【通学路32】片平小学校
雨が心配されたが、出発する時はまだ降り出さなかった。
新さくら通りを西に向かい東北自動車道のガードをくぐり、出発から約20分で片平町に入った。
学校の南、猿田彦神社が除染途中で、表土を埋めるピット(穴)が開いていた。

「片平」という地名は全国各地にあるというが、地形的な特徴が名の謂れというのがしっくりくる。
片平町は「うねめ伝説」をはじめとして、三宗派寺院が横に並ぶ「三ヶ寺」、会津・葦名氏と仙台・伊達氏と主君を変えた片平(大内)親綱氏の居城であった「片平城」など歴史文化財が多い。*参考:郡山市HP:片平町行政センター「地名の由来 」「悠久の歴史とロマン漂う自然郷片平町 」/郡山うねめ祭り実行委員会「采女伝説 」
片平小学校は、その“三ヶ寺”の一つである真言宗・岩造寺に1874(明治7)年に開かれた。全校児童は昨年度で148人という中規模校だ。*出処:片平小学校HP:「学校長よりご挨拶 」 「沿革史 」
市による通学路の合同点検は2度行われており、6箇所の危険箇所が指摘され、現在子ども達が通る場所は全て対策済みとなっている。*参考:郡山市HP:「通学路の合同点検(2013年7月31日 )(2014年2月19日 )」 「危険箇所図 」 「対応一覧表 (写真 )」
...学校の北、2kmほどのところには市内最大の工業団地である西部第二工業団地があり、東には東北自動車道郡山インターチェンジがあり、国道49号線が走る。そのため、片平小学校の通学路はここを目的地とした通勤・物流車両が大量に通り抜ける。
校門の前を南北に走る市道(片平町安子島線)の、危険箇所(番号4)にも指摘されている寺前の交差点は、7時前はほとんど車両を見かけなかったが、通学時間帯に様相を一変させる。
交通量が多い市道側が路面カラー舗装され、子ども達が通る右側には縁石歩道があった。
通学時間帯のピークである7時30分前後には、四方からの多くの車両が往来していた。ここでは校長先生が立哨・誘導されていた。
校長先生と集団登校の班長の間を子ども達が通り抜け、横断歩道を渡ってゆく。渡り終わった後、全ての子ども達は振り向き、停まっていただいたドライバーに一斉におじぎしていた。
校長先生は、最後の集団登校班の最後尾つき、高台にある学校を目指して共に歩いていった。
この市道は校門付近まで歩道が整備されているが、頂点付近にはない。
北側から丘を越えて通学してくる子ども達もいる。
私はこの道を仕事で何度も通った事があり、冬場は雪が融けづらい区間であるため、危険という印象があった。
*右側が小学校の校庭。前方に見るカラー化された場所が校門。
...学校の南を南北に走る県道142号(河内郡山)線は交通量が多く、危険箇所(番号5)に指摘されているが、今朝はこの道を通って通う子ども達の姿を見かけなかった。
学校に近づくと歩道は整備されておらず、一部路側帯に破線標示がされていたり、カラー化の対策が施されていた。
しかし、両側の路側帯に歩くスペースの全くない区間もあり、通学路としては不適格であると感じた。
この先には、県道55号(郡山矢吹)線との交差点がある。危険箇所(番号6)の指摘されている。
登校状況を見て分かったが、子ども達はこの県道142号線を通らず、遠回りして県道の北を並行に走る市道(並木片平線)に出て登校しているようだ。
...この市道(並木片平線)は危険箇所(番号1)に指摘されている交差点につながる。
西部第二工業団地と国道49号線へのアクセス線となっている県道55号線を渡らなければならない。
*左側、中学生が出てきたのが市道・並木片平線。
路面のカラー化、減速標示などの対策がされているが、信号機はなく、県道を走る車両を止めるのは容易ではない。

*反対(南)側からの様子。
この交差点には保護者の方が立哨、車両を止めて子ども達を誘導されていた。
この道は仕事でよく通ったが、昼間は車両が多くないものの、物流などの大型車両が通り過ぎる。下校時は心配だ。
前後(南北)、わずかな場所に信号機があるため困難はあるが、押しボタン式の信号機を設置すべき場所ではないだろうか。
...この交差点を通りすぎると、片平町の“まちなか”を歩くことになる。

立哨していた交通安全員に聞いたところ、スピードはそれほどではないものの、車の数は多いという。
ここも通学路。狭いが地域の方だけが利用する“地元道”という趣だ。
ちなみにこの「下館」は、「上舘」に移る前に片平城があった場所と言われている。
...学校の南の学区を県道55号線が貫いている。上下線とも激しい交通量だ。危険箇所(番号2)にも指摘されている逢瀬橋で道幅が狭くなり、かつ左の枝線からの合流があるため、かなり危険だ。
逢瀬橋の様子。ここを通る子ども達がいるという。大変な場所だ。一日でも早い、架け替え工事の完了を願う。

