熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~ -184ページ目

港の賑わいと「サンプル調査」

今朝、現場に着くと中之作港に多くの漁師が集まっていました。


出港し戻ってきた船から、魚を揚げていました。


『おっ、漁再開か!!』


と思いましたが、実は「サンプリング調査」のために魚を獲りに行ったということでした。

*水産庁「東日本大震災について~「水産物の放射性物質検査に関する基本方針」について~」

 →リンク http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/sigen/110506.html



港が復旧し、船を直し、網などの道具も修繕し、漁に出られるのにも関わらず叶わない。


海を見ながら時を過ごさざるを得ない漁師の姿を目にして、私は何とも言えない気持ちになりました。



放射性物質を海へ漏れ出させたり、放出させない。


一日でも早い、原発事故の収束。


海域でのサンプリング調査の継続、データの公表。


そして、漁師に対して、現状と今後の展望について、懇切丁寧な説明を、定期的に行う事。


地道な作業を続けるしかありません。



『この海で、また必ず漁ができる』


この気持ちを挫かぬよう、政府と東電は尽力を!


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以上



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*追記(2014年1月29日)

福島民報 2019年1月29日付け 紙面より

...風評被害対策。水産物の検査体制や試験操業 の取組を紹介するCMをいわき市 が作成。2月から市の「見せます!いわき情報局 」でWeb閲覧できるようです。


いわき市での生活、仕事

24時間で、540km。疲れました。


昨日の夕方、レンタカーを借りて、まずは、いわき市から二本松市に向かいました。

実家で、預けてあった荷物をピックアップし、夕食と睡眠。4時に車に乗り込み、一路、川口市へ。


7時30分過ぎに到着し、倉庫に預けてあった生活物資や書類などを積み込み、いわき市に行くため国道6号線を北上。茨城県内で震災の被害の大きかった北茨城市を通り、16時30分に新居に到着しました。


今回の“引越し”で、今日の夜から、いわき市での生活が本格的に始まることになります。



4月10日の県議会議員選挙で落選し、今後をどう過ごすべきか考えました。


政治家になりたいという気持ちは変わることなく、自分が人生をかけるべきは政治、という意をを益々強くしました。


あとは、次の選挙まで、如何に過ごすべきか?



結論は、“現場で生活する”でした。


東日本大震災で地震・津波・原発の三重苦に喘いでいる故郷・福島で生活をする事が、今の自分には必要だと私は考えました。

さらに、この未曾有の大災害からの復旧・復興の空気を肌で感じることは、政治家になる人間として必要だとも。


そのためには、できるだけ長く現場にいなければならないと思い、いわき市で仕事をすることにしました。



私は現場で生活をし、被災者の声を聞き、できる事を行います。

そして、政治や行政の動きが被災者にどう届くのかを見て、政治が“為すべき”事を考え、自分の体に刻み込ませたいと思います。



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以上



Memo:放射線医学総合研究所の誘致...いわき経済同友会