熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~ -28ページ目

【通学路35】高瀬小学校

厚い雲が空を覆った朝。涼しく助かったが、雨が降らない事を祈ってペダルをこいだ。今朝は田村町最後となる高瀬小学校の通学路の状況確認を行った。


出発から約30分、高瀬小学校に到着。


校門前や県道を挟んだ校舎の西側一帯は水田がひろがっており、中央工業団地の向こうに市街地を見通せる標高に学校はある。

民家を挟み、高瀬中学校が東側に隣接している。「小中連携」の教育がスムーズに行える環境にはある。

高瀬小学校では「小中学校連携事業」を積極的に推進し、授業交流などを行っているという。“小中一貫”に近いような教育活動ができているのか、今後機会を見つけて調べてみたい。


...学校の近くには天台宗・上合寺がある周囲は木々に覆われ、歴史と文化を感じさせる。


このような場所を毎日歩く子ども達は、自分の生まれ育った場所への愛着がじっくりと育ってゆくのだろうと思った。


また学区内、桜が丘団地の南には「国史跡 大安場古墳」がある。

私が高校を卒業した1991(平成3)年にこの近辺で古墳群が発見され、4年後に1号墳が四世紀後半に作られた東北地方最大(約83m)の古墳であることが判明したという。*参考:郡山市HP 「大安場史跡公園 」/(財)郡山市文化・学び振興公社「大安場史跡公園


また、学区には「桜ヶ丘」と「宮田」二つの分譲住宅地があり、双方とも高台にあり、水田を通してビッグアイなど郡山の市街地が一望できる。

*桜ヶ丘団地から撮影。


...高瀬小学校は、1927(昭和2)年に開かれた、市内では若い部類に入る学校。今年46名の一年生を迎え、総児童数は247名という中規模校だ。*出処:高瀬小学校HP 「学校紹介 」 「沿革概要 」 


市による通学路の合同点検は2回行われており、8箇所の危険箇所が指摘され一部対策が済んでいる。*参考:郡山市HP 「通学路の合同点検(2013年7月31日 )(2014年9月2日 )」 「危険箇所図 」 「対策一覧表 写真 )」


...通学路は「住宅地」と「農村地」で趣が異なる。


国道49号線方面の「住宅地」方面からの子ども達が集中する県道73号(二本松金屋)線は幅の広い縁石歩道が整備され、国道49号線から学校前の交差点までは両側にある。


交通量は多いが、子ども達は、列の乱れをさほど気にすることなく、ゆったりと歩いていた。

また、高瀬中学校の生徒も同じ道を歩くため、子ども達にとっては心強いのではないだろうか。


小学校近くの変則交差点には押しボタン式の信号機があるが、一方向(県道側)しかない。危険箇所に指摘されていないのは、見通しがさほど悪くないため、子ども達の「確認作業」で安全が確保されるということだろうか。


...学校の西側を走る国道49号線は、交通量が多い。

危険箇所(番号3)に指摘されている場所は、歩道が極端に狭く、“自転車が通るとすれ違えない”となっている。
国が事業主となり「歩道事業」を実施中ということだが、民家が道路に近接しているため、進展には時間がかかるのではないかという印象を受けた。

この国道49号線と並行して住宅街を走る市道(蛭田上川原線)も『幅が狭小で交通量が多い』と危険箇所(番号1)に指摘されている。

この道路は「路肩部「のカラー化・側溝蓋掛」対策が、国道49号線分岐付近から金屋上川原交差点付近まで約800mにわたって続いている。

双方向可能な市道だが、制限速度30km/hが守られれば、リスクは減るのでないかと思った。

国道49号線から金屋上川原交差点を県道73号線に入り、約200mほど行くと危険箇所(番号4)に指摘されている変則交差点がある。ここには保護者の方が立哨誘導されていた。

郡山中央工業団地の東の端に位置するこの場所は、通勤車両と思われる車両が県道の上下線から次から次へとやってくる。時折、工業団地方面から県道へ抜ける車両もあるため、ドライバーの思いやりがなければ子ども達は安心して横断歩道を渡れない。

