港の賑わいと「サンプル調査」
今朝、現場に着くと中之作港に多くの漁師が集まっていました。
出港し戻ってきた船から、魚を揚げていました。
『おっ、漁再開か!!』
と思いましたが、実は「サンプリング調査」のために魚を獲りに行ったということでした。
*水産庁「東日本大震災について~「水産物の放射性物質検査に関する基本方針」について~」
→リンク http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/sigen/110506.html
港が復旧し、船を直し、網などの道具も修繕し、漁に出られるのにも関わらず叶わない。
海を見ながら時を過ごさざるを得ない漁師の姿を目にして、私は何とも言えない気持ちになりました。
放射性物質を海へ漏れ出させたり、放出させない。
一日でも早い、原発事故の収束。
海域でのサンプリング調査の継続、データの公表。
そして、漁師に対して、現状と今後の展望について、懇切丁寧な説明を、定期的に行う事。
地道な作業を続けるしかありません。
『この海で、また必ず漁ができる』
この気持ちを挫かぬよう、政府と東電は尽力を!
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以上
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*追記(2014年1月29日)
◆福島民報 2019年1月29日付け 紙面より
...風評被害対策。水産物の検査体制や試験操業
の取組を紹介するCMをいわき市
が作成。2月から市の「見せます!いわき情報局
」でWeb閲覧できるようです。
いわき市での生活、仕事
24時間で、540km。疲れました。
昨日の夕方、レンタカーを借りて、まずは、いわき市から二本松市に向かいました。
実家で、預けてあった荷物をピックアップし、夕食と睡眠。4時に車に乗り込み、一路、川口市へ。
7時30分過ぎに到着し、倉庫に預けてあった生活物資や書類などを積み込み、いわき市に行くため国道6号線を北上。茨城県内で震災の被害の大きかった北茨城市を通り、16時30分に新居に到着しました。
今回の“引越し”で、今日の夜から、いわき市での生活が本格的に始まることになります。
4月10日の県議会議員選挙で落選し、今後をどう過ごすべきか考えました。
政治家になりたいという気持ちは変わることなく、自分が人生をかけるべきは政治、という意をを益々強くしました。
あとは、次の選挙まで、如何に過ごすべきか?
結論は、“現場で生活する”でした。
東日本大震災で地震・津波・原発の三重苦に喘いでいる故郷・福島で生活をする事が、今の自分には必要だと私は考えました。
さらに、この未曾有の大災害からの復旧・復興の空気を肌で感じることは、政治家になる人間として必要だとも。
そのためには、できるだけ長く現場にいなければならないと思い、いわき市で仕事をすることにしました。
私は現場で生活をし、被災者の声を聞き、できる事を行います。
そして、政治や行政の動きが被災者にどう届くのかを見て、政治が“為すべき”事を考え、自分の体に刻み込ませたいと思います。
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以上