熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~ -173ページ目

Memo:シベリア抑留

「不毛地帯」(山崎豊子著)、読了

8月15日、終戦・敗戦の日。

 

毎年、この日に向けて、太平洋戦争に関連した小説を読むことにしています。

 

 

今年は、山崎豊子さんの「不毛地帯」。TVドラマにもなった、長編小説です。

 

 

読み応えがありました。

 

 

主人公・壹岐正の軍人、捕虜、そして商社マンとしての生き様は迫力があり、物語を骨太にしていました。

また、戦後・日本経済の興隆の中、攻め立てる商社の動きに圧倒され、“島国”日本に商社は無くてはならない存在だったと思いました(但し、今後7社もの綜合商社が必要かという議論はあろうかと思います)。

 

そして、何より印象深かったのは、壹岐と谷川大佐の関係でした。

 

 

“生きて歴史の証人たれ”

 

 

この言葉が、壹岐を励ましシベリア11年を行く抜く支えとなりました。

 

また、大佐の存在は、商社での仕事で荒みかけようとする壹岐の心をを雪ぎ、勇気を与えていました。

 

ここで、つくづく思ったのは人間には自分を“超えた”存在が必要なのだということでした。

 

 

この壹岐と谷川大佐の関係は、階級の上下(壹岐は中佐)はありましたが、壹岐は大佐を心から尊敬し、帰国後に朔風会(シベリア抑留者の親睦会)を手弁当で運営する大佐の“無私”の姿を目の当たりにし、壹岐は大佐を神ごとく敬い慈しんでいました。壹岐にとって大佐は自分を“超えた”存在だったと思います。

 

 

人間は自分を“超えた”存在に接する時、謙虚さと平静を取り戻し、善と陽の心持ちになるのではないでしょうか。

 

 

宗教(教祖、教義)、自然、そして谷川大佐のような“人”...何でもいいから、自分を“超えた”存在を持つ人間は強く、魅力があると、私は思います。

 

 

壹岐正の生き様は力強く、魅力的でした。

 

 

この小説は、そんな人間の存在が厳寒のシベリアの不毛地に、そして殺伐とした経済戦争の不毛な空気に彩を添えていた物語でした。

 

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前後しましたが、最後に「シベリア抑留」について。

この問題は、もっと教科書で取り上げ、小学生から知っておくべき大切な歴史です。

日ソ中立条約を一方的に破り、長崎への原爆投下後まもなく旧満州に攻め込み、終戦後に武装解除された日本軍兵をはじめ、中国人や朝鮮人などをシベリアに移送し、劣悪な生活環境の元、過酷な労働を強いたという事実。

ソ連とアメリカの確執、冷戦への突入など、戦後の国際秩序が形作られる影で、最大11年もの抑留生活を余儀なくされた方々の存在を、私達日本人は忘れてはならず、考え続けなければなりません。

そして、今なお続く「遺骨収集作業」(厚労省 )に、マスコミを含め関心を持つべきです。

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戦後66年。今の私たちの生活はこの戦争に大きく影響しています。

しからば、受験云々ではなく、一国の歴史を多感な時代に学び知るべきです。

そのために教科書にこの「シベリア抑留」を含め、太平洋戦争の前・中・後の記述をもっと多くすべきただと思います。

 *参考:厚生労働省  「ソ連邦抑留死亡者名簿


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以上

 

*参考:新聞記事

 

シベリア抑留兵の遺骨返還など強化 基本方針閣議決定 (産経新聞 2011年8月5日)
シベリア抑留解明 時間との闘い  ロシア資料で2097人判明 2万人なお不明

 (産経新聞 2011年8月12日)
◆毎日新聞:ダモイの夢:シベリア特措法成立1年/5 体験の継承、親から子へ /兵庫

 ◇「命続く限り、追悼」 (2011年8月11日)

 ◇無念、間に合わず (2011年8月10日)
 ◇68年ぶり“帰還” 引き裂かれた2人 (2011年8月11日)
 ◇雪原を80キロ 絵画に刻む“記憶” (2011年8月12日)

 ◇世代越え「伝える」 (2011年8月13日)

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◇書籍:山崎豊子 著 「不毛地帯」(新潮文庫)  一巻~五巻 *旧版は一巻~四巻


熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*以下、本文抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新版 第1巻

 

p444

 翌朝、興安丸は静かに氷を割って湾外へ出た。白く凍結した大地が次第に遠ざかり、流氷の海に遠く近く、海鳴りがした。それはあたかも祖国を夢みながら、シベリアの曠野に朽ち果てた亡き戦友の声のようであった。船がソ連領海を出る時、一同起立し、万感胸迫る黙祷を捧げた。誰の胸中にも、十一年余の悲惨な拘留生活が今さらのように甦り、堪え難い数々の思いが、脳裏にうかぶ-。壹岐は眼を閉じ、いつの日か、シベリアに眠る戦友の遺骨を抱いて帰る日が来ることを念った。無残な最後を遂げた人々の魂はその日まで、やすらぐことが無いであろう-。

 *興安丸 参考:Wikipedia

 *参考ブログ: Diary of Susan Carvin 「シベリアの話、不毛地帯に関連して。」

第四巻

p244

「それでいい。島国のわれわれは、日の丸民族意識に凝り固まり過ぎて、戦に敗れたのだ。その教訓を生かして国際的な視野にたって日本の将来を考える。それがわれわれが血を流して購った尊い教訓だ。君が、日本のためになると信じたのなら、どんな批難や困難があっても、やりぬくことだ。石油が国家の生命線であることを身を持って体験した君が、それをやらずして、誰がやれるのだ。今の君の話を聞いて安心したよ」

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以上

66年目、終戦・敗戦の日

今日、8月15日は66回目の終戦・敗戦の日です。




戦地に散った、310万人の戦没者のご冥福を心からお祈り申し上げます。




戦争を知らない私にとって太平洋戦争は歴史上の出来事ではありますが、様々な史実に触れるにつれ、戦争は人間の英知をもって避けるべきものであるという考えを持つに至っています。


また、平和が如何に尊いものであるかも、意識・思考の根底に張り付かせています。




戦争を起こすものも人間、平和を持続させるもの人間である。


このことを改めて肝に銘じる、終戦・敗戦の日です。






そして、日本を太平洋戦争に突き進ませたエネルギー問題。




今、私の住んでいる福島県いわき市の北・50Kmに位置する東京電力・福島第一原子力発電所。




あの事故を引き起こした原因も、この戦争当時のものと共通しているところがあります。




戦争と原発事故。無縁ではありません。







終戦・敗戦から66年目の今日。


エネルギーの確保の大義名分のもと市民を戦火に追いやった戦争と、市民に放射線と放射性物質の目に見えない恐怖と不安に陥れた原発事故の本質を考え、同じ過ちを繰り返さない誓いを立てたいと思います。