熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~ -103ページ目

「かぼまる」...金山町と赤かぼちゃ

只見線沿線、現在は“終点”となっている会津川口駅近くに役場を持つ金山町。


その町のゆるきゃら(公式キャラクター)が決まった福島民報のこの記事を読んだ時、私は『めんげぇ』と同時に『んっ??』と疑問に思った。


*出処:福島民報 2013年8月5日付け紙面より
熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~


山々に囲まれ「熊」をモチーフにしたのは理解できる。

温泉があるので、「桶」をはいているのも合点がゆく。

天然炭酸水が湧き出るということでリボンが「水玉」模様であることも納得した。


しかし、かぼちゃが橙色であることに違和感があった。


そんな中、今朝の記事を見て納得。

かぼちゃが橙色なのだ。


*出処:福島民報 本日付け紙面より
熱闘! 政治家への道 ~元高校球児の夢~

しかも、宙に浮いている。

どうやらパイプハウスで栽培しているらしい。


私は初めて見た。


この橙色のかぼちゃ、正式の名を「奥会津金山赤カボチャ 」というようだ。

*参考:奥会津金山自然資源開発組合(http://www.daisizen.biz/



金山町の公式キャラクター「かぼまる」。

赤カボチャ、温泉、天然炭酸水をはじめとした特産品・観光施設の象徴として、町の振興のために、“働いて”欲しいと思う。


“めんげぇ”「かぼまる」の奮闘を応援してきゆきたい。

昭和20年7月28日 小金井空襲

戦争でどれほどの悲劇が起こったのか、と愕然としてしまう事実を知った。


今日の福島民報の投書。栃木県下野市の85歳男性のものだった。

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東北からの乗客 犠牲になり埋葬

 昭和20年7月28日正午。福島駅発の東北線上り、上野駅行き第118旅客列車が栃木県の小金井駅に停車中、米のグラマン艦載機3機から3回にわたり波状攻撃を受けた。

 列車はまるで...(以下、省略)

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死者31名、負傷者約80人という。遺体は国の命令で約13km離れた無縁墓地に埋葬されたが、搬送した旧国鉄職員等はこの事を誰にも語らず、埋葬場所が特定できないという。


福島発の列車ということは、福島県人が犠牲者の中に含まれている可能性は高い。


私は初めて知る、戦時中の悲劇に、胸を痛めた。


おそらく、私にはまだ知らない戦時中の出来事があり、全てを知る事はできないだろう。

しかし、知るべき出来事はある。この「小金井駅空襲」はそれだと思う。


今度、機会があれば、小金井駅に降り立ち、平和の礎に祈りを捧げたいと思う。



犠牲となられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。



*参考

東京新聞「68年前の栃木空襲 生き残った僧侶読経 あす慰霊祭」(2013年7月27日)
 戦況の悪化を受け、帰郷の途に。昼前に宇都宮をたつ列車に乗った。
 車内は、戦死した兵隊の遺骨を受け取り故郷へ向かう遺族らであふれ返っていた。
 小金井駅に停車する直前だった。低空飛行する米軍機が見えたかと思うと、突然、列車を銃撃する「バリバリバリッ」というけたたましい音が響く。車内は乗客の悲鳴で満たされた。
 いったん座席の下に身を隠し、逃げようと列車から降りた時、再び銃撃音。向かい側ホームの改札から外へ出ると、何人もの遺体が転がり、血の海だった。「まるで地獄絵図のようだった
」...(以下、省略)




*追記(2015年8月30日)

◆下野新聞 「栃木県内の空襲 小金井空襲

◆下野新聞 「とちぎ戦後70年 第1部 伝えねば <9>-空襲- 人々をもてあそぶ銃口


敗戦・終戦の日

今年の敗戦・終戦の日は秋田で迎えることとなった。


始発で大曲駅を出発し、秋田駅を目指す途上、夏風にたなびく青稲を見て、美しいと素直にそう思った。


一昨日、郡山から鈍行列車で東北本線を北上し、北海道を目指す途上、田園が大半を占めた。

戦後68年。


これだけの田んぼに稲が栽培され、整然と並んでいるということに、私は平和を感じた。


この田園風景がいつまであり続けるような国家でなければならないと思った8月15日だった。