熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~ -185ページ目

今日からガレキ処理...被災地・いわき

今日から津波で受けた現場での仕事が始まりました。


場所は、福島県いわき市・中之作港 。作業内容は、震災で倒壊した建物などの解体とガレキの撤去・運搬です。今日は解体が中心で、津波で半壊した住宅の解体作業と運搬を2往復しました。


ガレキの仮置場は、12km離れた小名浜・藤原埠頭 です。

4tトラックにガレキを積み、地震で陥没や凹凸がある道路をゆっくりと30分かけて向かいます。到着したら、受付で“チケット”を渡し、荷台の写真を取られてから、それぞれの“山”に向かいダンプアップしガレキを一気に降ろします。


ここではガレキがある程度分別されて、それぞれ“山”を作っています。

・コンクリート

・木材

・金属

・家電

・畳

・その他



今ではガレキ撤去は落ち着き、この藤原埠頭には一日延べ160台のトラックが運び入れていますが、ガレキ撤去が始まった当初は、400台/日(8:30~16:30)のトラックが出入りしていたということです。


この“仮”置場から先は、はっきりとしておらず、「放射線量」「汚染灰」「住民の理解」などの問題が解決しないと、最終処分はできないようです。 *下記、記事を参照



被災地に留まる“ガレキの山”は、衛生上の問題や貴重な土地の占有など、復旧・復興の足かせとなっています。

福島は、ガレキに付着した放射性物質の問題があり、宮城・岩手はガレキの量があまりにも多く場所に困っています。

費用や焼却場・埋立地などのインフラの問題、国が主導し、迅速に対応しなければならない問題です。



以上


*資料

東日本大震災:「放射能がれき」処理難航 (毎日新聞 2011年6月4日)
 東日本大震災によって福島県で発生したがれきの処理が難航している。量は推計約288万トンで、岩手県(約499万トン)や宮城県(約1595万トン)より少ないものの、原発事故で多くが放射性物質に汚染されているためだ。環境省は5日に開く専門家の検討会で処理方針を決めるが、放射性物質に汚染された災害廃棄物の発生は法律でも全く想定していなかった事態で、解決は簡単ではないのが実情だ。 

◇焼却先や費用負担見通せず
 立ち入りが規制されている警戒区域(東京電力福島第1原発から半径20キロ圏内)近くの南相馬市原町区。大手重機メーカーの工場建設予定地だった約18.5ヘクタールの空き地は現在、遺体捜索のために撤去されたがれきの仮置き場となり、コンクリート片や材木が山積みになっている。
 その西約500メートルには住宅地がある。3月下旬の搬入開始以降、住民から市に「放射性物質に汚染されたものをなぜ置くのか」との苦情が相次いだ。4月に開かれた住民主催の説明会で、市の担当者は「がれき周辺の放射線量は1時間当たり0.3~0.4マイクロシーベルトで、住宅地周辺の山で測定される0.56マイクロシーベルトよりも低い」との県のモニタリング結果を紹介し、理解を求めた。その後は毎日、がれき周辺の放射線量を測り、市のホームページで数値を公表している。
 それでも住民の不安はぬぐえない。近くの主婦(56)は「ここは警戒区域にも近く、みんな放射線に敏感。いくら放射線量が少ないからといって、長く置かれれば健康に影響が出るのでは」。子供が生まれたばかりの息子夫婦は福島市に避難させたといい、「放射性物質は元々原発から出たのだから、がれきも原発の敷地内に運べばいいのに」と話す。
 こうした状況は福島県沿岸部の自治体に共通する。より放射線量の高いがれきが多いとみられる警戒区域内で は手つかずのままで、撤去終了のめどすら立たない。環境省は汚染がれき処理のため、専用の仮設焼却炉を設置するなどの方針を示しているが、実現は容易ではない。南相馬市の担当者は「校庭で除去した表土を埋めることにも苦情が出るのに、どこが(設置に)手を挙げるのか。施設を作れば風評被害が出るだろう」と懐疑的だ。
 費用をだれが負担するかも大きな課題となっている。相馬市の担当者は「同じ問題を抱える自治体同士で広域連合を作り、がれきの種類ごとに受け入れる自治体を割り振ってはどうか。そのためにも県にもっと主導力を発揮してほしい」と提案する。だが、県は「そもそも原子力政策は国策。国が専用焼却炉の場所選定を調整し、費用も負担するのが筋ではないか」(生活環境部 幹部)と国の対応を求めた。
◇「原発外」法の想定外
 「どの法律も想定していなかった問題だ」。放射性物質に汚染されたがれきの処理を担当している環境省幹部は、前例のない事態にため息をつく。地震などで発生したがれきは通常、災害廃棄物として廃棄物処理法 に基づいて処理するが、放射性物質の汚染廃棄物は対象外だ。一方、原子力施設から発生する廃棄物で、汚染がごく低レベルで人の健康に影響がないものは、原子炉等規制法 で「放射性物質として扱う必要がないもの」と位置づけられる。その基準(クリアランスレベル)は、年間0・01ミリシーベルトと定められている。
 だが、原発事故で汚染された原発外の廃棄物の処分は、法律にも規定がない。しかも、経済産業省原子力安全・保安院の調査で、福島県内のがれきは、クリアランスレベルを超える汚染のものが多いことも分かった。このままでは処理が進まないため、環境省は廃棄物処理法に基づいた手順で処理することを決めた。同省は既に