ここには「(減速)路面標示、ラバーポール(緑)」の対策が施されている。


...二つの団地内。

桜が丘団地内は“道幅は狭小で見通しが悪い”と全体が危険箇所(番号6)に指摘されている。

団地は広く(桜ヶ丘一丁目、二丁目)道路の総延長が長くなるためカラー化やラバーポールの設置は難しいと思われた。

また一部実施にしても“どこに”が問題になるため、団地内はドライバーの安全運転が一番の対策と思われた。


学校の北にある宮田団地。こちらは危険箇所に指摘されていない。

斜面に造成された住宅地で中央の道の頂点からは正面に郡山の市街地が見通せる。なかなかのロケーションだ。

この道の両側にはガードレールがあり、団地はコンパクトだ。



...「農村地」側の通学路。


学校の東側を走る県道54号(須賀川三春)線は、通学時間帯にスピードを出す車両が見られた。


県道の北、中田町高倉地区との境付近が危険箇所(番号7)に指摘されている。区域境付近は路側帯のみとなっているが、しばらくすると幅広の縁石歩道がある。急カーブもあるが歩道幅が広いため安心して歩けるのではないだろうか。対策は未定となっている。


県道の南、前川に架かる小川橋の様子。

道幅が狭く、路側帯は一部あるかないかわからないとう状況。

対面歩行する子ども達は車両に恐怖を感じるのではないだろうか。


県道を進むと危険箇所(番号5)に指摘されている交差点がある。この交差点を右折した市道(高倉大善寺線)が危険箇所(番号8)に指摘され、道路改良で対策済みとなっているようだった。

*2015年5月25日撮影・・・交差点の様子を県道の須賀川方面から撮影

県道(下の写真の赤い線/矢印が示す方向が三春方面)を渡る交差点だが横断歩道のみで、信号機がない。

道路改良の対策がなされ、見通しは良い。

上下線ともドラーバーは大きなカーブを超えてこの交差点を目にするが、子ども達の姿を認めることは容易ではないかという印象を受けた。



県道54号線と学校を結ぶ市道(手代木上合線)は、県道73号線への抜け道となっているようだ。

危険箇(番号2)に指摘されていて、木々の間をカーブが蛇行している。冬場、積雪や凍結があると心配な道だ。
「区画線、路肩部カラー化」が対策案として挙がっている。

【通学路34】御代田小学校

昨夜からの雨は未明に上がったようで、朝は道はおおかた乾いていた。

今朝は御代田小学校の通学路の状況確認を行った。


国道49号線を走り、阿武隈川を渡って南下。途中、日本大学工学部の前を通り過ぎた。

1947(昭和22)年、海軍航空隊の広大な跡地に日本大学専門部工科として開かれて以来、多くの学生が学び、今年度は4,462名(5月1日現在)の学生が在籍している。周囲にはアパートや下宿が多い。


出発から約30分。御代田小学校に到着。

なだらかな傾斜の土地に建てられており、周囲は木々で覆われていた。


周囲には区画整備された水田が多い。


学校は田村町にあるが、西に200mの位置を南北に流れる阿武隈川を挟んで安積町に接する。
阿武隈川に架かる市内の橋で最も古い「御代田橋」は1954(昭和29)年3月に竣工した。

*安積町側から撮影。小学校は右奥になる。


また、学区には東北新幹線の高架線も通っており、高速で走り抜ける「はやて・こまち」号の姿を見る事ができる。

JR水郡線は、学校から北へ100m程の場所を東西に通っており、御代田の小学生は超高速列車とローカル列車を両方見る事ができる。


...御代田小学校は、昨日訪れた守山小学校の分校として1876(明治9)年に開校し、二年後に御代田小学校として独立した。現在一年生は7名で。全校児童は59名という小規模校だ。*出処:御代田小学校HP 「学校長よりご挨拶 」 「沿革史



市による通学路の合同点検は二回行われており、6箇所の危険箇所が指摘され、一部対策済みとなっている。*参考:郡山市HP:「通学路の合同点検(2013年9月17日 )(2014年11月5日 )」 「危険区域 」 「対応一覧表 写真 )」



