【通学路29】根木屋小学校
平日では久しぶりに朝から雨が降り続いた。合羽を着て、ゴーグルを掛け、昨日と同じ様に内環状線を北に向かった。
出発から40分。冨久山町を超えて西田町に入った。ここから根木屋で、根木屋小学校の学区になる。
校舎は大田小学校同様、山を切り崩したと思われる高台にある。
平成(1997(平成9)年)に入ってからこの場所に移転新築された。
学区の南から東は三春町に接しており、東部広域農道(根木屋鬼生田線)の市町境に来ると、町立岩江小学校の子ども達の通学風景が見られた。
...学校は1873(明治6)年に開かれ、今年8名の一年生を迎えた全校児童44名の小規模校だ。*出処:根木屋小学校HP 「学校長よりご挨拶 」 「沿革史 」
市による通学路の合同点検は2回行われており、5箇所の危険箇所が指摘されており一部対策済みとなっている。*参考:郡山市HP 「通学路の合同点検(2013年8月2日 )(2014年10月30日 )」「危険箇所図 」 「対応一覧表 (写真 )」
...校舎は道路に囲まれているが、南を東西に貫く市道(根木屋堂坂線)は国道288号線と県道二本松金屋線に繋がっているためか交通量は多かった。
校舎のある高台の土手には階段が整備され、市道と繋がっている。
この市道には危険箇所に指摘されている場所が東西に2箇所ある。
東の危険箇所(番号1)は、緩やかで長い坂が続いている。路側帯は狭い。
今朝は一人の保護者の引率を得て、子ども達は一列となって歩いていた。対策は策定されていない。
...西の危険箇所(番号4)は昨日確認した。坂の始終点の見通しの悪いカーブ。児童の書いた標語“カーブだ スピード出しすぎ 注意して”が目を引く。対策として減速を促す、縞々のカラー舗装がなされていた。

*撮影日:昨日(2015年6月8日)
...学校の東側を南北に走る、東部広域農道の交通量は上下線とも多く、大型ウィング車や10tダンプも通過していた。
この場所は危険箇所(番号2)に指摘されており、歩道は整備されていない。
この場所の反対側からの様子。
坂と急カーブ。交通量が多くスピードも出ているため歩くことや横断することも危険と思える場所だ。
...校舎南側、北向にある坂の途上のY字路。危険箇所(番号3)に指摘されている。見通しが悪い。
手前にある三春町の住宅地との往来ばかりでなく、右側(矢印)からやってくる車両も少なくない。ここにも減速を促す、縞々のカラー舗装が施されていた。
...成宮の住宅地と学校をつなぐ市道成宮立石線。坂の部分が危険箇所(番号5)に指摘されている。

ここには“見えにくいカーブの運転に気をつけて”との児童作の標語が。
道幅は狭く車が通った時は心配な箇所だ。見通しは、さほど悪くはない。
根木屋小学校の通学路では東部広域農道の状況が気になった。
また、改めて通学時間帯に訪れたいと思う。
【通学路28】大田小学校
今朝は、日差しが強いばかりでなく、暑かった。風はまだ冷たかったのが救いだった。
今日は西田町の大田小学校の通学路の状況を確認するために、内環状線を北から東へとひたすらべダルをこいだ。
国道288号バイパスに入り、冨久山大橋を渡り阿武隈川を越えた。
それから、長い坂道を上り続け、約50分で大田小学校に到着した。
校舎の東を南北にJR磐越東線が、南を東西に磐越自動車道が走る。
大田小学校は1873(明治6年)に当時の高柴小学校の仮教室として個人宅に開かれ、三年後に現在の場所に移った。