逢瀬橋の先にも交差点があり、危険箇所(番号3)に指摘されている。
大半の車両が右折し、前述した交差点(危険箇所・番号1)を抜けて西部第二工業団地や国道49号線に向かってゆく。

交差点の歩行者用の信号機もあり、かつ南側には待機広い待機スペースが整備されている。しかし、北側は未整備のため、下校時は心配だ。
...片平小学校では、集団下校を取り入れているという。
その際、時間の都合がついた保護者の協力を得ている。
下校が退勤時間帯までのびなければ子ども達が車両のラッシュに巻き込まれることはないが、物流などの大型車両の往来は子ども達の下校に影響する。
何か対策がないものか、今後引き続き考えたい。
【通学路31】白岩小学校
空一面を雲で覆われていたが、薄日が差す朝だった。
今朝は「東部地区」の白岩小学校の通学路の状況確認を行った。出発から約30分で学校に到着した。
学校の北西100mには三春町と、根木屋小や大田小よりも市町境に近い学校だ。
学区も町立岩江小と接しており、住宅地内の道で分かれている箇所もある。
住居標示で「舞木町」は郡山市、「上舞木」「下舞木」は三春町になる。

*見える住宅は郡山市。道を挟んだ左(西)側は三春町。写真では見えないが草木の影に住宅地が広がる。
*白岩小学校 位置図 出処:Mapion(マピオン http://www.mapion.co.jp )
JR磐越東線の舞木駅は白岩小学校の学区内にある。
卒業生の大半はここを利用して郡山駅から最も近い郡山第二中学校に通うという。

駅の近く、小泉川には県の「近代化遺産
」に指定されている舞木橋(1936(昭和11)年竣工)が架かっていた。
岩ノ作の高台から舞木駅周辺を見た風景。地形から郡山市と三春町の境界を判別することは難しい。
...白岩小学校は、現校舎の東にある大雲寺に1873(明治6)年に開かれたという。今年5名の一年生を迎え、全校児童40名の小規模校だ。*出処:白岩小学校HP 「学校長よりご挨拶
」 「沿革史
」
市による通学路の合同点検は2回行われており、5箇所の危険箇所が指摘され、一部対策済みとなっている。*郡山市HP 「通学路の合同点検(2014年3月20日 )(2014年11月6日 )」 「危険箇所図 」 「対応策一覧表 (写真 )」
...通学路は「県道57号(郡山大越)線」、「舞木町住宅街」、「農道」と三者三様という印象を受けた。
校門前(北側)を通る市道は縁石の歩道が整備されており、速度30km/h制限となっている。
この市道は西に進むと、県道57号線に接続する。
国道4号線若葉町交差点とJR磐越東線・大越駅付近の県道19号線を結ぶ。
大型車両も頻繁に通過する“物流道路”で、朝夕にラッシュが発生する“通勤道路”だ。
この県道では2つの危険箇所が指摘されている。
一つがこの坂(番号2)。長く、急カーブもある。
しかし、下り坂が終わると、歩道の整備されていない区間が増え、距離も長くなる。子ども達は路側帯を一列になって集団登校していた。
学校まで間もなくという場所に急カーブがある、危険箇所(番号1)に指摘されている。

この箇所は道路改良などの対策が施されており、カーブの頂前後には樹脂製のポール(オレンジ色)が設置されている。
冬場は雪が積もる事もあり、通過する車両の量や質(大型車両も走る)を考えると、ガードレールが望ましいのではないかと感じた。
...他方、舞木町の住宅街の通学路は、静かだった。
ほぼ閉ざされた住宅地であるため、通過する車両は地域の方々のものであると思われる。住宅地は傾斜地にあり、子ども達は坂道を上って学校に通うという。
また、舞木町の南西の、“飛び地”から通学する子ども達は、極端に狭く見通しの悪い道を歩くことになる。危険箇所(番号3)に指摘されている。

