熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~ -59ページ目

蓄電池列車「ACCUM」...JR烏山線乗車記

東京からの帰り、ある列車に乗車したくて、宇都宮駅で途中下車した。

 

その列車は「蓄電池列車 」。愛称は「ACCUM(アキュム)」 (*参考:那須烏山市 )。

 

今年の3月15日に運行開始ということで、社内は新車の香りがした。

 

宇都宮駅を出発し宝積寺駅までは東北本線の電化区間を走るため、ちょっと乗り心地が改善された電車、という感覚だった。

 

しかし、宝積寺から非電化の烏山線に入ると一変、不思議な感覚を覚えた。

 

田園に伸びる高架線の無い線路を“電車”が走る。パンタグラフが下りた事には気付かなかったが、蓄電池から電力を受けモーターで動いているという。

 

 

車内は静かで、加速時も静かに力強く進んでゆく。

 

 

特に停発車時の音は汽動車のそれとは比較にならない。

 

 

この列車に大きな可能性を感じた。

 


...出発から約40分で、終点の烏山駅に到着。

ここでパンタグラフが上がり、「ACCUM」運行開始に合わせて設置された架線に触れ充電が開始される。

 

電気は線路の先にある変電所から供給されていた。

 

ディーゼル車が走っていた路線に架線が設置されている光景は、市民にとっても驚きだったのではないだろうか。


この列車「ACCUM」は最高時速100kmで、フル充電で約40km走れるという。

環境面もさることながら“線路(軌道)さえあれば電車が走れる”という素晴らしい特徴がある。架線が不要で、電車の乗り心地・静寂性・加速性が得られるばかりか、景観に対するメリットも大きい。

 

例えば、郡山を起点とする以下の区間に導入することはどうだろう。

 

 

・磐越東線 郡山~船引間(23km)

 

・水郡線 安積永盛~磐城石川間(32km)

 

船引と磐城石川の両駅に充電施設を作り、郡山~安積永盛間の架線を利用することで、船引~磐城石川間の直通運転も可能になるだろう。

 

 

郡山を中心とした経済産業圏と広げる事で、この路線の需要は高まれば、設定しても需要は見込まれるのではないだろうか。

 

 

さらには、水郡線川東駅から福島空港への分岐線(県道63号線を走る路面電車でもよい)を作れば、現在の路線に手を加えずに、郡山~福島空港間に“電車”を走らせることもできる。

 

 

「蓄電池列車 ACCUM」は地方の公共交通網を変える力があると思う。

 

車に頼らず移動できる地域を広げてゆくためにも、JR東日本は烏山線の成果を管轄エリアに広めて欲しいと思う。

 

日本橋ふくしま館-MIDETTE

東京は梅雨空が広がり、弱い雨が降る朝だった。


大塚駅から山手線に乗り、東京駅に向かった。


東京駅に降りると日本橋を目指して歩いた。


目的地は「日本橋ふくしま館-MIDETTE 」。やっと訪れる機会を得た。

歩くこと約20分で到着。

雨のせいか日本橋界隈は人の姿がまばらだったが、店の中は盛況だった。

館内は意外に広く、日本橋という場所を考えて“狭いだろう”と考えていた私の想像とは違った。


県内各地の特産品が数多く並んでいた。「はま・なか・あいづ」の地理的特性が海の幸、畑の幸、山の幸という形で表れていた。


日本酒の種類も豊富で、見た事もない銘柄も多くあった。


会津塗や桐、木綿やからむし織りなどの工芸品も充実していて、福島の多様性に、県民ながら圧倒された。


お客さんは次から次へとやってきて、店員の話を聞きながら、買い物かごを満たしていた。嬉しい光景だった。



私は、一通り店内を見て、何点か購入した。この他、気になったものは、その町に行って味わってみたいと思う。

工芸品はこの二点。漆塗にからむし織。どちらも一目ぼれだった。


新宿歌舞伎町25時

友人に会うために上京し、食事をした。

彼と会い話をすると刺激になる。


話しが尽きず、3軒はしごし、終わった時には12時をゆうに超えていた。


新宿歌舞伎町界隈は、多くの車が行き交い、人の流れは途切れることがなかった。

そして、この明るさ。

今、この電気は原子力発電所で作られたものではないが、私が学生時代は福島第一・第二原発で作られた電気がこの街を煌々と照らしていた。


当時は、故郷で作られた電気が使われている事は知ってはいたが、その背景をよく考える事がなかった。


事故後は東京を訪れる度、その眩さを目にする度に色々と考える。


東京がここまで成長したのは福島県を含めた地方があったからか。

これからの東京と地方の関係は。

地方は、ここまでの華やかさは実現できないまでも、人々が楽しげに行き交う環境を維持し、新たな活力を創造することができるだろうか。


今、確信していることは福島県の再生・復興にはこの東京の力が欠かせない事。福島県の中心地・郡山と東京は新幹線で80分。東京の人口と経済産業の力と、福島県の適度に分散する都市と広がる肥沃な農地、そして豊かな自然が“協業”できる可能性は無限だと思える。


成熟期社会で、東京と福島が“お互いさま”と双方の市民が豊かな生活が送れるような術を考えてゆきたい。