熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~ -106ページ目

【只見線】三度目...不通後初乗車

震災の年、2011(平成23)年7月に起こった「平成23年7月新潟・福島豪雨 」で不通になった只見線に乗車した。


現在の“終点”である会津川口駅での滞在時間は25分だが、現状を見たいと思った。


会津若松駅から13:07発の列車に乗った。


太陽が顔を出さず、木々の緑が映えなかったが、只見川の雄大な流れは格別だった。


JR九州の肥薩線も球磨川の雄大な流れと緑を堪能できるが、山の奥行感はこの只見線に及ばないと私は思う。


所々で豪雨被害の復旧作業が進められていた。


15:02に現在の終点となっている会津川口駅に到着。

鉄路は伸びるが、この先にゆくことはできない。

約1.5km先にある第五橋梁の一部が流出し、その先、第六橋梁(ほぼ全流出)、第七橋梁(ほぼ全流出)は復旧していない。


この先に行くには代行バスを利用しなければならない。

会津若松方面からの列車からの乗り継ぎに配慮したダイアだ。



会津川口駅の駅舎。

JAと郵便局が同居している。


駅から沼田街道(国道252号線)を西に歩き、不通となっている線路の状況を見ようと思った。


錆びつき、雑草に覆われた線路が見えた。

時間が経てば経つほど復旧作業は困難となる。


時間の経過を突き付けられる。

一日でも早い復旧を望む。



...只見線は「観光路線」だと私は思う。

沿線人口と人口動態を考えれば、日常利用者の向上は見込めない。


歴史を見てもそうだ。


会津若松~会津柳津(その後、会津宮下)間と小出~大白川(その後、只見)間は沿線住民を乗せるために開業したが、その間は、電源開発㈱ の専用鉄道として開業した。 *出処:Wikipedia

・会津宮下~会津川口~只見~(ダム建築現場)


ダムとは「田子倉ダム 」で、発電施設(田子倉発電所)は水力発電で当時日本一の規模だった。


“秘境”にダムを建設するために敷設した鉄道があったおかげで、只見線は新潟(小出)と会津若松をつなぐ一本の鉄路となった。


豪雪地帯を通る貴重な“足”であったが、自然の中を通る“観光路線”として潜在的な役割があったのだ。


成熟社会を迎え、観光立国を目指す国の方針に沿う意味でも、只見線の観光路線の役割を考え、魅力を発信すべきだと思う。


東京につながる二つの路線(上越線+高崎線と磐越西線+東北本線)につながり、周遊観光も可能であることは、多くの可能性を引き出す。

乗り換えれば二つの新幹線(上越と東北)を利用できる。


只見線沿線の自然は国内無二唯一のものだ。


この自然を列車に乗って、135kmもの間楽しめる。

沿線人口が少なく、人の喧噪がないのが、却って強みとなる。


只見線、是非、全線復旧させて欲しい。


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*追記(2013年8月29日)

会津川口駅のそば、国道252号線の上に建つ、福島県立川口高校
熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~


この川口高校に関する記事。


福島民報 2013年8月29日付け 紙面より
生徒が増え、寮の部屋(18室)がほぼ満室となり、定員50名ほどの“町営生徒寮”を作るという。今年は58人(定員70人)が入学して、今後も生徒確保に向けて県内外に募集をかけてゆくという。


生涯学習総合センターと会津図書館

鶴ヶ城を後にして、市役所近くの会津若松市「生涯学習総合センター」(通称:會津稽古堂)に向かう。


城下町・会津若松の名に相応しい外観。白と黒を基調にしたデザインは、東京の㈱佐藤総合計画 の手による。


震災前の2011年1月に竣工し、まだ真新しさを感じる。

2階に中央図書館にあたる「会津図書館 」があり、1階と3階は公民館として機能しているようだ。

*参考:会津若松市:生涯学習総合センター【會津稽古堂】施設紹介


1階のロビーは開放的で、清潔感がある。


同じ1階には市民ギャラリーがあり、今回は「広島・長崎原爆被災 写真パネル展」が開かれていた。


長いエスカレーターで2階の会津図書館に。

中は明るく、ワンフロアだけだが、天井が高いせいか、広い感じがした。


蔵書は約36万冊(開架12万、閉架24万)。

閲覧席は265席(一般130席、こどもとしょかん100席、学習スペース35席)。

学習スペースは、生徒学生のためのスペースで、多くの高校生が教科書や参考書を広げ勉強をしていた。


一日中、本に囲まれ時間を過ごせる場所だと思った。


美里町「せと市」と若松「鶴ヶ城」

新聞記事を読んで会津美里町の「せと市」に行こうと思った。


郡山駅発6:02、磐越西線の始発に乗り、会津若松に向かう。


磐梯山の頂には雲がかかっていたが、天気は良好。

会津若松駅で只見線に乗り換え、7:52に会津本郷駅に到着。

駅前では祭りの係員(町の職員だろうか)が『せと市にいらっしゃりましたか?』とビラを配っていた。どうやらシャトルバスが運行されているらしい。

私は徒歩で向かうことに。

10分程度で会場である瀬戸町通りに。



通りには多くの出店が並んでいた。


私は「コーヒーカップ」と「お猪口」を買いたいと思って、通りをゆっくりと歩いた。

各出店はたくさんのお客さんでにぎわい、活気があった。


この通り沿いには窯元もあり、私は二つの窯元をのぞいた。


そして、お目当ての「コーヒーカップ」と、お猪口がなかったので「ぐい呑み」を手に入れた。





...会津美里町を後にして、只見線で若松に向かった。


会津若松駅の二つ駅手前の西若松駅で降り、鶴ヶ城を目指した。


途中の小学校の外構フェンスには『あいづっこ宣言』が掲示。

大河ドラマ「八重の桜」で繰り返されている“ならぬことはならぬものです”の文言も。


約30分で鶴ヶ城に到着。

葺き替えた「赤瓦」を見るのは初めて。美しさが加わり、会津の名に恥じない城という印象を受けた。

売店の壁には“メッセージ”が。人々の思いが伝わる。

鶴ヶ城を後にして、会津図書館を経由して、若松のメインストリートである神明通りへ。車両通行止めにして自衛隊がイベントを行っていた。

私は、会津若松駅発13:07発の只見線の列車に乗るため、駅へ急いだ。