 ▽警戒区域内と計画的避難区域内では当面、放置する

 ▽大気中の放射線量が比較的低い会津地方と浜通り・中通りのうち10町村では通常の処理

 ▽大気中の放射線量が他地域より高い浜通り・中通りでは、集じん用フィルター付きの焼却炉で燃やす

・・との方針を示している。環境省によると、汚染がれきを焼却炉で燃やした場合、排ガス処理用のフィルターを設置すれば、放射性物質の約半分は焼却後の灰の中に残り、あとはフィルターで捕捉できる。焼却炉の外に排出されることはほぼない、という。
 だが、専門家の中には「放射性物質は焼却ではなくならず、焼却灰などに濃縮されるはず。高濃度になると処理が困難だが、データが不足しており、実験などで調べるべきだ」との指摘もある。さらに、汚染物質が含まれた焼却灰やフィルターは、監視しながら保管しなければならない。また汚染がれきの中でもコンクリートなどは燃やせず、埋め立てるしかない。保管・埋め立て場所の確保もかなり困難だ。
 井上正・日本原子力学会クリーンアップ分科会主査(電力中央研究所首席研究員)は「国の責任で、汚染された地域を元に戻すための環境修復センターを原発敷地外に設置し、住民の納得をえながら汚染されたがれきを処理する方法などを探るべきだ」と提言する。 (神保圭作、種市房子、江口一)


放射性物質:汚染がれき「既存焼却炉でも焼却可」…環境省 (毎日新聞 2011年6月6日)
 環境省は5日、福島県内の放射性物質に汚染されたがれきについて、排ガス処理用のフィルターがあれば既存施設で焼却処理を認める方針を固めた。金属スクラップなどリサイクルされる廃棄物は、一般の市場に流通しない形で再利用を模索する。またヘドロやコンクリートがらなどの不燃物は、一般廃棄物の最終処分場での埋め立て処分も検討する。同省は19日に専門家による安全性検討会を開き、最終的な処理方針を決める見通し。
 同省は、汚染がれきを専用の焼却炉で燃やす処理法を検討していたが、量が膨大なため、既存の焼却炉での処理を認める方針に転換した。施設ごとに焼却可能か判断する。焼却灰や使用後のフィルターには放射性物質が濃縮するが、漏出防止策を取った処分場へ一時保管し、最終的な処分場所を別に決める。この間は周辺や排水の放射線量を監視する。
 原子力安全委員会は汚染がれきのリサイクル可能な基準として、原子炉等規制法で「放射性物質として扱う必要がないもの(クリアランスレベル年間0.01ミリシーベルト)」を示している。しかし現実にはこれを超すがれきも多く、「埋め立てでも市場に流通するリサイクルでもない」有効活用を模索している。 (江口一)


