2006/1/19(木) 入院4日目


眠れない夜がずっと続いていた。
それでも、体力はつけなくちゃ、と横にはなっていた。
少しうとうとすることはあったかもしれない。
寝たり、起きたり…その度に、これまでのことが全部夢だったらいいのにと思った。


母が来てくれているお陰で、次男のことはすっかり任せることができた。
夫は出社しないで済むよう、相変わらず朝から会社のノートパソコンを広げて、仕事の電話ばかりしていた。


面会時間が近づき、夫と私は次男を母に預けて家を出た。



*-*-*-*-*-*-*-*-*


病棟に入ると、長男は相変わらず興奮状態だった。
看護師さんが「おそらく30分も寝てない」と教えてくれた。


眠れないのは私だけじゃなかった。


長男も眠ることができなかったのだ。


「ころされた!ほんとうにころされたんだ!」


昨日と同じことを言っていた。

私が昨日と同じにゆっくりと殺されてない、と言うと


「いきるんだよね?みんなで、いきるんだ……!」


私はその時、長男が言った言葉を手帳にメモしていた。
それは次のようなものだ。


「みんなで、いきよう。とわの幸せを。」


「ひとりで死にたくない、ひとりで死ぬくらいなら、おとうさん、おかあさんと死にたい。」


「みんな、ふつうの人間になれ!」


「オオカミがいる!いま、この部屋に狼がいる!!」


「たのしい思い出を作ろう。お父さんとお母さんと△△(次男)と4人で。4人がいいんだ。」


「お父さんは…汚くもない、きれいな…いいお父さん。」
キレイで、とってもいいお母さん。
△△(次男)はかっこいい、ともいう。
みんないい家族なんだ。」


「おとうさん、おかあさん、いっしょにならんで寝て!
△△も4人で寝て、そしてみんなで、
いい家族だってことを話し合おう」


「オオカミなんていないね?
犯人もいないんだよね?」


「みんないい人…かんごしさんも先生もあかちゃんも、みんないい人」


「首がしめられる!たすけて!首がしまる!!」


「おかあさん、死なないで!!」


「天国か、地獄か、どちらかに行こう。
…みんなで行こう。4人で。」




同室のどこかの計器がピーピーと音を鳴らすとひどく怯えその都度


「俺が悪い!ごめんなさい!!」

と謝る。


「ごめんね、ごめんね、ごめんね!!」

半泣きになる。


「ごめんなさい、ごめんなさい、魔法を間違えたんだ!
おれは、おれは赤ちゃんを助けようと思ったのに。
俺が魔法を間違えたんだ、
俺のせいだ、俺がああ……!
ああ、ごめんなさい」



私や夫が何か言おうとすると、

「しゃべっちゃだめ!」

と言いながら、私の口と夫の口を抑える。

とても心配そうに。

毒が体に入るから…というようなことを小さな声で言った。


こんなこともあった。


自分の口のなかに痰が出ると、それをティッシュにとり、そのティッシュを自分の口にあて、それから私の口にあて、そして夫の口にあて…何度も順番におしつけていく。
何かの呪文のように。


鼻水が出た時も、同じ。
ティッシュにとると、自分の口→私の口→夫の口→自分の口…と何度か繰り返す。



やがて昼食の時間になった。

昼食を運んでくれるスタッフの方に何度も何度も頭を下げて礼を言う。

食事を食べながら


「これは△△(次男)に残しておこう。
おとうさん、おかあさんも食べて?」

と私たちにも分けたがる。

大好きなジュースも夫と私にかわるがわる飲ませる。
私たちはストローを口にあて、飲んだふりをした。
長男はそれを何度も繰り返したが、自分と夫と私の口にあてる回数はまったく同じにしていた。