開校当時は李田村で、その後大畑村と合併して「田村郡大田村」となった(その後、大田村は逢隈(おうくま)村→西田村→郡山市西田町と変遷する)。
この二年間、一年生の入学はなく、全校児童は4名。おそらく市内で一番“小さな”小学校だ。*出処:大田小学校HP 「学校長よりご挨拶 」 「沿革史 」
市による通学路の合同点検は済んでおり、7箇所の危険箇所が指摘され、一部対策がなされている。*参考:郡山市HP 「通学路の合同点検(2013年8月2日
)(2013年12月19日
)」 「危険箇所図
」 「対策一覧表
(写真
)」
今朝、4人の子ども達が通った道を見てみると、7箇所中4箇所は現在は通学路とはなっていないようだ。
...校舎の前の市道は校門を頂点として、南北に下っている。
ここは危険箇所(番号1)に指摘されており、西側の路側帯がカラー化されている。
この坂を下ると市道(大田三町目線)につながる。通勤と思われる車両は少なくない。

今朝、子ども達は広い歩道が整備されて道を上って登校していた。
歩道が広く、縁石もあるため一定の安全は確保されていると思ったが、
登校時は下ってくる車両と対面するため、冬場の積雪・凍結時は心配だ。
...子ども達が歩いてきた方面には、危険箇所とされている場所がある。
危険箇所(番号3)。
高柴方面に続く市道との接続道路だが、坂道でカーブであるため、見通しは悪い。
上の写真の先にある市道(大田三丁目線)の横断歩道。
緩やかなカーブの途上にあるが、歩道は広く、左右を見れば車両の動きがよくわかり、見通しは良い。
学校方面に向かうと、T字路の交差点がある。横断歩道が無いため、危険箇所(番号6)となっている。見通しは悪くないが坂の途上にあるため、車のスピードによって危険が高まると思われた。
この場所から10分程度で学校に到着する。
この場所から学校寄りの市道に接続する支道に危険箇所(番号4)がある。
“工事車両の交通量が多い”との指摘がある。
...その他、現在子ども達の通学路はなっていないが、危険箇所に指摘されている場所を確認した。
国道288号線のカーブ。危険箇所(番号2)となっている。交通量は多い。
この国道から分岐する市道大田2号線の様子、危険箇所(番号5)となっている。
狭い道だが、一方通行ではない。どれぞれが道を譲りあいながら、車両が通行していた。
この先を進むと、市道大田三町目線にぶつかる。交差点付近は道路拡幅されているが、さらに進むと道幅が狭くなる。危険箇所(番号7)となっている。
...この先には、「雪村庵
」がある。
室町時代後期から戦国時代にかけて活動した禅宗の画僧・雪村周継が晩年に住んだいたと言われる場所だ。*参考:国指定重要文化財「風濤図
」

背面に竹林、全面にシダレザクラと梅の古木があり、自然と一体化していた。
【通学路27】日和田小学校
未明からの強い風は残ったが、強い日差しが照りつける朝となった。
今朝は、日和田小学校の通学路の状況を確認するため、内環状線から奥州街道(県道355号線)に入り、北上した。
約40分で日和田町に到着。旧奥州街道の松並木が美しい。
東北本線の跨線橋(奥州松の大橋)からの眺め。
安達太良山は雲がかかりはっきり見えなかったが、藤田川の水面は鏡のようで、映し出された青空は冴えていた。
学校は、日和田の街にと一体化している。

*矢印の下が学校
日和田町は、旧奥州街道の43番目の宿場だった。
松尾芭蕉は『奥の細道』で“檜皮”とこの町を書いたといわれている。*出処:郡山市HP 日和田行政センター「地名の由来 」
日和田小学校は1874(明治7)年に開校した、総児童数は昨年度で502人という大規模校だ。*出処:日和田小学校HP 「学校長よりご挨拶 」 「沿革史 」
市による通学路の合同点検は2回行われており、8箇所の危険箇所が指摘され、一部対策済みとなっている。*参考:郡山市HP 「通学路の合同点検(2013年12月24日 )(2014年10月23日 )」 「危険箇所図 」 「対策一覧表 (写真 )」
校門前、南北を走る市道は「時間帯通行規制」が敷かれている。
私が見ている間、ほとんど車を見かける事はなく、規制が守られていると感じた。
学校の南側には県道115号(三春日和田)線との交差点がある。
危険箇所(番号2)に指摘されており、県道側に減速の路面標示(カラー舗装)されている。
*学校は交差点を右折
道幅は狭いが交通量は多く、車両のすれ違い時には路側帯にはみ出している。

