アリーナ、Twitter、支援の輪
今日は、暖かく、計画停電もなく、気持ち良い一日となりました。
私は、朝9時頃、さいたまスーパーアリーナに行き、ボランティアの登録をしました。
多くの市民の方が、ボランティア登録をしていました。
ここアリーナには、すでに700名を超える避難者がおられ、午後には2,000名近い方々を受け入れる予定になっていました。
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東日本大震災:県内、避難者受け入れ1334人 /埼玉
県は18日、東日本大震災に伴う避難者の受け入れ人数が同日午後4時現在、県内で1334人に達したと発表した。
各施設での受け入れ予定は計9572人。最多はさいたま市中央区のさいたまスーパーアリーナの5000人で、既に721人を収容。19日には、福島県双葉町の町民約1800人を同アリーナで受け入れ予定。
(毎日新聞:3月19日)
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アリーナでは、埼玉県社会福祉協議会(公式HP )、埼玉中央青年会議所(公式HP )の方々が中心となり、県職員も交えて避難所の運営をされています。
昨日は、双葉町機能の一括受入(住民、町長、町職員など1,800名)に、休日でボランティアが大量に登録されたこともあり、その対応に追われていました。
こんな中、ボランティアが集まり過ぎたため作業が無く、“解散”となることもあり、説明者の県職員に詰め寄るボランティアをいました。
誰も経験した事のない、3,000名を超える“避難者”の、(宿泊施設ではない)一般施設への受け入れ。混乱するのは当たり前です。
課題は多くありますが、運営スタッフは、ギリギリのところで尽力されいます。暖かい目で見守り、不備はそっとサポートするぐらいの心遣いが必要だと、私は思いました。
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さて、私はボランティア登録をした後、『アリーナの現状を発信しよう』と思い、運営掲示板や物資掲示板の情報をTwitterでつぶやきました。
私は、この“つぶやき”を参考に、市民の方々がそれぞれの活動をしていただければと考えていましたが、数多くの直接的反応があり、驚きました。
「衣類は、新品じゃなきゃダメ?」
「段ボールはどんなサイズ?」
「絵本は?」
....etc.
『これがTwitterかぁ』と私は感動を覚えました。同時に、中東の“SNS革命”の一端を垣間見たような気がしました。
見知らぬ人間が発した情報に反応し、やりとりし、実現する。
実際、昨日は午前中の“つぶやき”を契機に、午後に3人の方とアリーナで会うことになりました。
Twitterを現実的に利用されている方々にとって、この事象は特別な事ではないかもしれませんが、私には初体験の出来事でした。
このTwitterをはじめとした、SNS(Wiki )には未知の可能性があることを、私は今日実感しました。
今回の大震災では、被災地外の方々が『何か役に立つことをしたい』と願っています。しかし、溢れる情報の中で、何を信じて行動すればよいのか分からない方が多いのも事実だと思います。
この“支援の意志”を具体化し、“支援の輪”にするツールとしてTwitterは効果的です。
今後、私が出会うであろう支援が必要な場面で、私はこのTwitterを有効に使ってゆきたいと思います。
明日以降、川口市と埼玉県でできる東北関東大震災支援に、役立ててます。
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*追記(2014年3月28日)
...2014年3月27日。震災から3年を経て、福島県双葉町が避難所として使用していた旧騎西高校の鍵が埼玉県に返却されました。現在埼玉県には、約900人の町民が避難生活を送っています。
ここまでを、地元紙の記事を中心に追ってみたいと思います。
◆福島民報 2011年6月11日付け 紙面より
◆福島民報 2013年6月16日付け 紙面より
...震災から約2年3カ月後に、役場機能が福島県内(いわき市)に戻る事に。旧騎西高校からに役場の荷物が運び出される様子。
◆福島民報 2013年6月18日付け 紙面より
◆福島民報 2013年12月28日付け 紙面より