私が「おかあさん」で、夫が「おとうさん」ということは分かるようだ。
次男のことも、名前も覚えている。
それは救いだった。



長男は私たちの体の一部をしっかりと抱き、離れることはなかった。

私たちのどちらかが席をたつようなそぶりを見せると、
すぐに不安になって立ち上がった。


「どこにいくの!!!」



私たちはお昼の面会時間が終わってもそこを離れることはできなかった。
病院側はそのころは私たちに面会時間についてうるさいことは言わず、子供が落ち着いてくれるので、いてくれて構わない(むしろいて欲しい)と言った。

それで私たちは、朝からずっと、夜まで、そこにいた。


私たちは昼食も食べず…もっとも食欲なんてなかったからそんなことは気にならなかった。
このころの私は寝ることも食べることも、本当にどうでもよかった。



長男はずっとしゃべり続け…もしくは泣いたり、叫んだりの繰り返しだった。


幻覚だったり(オオカミがいるとか、悪魔がいるとか、自分が魔法使とか…)
死への不安だったり(死にたくない)
半ばあきらめだったり(死ぬのなら家族4人で死にたい)
同室の子供たちへの心配だったり、

これらの感情がめまぐるしく入れ替わり立ち替わりに出てくる。



精神を安定させる薬はもちろん投与されていた。
けれども抑えられていてこの状態。


ただ、昼間は痙攣はあまり起こさなかったように思う。
(もちろん痙攣止の点滴もしているが)



夜8時を過ぎた。

もう帰らなければいけないが、少し体を動かしただけで、何かを察知して不安になって立ち上がる。

なかなか帰ることができず、9時を過ぎた。

家で待っている次男や母のことも気になる。


「次男が待ってるから、見てくるね?」


というと意外にも大人しく了承して、私の手を離してくれた。


帰る、とは言わずにそのまま帰った。




翌日聞いたのだが、そのあとやはり錯乱状態になり、
痙攣を起こしていたと言う。




【つづく】




゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。


読んで下さっているみなさまへ


更新がずいぶんと遅くなりすみませんでした!

みなさん、このブログのこと忘れてないかしら…(汗)

日々色んなことがあり、肉体的にも精神的にも”今のことで手いっぱい!”な部分もあって^^;


長男のことも、次男のこともそれなりに子育ての悩みは尽きませんが、

この病気に起因していることもあるし、

この頃のことを思い出すことで、気付く大切なこともあるように思えるし、

こんなペースだけど、もう少しこのブログ続けていきます!


お付き合い頂いてるみなさま、本当にありがとうございますm(_ _ )m


2006年1月18日(水)入院3日目。夜20時過ぎ。



応接室。今日で3夜連続の、医師との面談。


「MRI、脳血流、ともに大きな異常は見られませんでした。

……ですが、髄液検査に反応がでました。」


医師は一呼吸おいて、検査結果の紙を私たちに見せながら
その部分を指差した。


「ここ、わかりますか?細胞数が多いのです。
その他の所見から、脳の中になんらかのウイルスが入っていると思われます。」


「ここまでの息子さんの様子とこの細胞数の増加を見ると、
息子さんの病名は
ウイルス性急性脳炎”と診断されます。」




ウイルス性…急性…脳炎??



私は入院初日に医師に言われた

「最悪は脳炎の可能性があるので…」
という言葉を思い出していた。


最悪は、って言ってた…。
てことは、最悪の、ケースだったわけだ……。




考えなかったわけじゃない。

でも…、でも…、

はっきりと宣告されると、かなりのショックだった。


それからは力が抜けたというか、なんだかぼーっとしてしまった。

受け入れたくない、
でも、受け入れなくてはならない現実……。


隣を見ると夫も口をあんぐりと開けてしばし固まっていた。




「亜急性ではないから、急性、そしてなんらかのウイルスが原因と考えられます。」


いずれにしても脳炎であることは間違いないらしい。


「脳炎であることも考えての治療をしていますから、方針に変わりはありません。
ヘルペスであれば、今投薬(点滴)している薬が多少なりとも効いてくれると思います。
ただ、それ以外のウイルスであれば、対処薬はないので…。」


ヘルペスじゃなかった場合には薬がない……。
つまり、そのウイルスをやっつける薬がないってこと?
じゃあ、長男の頭の中にいるウイルスはだれがやっつけるの?


