岩沢海水浴場...自然とプラントとの共存
イベント化する遊び...遊び場は身近に
子どもは、遊びまわることで体力をつけ、危険察知能力を磨き、仲間と遊べば協調を学ぶ、と私は思う。
子どもにとって、遊びは"学び"の一部であり、遊び場はその実践の場だ。
ならば、遊び場は子ども達の身近にあり、いつでも飛び出す事ができることが当然であり、自然なことだ。
...しかし朝刊(福島民報)のこの全面広告を見て思った。
『福島では子ども達の遊びが"イベント"化してしまっている』
来年に控えた福島市長選に向けた"実績強調"の面が強いと思うが、市民の関心が高いという状況を踏まえ出されたものには違いない。
しかし、遊び場である公園(遊園地ではない)が県内紙に全面広告には違和感を覚えた。
この公園は、福島の県都・福島市が“放射線の影響の少ない場所に子ども達の遊び場を”という目的で整備という。
市内から離れているためシャトルバスを運行させ、多くの子供たちに利用を促している。
市内中心部に住む子ども達は、ここを利用するために移動しなければならない。子ども達は親など大人の力を借りなければ、利用することができない。
『遊びに行く』と決意し、車に揺られ移動し、やっと公園に飛び出し遊ぶ事ができまるが、帰る時間を気にしなければならない。
自然に遊べる状態ではなく、遊びが"イベント"、もしくは特異事になっている。
...今、私が暮らすいわき市では、公園に遊ぶ子供たちを見る事はできるが、その数は驚くほど少なく、子ども達が気軽に自然に遊べなくなっていることが実感できる。
小さな子どもを持つお母さんの何人かに話を聞くと『できれば、外で遊ばせたくない...』との苦悩も聞かれる。
このような事情を見聞きしている私は、この広告や下の記事のような(室内)遊び場の整備を否定するつもりはない。
しかし、子ども達が身近に自然に気兼ね無く遊べる場を整備をしてゆく考えが必要だと思う。
例えば、小学校の学区に最低一つの安心できる遊び場を確保する。それは室内遊び場でも、徹底した除染を行った公園、校庭でも良い。
遊び場の整備を検討している行政やNPOの担当者には、童心に帰り、子ども達の身になって遊び場の企画・整備をお願いしたい。
.
*参考 「遊び場」関連記事 (出処は全て福島民報)