...5人の双葉町民が退去し、旧騎西高校の避難所が閉鎖。最後の避難所でした。
◆福島民報 2014年3月8日付け 紙面より
...旧騎西高校を埼玉県への返却に向けて片付けが行われている様子。
◆福島民報 2014年3月28日付け 紙面より
...そして鍵の返却。伊沢・双葉町長が上田・埼玉県知事に返却する様子。『2年9カ月という長い間、埼玉県や加須市の皆さんにはお世話になった。一つの区切りだと思う。』(伊沢町長)
被災者、さいたまスーパーアリーナへ
あの大地震から1週間。
午後2時46分、あの時の大きな揺れは、生涯忘れることはありません。
この大震災で避難住民は40万人を超え、私達埼玉県にも多くの被災地住民が避難してきています。
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(記事出典:KFB福島放送Web)
富岡、川内の被災者埼玉へ/首都圏受入れ
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私は夕方、さいたまスーパーアリーナ(埼玉県HP )に行きました。ボランティアをするためです。
事前の情報収集はできませんでしたが、現地に行けば何かある、との考えで動きました。
現地に行くと、ボランティアセンターがあり、埼玉社会保険協議会を中心に「ボランティア登録受付」「救援物資受付」をしていました。
私は、さっそくボランティア登録を行い、『夜食の炊き出しがある』とのことで、さっそく一員に加わり、作業をすることになりました。
避難所は、700名を超え、明日は新たに2,000名の被災者を受け入れるとのことでした。
避難された方々は、アリーナの通路に毛布をしき、家族単位で固まっていました。
暖房は入ってますが、天井が高く、細長い通路なので、落ち着いていられない、というのが正直な心中だと思います。また、照明も新聞や雑誌を読むには充分ではなく、不便を感じていると察しられました。
食事は今のところ、「各自負担」が原則で、行政側は用意していません。近くのコンビニに買い物に行くか、食べに行くか、もしくは寄せられた救援物資の配給を受けるか。
食事は充分ではない、というのがスタッフの意見でした。
着の身着のまま避難されてきた方々にとって、買い出しや外食は大きな負担です。
おそらく、埼玉県はスーパーアリーナを開放するにあたり、場所の提供を優先したものと思われます。
スタッフの方に聞くと、『明日以降、行政のサポートが入るか分からない』とういことです。
埼玉県とさいたま市には、必要な“財と人”の手当てを望みます。
今日、私が現地で思った事を箇条書きにします。
・毛布が足りない
・炊き出し用のコンロ、寸胴が足りない(現在5台)
・被災者同士を仕切る、“仕切り板”が必要
・お年寄りをサポートする人材が必要
・子供達と遊ぶスタッフが必要 (小さな子供が多い)
・被災者の心のケアをする体制が必要
・ボランティアスタッフをまとめるリーダーが必要(グループ設定、5名程度)
・ボランティアの必要な作業の周知(掲示板の活用)
・ボランティアと事務局スタッフの区別・認識ができるように
明日も、私は現地に行きます。おそらく、受け入れ4日目ということで、状況の改善が見込まれると思います。
出来ることを、やってきます。
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政治活動は、今日も控えました。
午前中は、選挙用ポスターの最終校正や選挙ハガキの準備をし、午後からはアルバイトに行きました。
アルバイトは、今日が最終日となり、計画停電で真っ暗な中、業務終了後に挨拶をしました。
冷凍庫の中で、飲食店やマンガ喫茶などに送る食材をピッキング-梱包する仕事でしたが、冷凍技術の凄さに驚き(小生ブログ )、食糧自給率の低さを実感し、多くの事を学びました。
という事で、本格的に選挙活動に向かってゆきたいのですが、そうともゆきません。
現代日本人が初めて直面する自然大災害と原子力事故、この復旧と復興に何らかの助力をしなければ、一生後悔するのでは、という気持ちが私にはあります。
26年間思い続けた政治家になるという夢の実現と、100年に一度の大災害・大事故への関わり。
両立するしかないと考えています。
これも人生。カラダとハートと脳ミソが耐えられる限り、頑張ってゆきたいと思います。