「自己免疫しかありません。」


「病院でできることは脳浮腫(脳のむくみ)や痙攣を抑える薬を点滴することだけです。」


いっそヘルペス脳炎であって欲しいと思う。そして、薬が効いて欲しいと思う。



医師からは、意識障害があることから、髄膜炎ではないとか、ある所見から脳症ではないとか、いろんな詳しい説明があったが、詳細はあまり覚えてない。

(メモをとっていたが今はなくしてしまった。)


前頭葉の前部が攻撃されているらしい。

前頭葉前部とは脳の前の方にある部分で、主に感情をつかさどる部分。

そこを攻撃されているのだから…長男はしばしば感情のコントロールを失ってしまう。

しばしばというよりも、今は、常に…という感じかもしれない。



幸いなことには、長男は言葉を発するし、食欲もある。体も動く。


「自分で食事が出来ない子もいるんですよ。長男くんは、食べれるんですから。」


落胆する私たちに、医師はこのように話した。



そう…ですよね。

長男はとにかく生きてる。

それに同じ病気にかかった他の子ができないことができてるんだもの。

最悪なんてこと、思っちゃいけないですよね。


そう思いつつも、重い心はどうしようもなかった。




゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。



大きな動揺と重い落胆を胸に抱いたまま、医師との面談を終えた。


応接室を出ると、集中治療室の方から長男の声がした。


「殺さないでえ!殺さないでえ!!!」


泣き叫び、歩き回る長男の後を
看護師さん数人が慌てた様子で追っていた。


私は思わず駆け寄り、

「大丈夫、大丈夫だよ。」と彼を抱いた。


「大丈夫だから、ベッドに戻ろう?」


少し落ち着いた彼が目を閉じた隙にそっと病室を後にした。
時計を見ると9時をまわっていて、面会時間はとっくに過ぎていた。



゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。


それから、


病棟前で待たせていた母と次男になんと話をしたのか、
全く思い出せない。


車の運転は夫がしただろうか?
母になんと話をしただろうか?
次男は待たされて怒っていただろうか?

夕食はどうしたろう?


その夜のことはもう何にも、思い出せない。



「明日、俺、会社休むわ……。」

と夫がつぶやいたことだけ覚えてる。



夫も私と同じようにショックを受けていた。




【つづく】

長男のはっきりした言葉を聞くのは久しぶりだった。
久しぶり…というか、昨夜なのだが…訳のわからないことをしゃべって笑い続けてた、その時以来。


昨日の話なのにもう遠い昔みたいだ…。


そして、その久しぶりの言葉は、激しいものだった。


「ころされた!
おれ、おれ、ころされた!!!」


すごく大きな声だった。

目が、真剣だった。


私の両肩を掴んで


「ほんとうだよ!!
ほんとに…ほんとに…ころされたんだ……!!」


泣いていた。
叫びながら泣いていた。


看護師が
「髄液の検査がかなり痛かったみたいでずっと興奮してるんです。」
と私に告げた。


私は長男に落ち着くように促して


「死んでないよ。○○、死んでないよ?殺されてないよ?」


と何度か諭したが、


ころされた、ころされた!!

おれはしんだ!!

としばらく叫び続けた。


「ほんとうだよ!しんじて!!ほんとうに、おれはしんだんだよ!!

おれはころされたんだぁ……!!!


