北海道新幹線「新函館駅」
今回の旅の最大の目的。
北海道新幹線「新函館(仮称)」駅の視察。
北海道新幹線は道南最大で観光都市である函館を通らない。
北海道新幹線の当面の始発着駅となる“新函館駅”の存在は、経済・観光面で東北地方にとって気掛かりだと、私は考えている。
函館駅から、北海道新幹線開業後に“新函館駅”となる、JR函館本線「渡島大野駅」に向かう。
朝食はコンビニで調達した「函館産いかがのった塩焼きそば」と内地にもあるサーモンすしのおにぎり
...ディーゼル車が七飯(ななえ)駅を過ぎ、渡島大野駅が近づくと、新幹線の高架線が見え、函館車両基地の建設現場が姿を現した。大きい。
わずかに進むと、別の高架線が。
現在の路線は、この高架線に移り、新幹線との乗換を容易にする予定だという。
*参考:JR北海道 「函館五稜郭・渡島大野間電化工事起工式の開催について」(平成25年3月21日)(PDF)
約25分で、渡島大野駅に到着。函館からの距離は17.9km。郡山~鏡石間も同じ17.9kmだ(所用時間は15分)。
駅の西側では“新函館駅”の建設が進んでいた。
*連絡橋から撮影。逆光のため光度が違う。
新幹線は高架ではなく、地上で在来線と向き合う。
駅の西側(建設現場側)に行くには、地下道を通る。
“駅前”は家が点在していた。
現場には、建設される“新函館”駅と同じ高さの展望台が。
新駅完成を前に、駅からの眺めを市民に提供する施設のようだ。
市民参加を促すため、様々な工夫がある。
...新駅は順調に建設されているようだった。
立地は北斗市の東の外れ。市役所まで南に約10km、合併前の旧大野町中心地まで約3kmに位置する。
駅の西側は区画整備され、新しい“街”ができるが、東側は計画はなさそうだ。
新幹線駅を中心に新しい街を作る。
近年では、長野(北陸)新幹線佐久平駅が成果を上げた例だが、苦戦しているところも多いと聞く。
函館や将来延伸予定の札幌への通過駅となるか、市民が集う新しい街の中心施設となるか、これからの北斗市や北海道の取り組みを注視したい。
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*追記(2014年11月2日)
◆福島民報 2014年11月2日付け 紙面より
...レールがつながった。新函館北斗駅から九州新幹線・鹿児島中央駅まで約2,150kmが新幹線のレールでつながったという。北海道から九州、日本列島を高速鉄道がつなぐという計画が、50年目に達成された。
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*追記(2014年12月7日)
◆日本テレビ系 「真相報道 バンキシャ」 より
...北海道側を出発した新幹線が、25年を経て初めて青函トンネルを通り、本州へ顔を出した瞬間。
青函トンネルを掘り上げた技術者や職人などの関係者は感無量ではないだろうか。
北海道新幹線「木古内駅」
JR北海道・木古内駅。
北海道新幹線が開業すれば、北海道の“玄関”となる。
木古内町の人口は約5,000人。
新幹線の駅は、乗客を見込んだというより、距離的に作らなければならなかったといえる。これは、青森側の「奥津軽(仮称)」にもいえる。
盆と正月などの繁忙期は帰省客などの利用が見込めるかもしれないが、閑散期、日常にどれだけの利用を増やすか大きな課題であることは言うまでもない。
他の自治体の事だが、木古内町の動きや函館市や対岸の青森県を含めた対応に非常に興味がある。
新幹線駅は、どの自治体も手にはできない施設だ。
是非、“新木古内駅”という貴重なインフラを生かして欲しい。
...木古内駅から、津軽海峡まで、歩いても10分程度。
開業予定の北陸新幹線・糸魚川駅には敵わないが、海まではかなり近い。
東北・北海道新幹線上で“一番海に近い駅”になることは間違いなさそうだ。
この特色も活かして、“新木古内駅”を一年を通して人が行き交う新幹線駅にして欲しい。
*参考
新幹線などのインフラの評価には、数字には表しづらい、“その存在が人間の意識に与える効果”「存在効果」があるという。
新幹線の「存在効果」は以下の通り。
・間接利用効果
→新型車両走行による景観の向上
・オプション効果
→いつでも新幹線を利用できるという期待感・安心感、生活機会、交流機会増加に対する満足感
・代位効果
→知人や親戚など他者が新幹線を利用できることに対する満足感
・遺贈効果
→将来世代が新幹線を利用できることに対する満足感
・地域イメージアップの向上効果
→地域の知名度向上に対する満足感、地域住民としての誇らしさ/駅舎の新改築によるシンボル性の向上に対する満足感
(出処:鉄道建設・運輸施設整備支援機構 「北海道新幹線事業に関する対応方針」(平成24年3月)(PDF)
