時が過ぎる
昨日、日が変わる頃に実家・福島県二本松を出て、国道4号線を南下しました。
午前4時頃、茨城県古河市のコンビニで1時間の仮眠をとって、再び南下、ガソリンスタンドを探しました。
午前6時頃、埼玉県春日部市の外資系ガソリンスタンドの列に並びました。この店はまだ開いてなかったのですが、10台以上が私の前に並んでいました。
しかし、店員からは『ガソリンが無いわけではないが、安全性確保のため、本部から許可が下りていない。(開店が)いつになるかは分からない』と言われ、その言葉通り、5時間待っても開く事はありませんでした。
午前11時30分、私は給油をあきらめ、ガソリンメーターに“E”のマークを点滅させながら、再び川口を目指しました。
国道4号線は、大渋滞。空いているガソリンスタンドは、どこも長蛇の列で、渋滞の原因ともなっていました。
午後2時30分。ようやく川口の自宅に到着しました。
所要時間、14時間30分。
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福島・宮城・岩手の沿岸地域を中心とした地震・津波の被災地では、命と生活に直結する時間が過ぎています。
東京電力福島第一原子力発電所は、1号機に続き、3号機が水素爆発し、周辺住民の方々が着の身着のまま避難しています。
救助を待つ方、治療を待つ方、水・食糧・医薬品を待つ方、暖を待つ方にとって、この時間は長く、身にこたえるものだと思います。
埼玉に住む私達ができることは何か?
私は、この太平洋側の街々で、同じ空の下、同じ時間を過ごしている被災者の姿を頭の片隅に置き、生活を続けます。
そして、被災者に対してできることを考え、実行してゆきます。
まずは、「義援金」について、各団体の窓口をご案内します。
◆日本赤十字社 「日本赤十字 東北関東大震災義援金」
リンク→ http://www.jrc.or.jp/contribution/l3/Vcms3_00002069.html
◆中央共同募金会(赤い羽根共同募金) 「東北関東大震災義援金」
リンク→ http://blogs.yahoo.co.jp/kyodobokin
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私は政治活動を、今日も控えました。
但し、準備は進めなければならず、今日は法務局川口出張所(青木)で「供託金」(Wiki) の手続きをしてきました。
県議会議員選挙では60万円を、国庫に供託します。
この60万円、得票数が「(有効投票総数/議員定数)×(1/10)」に達しなければ没収されます。
ちなみに前回選挙の投票総数を元に算出すると、2,690票となります。
→ 161,443票÷6定数×0.1
明後日16日には、立候補書類の事前審査があります。
明日は、アルバイトの前後に、その最終準備を行います。
26年間思い続けた政治家になる夢、その実現に向けたラストスパート途上に起こった、大震災。
自宅の中は本棚が倒れ、食器が割れ、足の踏み場もない状態となり、福島の実家も被災、浜通りの原発が爆発。正直、体の力が抜け、気も緩みました。
しかし、被災地の惨状、被災者の苦しみを見るにつけ、政治の役割を考え、政治の重要性を痛感しました。
情報発信の“現地化”をせずに、東京の官邸にこだわる政府。
原子力発電という、日本のエネルギー政策の根幹を、この非常事態でも私企業に任せている政府。
...『政治がうまくやれば』と思い場面が多くありました。
どれほどの力があるかは分かりませんが、私は政治をもっと機能させたいと、改めて考えました。
告示日4月1日まで、あと2週間を切りました。
やるだけ、やってみます。
実家の被害。家族無事で何より
12日17時:川口出発、13日12:30:実家到着。仮眠1時間、ガソリンスタンド待ち5時間。
大地震で被害にあった、実家の応急処置を手伝うため、福島県二本松市に向かい、到着しました。
着くまでが難儀でした。
東北自動車道は全線通行止めで、国道4号線は、道路の損壊と物流トラックで渋滞。
ガソリンスタンドは閉鎖が多く、やっと見つかったスタンドも長蛇の列。
沿岸で起こった地震でも、この国道4号が走る“中通り”に大きな影響を及ぼしていました。
実家の母と兄はケガ無く、無事でした。
実家は、多くの瓦が落下し、8割ほど割れていました。
屋根はメチャクチャです。
震度6強、地震のエネルギーのすさまじさを目の当たりにしました。
これから、再び川口市の自宅に帰ります。
福島県・宮城県、岩手県沿岸の被災地の孤立者と不明者の救援救助の状況が気がかりです。
そして、1号機が爆発した浜通りの福島原発の被害状況が心配です。どうなるのでしょう。
今まで気にも留めなかった原子力発電所が、これからここ二本松市にも影響を与えるのか分かりません。
母も次兄も、今は地震被害の片づけで手一杯で、原発の事は頭にありません。
ただ、地元のTVとラジオは大騒ぎです。
心配ですが、選挙の事を考えると、戻らなければなりません。
地震・津波被害に対応している消防、警察、自衛隊を始めとしたスタッフの努力に心から感謝するとともに、一人でも多くの救命がなされることを願います。
また原発現場の東京電力、原発関係各社作業員の尽力に感謝し、被害を最小限度に食い止める動きを期待しています。
私は選挙を控えた身ですが、出来る事を考え、行動します。
「東北地方太平洋沖地震、M9.0」 すさまじい災害です。
国民の力を総動員し、一人でも多くの命を救い、生活への復帰を支え、地域や社j会が一日でも早く復興することを願い、私もその実現に行動したいと思います。
東北地方太平洋沖大地震、避難困難者を思う
また、余震です。
*写真出典:英国Mail紙Web「The moment Japan's cataclysmic tsunami engulfed a nation 」
本日14:46頃発生した、東北地方三陸沖を震源とするマグニチュード8.8の、国内観測史上最大規模の「東北地方太平洋沖地震」、驚きました。
仕事をしていた倉庫は大きく揺れ、積んであった荷物があちらこちらで落ちました。
家に帰ると、食器棚の扉が空き、食器が割れ、本棚が倒れ、足の踏み場も無い状態でした。
私は唖然として、余震が続いていることもあり、今日の片づけはあきらめました。
東北地方、宮城や岩手、そして郷里・福島を中心に、多くの死者・行方不明者が出て、多くの街が津波や火災で被害を受けています。
亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、生存者が1分1秒でも早く救助されることを祈っています。
地震発生直後、仕事先の先輩が、急きょ帰宅しました。
寝たきりの親御さんと連絡が取れないためでした。
先輩の表情は険しく、電車が止まっているのにも関わらず、急ぎ足で帰ってゆきました。
親御さんの無事は勤務中確認できませんでしたが、心配です。
東北地方の被災地でも、お年寄りや小さなお子さんを抱えるお母さんなど、避難が出来なかった方が多数いらっしゃると思います。胸が締め付けられます。
今回、地震発生から津波到着まで“0分”という地域もあったとの報道がありました。身一つで、すぐに動けなかったであろう方々の姿を思うに、悲しみが深まります。
今は、救助救援に全力を尽くすべき段階です。
後日、今回の地震の対応の検証をする時に、“避難困難者”をいかにすべきかの議論がなされることを望みます。
私は、“避難困難者”の特定、リストの更新、災害時の避難方法などが、各地域で共有され実行できるような体制が作られる必要を感じます
今回の大地震、改めて、自然の猛威と不確実性を思い知らされました。
国民の大半が、地震大国・日本を実感した日ではなかったかと思います。
被災者のご冥福と、生存者の救助、そして被災地の一日でも早い復興を願い、自分ができることを為したいと思います。