号泣。


私は考えて、


「そう。そうなの。死んだの?」


と彼の言うことを一度うけとめた。


「うん。うん……!」


長男はやっと落ち着いて、私の胸に顔をうずめて静かに泣いた。


「おれ、おれ……。
しにたくない!
しにたくないよ!!」


私は胸がきゅーっとしめつけられるような気持がした。


「おれ、ひとりでしぬくらいなら、
おとうさん、おかあさんとしにたい!」


あなたがそう望むなら…一緒に死ぬくらいなんでもない……。


「うん。○○ちゃんがもしも死ぬならね。おかあさんもいっしょに死ぬよ。
でもね、死んでないから。○○も。おかあさんも。
ちゃんと生きてるから。一緒に生きよう?」


私が一緒に死ぬ、と言ったことばに「うん、うん」と頷きながらも


「おれね、ころされたんだよ。。このびょういんのひとに……!
やめてっていったのに……!」


そして、看護士さんが少し近づいてくると


「わあ!ころさないで!ころさないで!!」


と泣き叫んだ。




私は頭や背中をなでながら


「ちがうんだよ。この病院の人はね、○○の病気を治すために、
お注射をしたんだよ。痛かった?」


「うん、うん…!!」


「ちょっとね、痛いお注射だったの。でも、○○は死んでないんだよ。
ちゃんと元気にいるでしょ?わかる?」


「うん……?」


「病院の先生や看護師さんは、○○を助けようと思っていろいろしてくれてるんだよ。」


「いいひとなの?」


「うん。」


「わるいひとじゃない?」


「うん。悪い人じゃない。良い人。」


「みんないいひと?」


「うん。みんないい人。」


あの人も?この人も?


と長男は病院中の人たちをひとりずつ指差しだした。


私は「そうだよ。良い人だよ。」

とひとりひとりに返事をした。


他のベッドの子供も。


「そうだね。あの子もきっといい子だね。」


と私は返した。


「そう……。いいひと…。」


長男はやっと落ち着いた。


そしてまた眠りにおちた。




そのうちに夫が現れた。午後6時くらい。
こんな早くに帰宅したことなんて未だかつてない。
普段は日付が変わるまで仕事で帰ってこない人だけど、流石に今は状況が状況で……。


私は夫とバトンタッチして、次男を保育園に迎えに行くことにした。
18:30までの約束だが、少し遠いのでそろそろ行かなければならない。

夫にこれまでの状況を話した。
髄液検査の結果は夜8時すぎに分かるらしいということも。


*-*-*-*-*-*-*-*


辺りはもう真っ暗だった。
迎えに行くと、泣きはらした目の次男がいた。
全く遊ばず、ずっとぶすっとしているか、泣いているかだったらしい。
私に対して、すごく怒っていた。

(まいったなぁ……)

もう絶対に保育園なんかいかない!!
次男の顔と態度がそう語っていた。


もう絶対に預けさせてくれないだろうな…。
博多の母が今夜、こちらに到着する。
本当に助かったと思った。


やがて母が到着し、駅からそのまま病院に来てもらい、
挨拶もそこそこ、小児病棟前で次男の面倒をみてもらった。

お陰で私と夫はふたりで長男に付き添うことができた。


*-*-*-*-*-*-*-*


長男は目を覚ましていたが、再び興奮していた。


「いやだ!しぬのはいやだ!」


「おれ、ひとりでしにたくない…。
どうせしぬなら、おとうさん、おかあさん、としにたい!


とまたくりかえしていた。


夫の手を左手ににぎり、私の手を右手ににぎり、
布団にあおむけに寝ると、


「いっしょだよ。いっしょにしのう…。」


と言いながら静かに泣いた。


わたしは、うん、うんとうなずきながら、


「…でもね。死なないよ。大丈夫だからね…。」

と穏やかに繰り返した。



私と夫の手を握っていると安心するようで、
眠ったように落ち着くのだが、
何かの用事でどちらかが手を離すと、とたんに


「どこいくの!!??」


と跳ねるように体を起して不安そうに大きな声を出した。



゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。


このとき、長男の頭の中では、"こわいこと"がたくさん起こっていたという。
そんな中で、思いがけない激痛(髄液検査)があり、自分は死んだと思った。
違うと聞かされても、死への恐怖はその後もなかなか消えなかった……。


゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。


やがて、8時の面会終了時刻が過ぎ、さらにしばらく待って、やっと主治医に呼ばれた。
私たちはまたあの応接室に案内され、そこで話を聞いた。




そして、やっと長男の病名が分かった。




【つづく】