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*追記(2013年8月29日)
◆河北新報:津軽海峡交流圏構築目指す 青森県、49事業案策定
(2013年8月29日)
青森県は28日、函館市など北海道道南地域を含む「津軽海峡交流圏」の構築のため実施する49事業案を発表した。一部の事業は、本年度から着手する予定。各事業は2015年度末の北海道新幹線新青森-新函館(仮称)開業を見据え、交流人口の拡大と同圏の認知度向上を図るのが狙い。...以下省略
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*追記
◆福島民報 2014年12月3日付け 紙面より
函館駅の思いで
お盆休みに入った。
「青春18きっぷ」を使い、北海道・函館を目指した。
今回の旅の目的は、次の3点
・2015年度内の開業を控えた北海道新幹線の建設状況を見る
・北海道新幹線の駅、「木古内」と「新函館」駅の状況を見る
・2014年5月12日に廃止されるJR江差線、木古内~江差間に乗車する
北海道は、サラリーマン時代の出張を除くと8年ぶり、鉄道を使っては23年ぶり、そして函館に向かうのは初めてとなる。
母方の祖父は西田町から、農地を求め若くして北海道網走支庁に渡った。
母はその地で生まれた。
幼い頃、この母の故郷に向かう定番が、急行「八甲田」-青函連絡船-特急「オホーツク」だった。
行くのはほどんど冬だった。夏は私達兄弟が野球の練習があり、また網走の親戚が農家で農繁期であるため避けた。
「八甲田」はいつも込んでいた。青森までデッキに新聞紙を引いて座り続けた事もあった。
しかし、青函連絡船ではほとんど座れた。席取りのため、青森駅の長いホームと船への連絡通路を全速力で走ったためだ。しかも男兄弟4人。誰か必ず席を取ることができた。
そして、函館駅。
ここでも走った
網走行きの特急「おおとり」の自由席を取るためだ。
船の降り口に並び、大人に紛れ、押されても必死に足を踏ん張り、その時を待った。
*青函連絡船記念館に係留されていた「摩周丸」。何度か乗船した連絡船だ。
接岸し、連絡橋が渡され、扉が開くと一気に「おおとり」の待つホームまで駆け抜けた。
*函館駅の長いホーム。ここを、ほぼ端から端まで走った。
そして席を取り、家族の到着を待った。
時に兄が先に着いていたこともあった。
時に、確保した席に他の乗客が来て、ひと悶着あったとこもあった。
網走まで約10時間。座れないのと座れるのとでは大きな違い。
皆、必死だった。
懐かしい思い出。
函館駅には多く思い出がある。
*今日の旅程
岩手県、一ノ関駅からはジョイフルトレイン「ジパング」号(快速列車)
盛岡駅~八戸駅間は新幹線を利用することに。
「18きっぷ」が使えないため、乗車券と特急券(立ち席)を購入し乗車。
本は何冊か持ってきたが、読みたくなって「永遠の0(ゼロ)」を購入。
終戦の日までには読み終わりたい。
新幹線が走りだし、左手に岩手山が見える。
学生時代、“遺児のつどい”で登ったことがある山。雲がかかって全容を拝めなかった。残念。
八戸駅、夏空が広がる。
八戸から「青い森鉄道」に乗換え、青森を目指す。
JRではないが、八戸に「八戸線」が乗り入れているため、八戸~青森間で下車しなければ「18きっぷ」で乗車できるという特例がある。
青森駅。新幹線・新青森駅ができたためか人が少ないように見えた。
以前、同じ時期に来た時にはホームに2台以上の特急が停車いていて、北海道(白鳥号)、弘前(つがる号)に向かう乗客でにぎわっていた記憶がある。
津軽線に乗換え、蟹田を目指す。
津軽線から見える津軽海峡。
蟹田駅に到着。
ここで特急「白鳥」を待つ。
これも「18きっぷ」の特例。
青函トンネルは特例区間になっていて、蟹田~木古内間は乗車券と特急券が無くても「18きっぷ」で特急に乗る事ができる。
17:38、青函トンネルに突入。
青函連絡船の思い出を多く持っている私には、感慨深い瞬間だった。
木古内駅に到着。
北海道新幹線を迎えるべく、新しい駅舎の工事が進んでいた。
途中下車し、駅前を散策。
50分後、江差線の列車の乗り、函館へ。
20:20。函館駅に到着。郡山駅を出発してから14時間20分。長かった。
駅舎は新しく、シンプルな造りだ。
北海道新幹線はこの駅を経由することはない。
北に隣接する北斗市の「渡島大野(おしまおおの)」駅が“新函館駅”になる。
駅近くの函館湾付近を散策した。
函館山を正面に見る夜景。なかなか綺麗だった。
次に来るときは、函館山から夜景を見たいと思う。
肉が柔らかく、味もしみて旨かった。
ビールも旨かった。


























