67年...広島への原子爆弾投下の日から
現在、プロ野球・広島東洋カープはセントラルリーグの第三位につけており、初めてのクライマックスシリーズ進出に期待が膨らんでいる。
広島の街は盛り上がっているのではないだろうか。
しかしそんな広島も、今日一日は祈りと不戦を誓う声に包まれた事と思う。
広島市中心部にアメリカ軍のウラニウム型原子爆弾が投下されてから今日で67年が経った。
一瞬にして、広島市民、強制連行された植民地(当時)の人々、米軍の捕虜など14万人が亡くなったという。
さらに時を経ても放射線による後障害で人々の健康や命を奪い、生存者やその子や孫を偏見や差別で苦しめ続け、現在も続いる。
どんなに時が経とうとも、今日というこの日は私を深く悲しませる。
そして、原爆の使用を踏み切らせるまで人間を狂気にさせてしまうような戦争を、決して引き起こさないと誓う。
28万959人(原爆死没者名簿)のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
カネのかかる選挙
『あいつ、市議選の出る時、オレんとこに来て“よろしく”って。んだら、キャバレーの2,3軒でも連れて行けって』
スポーツクラブで隣のお父さんの話し声が聞こえてきた。
どうやら来月に行われる市議選について話が盛り上がったようだ。
...選挙とカネ、候補者と有権者。
カネをかけても当選したい候補者はいるだろうが、大半の候補者はカネをかけずに当選したいと思っているはずだ。
だが、冒頭の話を持ち出すまでもなく、全国から聞こえてくる選挙の贈収賄事件では有権者側が求めたという例も少なくない。
カネのかからない選挙を実現するには、候補者と有権者の双方に『カネをかけない』という強い意識が必要だ。
社会は成長期をとうに過ぎ成熟期となっている。
行政は健康や満足、納得、達成感など数値化できない住民の希望を叶える自治体運営が求められている。
この行政の意思決定をする政治がカネに依存するようでは、その行政の行く末は明るくない。
政治にカネをかけないのは社会の要望でもある。
候補者と有権者、政治の基本である両者に政治の成熟を望みたい。