...学区は地理的に南北に長い。


南にある市道(守山金谷線)の交差点。危険箇所(番号5)に指摘されている。

左の道はJR須賀川駅前につながる道となっており、一定の交通量がある。

「交差点内のカラー化」が対策として検討されているが、道路改良が済んでいるようで区画線が引かれ、改良部分の路側帯は広い。これが対策かもしれない。


交差点の直近には待機所があり“長時間駐車している車両が多い”と指摘されている。林の中にあるため、夜などは大人の私でも駐車車両に“ドキッ”とするだろう。 *赤い丸部分が待機所


林の中は危険箇所(番号1)に指摘されている。

側溝の「蓋掛け」対策がなされているが、草や堆積物で路側帯は狭い。

防犯カメラや防犯灯の増設などと合わせ、何らかの追加対策が必要ではないかと思われた。


...南の通学路。

道路幅が狭く、交通量が多い県道110号(田村安積)線が一番の難所である印象を受けた。

上の写真の先(御代田橋方面)にある新屋敷交差点。危険箇所(番号3)に指摘されている。ここには校長先生と交通安全員の方が立哨誘導されていた。

「交差点内カラー化」が対策として挙がっている。

押しボタン式の信号が青の間、子ども達は急ぎ足で横断歩道を駆け抜けていた。


この交差点を超えても、不規則な交差点がある。危険箇所(番号2)に指摘されている。歩道のある場所から、狭い車道のみの場所を歩くため注意が必要だ。

私がいる間はほとんどの車両はスピードを落として通過していた。

ここも「交差点内カラー化」が対策として挙がっている。


ここを進むと、間もなく左に曲がり、遊歩道を歩くことになる。

快適な歩行空間で、見通しも良く、子ども達は安全に歩く事ができる。

遊歩道をしばらく歩くと、再び、市道(守山金谷線)を歩く。


歩道が整備されているが、踏切付近は歩道が途切れ、子ども達は車道を歩く事になる。危険箇所(番号6)に指摘され、「道路改良、踏切拡幅」が検討されている。


...危険箇所(番号4)は学校の北側。“道幅が狭く十分な歩行空間がないが、交通量が多”いとの指摘がある。

対策は未定で、現在はここを通る子ども達がいないのかもしれないと思った。

【通学路33】守山小学校

月曜から“これはないよ”と嘆いてしまう強い日差しと気温の高さ。気を引き締めて、今朝は田村町・守山小学校の通学路の状況を確認した。

国道49号線を南東へ。金山橋からみる阿武隈川は穏やかだった。

出発から約40分で守山小学校に到着。震災の年に竣工した体育館が際立つ。

学校の西にはJR水郡線がほぼ南北に走り、守山駅は校舎から真西へ約500mの場所にある。

学区内には、全国新酒鑑評会で金賞を受賞した酒蔵「仁井田本家 」があり、自社田「金寶自然米栽培田」が広がっていた。


“守山”は城下町であり親藩であったという特異な歴史がある。


戦国期に会津の領主となった蒲生氏が守山城を支城とし、本格的に築城したといわれている。

守山小学校はその城内(三の丸)に建てられており、石垣も残っているという。
現在、本丸跡には城山八幡宮があるが、学校の東側から臨むと小高い丘が鎮守の森に覆われているのがはっきりと分かる。


守山城はその後廃城されるが、江戸時代(1700年)に水戸藩の支藩として守山藩が誕生。初代藩主は松平頼貞、以後7代続き幕末を迎えたという。

城は築かれず、藩庁が置かれた。場所は学校とJR守山駅の中間にあったといわれ、周辺の道は直線が少なく、変則的なカーブが多い。*参考:NPO法人すみだ学習ガーデン「陸奥守山藩 蔵屋敷



...守山小学校は1873(明治6)年に開校し、今年77名の一年生を迎えた総児童数400名を超える大きな学校だ。*出処:守山小学校 「学校紹介 」「学校沿革の概要