震災がれき道内に仮置き 環境省検討 苫小牧を念頭(北海道新聞 2011年6月14日)
 環境省は13日までに、東日本大震災の被災地のがれき+処理を加速するため、使われていない北海道の工業団地を仮置き場として活用する検討を始めた。具体的には苫小牧市の臨海工業団地に、燃料として再利用できる木材などに限って搬入する案が出ている。ただ、地元自治体は受け入れに慎重な姿勢を示しており、実現するかどうかは不透明だ。
 菅直人首相が松本龍環境相に検討を指示した。北海道南部の同市臨海部なら被災地と地理的にも近く、がれき+の運搬も行いやすいためとみられる。同工業団地は企業立地が進まず、スペースに余裕があるという。

◆YouTube「石巻市ガレキの処分が問題に-腐敗 悪臭 衛生悪化」 *フジTVニュース映像

 →リンク http://www.youtube.com/watch?v=iZCqTfVRZMI

以上




.

*追記(2014年2月22日)

福島民報 2014年2月22日付け 紙面より

...がれき処理は、いまだ68%。原子力災害の根深さ。


...「2011年3月11日」、ここ中之作港を襲う津波の写真を初めて見ました。津波の威力、人間の小ささを改めて思い知らされ、背筋が凍りました。



漁師の苦悩

今日、会社の仲間(とは言っても、24歳の青年)と話をする機会がありました。


彼は、震災前までは、漁師でした。


地元・小名浜 の中学を卒業後、父親の跡を継ぐべく漁師になり、震災直前には宮城・気仙沼の漁港で修行をしていました。


しかし震災で、全てが狂ってしまいました。


気仙沼 も津波の被害が甚大で戻ることができず、何より、地元の津波被害で彼の父親も漁船を失い、今は漁の網を直すしかない毎日を送っているとのことです。


彼は父親のツテを頼り、やむを得ず“陸”の仕事をやらなければならなくなってしまったということです。

福島は自動車社会ですが、漁師としてここまできた彼には必要なかったようで、運転免許証をもっておらず、これから取得しなければなりません。いろいろと苦労が絶えません。




原発事故の収束も見通しが立たず、小名浜港が使えるようになっても、漁ができるか皆不安を抱えています。


福島の漁師達は、今の生活の不安と漁業再開への不安に苛まれています。



政府と東京電力は、漁師の心を挫かぬよう、生活保障と原発事故の早期収束に努めて欲しいと思います。


文部科学省 は「海域モニタリング調査 」を継続し、農林水産省 と歩調を合わせ、水産物の“風評被害”を防ぐ事を強く望みます。


また、行政は漁業組合と協力し、漁船の確保など、一日でも早く漁が再開できるインフラ復旧に努めて欲しいと思います。



(参考記事)小名浜の魚市場は再開 (読売新聞 2011年6月11日)
 県内の漁協は10日、いわき市の県漁連で組合長会を開き、福島第一原発事故による沿岸での操業自粛を今月も続けることで合意した。一方、同市小名浜の魚市場は県外水域でとれた魚介類の受け入れを再開する。
 会議には各漁協の組合長、支所長に加え、県漁連、県などから計約40人が出席。今月中の操業再開を希望した漁協もあったが、9日に県がいわき市沖で採取したアイナメとドンコから暫定規制値を超える放射性セシウムを検出したと発表したことから、月内の再開を断念した。
 7月以降の再開については、底引き網、刺し網などの業種ごとに意見を集約したうえで、毎月の組合長会で判断する。巻き網は今月から、サンマ漁は8月から、県外水域について再開する。
 小名浜の魚市場は、一部の施設が仮復旧したため、魚介類の受け入れを再開する。長期の閉鎖は、仲買人や冷蔵業者などの撤退につながる恐れがあり、魚価の不安など風評被害を懸念する声もあがったが、再開が了承された。週明け以降、カツオ、イワシなどの水揚げが予想される。


.