ここは「路肩のカラー舗装」で対策済みとなっているが、少なくない車両がその舗装部分にはみ出してすれ違っていた。
人と車の流れを分析し、対策を再考する必要があると思われた。
...他、農道で危険箇所(番号5)に指摘されている場所。
直線だが、傾斜のある坂道で、一部草木で視界が視界が悪い場所があった。だたし、今朝の通学時間帯は車両の通過がほとんどなかった。
危険箇所(番号4)に指摘されている道。この付近から西へ向かい、県道57号線に接続するまで幅の広くなっている。
途中、すれ違った車両はそれほどスピードを出していなかったが、“出せる”環境ではある。
...帰り道。阿久津橋から逢瀬川と阿武隈川の合流地点の向こうに市内中心部を見る。自然と都市がうまい具合につながっている街であると、改めて思った。
【通学路30】小泉小学校
天気予報通り、朝から晴れて、気温がぐんぐん上がった。
今朝は富久山町の小泉小学校の通学路の状況確認に向かった。
内環状線からうねめ通り、東北本線のガードをくぐり、東部幹線、国道288号線とペダルをこぎ続け、30分で小泉小学校を一望できる逢隈橋を渡った。
橋の上は、やや強い風が吹き抜けていた。ここは危険箇所(番号3)に指摘さて、「橋梁補修」の対策が検討されている。
小泉小学校は阿武隈川の堤防のすぐ脇に建ち、北西には富久山クリーンセンター、その向こうには安達太良山が見える。(矢印が校舎)
反対側(国道288号線バイパスの富久山大橋)から学校を眺めると、周囲に溶け込んでいる。
学校の南東にある南小泉ニュータウン入口からは整備された水田の向こうに駅前にそびえるビッグアイが見える。いい光景だ。
小泉小学校の南西エリア(富久山町福原字大師前、陣場1番地、道の窪)は「学校選択可能地域」になっているため、行健小学校へ通学する子ども達とすれ違った。*参考:郡山市HP 「就学する学校について 」

...小泉小学校は昨日訪れた根木屋小学校(西田町)の分校として1873(明治6)年に開かれ、1963(昭和38)年に現在地に移転されたという。所在自治体は「南小泉村」→「巌江村」→「小泉村」→「冨久山町」→「郡山市」と変遷した。全校児童は昨年データで77名となっている。*出処:小泉小学校HP 「校長からのご挨拶 」 「小泉小学校のあゆみ 」
市による通学路の合同点検について、市HPに実施の記載はないが、4箇所の危険箇所が指摘され、一部対策済みとなっている。*郡山市HP:「危険箇所図 」 「対策一覧表 」
校舎の南には国道288号線、東には県道73号(二本松金谷)線が走る。どちらも交通量は多い。

*国道288号線の様子。三春方面からの車両が多い。
国道288号線と県道73号線が接続する交差点。ここを右折するとすぐに学校が見える。
歩道は北側にだけあり、通学路となっている箇所は幅が広く、ガードレールもよく整備されていた。
県道のガードレールは比較的新しく、その形状から歩き易そうな印象を受けた。
校舎前の横断歩道。左(東)側を歩いてきた子ども達は、押しボタン式の信号が青に変わってから県道を渡る。
校舎側には待機スペースが整備されており、反対側は小泉郵便局の駐車場もあるため子ども達が集中しても待機に支障はないと思われた。
...学校の南西にある「南小泉ニュータウン」からの通学路。ここも県道73号線。
通学路の立哨誘導をされていたボランティアの方に聞くと、ニュータウン方面の子ども達は中学生が多くなり、小学生は年々減っているという。転入者が少ないということだろうか。
この先にあるのがJR磐越東線「石舟ガード」が危険箇所(番号2)に指摘されている。対策は未定となっている。
ガード下は極端に狭くなっており、車両はすれ違えないため譲り合いながら走行する。私もかつてここを数回利用したことがある。
ボランティアの方は近所に住み、10年以上、毎日立っているという。頭が下がった。
また、ここが危険箇所ということで校長先生も学校から歩いてやってきて、誘導されていた。
...北の通学路。根木屋小学校への分岐付近から県道73号線を経て学校に向かう。
この県道は小学校方面からの車両ばかりでなく、西田町方面からの車両も多く、大型車両も少なくない。
この県道沿いに危険箇所(番号1)に指摘されている場所がある。
左(東)側の法面がコンクリート板で覆われ路側帯がカラー化されている。
対策済みの「防草板」「カラー舗装」「路面標示(減速)」と思われる。
その後、国道288号線バイパスまで路側帯だけの通学路が続く。ここの法面は除草がされていた。
バイパスを超えると、学校までガードレールが整備されている。
しかし、2箇所だけ未整備の区間があった。
バイパスから先はいわき~郡山を結ぶ高速バスの通行路となっており、上下46本の大型バスがここを通過する。ガードレール未整備箇所の対策が必要だと思った。
...最後に、冨久山町福原方面からの通学路。
子ども達は国道288号線の直線道路を歩く。危険箇所(番号4)に指摘されている。
縁石歩道が続くが、国道の交通量が多いため、自転車のほとんどが歩道を走るため、歩行には危険が伴う。自転車走行帯の整備の検討が必要だ。

子ども達はこの道を歩き、逢隈橋(危険箇所(番号3)、強風懸念)を目指す。
橋を渡りきると、阿武隈川の堤防の上を歩き、左側に見える学校に向っていった。この“安全空間”は景色も良く、別格だと思った。