市による通学路の合同点検は2回行われており、6箇所の危険箇所が指摘され、5箇所の対策が済んでいる。*参考:郡山市HP 「通学路の合同点検(2014年3月20日 )(2014年11月14日 )」 「危険箇所図 」 「対策一覧表 写真 )」 /守山小学校HP「地域安全マップ


国道49号線の交通量は多いが、学校付近には幅の広い歩道が整備されており、国道の新線工事で作られたユニークな通学地下道がある。


学校の入り口付近、市道との接道では校長先生ともう一人の先生が立哨誘導されていた。

...国道49号線は北側全体が危険箇所(番号3)に指摘されている。

大善寺の交差点付近は歩道が狭くなっている。

多くの車両が行き交う姿を右手に見ながら、子ども達は学校をめざし歩いていた。

狭い箇所もあるが縁石歩道で、量が多いせいか車のスピードもそれほど上がっていないため、子ども達の表情には余裕が感じられた。

この歩道は、自転車に乗った中学生(守山中学)も利用するため、子ども達が歩いている中を通り抜けるのは苦労があるだろうと感じた。歩道の拡幅が必要だと思った。


この先、学校の近く、「東山ヒルズ」をつなぐ市道(守山金沢線)との小性町交差点の様子。歩行者用の信号は一辺にしかない。多くの子ども達が利用する二つの横断歩道には信号機はなく、小走りになる姿が多く見られた。

せめて国道側(写真の横断箇所)には歩行者用の信号をつけるべきだと思った。


...学校の南側の国道49号線。コンビニエンスストアの出入り口付近が危険箇所(番号4)に指摘されている。

いわき方面からやってくる車両が郡山市に入って左側に最初にあるコンビニだからであろうか、利用者は多い。

「路面カラー舗装」と対策は検討されていたようだが、樹脂製のポールが設置されていた。これた対策だと思われた。


このコンビニを過ぎると旧国道との分岐点であるY交差点がある。

危険箇所に指摘されていないが、国道からかなりのスピードを出して旧国道に入る車両が多い。

歩行者用の信号はあるが、ドライバーの安全確認があって安全が確保される場所だ。


...学校の北東、1997(平成9)年に分譲が開始された「東山ヒルズ 」方面からは大半の子ども達が登校してくる。登校路である市道(守山金沢線)は全体が危険箇所(番号1)に指摘されている。

この市道は金沢橋の手前までは狭い路側帯の農道が続く。


危険箇所(番号6)に指摘されていたが、橋を超えてからは道路改良が行われ、1m程の路側帯、そして東山ヒルズ区間は歩道が整備されている。



しかし、「東山ヒルズ」の入り口を超えると、路側帯の幅が一定でなくなり、極端に狭い場所も現れる。また、市が対策した「路肩カラー化」も下校時に歩く左側だけとなっている。

学校では歩道の設置を求めているという。

200名近い子ども達が歩く場所というばかりでなく、住宅街と駅や街の中心部をつなぐ路線である事から、歩道はなくてはならないものであり、早急な対策が必要だ。

*反対側からの写真。前方に見える住宅が「東山ヒルズ」。 世帯数が増えているという。


そして、この市道で驚きの光景に出くわした。

小性町橋を渡った直後、集団登校の班長が車を止め、子ども達が次から次へと歩道の整備された側に渡った。どうやら、“正規”の登校風景らしい。

渡る場所は、標識や標示など何もない。ここを渡る。明日にでも横断歩道を作るべき場所だ。

*撮影日:2015年5月25日


...学区の北西から国道49号線につながる県道110号(田村安積線)がある。

守山中学校寄りの道幅が狭まった場所が危険箇所(番号2)に指摘されている。一部道路改良されたようだが、減速を促す区画線(破線)が約500mに渡り引かれていた。


...危険箇所(番号5)は学区の西のはずれ、細田地区にある。

市道(谷田川高倉線)の交差点で、“砂利置き場があり大型トラックの出入りが多い”との指摘がある。この市道は「東部広域農道」で物流車両などの大型車の往来も多い。横断歩道は市道の北に一か所ある。

対策は未定となっているため、この付近から歩いて登校する子ども達はいないのかもしれない。