイルス。
後遺症が残りやすいが、早めに投薬すれば、助かる確率が高い。


そして、それ以外となると・・・
ウイルスの数など計り知れない。
空気中に、今、人の肌の上にも無数のウイルスがある。
体の中に幾重にもバリアがあり、これらのウイルスは容易には体内に入らないようになっているが、これが鼻や喉に入って炎症をおこせば「鼻かぜ」「喉かぜ」になるし、気管支に入れば「気管支炎」肺に入れば「肺炎」・・・というわけである。
体の防御機能が劣っていたり、たまたまの偶然で入り込む。
これが、いくつもの防御をかいくぐってたまたま脳に到達してしまったものが急性脳炎。
なんのウイルスか、検査しても分からないことも多いし、分かったところで、ワクチンも対処薬もない。


その日のうちに検体を検査機関に送ったが、脳炎だとしても、検査結果が出るまでには1~2週間はかかるという。


それを待っていては、ヘルペス脳炎だった場合には手遅れになるので、
ヘルペス脳炎の薬の点滴を開始した。
検査結果でヘルペスではないとわかるまでは点滴を続ける。


合わせて対処療法として、脳浮腫を抑える薬と痙攣を抑える薬を点滴する。


医師の説明に一応は納得したが、
結局この日はなんの病気かもよく分からないまま帰宅した。


夫の大学時代の友人で、たまたま脳外科を専門として某大学病院で勤務・研究をしている医師がおり、

夫は彼に電話をして相談した。

その友人は1年間にわたる海外研修から戻ったばかりで、脳の病気については最新の情報を持っているはずだ。

S大学病院の医師やスタッフは信頼できるように感じたが、セカンドオピニオンをとらずにいられなかった。

今、長男のためにできることは何でもしたかった。


友人の話では、担当医師の判断や対応は的確で、今のところはそれくらいしか処置がないだろうとのこと。


何もわからない、何もできないまま、

不安で、もどかしく、眠れない夜が始まった。



【つづく】