熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~ -174ページ目

日航機123便、福島原発、そしてアメリカ

1985年8月12日の夜、日航機が群馬県・御巣鷹山に墜落し、520名もの犠牲者を出した大惨事から、今日で26年になりました。


犠牲者のご冥福とお祈り申し上げるとともに、二度とこのような事故を起こさぬよう、安全管理について航空関係者の一層の努力を願うばかりです。


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ご存知の通り、事故を起こした航空機・ボーイング747はアメリカ製です。

事故の原因となった後部圧力隔壁を事故前にボ社が修理したことから、日本国内で日本の民間企業が起こした大事故でありながら、事故原因の解明もボ社とアメリカの協力なくしては進まなかった事実があります。


他方、福島県・大熊町に建設され、1971年3月に営業運転を開始した東京電力福島第一原子力発電所1号機もアメリカ製(GE社)です。

ご存じの通り、3.11後の原発事故で東京電力はGE社に情報提供を求め、事故対策にあたりました。



「技術大国ニッポン」と言われながら、自作ができず、完全な技術習得もできてない製品(設備)が国内にあり、事実、多くの生命や健康・財産に危害を加えたということを私達日本人は知っておかなければならないと、私は思います。



今日、8月12日は日本の技術力に対する過信を戒める日であり、外来の製品・設備であろうとも人々の生命・健康・財産を守るために安全運用するための監視と努力を惜しんではならなぬと意を新たにする日です。


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以上

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*資料

◆日本航空 安全啓発センター

◆国土交通省 運輸安全委員会  「日本航空123便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書についての解説

→事故調査報告書 「日本航空株式会社所属 ボーイング式747SR-100型JA8119 昭和60年8月12日 」(PDF)

◆福島県 原子力安全対策課  「原子力発電所建設の経緯と現状 」(PDF)

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*追記(2012年2月5日)

共同通信仙台、尻もちで圧力隔壁壊れる(2012年2月5日)
 5日午前9時すぎ、大阪発仙台行き全日空731便エアバスA320(乗客乗員166人)が仙台空港で着陸やり直しをしようとした際、尻もちをつくような形で機体後部が滑走路に接触した。...(以下、省略)

66年目...1945年8月6日午前8時15分、広島

核分裂反応-(第二次世界大戦)-原子爆弾-(終戦・核拡散防止-アトムズ・フォー・ピース)-原子力発電


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広島への原爆投下から、66年を迎えました。

東京電力・福島第一原子力発電所事故で、今年は私にとって今までとは違った「原爆の日」となりました。



まずは、原爆で、もしくは原爆の影響でなくなられた、269,446柱(広島市原爆死没者名簿登録者数、2010年8月6日現在 )のご冥福を、心からお祈り申し上げます。


そして、8.6原爆の日に、戦争を決して起こしてはならぬと改めて思うとともに、科学技術が市民の生命を脅かす道に進まぬよう見守り続けなければならないと、意を新たにしました。



福島県のみならず、東日本各地に放射性物質を撒き散らし、市民を低線量放射斜線の恐怖に晒している原子力発電を考える時、核分裂反応という“強大で無限のエネルギー”が市民の生活を豊かにするために使われ始めたのではないということに、私たちは今日、思いを馳せなければならないと思います。


核分裂反応は、市民を殺すための大量虐殺兵器として最初に日の目を見て、戦後、米英の核拡散という政治的な思惑を経て、原子力発電に利用されることとなったという事実。

*参考:アイゼンハワー米国大統領「アトムス・フォア・ピース (Atoms for Peace)」演説について

 →(財)高度情報科学技術研究機構(http://www.rist.or.jp/ ) 「国際原子力機関の成立


広島と長崎に原爆を投下され、福島で放射能拡散を伴った原発事故を不幸にも経験してしまい、さらに石油や天然ガスなど主要なエネルギー資源をほとんどもたない日本人は、この事実を知ることで「原子力の安全利用」について、より切迫した問題として考えることができるのではないでしょうか?





このように原爆と原発が表裏一体であるからこそ、私は国民、一人でも多くの目が必要だと思います。


原発の使用済み燃料から取り出されるプルトニウム。

この作業をする青森県・六ヶ所村。 

事故を起こした東京電力・福島第一原発3号機に使われていたMOX燃料(参考:日本原燃 )。


私たちの生活インフラである電気を発電する原発が、原爆製造に必要な物質を生み出し、使われる技術は原発製造の応用でもあることを、私たち日本国民は認識し、見つめ続けるべきではないでしょうか。




8.6を福島で迎え、いろいろな事を考えた一日でした。



以上


*参考

◆広島平和記念資料館:http://www.pcf.city.hiroshima.jp/

原子力教育を考える会 「日本原子力開発史前史」:http://www.nuketext.org/history.html

◆原子爆弾:Wikipedia

(独)日本原子力研究開発機構  高速増殖炉研究開発センターHP:http://www.jaea.go.jp/04/monju/

◆マンハッタン計画:(財)高度情報科学技術研究機構HP

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毎日新聞 (2011年8月6日)

広島原爆の日:きょう66回目 被爆者の暮らし守りたい--高橋博さん /徳島
 ◇精力的支援…存続へ不安も--県原爆被爆者の会会長・高橋博さん(82)
 原爆投下から66年の今年も6日に広島原爆の日、9日には長崎原爆の日を迎える。被爆者の福祉向上に重点を置いて活動してきた県内唯一の被爆者団体「県原爆被爆者の会」によると、発足した1969年に約600人いた県内の被爆者は、既に6割近くが他界した。...(以下、省略)

徳島新聞  (2007年5月20日)

県原爆被爆者の会 結成40年 存続へ募る不安 

1945年8月6日と9日、広島と長崎を相次いで襲った原爆。徳島県内の被爆者でつくる「県原爆被爆者の会」が今年、結成から四十年の節目を迎えた。...(以下、省略)

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以上

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*追記(2011年11月3日)

共同通信米総領事、「過ち」碑読み上げず(2011年11月3日)
 米国のリネハン駐大阪・神戸総領事は3日、広島市中区の平和記念公園を訪れ、原爆慰霊碑に花をささげたが、広島市の松井一実市長に要請された碑文の読み上げはせず、頭を軽く下げるにとどめた。
 碑文には「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と書かれている。...(以下、省略)

夜の仕事

今日から“夜の仕事”も始めました。


スナックのボーイ。


もちろん、初めての経験です。


会社の社長の中学時代の先輩が経営している店で、社長からママへの電話一本で採用が決まり、今日バイトを始めました。


この38年間、一度も経験したことのなかった“夜の仕事”。

社長から『やってみないか?』と言われた時、少々抵抗がありましたが、受けることにしました。


夜の景気は、復興のバロメーターになるのでは?

震災や原発に対する生の声を、お客さんから聞けるのでないか?


そんな期待をもって仕事に臨みました。


さすがに今日は初日ということもあって、そんな余裕はありませんでした。

しかしこのお店、繁盛店のようでお客さんがひっきりなしにやってきて、しかも社長から若者、原発作業員から漁師と客層も広く、今後に期待が持てました。


ママをはじめ、キャスト(女の子)も2人のボーイも良い人ばかりで、楽しく仕事ができそうです。


3ヵ月。不惑の四十に向けた経験として、やってやろうと思います。