敬老の日...この国で長生きしたいと思ってもらうために
祖母からの忘れられない一言。
『飯つぶのごすど、目ん玉みめねぐなっからな。』
私は“目が見えなくなる”事に怯え、以来ごはんだけは残らず、最後の米一粒まで食べつくすようになりました。
小学校の頃は食べきれなくなると牛乳で押し流したりするなど、何度も苦しい思いをましたが、この言葉の意味を理解するにつれて、当然のこととしてこの“儀式”を行うようになりました。
米を作る苦労。それをありがたくいただき、残さず食べる。
祖母からは、この言葉に限らず人間として大切なことを、幼い脳ミソにも響く言葉で教えてもらいました。
生きる知恵、それを語る表情と伝える言葉...歳を重ね生き抜いた人間が持ちうる真実の響きが、子ども心を捕え私の生の糧をなっています。
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今日は敬老の日です。
「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」(内閣府
)日と規定されています。
ご存知の通り、日本は世界的な長寿国家です。
◆朝日新聞 「100歳以上、最多4万7756人 女性87.1%」(2001年9月13日)
しかし、果たして今の日本で長生きすることは幸せなことなのでしょうか?
老老介護
年金不安
高齢者医療費負担増
核家族化
etc.
振り込め詐欺
訪問販売トラブル
etc.
社会制度ばかりでなく犯罪までもが“老人を敬愛”するという人間社会共通の常識を忘れてしまっています。
誰もが例外なく、歳をとり老いてゆきます。お年寄りとは、その途上で社会を歴史を作ってきた恩人であり人生の師であります。これを忘れてしまったような行政や人間の振る舞いは正さなければなりません。
お年寄りを労い敬う気持ちを人々が持つばかりでなく、社会制度に反映させ、またお年寄りを狙った犯罪を“大罪”として根絶することで、『長生きすることは良いこと、幸せなこと』とお年寄りが自然に思うようになるのではないかと私は思います。
自分の生まれ育った街で、国で天寿を全うする。
私は望みます。
今日敬老の日に、“老人を敬愛し、長寿を祝う”ばかりでなく誰もが“この国で長生きしたい”と思えるような街づくりや国づくりを目指さなければならない、と私は思いました。
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以上
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*参考
◆厚生労働省 「百歳高齢者に対する祝状及び記念品の贈呈について」(2011年9月13日 報道発表)
◆厚生労働省 「平成22年 国民生活基礎調査 (Ⅵ)介護の状況」
◆産経新聞 「老老介護世帯の増加顕著 女性に負担重く」(2011年7月12日)
◆英医学雑誌「長寿世界一」に警鐘も 「日本の保健医療」を特集 (日本経済新聞 2011年9月2日)
英医学誌ランセット
は1日付で、低い医療費で平均寿命が世界一となった日本の保健医療の現状と課題をまとめた日本特集号を発刊した。「長寿世界一」の背景を分析する一方、経済停滞や不十分なたばこ規制などのため「長寿世界一」から転落する可能性も示唆している。...(以下、省略)
3.11東日本大震災から半年...いわき市 薄磯地区
あの大地震から半年。
金曜日の午後、仕事中に立っていられないほどの揺れに見舞われ、言い知れぬ恐怖を感じたあの日の事は今でも鮮明に覚えています。
震源地は東北沖。実家・福島県二本松市は大丈夫か?、東北各地の友は?、と数え切れないほどの人々の顔が浮かび、安否を気遣いました。
そしてこの時、福島に育ちながらもその存在を気にしてもいなかった、福島第一原子力発電所が津波に襲われ全電源消失というあってはならない事態に陥っていました。
この半年の福島。地震で被災した実家は修理されましたが、津波の被害地域は瓦礫や家屋の撤去が未だ進行中で、原発事故では20Km警戒区域は解除されず、漁港は静まり返り、農作物は放射性物質の影響を受け続けています。
津波と原発。その傷は癒されず、県民と県土を苦しめ続け再起を阻んでいます。
時間が経てば、人々の記憶から消えてゆく。しかし、それに抗い、情報を発信し続ければ、人々の関心を喚起できます。
復旧・復興には必要な政策が作られ、議会で通る必要があります。人々の関心が、これを後押しします。
私は、今しばらく故郷・福島に暮らし、津波と原発からの復旧・復興に関わる仕事をしながら、情報を発信し続けたいと思います。
以下、今日訪れた、福島県いわき市 薄磯地区の画像を添付いたします。
◇震災前の薄磯地区
◆新聞記事:「東日本大震災:大津波が来るとは…いわき市薄磯地区の場合」 (毎日新聞 2011年4月27日)
◆動画(YouTube): 「薄磯①【いわき津波被害(18)】2011年3月25日撮影」 投稿者:tomogram369 さん
以上
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*追記(2013年9月25日)
◆福島民報 紙面より
...豊間中学の体育館で津波ののまれたピアノが修復され、9月27日にシンガポールでの演奏で使用される事を伝える記事。
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*追記(2013年12月16日)
◆福島民報 2013年12月16日付け 紙面より
...「豊間・薄磯地区 復興区画整理」事業の起工のを伝える記事。
震災から2年9カ月を経て、起工です。被災された住民の方々、行政などの関係者のご苦労と尽力に頭が下がります。
◆福島民報 2014年3月30日付け 紙面より
...被災した住民の心情を慮り、防災教育の重要性や災害の風化などを丁寧に議論し、結論を導きだして欲しいと願います。私個人としては残して欲しいですが、最優先はこの豊間地区に暮らしていた方々の意向です。
『地元住民でつくる「海まち・とよま市民会議」が同校を防災教育の拠点として保存するよう県や市に申し入れていた』、『防災緑地などの機能を損なわず震災遺構として活用することも技術的に可能と判断』
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*追記
◆福島民報 2014年9月26日付け 紙面より
...住民説明会。約40名が参加。11月の意見集約では、どのような結果になるのか。注視。
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*追記
◆福島民報 2014年12月16日付け 紙面より
夜の街での“いい話”
今日の“夜の仕事”での、ちょっといい話。
そのお客さんがカウンターで語った話。
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大学に行くため上京したものの、お金がなかった。
アパートは三畳一間、もちろん便所共同、風呂はなし。
バイトをするものの、学費と家賃でほとんど消えてしまい、いつもお腹をすかしていた。
ある日、どうしても腹がへって我慢ができず、食事を奢ってもらおうと街に出た。
何度か“振られた”あげく、髪の長い若そうな女性の後ろ姿を発見。
おもいきって声を掛けたが、振り向いたのは60歳は超えているであろう女性。
ちょっとがっかりしたが、気を取り直し、事情を話し『ご飯を食べさせてください!!』とお願いしたところ、この女性はあっさりとOKし、近くの喫茶店に案内してくれた。
そこで、大盛りのナポリンタンをご馳走になった。とても美味しかったことを記憶している。
食事の後、この女性に『今すぐには(この恩を)返せないが、就職し初任給をもらったら必ず返すので、名前と電話番号を教えて欲しい』と伝え、メモをもらった。
そして、大学を無事卒業。就職して初任給をもらった日、メモの電話番号に連絡をするとあの女性につながり、しかも自分の事をしっかりとおぼえていてくれた!
数日後、約束の日に一緒に食事をして、女性にご馳走をした。 約束を果たせた事が嬉しくて嬉しくて。
食事の後、今度は女性から『お酒を呑みに行こう!』と誘われ、結局3軒ハシゴしてしまった。
このお代は全て女性持ち。逆にお金を使わせてしまったが、楽しい一日だった。
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心温まる話で、“人間や社会、かくありたい”と思いました。













