二年... 3.11
東日本大震災から2年。
福島民報の一面トップは、双葉町町長選挙の結果だった。
そこに「東日本大震災から2年/復興を加速しよう」、「県民15万4000人 今なお避難」と続いていた。
郡山市内の除染作業は続いている。
私は、作業中の14時46分に黙とうした。1分間はとれなかったが、犠牲者の冥福を祈った。
除染の着手住宅はまだ一部。これから作業は本格化する。
原子力災害からの復旧は容易ではなく、放射線は見えないだけに、様々な方々の思惑が交差し、目指す方向が定まらないという印象を受ける。
まだまだ、先は長い。
私は、今はこの復旧作業に就き、汗を流したいと思う。
...作業が終わり、自宅に戻ると、きれいな夕焼けが見えた。
「松屋」の牛丼
夕食。
牛丼チェーン店の松屋に行った。
久しぶりだった。
注文は私の定番、牛丼並盛と野菜サラダ。
食べながら思い出した。
この牛丼。
よく佐川急便のドライバー時代によく食べたと。
あの時。
10年間のサラリーマン生活を終え、放送大学で学びながら、選挙に向けての資金を貯めようと佐川急便に入社した。
三十を半ばを過ぎた体にきついところもあったが、当時の佐川急便は昔の佐川急便とは違っていた。先輩ドライバーに聞いても皆口をそろえて『今は楽になったよ』と言っていた。実際、給料はサラリーマン時代から下がった。
“佐川急便で夢を叶える資金を得る”は昔話になっていた。
今では笑い話だが、その当時は選挙資金どころの話ではなく、先行きどうしようかと悩んだ。
...そんな中で、池袋北口に近い松屋で牛丼を食べていた。昼食はいつも14時過ぎ。
午前中必着の商業便と時間帯指定の宅配、そしてその再配達などで、昼に食事をしたことはほとんどなかった。
色々と大変だったが、多くを学ばせてもらったもの事実。
松屋の牛丼には、佐川急便時代の思い出がのっかている。