*写真は反対側から撮影
この交差点には交通安全員の方が立哨し、車両を停止させていた。
集団登校の班長も交差点の誘導に加わり、子ども達は交通安全員と班長の間を歩き横断していた。

ちなみに、横断歩道は手前にはあるが、子ども達の歩いている場所にはない。
100人近い子ども達が通過する場所ということもあり、早急に横断歩道を設置すべきだと思った。
交差点を渡り終わった子ども達はカラー舗装された路側帯を整然と並び、学校へ向かっていた。
この県道115号線は旧奥州街道(県道355号線)から分岐しているが、通学時間帯は、通勤時間帯とも重なり、多くの車両が出入りしていた。

*手前から奥に走るのが旧奥州街道。右が県道115号線。
...学校の西側には国道4号線が走る。
しかし、子ども達はこの交差点を渡ることなく、上り方面にある地下道を利用していた。
地下道に入ってみると、キレイで一直線、まずまずの明るさだった。
地下道を抜けた子ども達は、ほどなく県道115・357号線の路側帯を歩くことになる。
上の写真の箇所。ガードレールの右側は水路で、ここを利用し拡張すれば歩道は整備できるのではないだろうか。
県道をさらに進んだ箇所。日和田中学校や駅に向かう道でもあるため、多くの中学生や駅利用者も歩くことになる。
さらに先には、JRの跨線橋があり、路側帯は極端に狭くなる。
この跨線橋を超えると、子ども達は県道を離れ、日和田駅近くの道を利用することになる。
交差点を過ぎると縁石のある歩道が続く。
途中には安積山公園があり、松の古木を左に見ながら子ども達は歩く。
途中から歩道はカラー化されている。縁石は車両の出入口以外に続いていた。

この先に、危険箇所(番号3)と指摘されている三本松の交差点(変則十字路)がある。
交通量が多いが、信号機が無く、車の動きが読めず、片側の路側帯が極端に狭い。
...学校の南西、旧奥州街道沿いに区画された住宅地が広がる。学校付近の混雑や喧騒が別世界の事と思えるような空間だ。両側の歩道は広く、一直線の道路が国道4号線まで続いていた。
*追記(2015年6月5日)
『三本松交差点を見た方がいい』と言われ、昨日に引き続き日和田小学校の通学に行き、次の危険箇所を確認した。
・危険箇所(番号7):三本松交差点
・危険箇所(番号3):奥州街道(県道355号須賀川二本松線)
・危険箇所(番号6):日向変則十字路
まず、その三本松交差点(危険箇所(番号7))に立った。
県道355号線の交通量は多く、道幅は狭いが大型車両の往来も少なくなかった。
しかし、遅れた子ども達は、交通安全員の誘導を受けずに、自分達の判断で横断することになる。見ていたこちらがヒヤヒヤした。
*撮影日:昨日(2015年5月4日)
この交差点を過ぎると、子ども達は住宅地に入り、県道と比べ極端に車両の少ない中を歩いてゆく。
話し声や笑顔が見え、子どもらしさを感じ、私もホッとした。
再び、県道355号線の様子。
日和田駅周辺や、駅西側の子ども達が県道に入り、右側の路側帯を歩き、信号機(押しボタン式)のある横断歩道に向かう。この付近一帯が危険箇所(番号3)に指摘されている。
この時は県道を走る車両が少なかったが、通学時間帯の交通量は上下線とも多い。
上の横断歩道を渡った後に通ることになる“変則十字路”。
危険箇所(番号6)に指摘されている。車両が通ると一変する交差点だ。
車が“あちこち”からやってきて、子ども達は気を遣いながら歩いているという印象を受けた。地域の方が立哨誘導されていた。
*撮影日:2015年5月4日
反対側からの様子。
子ども達は赤い矢印の方向に歩くが、車が黄色の矢印のように進む。
県道355号線やへの抜け道、県道115号線からの抜け道となっているため、通学時間は混雑する。対策は「区画線、カラー舗装」となっている。



