*追記 2014年3月5日

福島民報 2012年6月15日付け 紙面より

...相馬双葉漁協の初の試験操業を伝える記事。1年3カ月ぶり。

福島民報 2012年6月19日付け 紙面より

...相馬双葉漁協。試験操業の魚種を“初”出荷(出荷再開)することを伝える記事。

福島民報 2012年6月26付け 紙面より

...相馬双葉漁協。地元スーパーへの“初”出荷(出荷再開)を伝える記事。

地元の消費者にとって、待ちにまった“地元もの”です。

福島民報 2013年8月29日付け 紙面より

...東京電力福島第一原子力発電所事故現場からの汚染水海洋流出を受けて、試験操業が延期。

9月に予定していた「いわき市漁協」の試験操業も延期が決定と伝える。


福島民報 2013年9月26日付け 紙面より

...相馬双葉漁協。汚染水問題後、『県などの調査で漁獲対象魚や海域の安全性が確認できたのを踏まえ』、試験操業の再開を決定。

福島民報 2013年10月18日、19日付け 紙面より

...やっと、いわき。「いわき市漁協」と「小名浜機船底曳網漁協」の試験操業開始を伝える記事。

2年7カ月ぶり。


福島民報 2013年10月20日、19日付け 紙面より

...いわき沖の試験操業で水揚げされた5魚種が地元スーパーで販売された様子を伝える記事。




福島民報 2014年3月4日付け 紙面より

...「漁場と加工場」はセットだが、漁場に制限(試験操業)がある現在、加工場の設備と経験を活かすことは必要だと思います。この「水産加工業者の海外展開支援」は必要な施策です。

『施設が復旧しても震災前の販路を失い、売り上げが戻らない例が多いことに対応』と三年間をめどに活動するとのこと。 *経済産業省 東北経済産業局



被災地・いわきへ

今日の午前、二本松市役所に行き、実家の被災処理が一段落つきました。


あとは、次兄と母に任せて、私は故郷を離れることに。


約3週間、高校卒業後に上京してから20年、初めての長期滞在。

想定外の事態でしたが、県議選の敗戦をリセットすることができました。



そして、私はいわき市 を目指しました。

震災で津波被害の大きかった小名浜や久ノ浜がある、福島県で一番人口が多い都市です。


郡山から磐越東線で約1時間30分、15時頃にいわき駅に到着。


そして、さっそく職探し。実は、住む場所も仕事も決めずに来ました。

“いわきには自分の役立てる場所が必ずあり、その場所は現場でなければわからない”と思ったからです。


いわき駅ベンチに座り、ネットで調べた求人情報から「土木・建築業」を抽出し、3社に電話をかけ、『今日の面接可能』という会社にアポイントを取り、ハローワークで紹介状を受け取り、徒歩で40分、会社に到着。

さっそく、現場から戻っていた社長の面接を受けることになりました。


『復旧に関わる仕事がしたい。できれば福島第一原子力発電所事故現場で。』と伝えると、

カバン一つで二本松から来たことに社長は驚き、面接の最後には『採用決定』の言葉を頂く事に。


仕事の内容は、津波被害の深刻な沿岸地域のガレキ撤去作業と、福島第一原子力発電所事故の前線基地である「Jビレッジ 」での除染作業があり、私はトラックドライバーの経験から、前者のガレキ撤去に、16日(木)から就くことになりました。


福島第一原子力発電所(1F)事故現場の仕事は今のところ無いとの事。


二本松を出るときには、ホテルに泊まりながら、2~3日で仕事が見つかればよいと思っていましたが...、社長(実は同い年!)の好意に感謝です。



面接後、今日から居候させていただく事に決まった会社の先輩に連れられ近くの食堂に行き、夕飯(いわき名物、青のり麺 )をご馳走「になりました。


この先輩は、山形県鶴岡市の職人で、単身赴任でいわきに来ており、出張が多いためワンルームでの同居も問題ないだろうという社長の判断でした。


...今日一日、いろいろな事があり、新しい出会いにも恵まれました。

この縁を大切に、いわきでの生活を始めたいと思います。



ここでの生活は半年と考えています。

川口では、秋までに政治活動を再開するつもりです。



今日から20年振りの、福島での生活。社会人としては初めてです。


原子力災害に打ちのめされている故郷の復旧のために働き、その様子を皆様にご報告できればと思います。


これからも、よろしくお願いします。


.

以上