政治主導は“うかつ”ですか!?
「与党がこんなに忙しいと思わなかった。政治主導なんてうかつなことを言ったから大変なことになった。何より欲しいのは、ゆっくり考える時間と、ゆっくり相談する時間だ」
誰が言ったか? 元民主党幹事長、枝野氏です。地元さいたま市で定期的に行われている「オープンミーティング」で、昨日発せられた言葉です。
氏は、政権党の中枢に初めて身を置き、だいぶ御苦労をされたのでしょう。
しかし、“忙しいとは思わなかった”、“政治主導なんて...”は言って欲しくなかった。地元で口が緩んだとは言え、惹かれる政治家の一人だっただけに、残念です。
世界第2位の経済規模、先進国最悪の財政赤字、日米同盟、対アジア外交...これだけ重厚な課題を抱えた国家の政権運営、忙しいのは当然です。しかも、初めての政権担当で、イギリスのように野党には政府のコアな情報が提供されていない状況。相当な覚悟があってしかるべきでした。
まだ政権を担当してから1年しか経っていないのに、“忙しいとは思わなかった”はないでしょう。
さらに“政治主導なんて...”、国民が一番期待していたことを“うかつ”とは。失望です。
良く言われていますが、民主党は「政治家主導」にこだわったために躓いたのです。政治主導の方向性は間違っていませんし、国民も未だ期待しています。
民主党は、ただやり方を変えれば良いだけです。政治家が旗を立て、官僚に方向性を示し解き放つ。国民は官僚を懲らしめる事を本望としていません。政治が国民本位で動くことを期待し、民主党が掲げる“政治主導”に共感したのです。
民主党、ここで崩れてはなりません。
政権交代からまだ1年。古い政治にむらがった利権の亡者や、古い政治を心地よいとする勢力は、未だ健在です。
民主党には、自民党50年の古い政治の鎖を断ち切る、歴史的使命があります。それを経て、新しい日本の政治への展望が開けると私は考えています。
枝野さん、貴方はその中心にいるべきです。弱音は家族だけに吐き、公の場では、政権奪取時の闘争心を全面に出してください。お願いします!!
駐車違反監視員のつぶやき...俺の給料払え!
放置駐車の違反金を車両所有者にも科す「放置違反金」埼玉県内の未納が今年9月末で計約2万7000件、総額約3億7000万円に上っている。
同違反金は2006年6月の導入から既に4年余りがたち、地方自治法の規定で来年夏頃には、請求の時効を迎えるケースも出始める。
県警は10、11月を「徴収強化月間」と位置づけ、“取り立て”に本腰を入れている...。
(読売新聞11月13日 埼玉電子版)
駐車監視員の導入により、違法駐車と取り締まり対策コストの減少という実績が県警を強気にしているようです。
駐車違反、私には苦い思い出があります。
医療機器販売会社に勤めていた時代、何度か駐車違反をしてしましました。
病院から「人工呼吸器の調子が悪い。すぐに見に来てくれ!」「血液ガス分析装置が壊れているんじゃないか?これでは手術にならない。すぐに見に来い!」などと病院から連絡が入り、急いで病院にたどりついたが、駐車場が満車で近くに駐車場もない、仕方なく路上駐車。そして、トラブル対応が終わり車に戻ると、黄色い違反章が...。
言い訳ですが、こんなことで駐車違反を犯してしまいました。反省しています。
違反をしたことがある私が言うのもなんですが、違法駐車は交通渋滞を引き起こし、緊急車両の通行の妨害になることがあります。そして、何より交通事故を誘発してしまいます。
川口市では自転車に乗っていた小学3年の女の子が、違法駐車のトラックを避けようとして中央線を超え、対向車にひかれて死亡したという痛ましい事故(2001年9月)が起こっています。
そこで、今回記事ですが、違和感があります。徴収強化を表に出す必要があるのかと思うからです。
もちろん、公平性の観点から「逃げ得」を許さないという姿勢、民間(駐車監視員)への委託料など掛かったコストを回収するという点から、徴収強化は間違っていません。
しかし、その強化と同等以上の違反対策をしているのか、私は疑問です。行政の姿勢からは、『駐車監視員を増やせば、(違反の)抑止力が働くはず』と消極的な違反撲滅対策が見受けられます。
実際、公道には駐車監視員があふれていますが、違反シールを貼るまでの作業中、運転手が帰ってくると監視員はさっさと立ち去る光景を良く見ます。また、表通りの違法駐車には目もくれず、裏通りの違法駐車を積極的に取り締まる監視員もいます。
監視員の行動には『取るべきを避け、取り易いところから取る』という姿勢が見られます。
駐車取り締まりが経済活動化してしまっている感は否めません。徴収強化は“俺達(駐車監視員)の給料を払え!”と聞こえます。
官から民へ、民間委託の流れは当然ですが、民間は経済原則で動くのも、また当然です。
ならば駐車監視を委託している県警は、取り締まりの数よりも、取り締まりによって得られた効果(関連事故数、交通渋滞キロ数など)を分析し民間との契約に反映させる、このような適度なコントロールが必要ではないかと私は思います。
違反金は、給食費とは違います。“カネを払え!”ではなく、“違反をしないでくれ!”が本道だと私は考えます。
政治とカネと250円
『県議 候補者に現金 公職選挙法に抵触の疑い』 (朝日新聞11月11日朝刊 埼玉版)
去る10月24日投開票された、鳩ヶ谷市の市長・市議選で同市選出の県議が、各陣営に現金を渡した、というのが事の内容です(現金は全陣営が返却)。
この県議は、公職選挙法の規定を知らず、“市職員時代にお世話になったから”という理由で行ったようです。
『比例新人議員 寒い冬 ~選挙区なし カネなし 幹事長冷淡~』 (朝日新聞11月11日朝刊 政治面)
昨年の衆議院議員選挙で大量に当選した、民主党の比例区単独の新人議員は、(もちろん)選挙区を持たず、党から資金面で冷遇され危機感を募らせている、という内容です。
危機感とは、言うまでもなく、次回の選挙に対するものです。
この二つの『政治とカネ』に関連する話題、政治にカネの話は付き物という現実を、改めて痛感させられました。
二つの話題、質はまったく違いますが、政治(選挙)活動にはカネが要るという本質を語っています。
私、今政治活動を行っていますが、全くカネが掛からないわけではありません。ビラを作るにも、紙代+印刷代。街頭活動では道路使用許可証の発行証紙代...。
まったくゼロでは、有権者に存在を認知してもらい、政治信条を伝え、支援者を増やすことはできないと、私は思います。
国民が許せないのは、政治が持つ権力が、カネの力で歪められる、カネの出所に偏る、という点だと思います。
政治活動は、日本国憲法でも保障されている、普遍的な権利です(第19条、第21条)。
現在の日本では、国民一人当たり250円という金額で決定された「政党交付金」が、条件を満たす政党に渡されています。ちなみに2010年は319億4100万円もの税金が投入されています。
それほどまでにして、国家として(政党による)政治活動を保証しています。
“カネを使わない政治(選挙)!!”と訴えるのは聞こえが良いかもしれませんが、順序が逆だと私は思います。
必要以上にコストをかけず、政治信条が有権者に伝わらない、意図する社会正義が実現しない...、これが政治を志す人間のすることなのか。
政治信条を訴え、社会正義を問い、政治権力を社会改善のために結集し用いる、このためにカネが使われるのが本道で、有権者の理解は得られると私は確信しています。