休みの日『郡山の「街なか」で過ごそう』と思える街づくりを!
郡山の駅周辺部の「街なか」が、“それだけを買うための”買い物や夜の飲み会の場になっていて、休日を過ごすような場所でなくなっていることは、非常にもったいなく、惜しい気持ちを私は持っています。福島県の再生・復興のためには郡山市の活力が欠かせなく、心臓部である「街なか」の活性化が活力ある郡山市の前提だと思うからです。
郡山駅周辺の「街なか」には“目的”となる場所を補充し、市民が“無駄”をしても構わないと思わせる雰囲気を創り出す必要があります。そのために、私は次の3点から取り組んでゆく事を提案したいと思います。
②小劇場、寄席、演奏会場などの観賞場所を誘致し、映画館をなかまち夢通りに移転させる
③行政等の市民に対する相談窓口を設け、図書館を新設する
①について。
郡山駅周辺に東北大学の学生寮設置を!
今日のアルバイトで、この春から東北大学に進学する安積高校出身の青年と一緒に作業をしました。
地元紙・福島民報の記事では、今年、安積高校からは県内最多の24日が合格したと言います。
ただ、福島県内の合格者数62人は、東北大学の一般選抜入学試験・前期の募集定員が1,721人ということを考えると少ないという印象を受けました。
私は、福島県の再生・復興に東北大学の力は欠かせず、本県出身の工学系学部出身の学生を中心に県内で就業や起業し定着するような仕組みを作る必要を感じています。
東北大学は、言うに及ばず旧六帝大の一つで、現在は「指定国立大学法人」なり国内有数の学府です。昨年8月に亡くなられた“ミスター半導体”こと西澤潤一元総長、ノーベル化学賞受賞の田中耕一氏などを輩出し、工学部材料科学総合学科などは“世界一”とも言われてます。
郡山市との関係は、西部第二工業団地内にある産業技術総合研究所「福島再生可能エネルギー研究所」(FREA)で被災3県所在大学との共同研究数が最多となっています(平成26~29年度実績、出処:福島民報2019年3月10日付け19面企画特集より) 。
他、イノベーションコースト構想や福島県立医科大学「医療・産業トランスレーショナルリサーチセンター」など県内の新産業育成につながる施設で多くの協業が見られます。
東北大学は「災害復興新生研究機構」という機関を新設し、被災3県を中心に地元・東北の再生・復興に大きな役割を果たそうとしています。福島県と関わり合いも、今後も一層深くなり、産学官連携の実りに期待が寄せられています。
この状況の中、福島県内から東北大学に進学する生徒が、卒業後に県内での就業や起業できる環境を整備すれば、産学官連携の効果は増すと思います。彼らが郷土愛から主体的に関わってゆくと考えるからです。
その一つの案として、私は郡山駅近辺に東北大学進学者のための学生寮を作り、新幹線通学定期代の補助をすることを挙げたいと思います。事業者は福島県を想定しています。
郡山~仙台間は東北新幹線で約40分で、仙台発の最終便は22:25です。十分通学が可能な条件だと思います。郡山は福島県の中心で、親元を離れる距離も短くなります。学生は県内の情報や人が集まる郡山で過ごす事で、福島県の問題や自らが“県に留まる、県から出る”の考えも具体化してきます。この課題を福島県などの行政が拾い解決し、彼彼女達が福島県内で就業・起業できる環境を整備することで定着が進むと思います。また、学生達と企業や、起業の際に関わる地元金融機関などとの橋渡しも、日常的に行うこともできます。
さらに、東北大学の寮生と地元の子ども達が触れ合う事で刺激となり、東北大学を目指す子ども達が増え、学力意識や世界を目指す視野の広がりなどをもたらす可能性も期待できます。
郡山の寮に住むということは、学生が県外に出て、自活し経験を積むという芽を摘むことになってしまいます。しかし、多情報時代にあっては情報の質や、良質な人間関係がより重要になってきているため、故郷・福島県の中心地である郡山市に仲間とともに住む事は学生にとって大きな利益を生むと私は考えます。地元産の情報に触れ、県内で働き生活している方々と関わることで、国内有数の学府で学んだ事を故郷で活かす具体的で確実な道を探れ、彼彼女達の満足は高まると思います。もちろん、この実現のためには活力と能力に溢れ、問題意識の高い学生と真剣に向き合い、課題を解決する行政の力が欠かせません。また、行政が拾いきれない学生の声を拾う政治の役割もあります。
