熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~ -49ページ目

20年...阪神・淡路大震災

阪神淡路大震災から20年。

 

震災後、神戸に遺児家庭の調査に行ったときに出会った生まれたばかりの女の子が成人を迎えたことになります。

 

 

20年とは長い年月です。

 

 

先日NHKで放送された番組では、震災後に抱えた二重ローンや商店街の“解体”で地域が分断されたことで、心の復興は程多い事が伝えられていました。

 

神戸はかなりのスピードで街並みが整えられ、震災の風化が早かったと言われています。整えられた街並みの陰に、20年を経ても解決されない問題に私は思いを馳せたいと思います。

 

6,434人(関連死含まず)の御霊に祈りを捧げ、被災地で一所懸命に生きている方々に想いを寄せ、私は5時46分に郡山駅のホームで首を垂れました。


「移動給油車」実証実験へ...災害対策としても

『タンクローリーから直接給油できれば良いのになぁ...』

2011年3月28日、震災直後の宮城県石巻市や女川町を訪れ、仙台市内で給油しようと思ったが、ガソリンスタンドはどこも大行列ができていました。

市内を通り過ぎるタンクローリーを見て、冒頭の言葉を何度も思いました。

 

結局私は、その夜ガソリンスタンドの列に並び、車の中で夜を明かしました。

 


翌朝整理券を受け取り、4,000円分の25.81Lのレギュラーガソリンンを給油しました。

 

震災当時、タンクローリーから直接給油できればよかった、との声は多くありました。

 

それができるようになるようです。ガソリンスタンドが無い「過疎地」対策ですが...。

*出処:毎日新聞 本日付け 紙面より

記事によると『ガソリンの直接給油は保安上の観点から消防法で原則禁止されているが、経産省は安全に給油できる装置を開発し、消防庁に規制緩和を働きかけたい意向だ』という。ただし、給油は資格を持つ石油販売業者の社員に限るとの事。

 

欧米では装置付きのタンクローリーからの給油が認められているようで、直接給油は現実的なようです。

 

 

 

今回は、過疎地対策です、これが実現したら災害時にも運用できるように消防法を改正するべきだと思います。

 

 

同時に、震災当時に運転手がおらずタンクローリーが動かせなかった事実を踏まえ、災害時などの緊急時にガソリン搭載のタンクローリーに限って運転が可能な新たな資格を設けるなど、人材の確保も考えるべきだと私は考えます。

 

県産米、全袋検査検出ゼロ

仕事初め以降、朝からこれほど青空が広がることはありませんでした。

一日中、会津からの風は強く吹き続けたましたが、日差しと青空がありがたい一日となりました。

 

そして、地元紙では嬉しい“歴史的な”ニュースが一面を飾っていました。

 

「放射性物質検査 26年産新米 基準超ゼロ」

 

*出処:福島民報 本日付け 紙面より

 

昨年まで検査した今年度の福島県産米が食品衛生法の基準値 を全て下回ったといいます。福島県産の「新米」(12月末まで出荷)が基準値を超えなかったのは初めてのことです。

 

夕方のテレビニュースでも大きく取り上げていました。



*出処:福島中央テレビ 夕方のニュース映像(18:20頃)より

 

 

 

平成24年度産の福島県産米から続けてきた放射性物質検査(2012年8月25日開始)で、コメの汚染レベルを“見える化”し、基準を超えた玄米を廃棄してきました。

 

*出処:福島民報 2012年8月26日付け 紙面より

 

平成24年度産米で71袋(全体の0.0007%)、平成25年度産米で28袋(全体の0.0003%)と減ってきて、今年度産新米がゼロ袋となりました。

 

この理由として記事では『セシウムの自然減衰に加え、JAなどと連携しイネがセシウムを吸い上げないよう、塩化カリ肥料 などの散布や土壌の深耕・反転耕 などの吸収抑制対策 を進めてきたこと』と県の話を伝えていました。

 

 

今年度新米は、1,074万5,074袋を全て検査しました。

 

原発事故前は無かった作業が加わり、農家の方々やJA関係者は大変な思いをされました。

この3シーズン、各倉庫に出入りするコメ袋を満載にしたトラックを多く見かけました。そこからコメ袋を下し、一つ一つ取り上げコンベアに載せ、検査機を通過させ、“○”(基準値以下)印が出た袋にシールを張り、再びトラックに積み込む。この作業を、3,209万6,087袋に繰り返してきました。

 

関係者の努力に頭が下がります。ありがとうございます。

 

 

 

...今回の“基準値ゼロ”はスタートラインに立ったということです。

これからも検査は続き、放射性物質に対して監視の目を怠らないとともに、福島県産米の旨さをアピールし、消費者に手に取ってもらえるようにしなければならないと思います。

 

私はこれからも福島県産米を食べ続けます。地元で作られた米、知り合いが作った米は旨さもさることながら、心までも満たされます。今秋も楽しみです。