2006/1/18(水) 入院3日目
この日から夫は仕事に行った。
私は昨日電話していた保育室に次男を連れて行った。
次男には直前になって預けることを告げた。
ぐずることは分かっていた。
去年幼稚園のプレ教室(週に一回2,3時間預かってくれる)に入れようとして、半年も格闘したが、
とうとう私から離れられずに仕方なく辞めた経験がある。
「えー。嫌だ。」
「今日お父さんいないでしょ。
お母さんがお兄ちゃんの病室に行ってる時、次男ひとりになっちゃうでしょ。
2時間くらいだよ。ここで遊んだりして少し待ってて欲しいの。
お願い。」
なだめたりすかしたりしながら、最後にはお願い、お願いと繰り返すと、次男はなんとかそこに留まってくれた。
私はその保育室の方に挨拶をすると足早にそこを出た。
あとは保育のプロに任せるしかない。
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病院に着くまでの間、私は長男がどうしているだろうかと考えた。
また昨日のように笑うのだろうか。
あの死んだ目で。
それとも、眠ったままで意識がなかったらどうしよう……。
私は不安と小さな希望を抱いて、小児病棟に入った。
集中治療室が近づく。
……静かだ。
眠っているのかな……?
長男は起きていた。
その顔は
………
泣いている。
さめざめと。
入院してから、また初めて見る表情だった。
私を見ると
「あああ………!ああ…!!」
また悲しそうな声をあげて泣いた。
大粒の涙がポロポロこぼれた。
私はおもわず駆け寄り、長男を抱いた。
長男は私の体にしがみつき、また泣いた。
私は泣きそうになりながら、ぐっとこらえて、
長男を優しく、優しく、抱いて、
「どうしたの?」
と聞いた。
「ううう、うう……。」
言葉にならない。
私はもう聞かなかった。
辛い…苦しい…悲しい…怖い…
それはそうだよね。
長男の脳の中で何が起きているのか、その時はまだよくわからなかった。
分からないけど、きっと大変なことが起きている。
まだ6歳の子供が、
家族とも離れて、ひとりで病院にいて大きな病気と闘っている。
辛くないわけないよね。
長男は面会時間の間、殆どずっと泣いていた。
私はずっと長男を抱いていた。
抱かれると少しだけ安心してるように見えた。
私は努めて穏やかに
……間違っても泣いたり、取り乱したりしないように…
少しだけ微笑みを浮かべて、
赤ちゃんを寝かしつけるように、
長男を抱き続けた。
途中で医師が来て、今日のスケジュールを告げた。
午後2時から脳血流を調べた後、MRI、そして4時ぐらいに髄液を採る。
検査の結果は夜8時くらいには出るとのこと。
お昼の面会が終わり、私は病棟を後にした。
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次男を迎えに行くと、保育室の方は預かり日報を書いてくれていて、
それによれば、ずっと泣いているということもなく、そこそこに遊んでいたようだ。
昼食も残しはしたが、ある程度は食べている。
よかった……。
午後の面会は4時から。
次男の次の保育園は3時半からお願いしてある。
車で20分ほどかかるのだが。
いったん自宅に帰り、私も遅い昼食をとったり、家のことをした。
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そして、再び家を出ようとすると、次男が何かを察知してぐずりだした。
「また、お預けするの!?」
「うん…。ごめんね。今度は違うとこだよ。」
「もういやだ!絶対行かない!!」
「今度のところはね、さっきみたいなマンションの一室じゃなくて、
広くて、お外で遊べたりするんだよ。」
夕方とった保育園は、園庭のついた普通の保育園だった。
「どんなところだってやだ!!」
ぐずられたって仕方ない。
私は次男を無理矢理車に乗せた。
はじめて行く場所で、地図を見ながらなんとかたどり着いた。
嫌がる次男の手をひき、キョロキョロしながら保育園の建物の受付に入った。
(本当になかなか大きな保育園だった。)
受付で話をすると、廊下の先から保育園の先生らしき人があらわれて、
次男の手をとった。
次男はすぐにその手を振りほどいて私の方にしがみつく。
しかし、そこは先生も慣れたもの。
「△△ちゃんはこっちで遊ぶんですよ~」
とさっと次男を私から引き離した。
次男はとうとうギャーギャーと泣きだした。
「はい、おかあさん、大丈夫ですから、もう行って下さい♪」
私は胸がチクチクしながらも、
先生に任せて、その場を去った。
次男の泣き叫ぶ声を背中に聞きながら…。
ごめんね、次男。
あなたが大切じゃないわけじゃ、もちろんないけど…。
今は長男のことが一番重要なの。
…がんばって!
私は気持ちを長男の方に切り替えた。
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午後4時。
病棟にたどり着くと、
医師に聞いていた通り、長男のベッドは空で、検査に出ていた。
今頃は髄液を採っているはずだ。
私は長男の帰りを待ちながら、お昼の面会で見た長男の涙を思い返していた。
悲しい顔…。
無表情でもなく、笑顔でもなく。
でも、それは、今の状況に一番あった表情なのだろう。
そう考えると、少しだけ良くなっているかもしれない、と思えた。
がっかりしたくないから…あまり楽観的にはなれない。
けれど、いつも小さな希望を抱いていたかった。
これが、良くなる前兆でありますように……!
しばらくすると、長男が戻ってきた。
長男は眠っているように見えた。
けれど、すぐに目を開け、私に気付くと大声で叫んだ。
「殺された!!」
長男は確かにそう言った。
恐怖に満ちた顔で……。
【つづく】