郡山市にとっては、東北大学の学生寮が出来る事は、地元の日本大学工学部学生との恒常的な交流機会が生まれ、化学反応が起きる可能性もあり、街の活性化という面では効果が期待できると思います。また、学生寮を足掛かりに、東北大学のサテライトキャンパスなどの誘致も考えられ、そうなれば会津大学を含めた理工系大学の連携・協業が活性化し、起業や新産業の創出に弾みがつく可能性もあります。
郡山駅周辺には学生寮を建設できるような空き地(駐車場)が多くあります。誰が初めに声を掛けるのかという問題もありますが、福島県と郡山市は東北大の関係者とも話し合いを持ち、是非“郡山駅周辺東北大学学生寮構想”を実現させて欲しいと思います。
(以上)
→根本潤ホームページ「30年の仕事」
URL: https://nemo-jun.amebaownd.com/
国道4号あさか野バイパスと国道49号線の“通過”車両
今日のアルバイトの現場は福島市でした。JR福島駅から約1km、福島県庁から約200m、それぞれ東に離れ北北東に向かって伸びる国道4号線を、トラックの助手席に乗り走りました。交通量は多く、物流車両である10トントラックも多くみられました。この光景を久しぶりに見て、国道4号線「あさか野バイパス」が郡山市に与える好影響を改めて実感しました。
「あさか野バイパス」は須賀川市仁井田~本宮市荒井間(17.2km)となっていますが、北は日和田町の藤田川を渡る付近で旧道と分岐していて、ここが終点とも言えます。
1995(平成7)年度に全線2車線暫定開通し、2002(平成14)年度に4車線化されました。「あさか野バイパス」の特筆すべき点は、ここで工事が終わらせず、針生高架橋(886m)を完成させて仁池向交差点(大槻町)より北のバイパス区間に平面交差を無くしたことです。このおかげで、混雑時の市街地通過時間が半減したといいます。
私の高校時代は「あさか野バイパス」は無く、JR郡山駅の西側600を南北に走る国道4号線の激しい交通量を見ていましたので、バイパスの効果を実感しています。
「あさか野バイパス」は郡山市街地から物流車両を中心とした通過車両を迂回させ、平面交差の解消により街の分断を回避させました。バイパス工事には多額の費用がかかりましたが、このバイパスが郡山市にもたらした効果は計り知れないと感じています。当時の関係者の先見の明に感服もしています。
そして、この「あさか野バイパス」の効果を考える度に、市街地を東西に貫く幹線である国道49号線の現状を憂いています。市街地を通過する10トンダンプなど物流や業務関係の車両が多く、渋滞の発生や歩行者への圧迫を引き起こしています。桑野三丁目交差点~堀之内交差点間以外は片側一車線で、菜根から開成までは建築物が密集する中を走るため、大型車両からの威圧感は大きく、早朝・夜間や日祝日など交通量の少ない時にスピードを出す物流車両もあるため恐怖感があります。
1995(平成7)年に磐越自動車道がいわきJCT~会津坂下間が開通した後は通行量は減ったと思いますが、高速料金を節約するために国道49号線を選択している車両は一定程度残り続けていると感じています。
私は大型の物流・業務車両が郡山市内を通過することなく磐越自動車道を利用するような仕組みを作る必要があると思います。郡山市内の国道49号線は、路線形状や用地の制約からバイパスを設けるわけにはゆかず、代替路は磐越道しかないからです。
この実現には、貨物運賃に高速道料金も載せて荷主が支払うなどの国の制度が欠かせませんが、まずは郡山市と福島県が事業者に対して磐越道の利用を促す取り組みを再びする必要があると思います。物流・業務車両の交通量や車両の大きさ、車両時速などを調べ、それが市街地で渋滞の発生や歩行者への圧迫にどう影響しているかを分析し、事故予防やCO2排出抑制の観点から働きかける事を行って欲しいと思います。
郡山市は「あさか野バイパス」を筆頭に、内環状線や東部幹線などの道路があり素晴らしい都市交通基盤があります。ここに国道49号線から通過する物流・業務車両の迂回が実現すれば、自動車交通に関しては誇れるものとなると思います。そして公共交通を整備することで、郡山市は国内有数の都市交通を持つ街になると、私は考えています。
国道49号線を走り郡山市街地を通過するだけの物流・業務車両が磐越道に迂回するようになるためには、政治家の役割が大きいです。郡山市を福島県の復興を担う中心都市として考えている国会議員や福島県議が居るのであれば、チャレンジして実現して欲しいと思います。
(以上)
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